広がる混沌(カオス)
清蘭学園生徒会室。
入学から二週間以上がたった現在、その部屋の空気は、今までにないほど異常であった。
事は、栗原桃愛が初めて生徒会室に訪れたあの放課後から始まった。
はじめに変化が起きたのは、なんとも以外なことに生徒会副会長であり、また影では魔王と呼ばれる藍沢水樹であった。
あの日、あの後に冷たい冷気と怒気を纏った彼は桃愛の去った後、新入りが怯えていたぞ、という赤城武津の言葉に対し、なんと、それはいけませんね、かのじょに嫌われたくなどないのですが。などとほざいたのである。
あの、水樹が、だ。クールで冷徹、容赦なし。癒される外見を理解しており、それさえも利用してその時の彼にとっては最善である方法に必ず事を進める彼が。あの、水樹がなのである。実際過去に一度、彼の出生について家族の文句を言われたとき、二度とでしゃばる事のないようにと、自身の倍以上生きた大人を完膚なきまでに叩きのめし...いや。じわりじわりと外堀どころか内まで少しずつ潰すというよりえぐりとっていき、精神的生き殺し状態で放棄した程の者なのだ。また、それを行うにしても体には傷を付けず、数々の不正や失態等を明らかなる証拠を用いて正論で潰したのである。おまけに関わったものや見ぬふりをしたものはあっさりと放棄し、きりすてるもその他の者はいかにその人物と血の繋がりがあろうと会社自体を引き取りそのまま面倒を見たという端から見たら利益などないと思われる事でもやりとげ、悪魔だか天使だか分からないと言われている彼がである。
誰にも興味を見せず、生徒会の面々と仲は良いものの、笑う事もない彼がである。
実際、彼の変わりように彼らは驚いていた。なんと、水樹は仕事の合間にも桃愛を見詰めたり、ほぅ、と憂いのある表情でぼんやりと溜め息をついたり、1年1組(桃愛の所属クラス)の方や移動時の彼女の姿までもを目で追いはじめ、最後には、もう一度言うがあの水樹が桃愛に笑いかけたりと、何処からどう見てもこれは...と思わせる反応であったからである。また、これは無意識上で出るようで、その他ではポーカーフェイスなため、気付いているのは男3人と金戸南ぐらいであろうと思われる。
また、黄々雷の様子も可笑しかった。元より天然タラシの気があった彼は、周りにいる女どもに対応するうちに、いつの間にやら意識しなくとも甘い言葉を吐き出すタラシとなっていた。飄々として見えるが彼は実のところスポーツに関して負けん気の強いアツさがあった。それでも自然に寄ってくる女どもを離しはせず、侍らしたような図の彼のその態度はここ最近何故だか少し成りを潜めており、何かを考えるように眉を潜めたり、校内の監視と言い学園中をキョロキョロと見回ることが多くなっていた。
何かあったのか、という武津の問いに対し、なんでもないよーと答える彼の声は、心なしかいつもより元気なくきこえる程であった。
銀崎無垢に至っては、ある日急にぷるりと震え出し、その後何故かスケッチブックを手に取り無口のまま青と黒のおどろおどろしい化け物の姿絵を素晴らしき画力とこれまた素晴らしい美的センスで書き上げたそうな。
ガチャリ
バタン
武津は一度開いたドアを閉じた。閉じてしまった。
いや、あれは閉じざるをえないだろう。
不気味なまでの混沌世界に、柄にもなく飲まれて仕舞いそうになるほどには彼は狼狽していた。
それも仕方ないことであろうと彼は思う。
実際、あり得ない光景が最近目の前で多すぎる程多く多発しているのだ。あの、水樹とか水樹とか水樹とか。
病に臥せっている人がいきなり飛び起き叫び始めれば誰だって驚くだろう。ともすれば狂ったのかと思うであろうが、水樹だって似たようなものだ。あの水樹が表情を変えると言うのは驚きを通り越して背筋を寒くさせるほどだ。実際後の二人も気にはなるものの、何度も言うがあの水樹の変わりようを見た今ではそれさえも可愛いものだと受け入れられる。しかし、あの水樹のあの様子は自分だけでなく雷と無垢も戸惑っているように感じられる。そこに、今のこの状態。
恐ろしいほど速い速度でパソコンに向かいながらほんとうに時折だけちらりと桃愛の方を見る水樹。机に突っ伏し、うー、やらあー、やらと唸る雷。シャッシャッシャッと一言も発することなくスケッチブックに向かう無垢。
そしてその様子になにも気付いた様子はなく、だがしかし時折不思議そうに首をかしげる桃愛。
あの混沌の中に入りたくはないと思っても、誰も彼を攻められないだろう。おまけに仕事はそれでもきっちりと済ませているため、なんだか脱力感すら感じてくる始末。
だがしかし。こうは言っても、彼は彼であり赤城武津だ。少々?サドっ気のある彼は同時にこの状況を完全に面白がってもいた。
ざわり
武津の勘が何かを伝える。ああ、と彼は心が沸き立つのを感じた。
...面白くなりそうだ。
ぴらり、翻した書類を見て、彼の唇はニヤリと孤をえがく。
"生徒会入会候補 一ノ瀬 陸兔"
書類には、そう書かれてあった。
どう時刻。とある一室にて、こちらの人物もまた とある書類を眺めていた。
"風紀委員入会候補 剛力 和弥"
一枚の書類を前にして、くすり、と。
どちらともなく二人の人物は微笑んだ。




