第五十一 リベオール教団 前編
最近のコメントで発覚した、ライラ実は千歳ぐらい若い説。
こういう指摘コメントって、読者の皆様がちゃんと読んでくれてるみたいに感じて嬉しかったり。
大量にきたら心が折れるけど。
ライラがコオリの事を話していた同時刻、
「っくしゅん!!」
その事に反応したかは不明だが、コオリは大きなくしゃみをしていた。
「……風邪?」
「……かね?」
「……この一大事で、それは洒落にならない」
「いや、今直ぐどうこうって事じゃない……筈」
「そこは断言して欲しい」
移動しながらも、何とも締まらない会話が続く。
「!……次、右」
「了解」
それでも、移動自体は全然速い。コオリがルウを抱えて走り、ルウが仲間の匂いで道を示す。
匂いを辿る為に一度隠れ家まで行く必要があったが、その分道に迷う事なく、ルアンの仲間たちが捕らえられているであろう場所へと近づいていた。
「!……近い」
「お、マジか」
近くにいるかもしれないと言われ、一度立ち止まって地図を広げる。
「この辺りだと、何処にある?」
「えーと……向こうの方かな」
現在地から最も近いアジトを見つけ、その方角をルウに教える。
すると、ルウは眉根を寄せて首を傾げた。
「匂いは向こうからする」
「……は?」
ルウが指さした方向は、コオリの教えた方向と真逆であった。
「……気のせいって可能性は?」
「ある訳ない。ルウが皆の匂いを間違えるなんて」
「だよねぇ……」
種族事態が狼人族という匂いに敏感な種族であるルウ。そんな彼女が仲間、家族とも言える孤児たちを間違える事はまず無いだろう。
つまり、
「ギルドの方でも調べきれてないアジトがあるのか」
そう考えるのが妥当だろうか。
「ったく、どんだけアジトあんだよ」
湧いてくるのは呆れと苛立ち、そしてある意味での感心だった。
ギルドが調べあげた教団のアジトは四つ。これだけでも多いだろうが、更に未確定のアジトがある可能性が浮上したのだ。コオリから愚痴が漏れるのも当然だろう。
「マズイかもな……」
唯でさえ、突撃出来る人数が足りてない状況。そこに新たなアジトがあった場合、何処かを潰し損ねる可能性が高い。
「……しょうがない。急ぐか」
事態は一刻を争う状況になりつつある。
直ぐにでも孤児たちを救出し、コオリたちも本格的に行動しなければならない。
「こっちの方」
ある程度の力を出す覚悟を決め、ルウの示す方向へと移動する。その時、コオリの懐からキィンと澄んだ音が響いた。
「ん?……ああ、連絡具か」
懐から取り出したのは小さな宝石。それはオルトから渡されていた連絡用の魔道具だった。効果としては、同系統の宝石を登録し、街一つ分の距離まででなら宝石同士で通信が可能となるといった物だ。
先程の音は同じ魔道具を持った誰かから連絡が入った音である。
『おーい。コオリ聞こえるー?』
「なんだライラか」
どうやら相手はライラの様だ。
「どうした?何かあったか?」
『うん、だから連絡したんだよ。何か相手の方に情報が漏れてるっぽいんだよね』
「……マジ?」
『マジマジ。だって待ち伏せされて襲われたし』
あまり今の状況では聞きたくない情報である。それも二重の意味で。
『それで確認してみたんだけどね、どうもエドムスさんの方も襲われたみたい。だから、コオリの方もーー』
「……なあ、ライラ。知ってるか?」
ライラの台詞を遮り、コオリは苦笑いで思った事を口に出した。
「そういうの、フラグって言うんだぜ」
その言葉と同時に、ぞろぞろと現れた男たちがコオリの事を包囲する。
「悪いが、ここから先は通行止めだ」
リベオール教団の旗印を刻んだ男が言った。
コオリはやれやれとため息を吐いた後、包囲している者たちを見据えるが、結局彼等の事は無視してライラとの会話を続ける事にした。
「とまあ、そういう訳なんだが」
『……ナイスタイミング?』
「うん、めっちゃジャスト」
『あらら。……どうする?また連絡しようか?』
「別に良い。このまま続けてくれ」
まるで男たちなど眼中に無いと言っている様な対応。そのコオリの態度に、その場にいた全員が絶句する。
例外はただ一人。コオリの事を最も知っているライラだけが、特に驚く事なく言われた通りに行動した。
『あっそ。それじゃあ報告するよ』
「頼む」
『ボクたちとエドムスさんの方は既に襲われたけど無事に撃退。倒した奴らは他の冒険者に引き渡したよ』
「了解。それじゃあ、こっちもそうするわ」
周りを囲む男たちに怯えるルウをしっかりと抱き上げ、コオリは初めて男たちに意識を向けた。
「なあ、一応聞くけどさ。大人しくお縄につく気はあるか?あるんだったら手荒な真似はしないでやるけど」
当然の様に出された降伏勧告。果たして、男たちの反応は。
「……ふ、ふざけるなよガキが。貴様にはこの人数が見えないのか?」
怒気を滲ませ、怒り心頭といった様子の男たち。何も知らない者からすれば、その反応も当然だろう。
だが、コオリはそんな男たちの様子など気にもとめず、ただ淡々と言葉を並べる。
「関係無いよ。確かに数だけは一丁前に揃えてるみたいだが、別にそれで勝てるって訳でもないだろ。いい気になってるとこ悪いが、はっきり言ってあんた達程度なら何人いても変わらんよ」
その言葉には挑発してる様な雰囲気は感じられない。嘲る様な感じもしない。ただ、純粋に事実を述べているだけだ。
だが、それ故に男たちには突き刺さる。
「舐めるなぁクソガキが!貴様の様な新人冒険者、ましてや足手まといを抱えた状態で私たちを侮辱するか!!」
「侮辱なんてしてないさ。ただ事実を言ってるだけだよ」
「ふざけるーー」
「黙れ」
たった一言。それだけで、何か言おうとしていた男は黙らされる。
「あんた達が何人いようと足止めにすらならないし、時間を掛けるつもりもない」
片手ではルウをしっかり抱え、もう片方の手で腰から金剛杵を抜き放つ。
その姿は緊張感とはかけ離れた物である。包囲された中で子供を抱え、異世界の法具を持った姿は滑稽と言えるかもしれない。
だが、その姿に反してコオリから発せられるプレッシャーは重い。まるで魂そのものを押さえつける様な圧迫感を周囲に与え、空気すら重くなったかの様に錯覚させる。
その証拠に、男たちからさっきまでの威勢は消えた。彼等は場の雰囲気に呑まれ、誰一人として動かない。否、動けない。
「悪いがさっさと終わらせてもらう。俺も急いでるんでな」
男たちにとって不幸だったのは、コオリをただの新人冒険者としか見てなかった事だろう。もし少しでもコオリの実力を知っていたのなら、心構えぐらいは出来た筈だ。
だが、男たちは知らなかった。それ故に、圧倒的に覚悟が足りていなかった。
「……とは言え、子供の前だ。流石に殺す事はしない。返り血とかで汚れても困るしな」
男たちは今この場にて理解する。コオリの事を包囲した事が、逆に自分たちの生殺与奪権を握らせる事になったのだと。
男たちは幻視する。コオリの纏う紅蓮の覇気を。絶対強者の似姿を。
「だから安心して転がってな。 《ブリザード》」
その言葉と共に、コオリを中心に絶対零度の寒波が吹き荒れた。
「ぐ、あああ!?!?」
「ぁが、ひぃぃ!?」
寒波は男たちを襲い、瞬く間に氷の彫像へと変わっていく。頭部だけは凍っていないので、コオリに殺す気が無いというのは本当の様だ。……これが男たちにとって幸運だったのかは不明だが。
「た、助けてくれぇ!!」
「嫌に決まってんだろ。冒険者たちに回収されるまでそのまま凍ってな。一応言っとくが、凍え死んだとしても預かり知らんぞ。だから、せいぜい気張れ」
懇願する男たちを無情に切り捨て、コオリは連絡用魔道具を起動させる。
『誰だ?』
「突撃組のコオリだ。教団関係者を捕縛した。回収を頼む」
『了解。近くにいる部隊をまわす』
男たちの回収を後方の冒険者へと頼んだコオリは、ふと何かを思い出したかの様に彼等へと向き直った。
「おい、アジトの数と本命は何処だ?」
「ひぃぃ!?」
「ひぃぃ、じゃねーよ」
絶望的なまでの実力差を見せられた事により、男たちは既に心が折れている。その所為でコオリが話掛けても怯えるばかりで会話にならない。
「っち、使えない。話したら助けてやる事も考えてやったのに」
舌打ちを一つして歩きだす。そのまま孤児たちがいると思われる方向に向かおうとすると、
「ま、待ってくれ!教える!教えるから助けてくれぇ!!」
男たちの内の一人がそんな声を上げた。
「へぇ?」
コオリは一瞬だけニヤリと笑った後、直ぐに表情を消して助けを求めた男の方へと振り返る。……その際、何故かルウがビクついていた。
「それは本当か?」
「本当だ!だから助けてくれ」
男は必死に懇願する。その真剣さから考えて、嘘を言う様な感じでは無い。
その事を察してか、男たちが次々と怒鳴り声を上げる。
「あ、アイデン!貴様裏切る気か!?」
「それでも誇り高き教団の一人か貴様!」
「ええい!身体が自由なら今この場で首を跳ねてやるものを!」
アイデンと呼ばれた男の裏切りに喚き散らす男たち。しかし、コオリはそれを一蹴する。
「うるさい。喋る気の無い奴らが入ってくるな」
台詞の中に僅かに込めた殺気だけで男たちは黙り込む。あまりの恐怖に失神している者も居た。
そんな奴らを尻目に、コオリはアイデンへと語りかける。
「それじゃあ話して貰おうか。……だが、出鱈目なんか言ってみろ。今度は全身凍らすぞ」
「わ、分かってる!」
コオリの軽い脅しに真っ青になって首肯するアイデン。
「あ、アジトの数は五つだ!四つは囮で、冒険者たちを向かい打つ計画なんだ。本当のアジトで魔獣召喚の儀式を行ってる。場所は向こうにあるの崩れかけの廃墟で、そこの地下がそうだ」
男の言った方角は、ついさっきルウが示した方向と同じだった。
つまり、真のアジトはギルドの調査では判明していなかった場所であり、ルウがいなければ手掛かりすら分からなかった可能性があったのだ。
その事実に内心でホッと息を吐いていると、アイデンが何やら騒ぎだした。
「ほ、ほら、言ったんだから早く助けてくれ!」
早く氷から出してくれと訴えるアイデンに、コオリは邪悪な笑みを浮かべて聞き返した。
「何故だ?」
「……何故だ、ってアンタが教えれば助けてくれるって言ったんじゃないか!」
「俺は考えるって言ったんだ。助けるなんて確約は一切していない」
確かに助けようかと考えた。そして、考えた末に助けるのを止めたのだ。
「(鬼……)」
ルウが小声で何か呟いていたが気にしない。何故なら嘘はついてないから。
ついで言うと、称号の一つに[鬼神]とあるので、鬼というのもあながち間違っていなかったりする。
「ふ、ぶざけるな!!約束が違う!!」
「だから約束なんてしてない。勘違いしたのはそっちだし、それ以前に捕まる様な事したお前が悪い」
怒声を上げて喚き散らすアイデンに、コオリは現実を突き付ける。
「つ、捕まる様な事って、俺は最近教団に入ったばっかだ!悪さなんてそんなにやってない!!」
「……ああ、納得。だからあんな簡単に喋ったのか」
聞いていた話と違って随分と口が軽いと思っていたが、それはアイデンが狂信者の類いではななかったからみたいだ。
まあ、
「ーーで?」
コオリからすれば、だから?としか言いようが無いのだが。
「入った時期とか関係無いんだよ。新入りだろうが古参だろうが、道を踏み外した事には変わりない。リベオール教団が特殊指名手配されてんのはアンタだって知ってる筈だ」
捕まる事が嫌ならば、真っ当に生きていれば良かったのだ。例え、止むを得ない事情があったのだとしても、初対面の相手の事情などコオリの感知する所では無いし、興味も無い。
だからこそ、コオリは無情に切り捨てる。
「全部アンタが悪い。自業自得だよ」
これが仲間や友人、所謂コオリの『内』にカテゴライズされる人間だったならば、また対応も違っただろう。明らかに自分の意思で行動していない相手なら、コオリも同情したかもしれない。
身内贔屓で何だかんだと甘いコオリなら、助ける事に躊躇はしない筈だ。
だが、今回は違う。
コオリの目の前にいるのは敵だ。ルアンの仲間を襲い、ルウを危険な目に遭わせた愚か者共だ。
敵相手に容赦はしない。身内贔屓であるからこそ、害をなす敵にはコオリは何処までも非情になる。
「分かったなら転がってな。弁明は然るべき場所でやれ」
「あ、おい!待ってくれ!!」
踵を返し、コオリは男たちの前から立ち去る為に歩き出す。
「あ」
その途中、コオリはふと思い出した様に立ち止まり、アイデンの方へと振り返る。
「情報の対価だが、アンタのお仲間からの罵倒はどうだ?」
「なっ!?」
「裏切りの対価としてなら妥当だろ?」
嘲りと失笑を込めた皮肉を置き土産とし、コオリは今度こそ立ち去った。
何やら後ろの方が騒がしいが、それは無視してコオリはアジトへと走り出す。
事態は最終局面へと移り変わる。
最後の一幕。
「……鬼、外道、悪魔」
「リベオール教団って悪魔信奉してるんだろ?だったら会えて本望じゃないか」
「はぁ……」
これを入れようとしてました。
それにしても、コオリが黒い。




