第12話ー③ クラウフの壺
平日の山陽道は、順調に流れていた。
料金所のおじさんは、真っ赤なポルシェと松野を見て、次に高橋へ目を移すと、少し腑に落ちない顔をした。
「さっきのおじさん、斉藤くんを見て驚いてたね。何でかな?」
「派手な人の隣に、俺みたいなのが座ってるからじゃないですか」
「やっぱり? 気を悪くしたらごめんね。弟だと思われたのかも」
会話は自然に続いていた。
松野はもう踏み込んでこない。高橋も話さない。その了解があるからこそ、気楽だった。
「あの、メーターが百三十より、だいぶ上なんですけど」
「フェリーターミナルに寄ったから、急いでるの」
「十時からですよね。まだ一時間ありますよ」
松野はサングラスを直しただけだった。
「十時開始で、十時に着いてどうするの。それに私、猛烈にトイレに行きたいの」
九時半には、着いていた。
小高い丘の住宅地に、体育館のような建物があった。
白い壁に、金色の大きな文字で「天門賛美の会」と掲げられている。
「私は幹部席だから、斉藤くんは一般の受付へ行って」
「それで入れるんですか?」
「昨日、名前を登録しておいたから大丈夫。じゃ、後でね。トイレ、トイレ……」
「あ、ちょっと……」
松野は群衆の中へ消えた。
看板に従って進むと、受付には百人以上の列ができていた。
人混みが嫌いなくせに、何をしに来たのだろう。
ようやく順番が回ってきた。
「お名前は?」
「斉藤和樹です」
支部名を聞いた係員が、名簿をめくった。
表題には《信者一覧名簿》。参加者に丸がついている。支部の一番下に、斉藤和樹の名があった。
「あの、今日は信者しか入れないんですか?」
「原則はそうです。特別なお客様は別の受付ですが、ご案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
高橋は会場へ向かった。
バスケットコートが四面は入りそうな空間に、パイプ椅子が並んでいた。学校の卒業式を、馬鹿でかくしたようだった。
最後尾に近い席へ案内された。左は六十過ぎのババア、右は眼鏡をかけた三十代くらいの男。
皆、手帳ほどの冊子を眺めていた。
お経か。俺だけ持っていない。
松野のやつ、信者にするなら渡しておけよ。まあ、読まないが。
そもそも、入信に同意した覚えなどない。
式は十五分遅れで始まった。
全員立ってのお経読みでは、式次第を目の前に掲げ、周囲に合わせた。
その後の話も、左耳から右耳へ抜けていった。
松野が支部代表として壇上に上がった。
白い和服に着替え、神妙な顔で話している。内容はよく分からなかったが、信者を増やすことの大切さだけは、熱を込めて語っていた。
続いて、ご浄霊。
数千人が向かい合い、何かを唱える。その中で、高橋も同じことをさせられた。
式の終わりが近づくと、絵や壺が次々と壇上へ運ばれた。
「大神様ゆかりの品々をご用意いたしました。皆様にもお手元に置いていただき、大神様のご意思に近づいていただければと思います」
畳八畳ほどもありそうな絵に、スポットライトが当たった。
「『魔滅びの雫』。二千万円から、お譲りいたします」
一般席は静かだったが、前列から手が上がった。
値は上がり、三千二百万円で決まった。
壇上に出た男が、司会者と握手した。
「本日より、大阪支部でお預かりいたします。大神様の教えに、いっそう励んでまいります」
拍手が湧いた。
大阪支部の席から周囲へと、熱気が広がっていく。
テレビショッピングのサクラを、大掛かりにしたようだ。
高橋は座ったまま眺めていた。
次の品も、その次も、買い手が決まっていたように売れていった。
「ここからは、一般の信者様にもお求めいただける品をご紹介します。大切なのは、教えを深く思うお気持ちです。先ほどの品々に劣るものではございません」
小さな壺が出てきた。
口が曲がり、胴体へ入り込む形をしている。クラインの壺を真似たものらしい。
「こちらは、クラウフの壺でございます」
名前までパクるのか。
価格は四十八万円だった。
さっきまでの拍手が止まり、場内は静かになった。
ここからは、仕込みなしというわけか。
四十八万。
あの五十万の使い道には、お似合いかもしれない。
高橋は立ち上がり、手を挙げた。
両隣の信者が、驚いた顔で高橋を見上げた。さっきまで冷ややかな目を向けていたくせに。
ざまあなかった。




