精霊に愛されし者(2)
小川沿いの道を進むと、程なくエールベーラが見えてきた。
小さな村だ。当然のことながら村に入るための門など設置されておらず、かつて村の名前が書かれていたと思われる看板が静かに立っているだけだ。
ザイム在中の騎士団が巡回してくれるおかげで周囲の治安は良く、有難いことに盗賊や魔物の被害というものはほとんど経験したことがない。
「おぉ!ロゼライトじゃないか。故郷を忘れていなかったようだな。」
話しかけてきたのは村の自警団のひとりであるヨハンだ。
隆々とした筋肉が自慢のヨハンは、巡回がてら道行く村人を捕まえては、腕の筋肉が太くなったとか、胸が一回り大きくなったなどと他人が全く興味ないことを永遠と語っていたりする。
「さすがにまだ故郷は忘れてないよ。」
ヨハンに捕まると長くなるため、挨拶はそこそこにして僕は自宅へと続く道を進んだ。
賢者を育てた両親のことだ。多少なりとも賢者に対する情報を知っていてもおかしくはない。
「何もない所だな。」
トゥラデルが周りを周囲を見渡しながら、ポツリと呟いた。
「でも、のどかで良い村ではないですか。」
フローが小川に沿って走り、トゥラデルの前でくるりと回ってみせた。
「お酒が名産と聞いているが、酒屋はどこにあるんだ?」
アクアディールの言葉に「名産とは言っていない」とツッコミを入れたいところであるが、あまり論じても仕方がないと思い「後で地酒をご馳走します」と伝えるに留めた。
村の中心を通る道はしばらく小川に沿って整備されているが、途中で村長の家がある丘方面へと枝分かれする。
僕の家はその分かれの道の近く、丘の手前の右手に建っている平屋の家だ。
鍛冶屋が併設されているため見た目よりも住居スペースは狭いが、それでも来客があっても数人であれば十分くつろげる広さはある。
「ただいま。」
扉を開けて中を覗き込んだ僕は、奥の部屋に向かって声をかけた。
奥の方から物音が聞こえ、パタパタというこちらに向かう足音が聞こえてきた。
どうやら母さんは家にいたらしい。
「おかえりロゼライト。学園は、休みにでも入ったのかい?」
変な時期の帰省だ。母さんの疑問は当然のことだった。
「色々あって、学園は・・・。」
色々とは何か?と聞かれたら困ってしまう。
退学に関しては伝えなければならないと分かってはいるが、いざ面と向かってしまうとどうしても口籠ってしまう。
「ロゼライトさんは学園で優秀な成績を修めているので、特別に課外活動が課されているんです。」
扉の奥からちょこんと顔を出したフローが、母さんにそう説明した。
「フロー、そんな事言ったら後で説明するのが大変になっちゃうよ。」
母さんに聞こえないようにフローに耳打ちするが、フローは「そんなの、後で事実にしちゃえばいいんです」と、なぜだか自信満々だ。
「ロゼライト、お客さんがいるなら先に言わないと。」
扉の外にフローたちがいることに気づいた母さんが、急いで3人を家の中に招き入れた。
「可愛らしいお嬢さんを連れてるじゃないか。いったいどういう関係なんだい?」
気になるのは分かるが、身内のこういう反応は本当にやめてもらいたい。そもそも王女がお忍びでついて来ているなどと言ったところで、到底信じてもらえるとは思えない。
「どうって、友達だよ。」
説明が面倒になった僕は、ぶっきらぼうにそう伝えた。
「ふ〜ん、友達ねぇ。」
ニヤニヤと何かを企んでいるような母さんの顔。
「お父さ〜ん、ロゼライトが女の子を連れてきたよ!」
なっ?!
何を言ってくれちゃってんだ、このひとは?!
「うちのバカ息子が、とうとう嫁を連れてきただと?!」
母屋のさらに奥に位置する工房で作業をしていたと思われる父さんが、ドタドタと喧しい足音を聞かせて走ってきた。
右手には金槌、左手にはできたばかりだと思われる長剣を持ち、体中すすで汚れた格好は、とても客の前に出てきて良い格好ではない。
「こんにちは。ロゼライトさんと仲良くさせていただいているフローレンスと申します。」
フローの言葉を聞いた両親のが、目に見えて舞い上がっていくのがとても恥ずかしい。
玄関の扉をくぐったフローは、ドレスを着ているのではないかと見間違うほど優雅に頭を垂れた。
場違いなほど美しいその佇まいは、その場にいた全員ぎ息を呑むほどだ。
凛としていいるのに柔和、艶やかてあるのに清らか、全く反対の意味であるにも関わらず、そう感じさせてしまう魅力がフローの所作にはあった。
フローが顔を上げ、天使のようなに微笑む。
この笑顔の前では何者であっても無力であると言わざるを得ないだろう。
直後、大きな口で豪快に笑い、バシバシとフローの背中を叩く、我が母。
「何、かしこまってんだい?ここじゃ、そういう気遣いは無用だかんね。」
その場にいた全員が思いもよらない母さんの行動に呆気にとらえられ、我を忘れて立ち尽くした。
どうやらこの家には、恐ろしいほど空気の読めないオバサンがいたようだ。




