グランデール再び(8)
夜が白み、新しい一日が始まった。
きっと近衛兵たちが巡回を始めたのだろう。金属同士が擦れ合ういくつもの音が聞こえてくる。
僕は今にも崩れそうな建物の中で、指の間からこぼれ落ちるさっきまでリリスであった砂のようなものを握りしめたまま動けずにいた。
「ロゼライトさん、ここにいたんですね?」
聞き覚えのある優しい声が聞こえ、僕は声のした方向に顔を上げた。
建物の入口があった場所には、風にあおられる髪を片手で押さえたフローの姿があった。
壁や天井、床に残った抉られたような戦いの跡を見回しながら、コツコツ音を立てて石を敷き詰めた床をフローが歩く。
「大丈夫ですか?」
きっとひどい顔をしていたのだろう。フローが覗き込むように僕の顔を見た。
このどうしようもない喪失感を表す言葉を持っていない僕は、ただフローから視線を外し俯くことしかできない。
何かを察したのか、フローはそれ以上は何も聞かず肩を寄せるように僕の隣に座った。
肩から感じるフローの体温が、染み込むように僕の心を癒す。
「トゥラデルさんの酔いを冷ますの、大変だったんですよ。」
静かな声でフローが口を開いた。
「お酒を抜く方法が2つあって、風魔法でアルコールを略奪するか、それとも水魔法で浄化するかなんですけど。」
ゆっくりと取り留めのない話を続けるフロー。
「そしたらトゥラデルさんが、アルコールを抜くなんて勿体ないって・・・。」
よく見ると、フローの服は汚れ、体のいたるところに細かい傷が見える。
グランデールが一人で襲撃したとは考えづらい。きっとフローたちも必死の思いで戦っていたのだろう。
そんな状況にもかかわらず、フローは僕の事を優先してくれている。
「リリスが・・・。」
フローが僕の横で話を始めてから随分と時間が経過してから、僕はポツリと呟いた。
一言、「うん」とだけ声に出し、フローは僕の次の言葉を待つ。自ら口を開くことも、急かすこともないフローの態度がありがたかった。
「ここにグランデールがいたんだ。」
さすがにこの言葉には驚いたのか、目を見開いたフローが僕の方を見た。
「リリスと一緒に戦ったよ。」
「そっか、リリスちゃんも強いんだね。」
何かを感じ取ったのだろう。フローはリリスがここにいない事を口にはしなかった。
「僕のせいで、僕がうまくできなかったからリリスは・・・。」
後悔の念が頭をよぎる。耳に残る「集中して」と繰り返すリリスの言葉。
僕の頭がゆっくりと温かいものに包まれた。
随分と精神的に参っていたのだろう。フローが優しく抱きしめてくれているのだと気づくまで、随分と時間がかかった。
一雫の涙が流れたあと、堰を切ったように涙が溢れ出すまで、そう長くの時間は掛からなかった。
「大丈夫です。ロゼライトさんは上手にできてますよ。」
落ち着いた声で子供をあやすように、フローが僕の頭を撫でる。
あんなに絶望的であった僕の心が、少しづつ少しづつ落ち着きを取り戻していくのが分かる。
東から登った太陽は既にその姿の全貌を見せており、いつの間にか早朝と言うには遅すぎる時間に差し掛かっているようだ。
魔力を使いすぎたということもあり本当はこのまま眠ってしまいたい気持ちもあが、これ以上フローに迷惑をかける事はできない。
リリスにも情けない姿は見せられないしな。
僕は袖で乱暴に涙を拭ったあと、フローに下手くそな笑顔を見せ立ち上がった。
「ありがとう。もう大丈夫。」
やらなければならないことは山積みだ。足踏みなんかしてはいられない。
自分自身を奮い立たせるように、今の気持ちを心に強く刻み込んだ。
「もっと嬢ちゃんに慰めてもらったほうが良いんじゃないか?」
不意に聞こえたトゥラデルの声。
逆光になっていて見づらいが、瓦礫と化した入り口付近に2人の人影があるようだ。
最悪だ・・・。
表情こそ見えないが、いやらしい笑みを浮かべたトゥラデルが容易に想像できる。
「いつからそこにいたんだ?」
一生の不覚とは、こういうものを指すのであろう。今後この事でか揶揄されるのかと思うと、今から頭が痛くなってくる。
「そうだなぁ、嬢ちゃんの「ロゼライトさん、ここにいたんですね?」あたりからだな。」
トゥラデルの声真似に対して、フローが「私の声はそんなに気持ち悪くない」と抗議の声を上げた。
「それって最初からいたってことじゃないか?!」
フローがここに来てから小一時間ぐらい経過している。トゥラデルの言葉が本当なら、アクアディールとトゥラデルは随分と長いこと僕の醜態を眺めていたこととなる。
「姫様と私たちは一緒に来たからな。当然、私も最初から見ていた。なかなか良かったぞ。」
満面の笑みで親指を立てるアクアディール。
「普通に恥ずかしいわっ!」
僕たちのやりとりを見て、フローが可笑しそうに笑った。
「トゥラデルさんはあんなこと言ってますけど、ロゼライトさんを探してる間、凄く必死だったんですよ。「小僧、どこだー!」って叫び回って。」
「じょ、嬢ちゃん。そんな話はいいんだよ。」
自分のところへ飛び火するとは思っていなかったのであろう。トゥラデルが慌ててフローの口を塞ぎにかかる。
「貴様、姫様の身体に触れようなどと、首を刎ねられても文句を言えない所業だぞ!」
目くじらを立てたアクアディールが、トゥラデルの行動を阻止しようと腰の剣を抜いた。
「おい、真剣はさすがにまずいって!」
いつもと変わらない皆の姿を見て、絶望の渦の中にあった心が少し救われたような気がした。
「ロゼライトさん、どうしました?」
トゥラデルとアクアディールのやりとりを、ぼんやりと眺めていた僕の様子に疑問を持ったのか、フローが僕の顔を覗き込んできた。
「仲間っていいもんだなって思って。」
一瞬、不思議そうな表情をしたフローであったが、何かに納得したのか「そうですね」とだけ声に出して微笑んだ。




