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あの方がいない世界で

 幼いと言われる私がもっともっと幼い時、他の子達が遊んでいる時にも私は勉強をしていた。ドルイダスになるためにはありとあらゆる知識をつけなくてはならない。おじいちゃんドルイドに付き従い教えを受ける。おじいちゃんドルイドはもう少ししたらいなくなってしまうと占いででている。寂しいけれど寿命のようだ。何人かがドルイドに候補としてついているけれど記憶力が足りないらしい。ドルイドになれそうな候補は私しかいない。早く大人にならなくちゃ。

 他の子達が楽しげに私の横をかけていく。花輪を作りに行くらしい。近くの草原には白い花がたくさん咲いているのだ。

「ラグネルも行きなさい」

 うらやましそうにしてしまった私を見た王が優しく促してくれる。

「いえ、私は」

 早くドルイダスになって部族の一員として生きるんだ。小さいながらに自分の使命を果たそうと真面目だった私は断った。ただ、行きたい気持ちは隠せていなかっただろう。

「ラグネル、私に花冠をつくってくれないか? ドルイダスの花冠があれば幸せになれる気がするなぁ」

 王が花冠を欲しがっている。まだドルイダスではないけれど、王が認めてくれている。私に使命が与えられた。

「私、作ってきます!」

「頼んだよ、ラグネル。あと自分の分も作りなさい」

「なぜですか? 王よ」

 幼かった私は王が私を遊びに行かせようとしていることに気がつきもせずに問うた。王はとても楽しそうに笑っていた。

「ラグネルが幸せになれるように」

 大きなゴツゴツとした手で私の頭を撫でてくれて私はそれだけでとても幸せな気持ちになった。そして、王のために花冠を作れる私は世界で一番幸せな子どもだった。他の子も、親や好きな子に渡そうと花冠を作っていた。皆、自分の幸せを疑っていなかたけれど、私は優しい王に花冠を作れる幸せは世界一だと思っていた。

 優しい王よ。本物の冠を外して私の作った花冠をつけてくれた王よ。貴方は新しい王を探せ、と言いましたが、私は新しい王なんて探したくはないのです。風に舞う白い花弁の中で貴方に冠を渡した私はいつの間にか一人になっていた。



 眠りから覚めれば再び私は老婆に戻っていた。厚くなった爪にしわがれた声、部屋に入ってきた侍女が悲鳴をあげて逃げていく。それほどに私は醜い。


「ラグネル、これはひどい」

 マーリンとアーサー王、ガウェイン卿がやってきて私を囲んだ。

「そうかい、ケケケ」

 老婆である方が私は落ち着く。下品に笑ってみせれば痛ましいものを見る顔をされた。

「聡明で美しい少女のラグネルがこれほど醜い老婆になるなんて」

 マーリンの言葉に私は腹が立った。

「誰しも歳をとれば醜くなる。私だけではないはずだ」

「殊更下品に振舞わなくてもいいはずだろう、ラグネル。君は自分が嫌いなんだね」

 心を読まれて私は言葉が詰まってしまう。

「好きなわけないだろう。一人だけ生き延びてまだ部族の誰も探せていないのに」

 王がいて仲間もいるだろうマーリンが恨めしい。私はおどろおどろしい声色で唸った。

「五百年も経ったんだ。君の力不足じゃない。その歩くのもやっとの高齢の体でどうしようというんだ。それに、君の部族レグ族の誰かは生き延びて遠いところの部族に入れてもらったりしているんじゃないか? 全員死んだとは思えない」

 私はこれまたマーリンの賢い言葉に詰まる。

「ちょっと待て、マーリン。ラグネルは十四歳だ。いや、もしかしたらそこから数年生きているかもしれないが、それに近い年若い乙女だよ。問い詰めてどうするんだ」

「老婆ごっこをやめないかと思って」

 やはりそんなところだったか。

「私のこれは私自身の力によるものではない。ドルイド数名と王による呪いだ」

「少し、見せてもらうよ」

 マーリンが医者のように私を観察する。

「確かに、呪いのようだ。これは私には解けない。見た者がラグネルをより醜く感じる魔法がかけられている。」

 マーリンが肩を落とした。

「どうにかしてあげたいけど、本人にその気がないからさらに難しい」

「老婆の姿はとても便利だよ、ケケケケ」

「その体では、もう一年も経てば死ぬ」

 死ぬことを告げられて私は恐れを抱いた。一年で何ができるだろうか。部族の知識を伝えられ切れるだろうか。わかっていたことではないか、この体の寿命は尽きようとしていることを。

「一年でできることをする。時間が限られた者は私だけではない」

「なんて無駄に聡明なんだ」

 でも、折角、王と仲間のドルイド達が希望を託して未来に送ってくれたのに、私はそれに何か応えるための何かをできるだろうか。

 死ぬことよりもそういう不安が大きい。私以外の人もそうなのだろうか。

 王よ。貴方もそうだったでしょうか。


 別れたときの王の顔がとても悲しそうだったことを私は思い出した。勇敢な人だったのに。樫の木の色の髪に白髪がまじりはじめていた王が、遠い。


「そこでガウェイン卿の出番だ」

 私はビクッとした。一番迷惑かけてるガウェイン卿の出番とかなんだろう。

「こう種明かしをされると少女が老婆に化けているようにしか見えないな。いちいち挙動が幼くて可愛らしい」

 アーサー王がため息をついている。ばれなければ完璧だったのに。なんで幼い姿に戻ったのか。王を見つけたのではないか。私は冷や汗をかいた。

「ちょっとガウェイン卿、ラグネルに口吻してやってくれ。結婚式ではそれで戻ったんだ。試す価値はある」

「了解です」

「え、いやだから」

 乗り出しかけたガウェイン卿を制する。

「なんか、話しに聞いていたよりずっと気持ち悪いことがわかったからもうイヤ」

「なんでしょうか、この理不尽な拒絶は」

 ガウェイン卿背が高くいらっしゃるな。これにいい顔がついてるんだからずるい。でも耳を触られたときの気持ち悪さが耐えられなくてもう嫌。

「ラグネル、ガウェイン卿も我慢してるんだからラグネルも我慢して欲しいな」

「我慢することじゃないでしょ」

「口じゃなくて頬なんだから少しは我慢してください、ラグネル」

「口? 口なんか絶対嫌! 頬もいやよ!」

 私は逃げた。よぼよぼだけどそのぐらいはできる。

「こら、逃げないで。俺だって我慢してるんだから」

「だからしなくていいって」

 老婆を追いかけまわすガウェイン卿も気の毒かもしれないけど、私だって嫌なモノは嫌なのだ。

「キスしたら呪ってやる」

 迫力がでるように低い声で宣誓する。キスしたら呪ってやる。あんな気持ち悪いこともう嫌なの。

「なんて理不尽なんだ!」

 ガウェイン卿が目を剥いている。イケメン騎士が老婆にキスしようと迫るとか確かに本意ではないのは明らかだから理不尽かもしれないけれど、私は少女に戻るのもキスされるのも嫌だった。

「押せ押せで来られるのも嫌だけれど、これはこれで面倒くさいな」

 アーサー王まで私を追いかけ始めた。

「な、なぜ」

「死ぬかもしれないとわかっているのに放っておけるわけないでろう、レグ族のお嬢さん」

 私はマーリンに捕まえられそうになってかわしたところでガウェイン卿に捕まった。

「離してくれ、こんな老婆に何をする。キエーーー」

「口づけはしないから、少し大人しくしましょう。ラグネル……。そんな死ぬ前提でいないでもっと戻ろうとして」

 老婆を拘束する騎士というのはどうだろう。悪い魔女を懲らしめる騎士にしか見えないだろうと私はちょっと冷静になった。まぁ悪い魔女なんだけれど。

「人はいつか老いるのだからそれが少し早かったところでそんなに変わりはない」

「ラグネル、それは違います。人は色々な時間を通っていくんです。若い時の楽しみを捨ててはいけない。ここにいるのは年嵩の男ばかりでラグネルがどんな時間を過ごすのか想像もつかないわけだけれど、それをむざむざ捨てていいものだとは思っていない。君に与えられている若い時間を生きて」

 ガウェイン卿が子供にするみたいに私を抱きしめた。こんな、人に抱きしめられるのなんて、あの私の王と別れた時以来じゃないか。醜い老婆を抱きしめた人はいなかった。涙が溢れる。

「おお、戻ったぞ」

「やはり、ガウェイン卿が何かの鍵になっているんだろうな。口づけだけではないのか」

「ちょっと、マーリンとアーサー王は外に出ててもらえませんか。ラグネルと少し話をしたい」

 ガウェイン卿がマーリンとアーサー王を追い出してくれた。泣いてしまっているから気を使ってくれたんだ。

「泣いているんですね、ラグネル。俺は貴女の夫で家族です。祭司としてではなく、もっと人間として何をしたいとかどう思っているとか話してくれていいんですよ。俺は、貴女の望むままに生きてほしい。アーサー王に教えた答えのように」

 私が、思っていること。義務じゃなく、私の心。

「王が懐かしい」

 もう私は耐えきれなくてボロボロと泣き出してしまった。

「会いたい、私の王に」

 ガウェイン卿が、抱き上げている私を更に強く抱きしめた。ガウェイン卿はとても力が強くて私を抱き上げたぐらいではビクともしなかった。それがあの人を思い出させて更に私は悲しくなる。

 そう、私は王に殉じたいのだ。私を未来に送ってくれたあの人たちと共に生きたい。

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