表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/159

道連れ

光の蔓(ヴァインライト)!」


 呪文を唱えると、白く輝く植物が竜の四方から伸び、彼に覆い被さった。


 光る網に閉じ込められた竜は、エレナを睨み怒鳴り散らす。



「こんなもの! こうしてくれる!!」



 竜は鋭い歯で植物を食いちぎり、尖ったかぎ爪でズタズタに引き裂いた。エレナは間髪入れずに水魔法を詠唱する。


 呪文と共に竜の足元から水が吹き出し、分厚い氷が下半身と両翼を覆った。先ほどからエレナは、彼の動きを封じようとしているのだ。



「無駄だ! 吾輩には効かん!!」



 竜は凍った足を強引に持ち上げ翼を勢いよくはためかせた。氷はあっけなく砕け散り、彼は自由となる。



 そんな! 全然歯が立たない! どうすればいいの? 



 決して手加減しているわけではないのに。それを上回る絶大な力が竜にはあるのだ。


 考えている間にアストラが向こう側から竜に飛びかかる。剣の一振りがあまりに速いので、斬撃が生じていた。竜は息を乱しながらそれを避けている。



「その姿も匂いも! 何もかも不愉快だ! ここから消え去れ!」



 竜は歯をむき出しにし、噛みつこうとする。アストラは身をよじり、踊るようにかわした。素早さが互角なので、なかなか勝負がつかない。



 そうだ! いいこと思いついた! 



 エレナは背負っている袋から、ハーブを出し、大声で告げた。



「アストラ! 息、止めて!!」


「あ!? 何で!?」


「いいから早く!!」


 アストラは不審そうに鼻と口を左手で押さえる。エレナは密閉した袋を破り、ハーブを空中に撒いた。



風の協奏曲(ウインドハーモニー)!」



 呪文を唱えると、竜の真上にハーブが舞った。エレナも息を止める。ひらひらと葉が落ちて、心安らぐ香りが辺り一帯へ広がった。



「何の真似だ? ……これ、は」



 竜が急にふらつきだし、地面にゆっくり倒れこんだ。香りが離散してから、エレナはそっと口を開いた。



「ごめんなさい。眠りのハーブを使いました。あなたに落ち着いて欲しかったので」



 少し前、竜は隠れているエレナたちをいち早く見つけた。彼は人間の発する匂いを察知したようだった。


 竜は嗅覚が発達しているのではないか。


 とっさにそう考え、エレナは件の行動に移ったのだ。



「ぐ……小賢しい、人間め! こうなれば、友にたどり着く前に、この身もろとも葬ってくれる!」



 腹の底から出た咆哮。



 二人は思わず耳を塞いだ。竜の雄叫びが止んだ後、どんっと遥か遠くで鈍い音がした。


 そのうち地響きが近づいてきて、山の中腹から雪が崩れ落ちて来るのが見えた。



「まずいぞ!! 雪崩だ!!」



 アストラは血の気の引いた顔で叫ぶ。動けなくなった竜は、二人を道連れにしようとしているのだ。



 一刻も早く逃げなければ! 



 しかし気付いた頃にはもう、雪はエレナたちのすぐ近くまで迫っていた。



「危ねぇ!!」


「きゃあ!」


 アストラはエレナを左肩に抱きかかえ、猛スピードで走った。雪が津波のように後ろから押し寄せてくる。



「くそ!! こんなところで死んでたまるか!!」



 アストラは右手で剣を横一文字に振った。疾風が起こり、雪へとぶつかる。するとわずかに雪崩の速さが緩まったのが確認出来た。



「っ! これならいける!!」



 アストラは一瞬だけ雪と対峙した。それから掛け声と同時に低く構え、渾身の一閃を放った。



「うおりゃああああああああああっ!!」



 大きな風の刃が生まれ、襲い来る雪崩に高速でぶつかる。雪の軌道が変わり、二人の数センチ横を激流が走っていった。




 数分後。雪崩が収まって辺りは静かになる。


 二人の荒い呼吸音だけが、何度も聞こえていた。



「大丈夫か、エレナ?」



 抱きかかえられたまま、尋ねられる。


 息が当たるほど近い距離。フードが外れ、お互いの顔がよく見える。アストラのぱっちりした青い瞳が、エレナを映していた。



 彼女はどきりとし、焦って顔を離す。



「だっ、大丈夫! 助けてくれて、ありがとう! とにかく下ろしてくれる!?」



 動揺を隠せず、声が裏返ってしまった。恥ずかしいことこの上ない。アストラは真っ赤な顔で、エレナを優しく地面に下ろした。



「わりぃ! 危なかったから、つい!」



 彼は剣を鞘に収め、ばつが悪そうに頭を掻いている。エレナはその隣で、冷静になろうと一生懸命、深呼吸をした。



 おかしい。どうしてどきどきするの? 



 アストラは幼い頃からずっと一緒で、家族同然の存在だ。なのに今、心臓が思わぬ反応をした。


 太くたくましい腕にくるまれ、彼が男であるということを、エレナはより強く意識してしまったのだ。



 少し気まずい空気が漂ってから、二人は周囲を見渡した。



 雪が一部分だけ、こんもり盛り上がっている。あの竜が埋もれているのだ。ハーブの効果で完全に眠ったのか、動きはない。



「やっぱりこいつは敵だったな。今のうちに、早く逃げようぜ」


「ううん。助けて話を聞こう。そのために眠ってもらったんだから」


「お前、またそんな無茶なことを!」


「私、この竜が悪い人とは思えないんだ」


「人じゃねぇだろ、こいつ」


「嫌ならいいよ。先に行っても」



 エレナは絶対に助けるという目をアストラに向けた。考えを曲げるつもりはない。しばらく視線を戦わせた後、彼は諦めに満ちた表情をした。



「あー! もう、分かったよ! どうにでもしやがれ!!」



 アストラは投げやりに言って腕組みをし、顔を背けた。エレナの世界一の頑固さを、恐らく彼が最もよく知っているだろう。



 エレナはありがとうと笑い、魔法で炎を出して雪を溶かした。姿を現した竜は、やはり眠りに落ちてしまっている。


 エレナは彼の状態を観察した。



「この竜、毒も受けてる!」



 身体にある傷口が紫に変色している。だからずっと苦しそうにしていたのか、とエレナは合点がいった。



 彼女は解毒と治癒の魔法を唱える。すると、傷口は本来の色へ戻り、少しずつ薄皮が張ってきた。



 この竜は人間をとても憎んでる。でも、一体どうして? 



 エレナは横たわる巨体に何気なく触れる。ごつごつした鱗は、思いのほか温かい。


 エレナはちゃんと知りたいと思った。その猛烈な怒りに隠された、彼の心を。



 冷静に話をすれば、きっと想いは伝わるよね? 



 エレナは竜の中に潜む良心を信じ、向き合う決心を固めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
架け橋 ななの他作品

モフモフと美形の出る異世界恋愛
*毒舌氷王子はあったかいのがお好き!*
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ