黒い蛇
エレナの叫びは届かず、白と黒の魔法使いは、高らかに呪文を唱えた。
「裁きの雷!!」
「邪竜の咆哮!」
莫大な魔力が放出され、ユーティスの周りに旋風が巻き起こる。稲妻が天空からウーディニアの頭上へと降ってきた。ぶつかる間際、彼は黒い竜を右手から生み出す。雷撃はウーディニアに届くことなく、竜に食われ尽くした。
「目障りだ」
ウーディニアは長い右腕を伸ばし、呪文を唱える。ユーティスも負けじと魔法を放った。
強大な力が激突し、爆発が起こる。地響きが鳴り、おびただしい量の粉塵と熱線が飛んできた。
エレナとアストラは透明な壁に守られていて無事だったが、ユーティスとウーディニアは爆発の渦中に居た。巻き込まれたのは間違いない。
焦げた青いマフラーが、宙を舞い、エレナたちの数メートル向こう側に落ちた。灰色の煙が荒野に充満している。
「ユーティスさん……っ!」
彼の姿は見えない。その大きな背中も、栗色の髪も。
また私は、大切な人を、死なせてしまうの?
エレナは頬を雫で濡らしていた。視野が狭くなり、動悸と息切れがしてくる。彼女は吐きそうなくらい取り乱していた。
「落ち着け、エレナ!! お前の魔法とおれの剣、力を合わせてこれをぶっ壊すぞ! 急げ!!」
アストラが大声で叱咤する。エレナはハッとして彼を見た。その青い両目は、まだちっとも希望を失ってはいない。エレナは涙をごしごし拭いた。
そうだ。まだきっと間に合う。諦めるな。ユーティスさんを助けるんだ!
「分かった!! 私が先に魔法でダメージを与える!! アストラはそこを狙って!!」
エレナは壁から距離を取り、杖を構えた。相性の良い魔法を考えなければならない。壁を注意深く観察すると、先ほどの爆発で外側が少し溶けていた。
もしかすると、熱に弱いのかもしれない。だったら、それをぶつける!
溢れ出る魔力を込め、自分とアストラに向け呪文を唱える。
「精霊の水衣!」
きらきらと澄んだ水が二人の身体をふわりと包み、一体化する。高熱から身を守る魔法だ。エレナは間髪入れずに呪文を叫ぶ。
「焔鳥!!」
炎を凝縮し、一点を目掛けて撃ちこんだ。尾羽の長い鳥になったそれが、高速で壁にぶつかると、火傷しそうなくらいの熱風が跳ね返ってくる。怯まず力を注ぎ続ければ、透明の壁にぴしりと亀裂が入った。そこへアストラが渾身の力を込めて、斬撃を放つ。
「おりぁああああああああああ!!」
ひびの部分に研ぎ澄まされた膨大な力が加わり、パリーンッというけたたましい音が鳴り響いた。分厚い壁が割れ、大穴が開いたのだ。
二人は身を縮め、そこへ飛び込んで脱出する。
「ユーティスっ!! どこだっ!?」
懸命に彼を呼び、アストラが辺りを見回す。
煙が薄くなり、徐々に視界が良くなってきた。
「見て! あそこ!」
エレナが杖で差した先。
二十メートル向こうに、ユーティスがうつ伏せで倒れている。そして彼のすぐ側にウーディニアも居た。
「会わぬ間に、また力をつけたのか。だから貴様は油断ならない」
闇色のローブがはだけ、首筋があらわになっている。そこにはうねる蛇の模様が見えた。
ウーディニアは息を切らすユーティスに近づき、蒼い首飾りをぐいと引っ張る。それから細く目を開ける彼に、甘く囁いた。
「だが最後に笑うのはこちらだ。じきに宴が始まり、世界は崩壊する。それを貴様は何も出来ずに見ているがいい」
首飾りを引きちぎり、ウーディニアは呪文を唱える。
「ユーティスさんから離れて!!」
エレナは狙いを定め、魔法で風の刃を投げつけた。
ウーディニアは音もなく飛び退いて、それを避ける。彼は赤い瞳をぎらりと光らせ、闇を呼び出して、その奥へと消えてしまった。
「ユーティスさん!!」
エレナとアストラが猛烈な勢いで駆け寄る。だがユーティスの意識はなかった。血の気のない顔でうめき声を上げながら、まぶたをきつく閉じている。
「これは、一体どういうこと?」
エレナは口元に手を当て、蒼白して言葉を漏らした。
這い回る蛇のような、黒いあざ。
ユーティスの左の首筋に、あの男と全く同じものが、くっきりと刻まれていたからだ。
どうしてあの人と同じあざが、ユーティスさんに?
怪しい雲が迫る中。
何一つ真相が分からぬまま、エレナはただ混乱する心を鎮めるのに、精一杯だった──。
【お知らせ】
ブックマーク50件突破&評価ポイントをいただきました!読者様の応援が、とても励みになってます!ありがとうございます!(*´ω`*)
またまた活動報告に、キャライラストを上げました。良かったらご覧ください!よろしくお願いします!(о´∀`о)