この世界からの脱出がいまのあなたたちの仕事
桐生がパソコンの破壊をチラつかせた駆け引きを始めて間もなく、塔が揺れ、壁に亀裂が走った。一階からは悲鳴や叫び声が聞こえる。
「下は賑やかしいな。遊んでいられないなら、やっぱり力技で突破するしかないかな」
そう言って抜いた得物の先を鉄格子に向けると大きく上段に構えた。それを見て赤髪たちは拙そうな顔をする。さらに階下から猛々しい声が上ってくる。何事かと振り返ると武器を持った生徒たちがこの二階に雪崩込んでくる。
「おい、誰かいるぞ!」
先頭の男子が叫ぶ。赤髪たちは今更隠れることもできない。
「これはマズイ」
赤髪は一目散に階上に逃げ出した。後ろにいた白髪も遅れまいとそれについていった。
「逃げたぞ! 追え! 追え!」
彼らは随分と奮い立っている。敵もついでに倒してしまおうとする勢いがある。意識を失っている羽田を数人で力を合わせて人の手だけで運ぶ島田も、気持ちと勢いは彼ら生徒たちと同じで、「島田先生! プロの人が閉じ込められてます!」と教えられた時の「何っ?」と聞き返す顔が鬼子母神のようにも見えたとか。桐生は部屋の中から、
「先生! 状況はどうなっているんです?!」と下っ腹に力を込めて大声で聞いた。
「下で結界のあの子が敵を押さえてくれてる! 塔は崩れかかるし、この子も早く病院に連れて行かないといけないしで、みんなで上へと向っているところ! そっちは出られないのっ?」
「いや、出ます! 少し離れてください!」
桐生は鉄格子を前に構えると、壁面に罅が走ったのを目にするや、勢いよく踏み込んでその裂け目に得物を突き刺し一撃で壁に穴を開けてしまう。部屋から出てきてまず先に重症の羽田へ駆け寄って傷を見る。出血が酷い。肉も裂かれて骨の数本は折れている。内臓はまだ無事なようだが、何にしても予断は許されない。傷口を衣服で縛ると、
「よし、俺が上まで一気に運ぶ! 先生方も後についてきてください! 揺れが収まらない。本当にこの塔が崩れるかもしれない」
と、羽田を抱きかかえると、道を空けさせ人間離れした足の速さで階段を使って屋上を目指した。遅れをとるまいと島田たちも勢いを盛り返して後を追いかけるが、彼の速さについていける者は一人もいない。
桐生はそのまま何階まで駆け上がったか数えもせず、そろそろ最上階だろうと思った階で牢屋らしき鉄格子の前を通り過ぎる。さて中に弥生がいる。
「誠司!」
「おお、お前! そんなところで何をやってんだよ!」
「あんたこそ何をやってるのよ?! いったい何が起きているって言うのよ?! あれ? それ怪我人?」
「とにかく説明は後だ! 生徒たちが上に向って上ってくるから、全員この世界から脱出させるぞ! お前もさっさとそこから出ろ! 俺は先を急ぐ!」
そう言って走り去っていくその背中に、
「どうやって出ろって言うのよ!」と弥生は吠えた。
「お前の能力で鉄でも溶かせばいいだろう!」
「さっきから何度もやっているわよ! でもできる訳ないでしょう!」
「いいから、やれっ!」
振り返りもせず、桐生はさらに上へと駆けて行った。あんな言い方をされてムカムカと腸が煮えて鉄格子を握る弥生の手にも熱が入るが、それでも溶かすことは不可能である。柔らかくして押し広げるにも時間が掛かりそうであった。そのうち桐生の言うとおり続々と生徒たちが上ってくる。体力に自信のある運動部の者でも相当に息が上がっている。体力のない女子の中には走るというよりは疲れでほとんど歩いている者もいる。そんな友だちに声をかけ励ましながら上っている子もいる。安川などはその一人であった。安川が鉄格子を押し広げようと力を込めている弥生に気付いた。
「閉じ込められたんですね。私も手伝います!」と近寄ってくる。
「待って! 触ると熱いから、とりあえず下で何が起きたのか教えて!」
塔に皆でたどり着いてからの出来事を細かいことは省いて話してもらう。滋が結界で魔物の王を押さえつけていること。桐生は怪我人を一刻も早く病院に連れて行くため屋上の「穴」へと向っていること。もしかしたら一階のほうから塔が崩れるかもしれないこと。聞けば聞くほどますます自分がこんなところに閉じ込められている暇などないと焦り出す。弥生の手にさらに熱が入り、鉄格子がわずかに歪んだところで、島田たち先生方も彼女に気が付き、やはり手伝おうとする。熱いからと制しようとしても、池田など男の先生方はシャツを脱いで手に巻きつけ、もしくは数人の男子を呼び止め剣や槍を梃に使えと指示を出して、どうにか押し広げようとしてくれた。すると、時間を掛けて炎で熱していた甲斐もあって、少しずつ隙間が広がっていく。運がいいのは弥生の体が細いことで、ある程度広げると、ついに脱出できた。
「皆さん、ありがとうございます! あと一、二階でもう最上階のはずです! そこに出口になる『穴』が開いているから、あともうちょっとです! うちの隊長も先行してます、頑張って上ってください!」
弥生は一礼すると、上ってくる生徒たちとは逆に走って階下へ向おうとする。
「下に行くのっ?!」
島田が呼び止めた。
「はい、仲間を助けに行きます。皆さんは先に脱出しておいてください!」
答えるとさらに安川が呼び止めて、
「あの! もう一人! 深沢君が、あの結界の人と一緒にいるはずなんです! 階段が崩れて、上って来れなかったんです!」
と、大きな声で言う。島田たち先生方にもそれは初耳であったので、顔を青くして、どうしてそれを教えなかったのか、どうして置いてきたのかと安川を責めている。彼女も言い訳はしない。
「大丈夫! 私が行くからまとめて助けてくる!」
弥生は力強く言った。すると安川は、
「あの! 私も行っていいですか?!」
と、肝っ玉なことを言った。だが弥生は首を横に振った。
「ううん、余計なことは考えずに、あなたたちは一刻も早くこの世界から脱出することを考えて。それがあなたたちの仕事だと思って。私たち、これでもプロだから。私たちは私たちの仕事をするから。助けるといったら意地でも助けてくるから。だから私を信じて。ああ、でも一つ頼みごとがある。途中でうちらの隊長を見つけたら、さっさと手伝いに来いって伝えて!」
安川が了解する前に弥生のほうが「うん」と晴れた顔で頷いた。そしてすぐ階下へと走っていった。
続きます




