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弥生と少年

「いえ、正直なところ、思っていません」


 そう答える少年は、弥生に合わせて戦闘の構えをとる訳でもない。怯えるでもなく、苛立つでもなく、慌てるでもない。口調も淡々として媚びる色もない。おかげで弥生の調子が狂う。


「じゃあ、私がどうするか、想像はできているってことね?」


「いえ、これと断定できるものはありません。ただ、僕と戦うと言うのならちょっと残念です。ちなみに僕は見ての通り『子供』です。お姉さんの仲間のように超人的に動ける訳でも、お姉さんのように超能力を使えるわけでもないので、戦いには向いていません。戦闘と言う点では『普通』なんです。そんな相手とお姉さんが戦えば、それはただの弱いものイジメになります。それでも戦うとなれば、僕ではなくこの竜が相手をすることになりますが、それでもいいんですか? お姉さん一人でこの竜を倒せるかどうかは僕にはわかりません。でも、簡単に倒せることはないと思います」


「君、そういう強いモンスターも作ってあるなら、わざわざ私をこうやってこの世界から強制的に抜けださせる必要がないじゃない。最後までこのゲームに参加させて、最後のボスとして置いておけばいい話よね。それをしないっていうのは意味がわからないわ」


 弥生は掌に炎を浮かばせる。揺らめく灯に照らされた彼女の顔は、目尻も眉も吊り上がって瞬きもしない。怒っているが、でも妙に美しい。その目で睨まれて、少年の澄ました微笑がにんまりと解けていく。


「ごめんなさい、お姉さん。この竜は、この子だけは、僕がこの世界で作ったものじゃないんです」


「それ、どういう意味よ。あんた、まさかその竜、本当に生きているって言うんじゃないわよね?」


「その通りです」


「その通りって… あんた、そんなのどこで手にいれたって言うのよ。そこらのペットじゃないんだから、近所で売っているわけでもないんだから… まさか…」


 弥生が思い当たるものといえば「あちら側」の世界しかない。問題はこの少年がこの竜を手に入れた経緯である。自分が首謀者だと告白しながら、この少年の背後にまだ「あちら側」の住人が手を貸し、糸を引いている可能性も出てくる。だとすれば厄介な話である。仮にこの少年を抑え込んでも、解決に至らないことだってあり得るのだ。残った生徒たちを脱出させたとしても、同じような事件が起きないとも限らないのである。弥生の表情も曇ってしまう。


「この子は人から貰ったんです。いまだに僕も信じられないことなんですが、お姉さん… 僕らが住んでいる世界とは別に、また僕が作ったこの世界とは別に、実はこの世には、もう一つの世界が存在するって、知っていますか?」


 知っているも何も、普段、彼女たちが扱う事件や事故はその「あちら側」に関わるものである。こう聞くところ、この首謀者である少年はUWの存在に疎い。


 自分たちの住む世界において能力者らしき者の噂を耳にすると、佐久間滋を隊に加えたようにUWは動く。弥生自身もそれによって組織に入った一人である。この日本において、いや、世界においても能力者の数は少なく希少な存在である。まして世界を新たに作る力などはさらに稀である。彼がその力を使えるようになった時期が弥生には気になる。UWが長年見逃してきたとも考えにくいが、それでいて、すでに「あちら側」とも接触があるというのだから、最近覚醒したものだとも考えにくい。


「知っているわ。私たちの仕事はその世界と関わりがあるもの」


 言葉を選んでそう返す。少年は首を突き出し、目を大きく開く。


「やはりそうですか。でも、当然ですよね。不思議な力を持った人が僕以外にいるなら、あの世界の存在を知っている人が僕以外にいてもおかしくはないですよね。いや、失礼。どうやら僕以上にあの世界のことにも詳しいようですし…」


「ちょっと、急に卑屈になって、どういう魂胆よ。それに、その竜をあんたに与えた人物って、どんな奴よ」


「いや、そこまでは言えません。それと、僕にこれといった腹黒いものはありませんよ。お姉さんを騙そうという気もありませんし、もとより、お姉さんを相手に何を企むんだという話です。お姉さんを帰す前に、こうして話ができたことは嬉しい限りですけどね。まあ、この竜は僕の個人的なボディガードのようなものです。ゲームには一切関係がないんです。ゲームには使わないので、安心してください」


 理屈を言っているつもりでも、弥生は腑に落ちない。


「モンスターはあくまで土人形で、生き物を使わないからゲームらしくてそれでいいかもしれないけど、でも、プレイヤーのほうは生身の人間じゃない。怪我だってするし、最悪、死ぬことだってある。自分たちは傷つけたくないけど、相手は傷つけてもいいって発想は卑怯よ。ここに来てからずっと思っていたけど、こんな世界を作って、ゲームとして高校生たちを学校ごと引きずり込んでプレイさせて、そんなことにいったい何の意味があるっていうの? 目的はいったい何だっていうのよ」


 すると少年は暗い顔をする。


「目的か… ないわけじゃないんです。でも、それを言えば、きっとお姉さんなら、身勝手だとか、わがままだとか、そう言うと思います。正直、僕はお姉さんが羨ましい。もっと早くにお姉さんたちと会っていたら、僕もおそらく、こんな世界を作って、こんなゲームをすることもなかったかもしれません。いや、きっと、そうだと思います。お姉さんたちなら、僕の力を適当な形で使ってくれていたはず… でも、これも運命なんですかね?」


「何よ、急に萎らしくなって…」


「これも運命だというなら、これも僕の人生だというなら、やっぱりそれを天命や使命とするしかないんですかね? お姉さん」


「だから、何よ」


「お姉さん、ごめん、やっぱり帰すのはやめにするよ。もう少し、話を聞きたい」


 少年は弥生を見つめたままパチンッと指を弾いた。途端に、竜の腕が伸びて彼女を再び鷲掴みにする。同時に塔の屋上の床も開くと、そこへ放り込んでしまう。弥生は三メートル近く落下する。持ち前の運動能力で何とか怪我なく着地するが、目の前には鉄格子。牢屋である。



続きます

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