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カニ退治

 教師が卒倒するのを目にして、教室にいた生徒たちは窓から逃げ出そうとする。この人の波に弥生も滋も呑まれ、出てはいけないと叫んでも焼け石に水であった。力技で押さえる術も持たず、


「何をやったのよ、あんたたち!」


 と、桐生に当たるが、


「何もやってないし、もちろん死んでもいない。ただの気絶。こちらに怒鳴ってないで、歳上の女の貫禄でも振り回して、あの生徒たちがどこでも勝手に行かないように体張って止めてこい!」


 と、言う。そこに窓の外から悲鳴が聞こえる。咄嗟に弥生も桐生も振り返ると、逃げ出して外へと出た生徒たちの前に立ち塞がる、高さ二メートルほどの巨大な赤いカニの姿がある。そのビジュアルは子供の描く絵画のようで、腹を見せて立ち、右のハサミだけ極端に大きく、口からは泡を吹き出している。


「ええい」


 桐生も弥生も共に窓へと駆け出し、女生徒たちを助けるべく外へと飛び出そうとする。すると、それまで教室から逃げ出そうとしていた彼女たちが今度はそのカニから逃げ出そうと、またこの教室へと逆戻りする。出口はぎゅうぎゅうである。窓から戻ろうとする生徒もいる。桐生は出るに出られない。彼女たちとしても、人殺しと疑い決めて逃げ出した恐怖も忘れている。当の桐生が窓辺にいてもまるで眼中にない。


 UWの三人は逆流が落ち着くのを待ってようやく外へと出る。出たと思えばこれまた時を同じくして、校舎の端の体育館の鉄扉が開き、そこから武器を持った男子生徒が数人、飛び出してくる。雄叫び勇ましくそのカニ目掛けて走り出すところ、武装で己の力を過信して攻撃しようとの肚である。カニもすぐそれに気付く。両者、攻撃の間合いの数歩手前で対峙する。出てきた男子生徒は四人。凝らして見ると、それぞれ剣や槍、ボーガンを手にしている。いざ敵を正面にして、しかし足を震わせている。本当なら走り出した勢いのまま攻撃をしたかったに違いない。一度その気勢をそいでしまうと次に跳びかかるタイミングを見失ってしまう。カニも相手の出方を窺って動こうとはせず、桐生や弥生は足を止めて両者の硬直に見入ってしまう。そのうち、赤い鞘の剣を携えた男子生徒が勇気を振り絞って、


「飛び道具だ!」


 と、叫ぶ。すぐに手に持つボーガンを構えて、カニの腹へと矢を放った。

 固そうに見えたカニの腹は意外と脆く、見事に矢が突き刺さると、他の面々もそれぞれにボーガンや弓矢を構えて一斉射撃を開始する。三本の矢がカニの腹に突き刺さると、カニはその場でひっくり返ってしまう。


「よしっ!」


 赤い鞘の男子が握り拳を突き上げたのも束の間、倒れたカニは砂とならず、その腹が焼いた蛤ように開き、中から同じ形をした野球の球ほどの小さなカニが何匹も溢れ出て、それらが生徒たち目掛けて押し寄せてくる。


「やばいっ!」


 との声で一人が逃げ出し、二人逃げ出し、三人目も逃げ出したが、一人残された赤い鞘の男子は、よほどの勇者か、それとも周りが逃げ出しても気付かない馬鹿か、剣を鞘から抜いて、襲われる前に振り回し、数匹を払い除ける。そこまではいいが、数か数だけに飛び掛られて、まとわりつかれるとすぐに痛がって、体に群がるのを引き剥がしながら、ようやく逃げ出す。他の三名を追って逃げれば、他の三人にも子ガニが纏わりついて、攻守逆転となる。


「出番だな」


 離れて傍観していたUWの三人は、その桐生の一言で無数のカニの群れ目掛けて駆け出した。桐生の足が段違いで速い為に、彼一人が先行して、自慢の得物をまるで小枝のように振り回して次から次へと小ガニを弾き飛ばしていく。次に足の速い弥生が近くも遠くもない頃合の間合いで顔ほどの火球をつくると、桐生がいても避けてくれると躊躇もなく群れの中ほど目掛けて発射し、命中させて、半分を焼いてしまう。一番遅れた滋は、先の二人とは異なり、カニに纏わりつかれている生徒たちの側まで走って彼らを守るように結界を張る。その結界をカニの群れ目掛けて放出できれば彼一人で一掃できただろうが、まだまだ修行不足である。さらに上空に黒い影が現れる。誰でもないヴァイスである。空中より彼が掌から衝撃波を放って、残りのカニを一度に押し潰してしまう。群れは壊滅。生徒たちに群がった少数もそれぞれが自力で振り払う。剣で叩き、足で踏み潰し、粗くやっつけて全てが砂に帰った頃には、本体である大きなカニも砂へと帰り、一難は去る。


 さて、突然の桐生たちの活躍に、教室から外へと逃げ出し戻った生徒たちや、他の教室にいた生徒たち、体育館から見ていた生徒たちからどよめきが上がる。すぐに、誰だ、何者だと、ざわめき立つ。


「本物だ…」


 生徒の一人が呟くのを周りも連ねて呟くと、その意味がわからない者はわかる者に訊ね聞いて、わかる者はその意味の大きさを噛みしめる。


 さて、いまだ意味を呑みこめない赤い鞘を持った男子を桐生は真正面にする。その面をまじまじと眺める。頬の辺りがひくひくと蠢いている。釈然としていないのは一目瞭然。


「誰か話せる人はいないかね? 先生だとか、まあ、君でもいいんだけど」


 努めて優しく訊ねてみると、赤い鞘の男子は目を三角にして、


「あんた方は、いったい何者だ!」


 緊張もあろう、少し語尾を震わせ言い放つ。なかなか生意気である。


「一応、俺たちは君らをここから救助しに来たものだけど、なかなかみんなに信じてもらえなくてね。それで君は、生徒たちの代表かい?」


「救助? これはゲームじゃないのか?」


 桐生の質問には答えずに自分の聞きたいことばかりを問う。目を細めて彼を見つめると、その後方、体育館から声を上げながら走ってくる女の姿が見える。


「羽田君! ちょっと待ちなさい!」


 ボブカットの髪をして、背は高くない、制服でもない。おそらく教師と思われる。桐生と、羽田と呼ばれた赤い鞘の男子との間に割って入ると、


「あなたたち、いまこの子たちを助けてくれたわよね。それも普通の人間ではありえないような凄い動きで。私たちの味方だと考えていいなら、私が話をするわ」



続きます

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