第十四話 サイタマーの逃亡者
~~~~~「冒険野郎グンタマーズ」[王国戯作全集]より引用~~~~~~
グンマー戦線で鳴らした俺達冒険者は、濡れ衣を着せられ御上に拘束された。
やむなく監獄城砦を脱出し、地下にもぐる。
だが、こんな所で燻ってるような俺達じゃあない。
筋さえ通れば報酬次第で何でもやってのける命知らず!
不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する、
俺達、『冒険野郎グンタマーズ』!!
俺はリーダーの『ワンリッター』、通称オオグンタマー。
大規模魔法と戦略の達人。
俺のような天才軍師でなければうちのチームのリーダーは務まらん!
あたいは『キティ・キッド』、通称ハイドハンド。
自慢の手業で、狙った獲物は逃さない。
お望みとあらば、何でも手に入れてみせるぜ!
わたくしは『シャノワル』、通称リトルブラウンですわ。
魔法の腕前には、ちょっと自信が有りましてよ。
わたくしの美貌に、あなたもひれ伏しなさい!
我が名は『アリーシア』、通称スカーフェイス。
槍を持っては、誰にも引けはとらぬ。
王様相手でも、一泡吹かせてみせよう!
……でも、『シ***レー』だけは勘弁な。
道理の通らぬ世の中だが、俺達は敢えて挑戦する!
頼れる実力、神出鬼没、縦横無尽の、
俺達、『冒険野郎グンタマーズ』!!
助けが要るなら、いつでも言ってくれ。
※冒険野郎グンタマーズ:
所謂『オオグンタマー伝説』を基にした冒険活劇。
男子の間で根強い人気を誇る。
王都近辺の芝居小屋では定番の演目の一つである。
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……私達は今、暗闇の中で身を潜めています。
「……こんなことならルミナ達の部屋を確認しておくんだった。」
ここは王都近郊の『アカデミーの別荘』である。
正体不明の『暗殺者』の襲撃を受けた私達は、直ぐさまここから脱出することを決定する。
だがそのとき、ルミナ達が未だ残されている事に気が付いたのだ。
とは言え、捜しに行こうにも『ここ』は土地勘も何も有ったものでは無い『よく知らない場所』である。
しかも、襲撃者の事を考えると闇雲に捜し回る訳にもいかない状況であった。
「少し騒がしくなって来ました。私たちが逃げたのがバレたみたいです。」
様子を伺っていたキットが報告をする。
少し、空気が重くなってしまう。
「いざ、というときは『転移』の魔法を使う。ギリギリまで粘るんだ。」
だが、まだ何とかなるはずだ、私は皆を励まそうとする。
皆は何も言わず、首を縦に振って同意してくれた。
じれて来たのか、ポンデが口を挟む。
「その通り。この中では、ポンデが一番『重要人物』なんだ。危ない真似は止めるんだ。」
そう言ってポンデはうつむく。
何も出来ないことに、彼女なりの焦りを感じているのだろう。
「……私の『読み』が正しければ、そろそろ動きがあるハズ……。」
これは勘、いや『賭け』と言って良いであろう。
だが、それでもここには幾らかの勝算が有った。
ルミナはああ見えて、妙に勘の鋭い娘だ。
そして『生まれながらの狩人』『エルフ』のシルヴィもついているのだ。
であれば……
…………!!
まず、『光』が見えた、そして『音』が響く。
轟音と閃光。次の瞬間、それは確かに起きていた。
あれが、『しるし』だ。
ルミナが放った『光の攻撃魔法』。
私達は、真っ直ぐにそこへ向けて走り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
辿り着いてみると、その建物の周囲は既に騒然とした雰囲気に包まれている。
不幸な通りすがりは、その場に居た『黒尽くめの男』に斬り捨てられた。
物陰から確認してみると、その男達は十四・五人は居る。
直ぐにでも乗り込みたい所だが、少々無謀だろう。
相手は、覆面のようなものを着けている。
顔は不明だったが、殺気立った様子は目付きから感じ取ることが出来た。
とにかく、急ぐ必要がある。早くルミナを助けなければ。
「もはやこれじゃ『暗殺』って感じじゃないですね。立派に戦争だ。」
アルスラはこう言うが、そうもいくまい。
ここは、私が『覚悟』を決める必要が有りそうだ。
「……よし、私が『魔法』を使う! アルスラは討ち漏らしを仕留めるんだ!」
ノノワが疑問を口にする。
そう、奴らは魔法耐性付与の『護符』を持っているはずなのだ。
だが……
「さっき触ってて分かった。あの護符は主に『四属性』向けだ。ならば、私の『魔法』なら効果は有るはず。」
『風』『火』『水』『土』の『四属性』は基本的な魔法の要素だ。
それら全てを抑えられるのなら、確かに『普通の魔法』には効果が大きい。
しかし、我が魔法は禁断の秘術。
死者を操り、生者を謀り、霊を呼び出し、命を弄ぶ忌まわしきモノ!
イメージを想起せよ。
獲物の心臓を掴め、血脈を掴め、神経を掴め。
ああまいったなニンゲンあいてにこれをつかうのはもうしないとオモッタのに。
糸を捜せ、意識の糸、呼吸の糸………命の糸。
いいさどうせいつかワタシはジゴクにゆけるのだろうカラ。
糸を指で引き寄せ弾く、切断せよ!
ただそれだけつぶやく。
…………死霊術の御術に依りて。
刹那、辺りに風が吹いた。
その男達が、静かに倒れてゆく。
風の前に、人間が倒れてゆく。
そしてアルスラが飛び込んだ。
確かに、『護符』は或る程度効果が有ったのだろう。
全員を仕留めるには、至らなかった。
ゆえにアルスラは、討ち漏らしを確実に『処理』してゆく。
数瞬の後、其処に佇むのはアルスラ唯一人であった。
「………………」
空白が訪れる。
私は叫んでいた。
「…………」
応えは無い。
もう一度叫ぶ。
扉が開く。
声と同時に、少女が駆け込んで来た。
小さな影がふところに飛び込んで来る。
そして私は小さなルミナを、しっかりと抱きしめた……。
続けて、シルヴィも姿を現す。
彼女は、その場の状況に少しショックを隠せないようだった。
無理も無い。
今、この場所には『死』が満ちていた。
折り重なる死体と、溢れ出す血、暗い影と、悲痛な貌、匂い、恐れ。
ここには、屍が満ちていた。
『暗殺者』たちの死体である。
全ては、先ほどの『処理』の結果であった。
しばらく呆然としていた彼女も、やがて自らの使命を思い出す。
そしてシルヴィがこちらに気付いた。
ルミナの無事を確認して安心する間も無く、その傍らに居る『不審者』に気付いたようだ。
「……何故『キサマ』がこんなところにいる?! 聖女様から離れろ!!」
……そう言えば忘れていた、今私は『仮面』を被っていなかった。
その瞬間私は、「この場をどう言い訳しようか」などと考えてしまう。
この状況では、今更どうでも良い事であるにもかかわらず。
ルミナが、それでも弱弱しげにシルヴィをなだめる。
今気付いたが、ルミナはやや消耗しているような様子であった。
ルミナを助けるためとは云え、私たちは沢山『人殺し』をした。
やはり、今の『この光景』は刺激が強いのだろうか、私は彼女を気遣う。
「……大丈夫ですの、『魔力』を、使い過ぎただけですの……。」
ルミナは気丈に応えた。
そうか、さっきの『魔法』が……
生きてゆくのに人より多くの魔力を必要とする彼女だ。
魔法を『使う』のは諸刃の剣でもあるのだろう。
そしてシルヴィは、そんなルミナを前に対処に迷っているようだ。
「お兄様、ありがとうですの、『もうだいぶ良くなった』ですの。」
どういう意味かな、と思ったら、急に『精神的疲労感』が襲って来た。
そうか、ルミナは『周りの魔力を吸収』するんだった……。
気付けば、ルミナの顔色はだいぶ回復している。
シルヴィも気付いたのか、『苦笑い』のような表情を浮かべていた。
* * *
「では、お前…じゃなかった『アイン殿』が、オオグンタマー卿だったのだな?」
とりあえず、シルヴィに手短に状況を説明した。
彼女は、不承不承といった様子ではあったがこちらの話を聞き入れる。
「確かに、そこの『平地エルフ』がいる時点で何か変だとは思ったのだが。」
シルヴィはノノワを睨みながら言う。
「……いや、だが正直なところ、前はアイン殿のほうは『余り印象に残らなかった』ので……」
なので、今までオオグンタマーの『正体』には気付かなかったのだとか。
私って、そんなに影が薄かったのだろうか?
「そうだった。ルミナ、シルヴィ、とにかくここは『危険』です。早く逃げないと。」
「何を言う……? アイン殿のお蔭で『暗殺者』は撃退出来たのだ。後は『アカデミーからの』援軍を待ったほうが良いだろう。」
いや、私的には『そっちのほうが』いろいろ不味いのだが。
細かい事情を聞かれて、『魔法』の正体がばれると大変なことになる。
とはいえ、そんな事を正直に言う訳にもいかない。
「……だと良いのですが、敵の『追っ手』が来る可能性があります。とにかく、ここは危険だと思います。」
とりあえず、もう一つの『懸念』を口にして説得を試みる。
シルヴィ達は、俄かには態度を決めかねるようだ。
迷いが感じられる。
だが、今こうしている間にも、『貴重な時間』はどんどんと失われているのだ。
そして、こちらの二人が何かを感じ取った。
ここは、決断が必要だ、私は、声を発した。
これが最適かどうかは判断が分かれるところだろう。
だが、今は一番『穏当な』選択だと思われた。
皆が、従ってくれる。
とりあえず、私達は部屋の中に身を隠した。
* * *
「……我等は『王都守備隊』に御座います! 聖女様!、姫様!、ご無事で御座いますか?!」
どうやらやって来たのは王都守備隊?だったようだ。
つまりそれは『王国の兵』ということになる。
騎馬が十騎前後、歩兵が二・三十名強、全部で五十人前後か。
それらしい旗や徽章を揃えており、見た目には本物らしく見えた。
とりあえず、慎重に様子を伺おうとしたら……
「おお! これで一安心ですね。では、まずは私が応対しますゆえ……」
シルヴィが出て行こうとしてしまう。
しかも、大声を出したので、こちらの所在も判明してしまった。
だがそのとき、ルミナの様子が一変する。
「お兄様! 変ですの、『チリチリ』するですの! 危険ですの!」
その顔には険しいものが浮かぶ。
『魔力検知に反応が無い』ということは、奴らは『例の護符』を持っている!?
まずい! やはり敵だった、完全に囲まれた……!
ルミナの静かだが決然とした声、と同時に猛烈な精神的疲労感がやって来る。
見れば、ノノワも同様のようだ、膝が崩れてゆく。
凄まじい速度で、魔力が吸い取られる。
ルミナは立ち上がり、『呪文』を唱えていた。
複雑な詠唱が、恐ろしい速度で開始されていた。
私もそれなりに訓練を受けた者ではあるが、それでも完全には聞き取れない。
「……初めに混沌有りて、闇は深遠の面に有り、主の御魂は水面を漂う……」
良く知る四属性のものとは趣の異なる詠唱が続く。
古めかしい言葉、雅なる声音、妙なる響き、精緻な韻。
細部は聞き取れない、だが、それでも聞く者に伝わる其のチカラ。
「……崇めよ、我は切り裂くもの! 讃えよ、我は照らすもの!」
「其処に義あれ! 我等が主の御意思に拠りて! 光は光に!!」
「ディクシク・デウス・フィア・ルクス! エ・ファクタ・エスト・ルクス!」
そして、詠唱が、完成する。
この間、実際には僅か四音節程度。
信じられない程の高密度詠唱だ、全く有り得ないほどの。
轟音と閃光が辺りを包もうとする。
「目を閉じろ」と言おうとしたが、そこで私の意識が飛ぶ。
後は、アルスラやキット、或いはシルヴィに任せるしかない。
光が弾け、音が周囲に満ちる。
ただ、白、白、白。
そして、光が収まった後、そこには動くものは無かった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何かの感触を感じて目を覚ました。
気付けば、キットとアルスラの顔がすぐそばにあった。
ああ、そういえばついこの間もこんなことがあったな、と思い出す。
私は辺りを見回す。
木々が目に入った。
少しまだ頭がぼけている、早くはっきりさせないと。
私は改めて周りを見回した。
アルスラとキットは、私の側に居る。
ノノワは……そこにいたか、木の根元で丸くなっていた。
ポンデは、その側で木にもたれかかっている。
ルミナは……シルヴィが抱き抱えていた、まだ眠っているのだろうか。
キットが釈明する。気を失ったのは、私だけではなかったようだ。
そして、アルスラも同じだったようだ。
「すぐにポンデと、そこのエルフを起こしてここまでお運びしたのです。」
私は体力には『自信が無い』とはいえ、少々情けない限りではあるな。
「……ただ……凄かったですよ……私たちの周りを残して、全部『丸っ焦げ』の『消し炭』になっちゃってました。」
やはり、あれは相当に強力な魔法だったのだろうな。
しかし、そうなるとルミナが心配だ、大丈夫なのだろうか?
すると……
妙にのん気な台詞と共に、ルミナが目を覚ました。
シルヴィが、途方に暮れたような声を上げる。
彼女でも、対処に困る事態のようだ。
ルミナは、こちらの心配を余所に全く普通に挨拶を返してくる。
確かに、表面上は元気な様子であった。
「『あの魔法』を使ったら、本当なら三日は動けないですの。でも、お兄様のおかげで元気一杯ですの!」
ああやはり、そういうことか……。
妙に疲れが残っているように感じたのは、気のせいでは無かったようだ。
全く、都合よく吸い取られる一方だな。
とりあえず、今は気にしないことにした。
* * *
全員揃ったところで、ようやく本題に戻ることにする。
今後の方針を決めるためにも、今は情報が欲しい。
分かっている事、覚えている事を整理する必要があった。
「……はい、さっきもちょっと言いましたけど、『あの宿』は魔法で殆ど吹っ飛んじゃいました。」
「……ついでに、『あの兵隊』もまとめて全部。黒焦げの、消し炭です。」
ああ、そうなんだろうなあ……。気が重い。
「生き残りが居るかどうかは分かりませんけど、あんな規模で『吹っ飛ばした』んですから、暫くはこっちまで手が廻らないと思います。」
全く、気が重い、滅入ってしまいそうになる。
「それは或る意味良いことなんだろうけど……ああ、罪悪感が……。」
彼女らは全く気にするふうではない。
だがさすがに、シルヴィは微妙な表情をする。
そして……
『張本人』の彼女は、随分と割り切った意見のようであった。
「……先に向こうが殺そうとしたですの、だから殺したですの。」
愛らしい唇から、『殺す』などという物騒な言葉が飛び出して来る。
私は驚愕すると同時に当惑を感じた。
そしてルミナは言葉を続ける。
「しょうがないですの、でないと死んじゃうですの、きっと痛いですの。」
「あとそれから……ルミナはお肉が好きですの。いっぱい食べたいですの。」
あまりの台詞に皆、唖然とした。
私も何と言ってよいのか分からなくなる。
しかも、彼女はこんな言葉ではあるが『私を元気付けようとして』発言したのだ。
無邪気な言の葉の端に、深い闇のようなものすら感じた。
人は、深淵を覗くとき無口になると云う。
光の聖女は、光輝なる煌きと共に深淵の闇をも抱える存在であった訳だ。
或る意味、とても似つかわしい。
成る程、彼女は正しく『聖女』である。
生きとし生けるもの、全て彼の者の前に在りて等しき存在である。
全く平等で、全て相対で、ゆえに上下無く、貴賎無く、
そこに、価値など有りはしない。
その存在を位置付けるのは、偏にただ『力』によってのみ。
肉を喰らい、血をすすり、這い上がり、生き残る、ただそれだけのこと。
これは、『神の視点』だ。
全てのものの上に立つ、超越者の目線だ。
成る程、彼女はまさしく『聖女』であったのだ。
私は、何と言ってよいのか戸惑う。
だが、まずは……
軽く、ルミナの頭に拳骨を落とす。
「女の子が、『殺す』とか何とか『はしたない』こと言うんじゃありません!」
ルミナが、ばつの悪いような表情になってくれた。
良かった、きっとこの娘は『まだよく分かっていない』だけだと信じたい。
『その向こう側』を見る前に、何とか思い留まるようであってくれ。
……せめて、私のようには、ならないで欲しい。
ようやく、少し空気が和らいでくれた。
「そうだな、小娘よ、そなたは『戦士』として立派な覚悟は出来ているようだが、まだそれだけでは駄目なのだ。」
アルスラがしかめつらな顔、ポンデにお説教をするときに見せるものだ。
「次は、弱きものを護れるようにならねばならぬ。よいかっ?!」
いつの間にか、彼女の周りに輪が出来てゆく。
「この娘は既に一流の魔法使いなんですから、そこは尊重してもらわないと……ですわ。」
一時はどうなることかと思ったが、無事収まってくれたようだ。
だが一方……
ルミナに『ああいう口の利き方』をしたら直ぐに激怒するはずのシルヴィは、それでも堅い表情で押し黙っていた。
その真意は、さすがに伺い知れない。
やがて、私に何かを言おうとする。
だが、やはり何かの迷いを見せた。
そして……
彼女は、そう言い残した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
とりあえず、もう少し森の奥に入る。
休憩を取る必要があるが、追っ手も心配だったからだ。
適当に狩りや採集で、食べられるものを集める。
ルミナなどは、こういうことには殆ど経験が無いようで楽しそうにしていた。
いざ、となれば『転移の魔法』を使えば良いと、私はこの時気楽に考えていた。
ようやく余裕も出来ただろうか、シルヴィが視線で合図する。
私も、そちらに向かった。
当初、沈黙から始まった。しばし、それは続く。
彼女は何を言いたいのか、分かるような、分からないような。
事前の対応予想など不可能である。
私はひたすら、言葉を待つ。
紡がれる言の葉は、それでも未だ意味を成さない。
そして、今一度の沈黙。
そして、問いかけが始まった。
私は「そんなことはルミナに聞いてくれ」と返そうかと思った。
しかし結局、黙っていることにする。
今のシルヴィは、答えを期待して問うているのでは無いように見えたからだ。
「私には分かるよ、あの方はそういう『天命』の下に生まれて来ている。」
シルヴィの言いたいことは、私にも感覚としては理解出来る。
だがそれでも、ルミナをそこまで神聖視するのは、良くないように思うが。
「分かるか? 私はそのようなお方の、お側に仕えられる事を誇りに思ってきた。あの方のお世話をする事に、喜びを感じていた。」
「大した才能を持たぬ私だが、それでも自分の全てを、あの方の為に捧げてきたのだ。」
その『才能』、という言葉の辺りで私の中身がチリチリと痛む。
私には、それでも彼女の言いたい事が何となく理解出来たからだ。
シルヴィが激発する。
シルヴィが、理不尽な台詞を私に向ける。
やがて、声は力を失ってゆく。
そして私は、敢えて応えを返さない。
彼女だって、別にそんなもの期待してはいないだろう。
ただ、視線のみを返す。
シルヴィは、ふと息を継いだ。
……ここまで聞いて来て、何故だろうか、私は少し腹が立ってきた。
女の愚痴を聞くのは男の役目とはいえ、せめて多少の役得も無ければそんなことはしたくない。
彼女にも『事情』があるのだろうが、彼女にも『言い分』があるのだろうが、それでも全て外に原因を求める彼女の態度は『はっきり言って気に入らない』。
もう充分だろう。話はしっかりと聞いてやった。
私は、その場を後にしようとする。
私はこれから大きな魔法を使わなければならないのだ。
精神的に疲れさせないで欲しい。
シルヴィは、急に弱気でしおらしくなる。
あの尊大で居丈高な姿は、どこに行ったのか。
少し、呼吸を整えて考えてみる。
ここで、何かしら賢しげな助言もすることは出来るだろう。
でも私は、そんな事はしたくない。
そんな不誠実な事は、したくない。
はっきり言おう、私はシルヴィのことは今は好きにはなれない。
だが彼女が、とても真摯にルミナの世話をしていた事は見ていた。
そしてルミナは、そんなシルヴィをとても頼りにしていたのも。
しかし同時に私は思う。
確かに、何かが『少し間違っている』と。
何かが、『少し足りないのだ』と。
私の主観で、直感で、そう感じるのだ。
私は話し始める。
「君はあの娘に、愛情を与えるのが役目だ。それが第一のはずだ。」
シルヴィは沈黙、そして
「……そんなことは分かっている、やっているよ。やっているとも!」
「なら、それを続ければいい。『正しいと思っているのなら』、ね……。」
少し、薄情だろうか、それでも私は突き放した言葉を口にする。
私の言い方に、何か引っかかるものを感じたのだろう。
シルヴィが、応えを投げた。
少し、息を次いだ、この言葉を口にするには、覚悟が要る。
「なら言ってやる! あれで、『あれで良い』とでも思っているのか?!」
こちらも、何故かいらいらした気分が昂ぶった。
「あの娘は! あの娘はあんなに歪んでいるじゃないか! お前は、『あれがマトモだ』とでも思っているのか?!」
何故、こんなにも気が昂ぶるのだろう。
何故、こんなにも心が騒ぐのだろう。
「あの娘はこのままでは……『怪物』になるぞ! 手の付けられない怪物に!」
言いたい事を言うと、少しすっきりしたような気分だ。
同時に、自分の中でも気持ちに整理が付いたように思える。
そうだ、『あの娘は特別だ、全ての人に愛される娘だ』。
知らず、私は彼女に魅かれていたのだと思い当たる。
昔、そんな人を慕っていたことを思い出す。
あの無邪気な笑顔と、透明な瞳、それに触れたとき、
皆があの娘に、「幸せであれ」と想いを抱く、幻想を抱く。
その無邪気さは、純粋な残酷性に繋がるというのに。
その透明な視線は、ときに全てを傷つけるというのに。
それでも、皆はあの娘が「幸せであって欲しい」と願うのだ。
それは、私も、そしてシルヴィも同じものなのだろう。
だから、こんなにも気が昂ぶるのだろう。
だから、こんなにも心が騒ぐのだろう。
ゆえに、私の理不尽な応えに、彼女はこう返す。
シルヴィがこちらに詰め寄って来た。
私は言いたい事は言った、だから少し冷静になれた。
そしてシルヴィは腹を立てている。
次に何をしようとしているかも想像は付く。
そしてそう思った。
一瞬目を瞑る、だが、『その瞬間』はいつまでもやって来なかった。
そこでは、アルスラがシルヴィの腕を掴んでいる。
アルスラは、中々見たことが無いほど恐い顔をしていた。
ぎり、と響いた音は、腕がきしむ声か、彼女の歯軋りなのか。
シルヴィの腕を力任せに引き剥がし、そのまま体ごと投げ飛ばした。
低い音がして、シルヴィの体が地面にぶつかる。
アルスラは槍を突き付ける。
彼女の髪の毛は逆立ち、こちらまで殺気が伝わってくる。
放置すれば、本当にシルヴィの喉を引き裂きかねない。
私はアルスラを止める。
アルスラは、少し殺気を抑えてくれたようだ。
アルスラは、それでも槍を突き付けたまま答える。
「……生かしておいても、主様の足手まといにしかなりません!」
そこで私は、一瞬返答に迷ってしまった。
次の刹那、ルミナが走り込んで来る。
「止めて! 止めるですの! シルヴィにヒドいことしないで!!」
ルミナはシルヴィにしがみ付き、叫ぶ。
アルスラの『剥き出しの殺気』に、震えながらそれでも抗う。
他の皆も、騒ぎに気付いてやって来たようだ。
アルスラが、ようやく槍を引いてくれた。
ルミナの泣き声が、その場に響く。
そしてアルスラも、酷く傷ついたような表情をしている。
今の私は、どんな顔をしているのだろうか? ふとそう思った……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「とりあえず、さっさとサイタマーに戻ろう。後の事は、ゼフィに相談だ。」
とりあえず、休憩を取って体も回復しただろうか。
これからの方針を、私は皆に宣言した。
「……しかし大丈夫ですかね? サイタマーのほうでも、既に『お尋ね者』になってたりして……」
その場に、重い雰囲気が立ち込める。
あえて軽い口調で、適当な台詞、その場を空気を和らげよう。
急に、ポンデとアルスラの二人の顔が紅潮してくる。
「うむ! それが良いのだ! 勇者様と一緒に、くにに帰るのだ!」
そして『森出身』の二人が俄然張り切りだした。
「……とにかく、まずはサイタマーに帰ること、それが第一だ。」
皆の顔に、何とか希望が戻って来た……ように感じる。
一方で、『アカデミー組』の二人はやや浮かない顔に見えたが。
「ルミナ達も、迷惑だろうけど後少し我慢してくれ。サイタマーに行けば、きっと何とかなるはずだから……。」
如何ともし難い、といった体ではあるが、とりあえず納得してくれたようだ。
私は、皆に声をかけた。
「はい、分かったですの。でも、ルミナは沢山歩くのは苦手ですの。」
「おっと、これは秘密ですよ。くれぐれも、お願いしますね……。」
転移の魔法の、発動を準備する。
目標はサイタマー、私たちの家。
目的はここから逃げ出すこと。
皆も、私の周りに集まる。
全員手を繋いだら、発動だ。
だが、魔法発動の瞬間、私は或る感覚を感じた。
つい最近も感じたことがある、『あの嫌な感覚』だ。
そしてノノワも反応した。
ルミナに衝動が伝わる。
そうだ、忘れていた……ルミナは『魔力を吸収する』のだった……。
力が激しい勢いで吸い取られる。
発動が、途中で中断された。
……私達は、今度こそ途方に暮れてしまうのだった。




