第十二話 サイタマーの訪問者
~~~~~~~「重装歩兵の詞」[王国軍事記録集]より抜粋~~~~~~~~
今日も王国重装歩兵練兵隊に朝が来た。
「おはようクソッタレ共! ところでジェイソン訓練兵、貴様は昨夜喧嘩騒ぎを起こしたそうだな、言い訳を聞こうか?」
「ハッ!報告致します! 馬臭い騎兵共が我等の密集陣形を指して『鈍くさい』と抜かしやがったため、ファランクスパンチを叩き込んだ次第であります!」
「よろしい、貴様の度胸は褒めておこう! いいか、最前線で殴り合うには一にも二にも『クソ度胸』だ! 騎兵突撃を景気付け程度に感じなければ一人前とは云えん。今回のジェイソン訓練兵の件は不問に付そう。だが重装歩兵の真価を理解出来ぬオカマの騎兵でも士官は士官だ! 訓練兵の貴様はそこを忘れぬように!」
「では『重装歩兵訓』、詠唱始め!!」
「何のために生まれた?!」
重装歩兵に成るためだ!
「何のために重装歩兵に成るのだ?!」
ゴミを吹っ飛ばすためだ!
「重装歩兵は何故戦う?!」
密集陣形を組むためだ!
「お前が敵にすべき事は何だ?!」
ファランクス・フォーメーションの漢の壁!
「ファランクスは何故歩兵なんだ?!」
騎兵のオカマ野郎が馬に乗っているからだ!
「ファランクス・フォーメーションとは何だ?!」
防ぐまでは攻められ、防いだ後は攻められない鉄壁陣形!
「重装歩兵とは何だ?!」
長弓兵より強く! 騎兵より強く! チャリオットより強く!
どれよりも安い!
「重装歩兵が食うものは?!」
骨付き肉とビアー!
「魚とワインを食うのは誰だ?!」
前線早漏投擲兵、投槍が尽きればおケツをまくるッ!
「お前の親父は誰だ?!」
蛮族殺しの百人隊、馬乗り共とは気合が違うッ!
我等王国重装歩兵! 騎兵突撃上等! 弓斉射上等!
戦死が怖くて前線に立てるか!!
我等王国重装歩兵! 騎兵突撃上等! 弓斉射上等!
戦死が怖くて前線に立てるか!!
我等王国重装歩兵! 騎兵突撃上等! 弓斉射上等!
戦死が怖くて前線に立てるか!!
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……私は今、『ウラワン城』の中で出待ちをしています。
関係各位の努力の甲斐あって、王国、グンマーランド共に『和平』の機運は高まり、遂にこの日『条約調印』の運びとなった。
王国側の代表団は既にウラワン城に入城しており、今現在お城は厳戒態勢の真っ只中にある。
水も漏らさぬ警備体制というやつであり、当然、緊張感でぴりぴりとした空気がこの城を支配している。
これらは、現在と未来へ繋がる『平和への道筋』の、産みの苦しみの一つであった。
ここに至るまでの道のりは平坦では無い。
全ては交渉担当の人々の、血と汗と涙に彩られた壮絶な死闘の成果であって……
私には、『殆ど縁の無い話』のハズであった。
「……あとは、アイン殿…じゃない『オオグンタマー卿』に全てが掛かっている。頼んだぞ!!」
……しかし、世の中そうは問屋が卸さないようである。
私は、誰にも聞こえないように『深い深いため息』を付いた……。
いかん、思ったより息が大きかったようだ。
『変な音』が『仮面』から漏れて、周りを固める兵士達に緊張が走った。
本当に「びくっ!」という感じの強い反応が起きる。
「(やっぱりこの前は『ちょっとやり過ぎた』のだろうか……)」
少し、反省をしてみる……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは遡ること数日前……
「ゼフィ姉さま…じゃなかった『ベンガラムール卿』は、準備で多忙ですので私達が代わりに参っております。」
本日遂に、『お城からのお迎え』がやって来た。
騒々しい音を立てながら馬車が乗りつけられ、そこから三人の見知った顔が現れる。
『ラン』『スー』『ミキ』の三人は、ゼフィの元にて組織される『遊撃隊』の主要なメンバーだ。
三人共ゼフィ同様、『猫科の獣人』で、それぞれランは三毛、スーは黒、ミキは茶色の縞々、の毛色が特徴となる。
しかも彼女達は全員、ゼフィの『遠縁』に当たる者であった。
ある意味『公私混同』とも言えるのであるが、これには無理も無い事情もある。
と言うのも、ゼフィの指揮する『遊撃隊』の職務は、単なる兵事に留まらず諜報活動や裏工作といった『非正規活動』もこなす必要があるからだ。
そこには『内部の強い結束』や『堅い機密保持』が要求され、ゼフィとしては『信頼の置ける人物』をそれらに宛てる必要があった。
結果、『遊撃隊』の中核は、ゼフィの身内や親友によって固められている。
「アイン殿……じゃなくてこれよりは『オオグンタマー卿』と呼ばせて頂きます。どうか、ごゆるりと。」
ともあれ、ウラワン城の騎士『ゼフィ・ベンガラムール卿』は、本日も多忙な日常を送っている。
とりわけ、昨今は例の『和平条約交渉』の関係で仕事が増えたようだ。
その招聘のもと、私達『アインライト改めオオグンタマー卿御一行様』は、これより『ウラワン城』へと赴くのである。
……全ては王国とグンマーランドとの、確かな平和のために。
私は、馬車の中で『例の奇抜な衣装』に着替える。
アルスラ以下の皆は既に慣れたのか、誰も『爆笑』などしなかった。
また、今日に備えてアルスラ達も服を新調している。
アルスラは冒険者風だが小奇麗な格好に、豹の毛皮のマントを着用していた。
豪華なものだが、『豹の毛皮』は自分で調達しているので費用はそれ程でも無い。
キットとノノワは『顔が分からないように』大きめのフードを被っている。
これなどは『オオグンタマー卿』の正体がばれないための用心である。
そう、オオグンタマー卿は『謎の魔導師』でなくてはならないのだから。
「お城は、結構久しぶりですわ。でも、いつもとはだいぶ雰囲気違うのでしょうね……。」
さて、ここで私の発声に変な音が混じってくるのにお気付きだろうか?
『エイジェン親方特製』の仮面は、地声を分かりにくくするために『音が反響する』ような作りにしてもらったのであるが、その副作用として呼吸音が妙な感じで響くようになってしまったのだ。
結果、ただでさえ怪しい者が、『怪し過ぎる魔導師』に昇格してしまう。
「卿に於かれましては安らかなる御心にて、どうか憂い無きよう。」
私の不安に、アルスラたちは気遣いをしてくれたようだ。
それぞれに、言葉をかけてくれる。
「(かぱ)……あーーー、君達も普段は普通に喋ってて良いから。」
私は、面板を上げて声が変に響かないようにすると、
だが堅い言葉では、場がかえって緊張してしまうだろう。
「……はい、それでは失礼しまして。アイン様、あとはバッチリお任せ下さい!」
「こら! あんたたちはすぐ調子に乗って! ……すいませんアイン殿。」
軽い調子には私も微笑が漏れた、少しはマシになっただろうか。
実際『三人組』とは既にそこそこの付き合いだ。普段通りが一番である。
「直接は……大したものは無いハズですね。アイン殿は『立会い役』ですし、そもそも『条件』なんかは、もう既に合意済みなんですから。」
三人の中ではリーダー的な立ち居地のランが、断定の言葉を返した。
「いや……礼法なんかで『ヘマ』しないか、すごい心配なんだが……。」
「そっちはもっと大丈夫ですって! アイン様はあたしたちなんかより、よっぽど作法が出来てますよ、羨ましいぐらいです。」
「大体向こうの『ゲスト自体』がその辺あんまし期待出来ないんですから。心配無用ですって、誰も気にしないですよ。」
ミキが、『えらく失礼な事』を口にする。とはいえ、全くの事実でもあるのだが。
なにしろ、今回の相手は『グンマー族のみなさま』なのである。
王国風礼儀作法など、期待するほうがどうかしている。
「……あ、ただ、式典の最中は、あたしたちはアイン様にくっ付いていられないのが心配ですね……。」
「あ、そっかーー。周り中『王国重装歩兵』だらけになっちゃうからなあ……」
「……あいつら、頭の中にカビ生えてるくせに、『プライド』だけは高いですからね。変な『嫌がらせ』とかして恥かかせようとしてくるかも……。」
スーとミキは、違う方面での不安を口にした。
王国の中には、今回の『和平条約』に異議を唱える者もいないことは無い。
その候補としては、『軍関係者』等が筆頭に挙げられようか。
なにしろ、王国建国以来グンマー族とはずっと抗争を続けて来た仲なのだから。
頭で平和の必要性を理解出来ても、彼らの『感情』はそうはいくまい。
その矛先が、私に向かって来ることは十分に考えられた。
「そうですね、ここは一つ『最初にガツンとかまして』やりましょう!」
「どうせあいつら、面通しの時に『何か舐めたマネ』してくるに決まっています。丁度良いから『軽くシめてやって』下さいな!」
アルスラが拳の関節を鳴らす。低くて力強い音がした。
「……いえ、今後の事を考えて、師匠ご自身が『魔法』で何かするのが良いかと思いますわ。」
「うーーん、その考えはいいけど、『攻撃系』の魔法だと私は余り使えるのが無いんだが……。」
「ですから、単純で簡単だけど『インパクト』のある奴が良いですわ。つまり……」
ノノワがちょっと『黒い笑顔』をする。
という訳で、私は一つ『悪巧み』を伝授されたのだった。
* * *
ウラワン城の中庭はいつも通り、いやいつも以上の『喧騒』に支配されていた。
ここに集うのは王国の守り手、『王国軍兵士』である。普段より数が多い。
目前に迫った大舞台を前に、兵士達もその準備に余念が無い。
或る者は訓練に汗を流し、また或る者は警備の手順を確認し……ここには、緊張と活気が満ち溢れていた。
そんな中、一つの大きな声が響く。
その声に、居並ぶ兵士達が反応する。
だが、彼女を見つめるその視線は、必ずしも好意的なものばかりでは無い。
この場に控える兵士の多くは『王国重装歩兵』、王国の『守り手』を自認する『堅い存在の』者達である。
そんな彼らにとっては、硬軟両面の任務をこなすべく『柔らかく造られた』遊撃隊など、まともな兵士の範疇には当たらぬのであろう。
すなわちその表情は、あくまでも厳しかったのだ。
「聞け! 此度の式に先立ち、名誉ある立会人『オオグンタマー卿』が貴様らを謁見なされることとなった!」
常とは異なる、堅い口調、凛と響く声がした。
さて、『ご紹介』を受けたことですし、姿を見せるとしましょうか。
私は、城の中庭へと一歩を踏み出すのだ、そう、『例の格好』で。
兵士達は、当初一声も発しない。
辺りを、奇妙な静寂が包んでいた。
やがて…………
笑い声が、爆発した。
多少ムカついたが、『二度目なので』慣れた。
兵士達は何かの線を踏み越えてしまったかのように笑い続ける。
笑う笑う、ええもう止まらない勢いで笑っていましたよ、やっぱり。
そして、私は、軽く手を挙げて『仕込み』を始める。
我が魔力よ、我の意思に応えよ。
奇怪な声が響いたとき、私の前に居た五・六人ほどに『その効果』は現れた。
彼らは、笑おうとしたはずであった、だが、そこに声が伴うことは無かった。
慌ててパクパクと口を開け閉めするが、それでも『声が出ることは無い』。
笑い声に代わり、次第に当惑と混乱のざわめきが増えてゆく……。
ついでだ、もう一人ぐらいは『黙らせて』おこうか。
私は、軽く手を振った後、相手を指差し、『術』を振るう。
彼も、沈黙していた。
そして、その場を、沈黙が支配した。
「(コーー)兵士は、無口なほうが良い。諸君らもそう思わないかね?(ホーー)」
私がこう発言する頃には、もはやその場に一声も発する者は居なかった。
皆、青ざめた顔で立ち尽くす。
私がこの時使ったのは、『沈黙』の魔法であった。
本来の使い道は、『声を出なくして、魔法の詠唱を封じる』こと。
古典的かつ有名な魔法である。
ただし、古典的かつ有名過ぎて『コレ』の対抗策については研究され尽くしている。
昨今、一人前の魔法使いならば、沈黙への『抵抗』を取得しているのが常識なのである。
対魔法使いの手段としては既に『有名無実化』していた。
しかし、『普通の一般人』でこれを掛けられた者はそうはいまい。
いきなり声が出なくなれば、誰でも驚くはずだ。
すなわちこれが『単純で簡単だけどインパクトのある手段』、という訳であった。
……効果はあったようだ、と言うか『効き過ぎた』かも知れないが。
再び響くその声に、居並ぶ兵士達は反応する。
皆、真剣な表情だ、『必死』と言ってもいい。
たちまち、全員が綺麗な列を作った。
澄んだ声が響き、全ての者は統一した行動を返して来た。
『次は自分なのか?』という恐怖がその場を支配する。
兵士達の態度には、もはや先程までのような余裕は無い。
全員が、背筋を伸ばして不動の姿勢を……
と、そこで視界の端のほうで体勢が乱れたのが見えた。
何かあったのだろうか?、近付いてみる。
見れば一人の兵士が、懸命に姿勢を正そうとしていた。
だが、どこかに痛みか古傷でもあるのか、背筋を完全に伸ばせないようだ。
既に、顔面は蒼白である。
ふむ、そういうことならば『治療』をしてあげよう。
さっきの『注意』は、少々効きが良過ぎたようだ、雰囲気が重くなってしまった。
ここらで、少し余裕を見せてやらねば。
直ぐに『治癒呪文・中』を使う。
これで、大分良くなっているはずだ。
彼の表情には、それでも当惑が浮かんでいた。
幾分和らいだとは言え、蒼白な顔色もそのままである。
私は、その場を和ませようと『笑いかけて』みたら……
これはビビった、自分でもビビった、マジでビビった。
とんでもない声が発声して、怪しさ大爆発だ。
気が付くと、先程の兵士、及び周りの十数名が昏倒していた。
……あれ以来、私は兵士達から畏怖されているようであった、無理も無いが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……ふと、気配を感じて顔を上げてみた。
遠くから、微かに喇叭の音が響いてくる。
続いて、「開門ーー開門ーー」という声音が伝わって来た。
視線の先のほうで、動きがある。
光が差し込んで来る、先頭の隊列が動き出した。
どうやら、出番が来たようだ。
周りの皆の顔を見回す。
アルスラ、キット、ノノワ、やや緊張が感じられた。
自分は、と言えばもうガチガチの状態だ、強張っている。
幸い、『仮面』のお蔭で気取られる心配は無いが。
近くにいた部隊長が号令を掛けている。
私の目の前にいた兵士達が前進を始める。
この人数なので、普通に歩くだけでも『地響き』が感じられた。
部隊が動き、前方に空間が出来たので自分達も前に出るべきかと思う。
と、そこにスーが走り寄って来て、
「オオグンタマー卿は、今暫くお待ちを。御出ましの際には、改めて声をお掛け致しますので。」
ふむ、そういうことらしい。
暫くは『待ち』だ、肩の力を抜く。
はるか前の方では、ざわめきや喧騒が巻き起こっているようだが、こちらからは判然としない。
既に城内は、奇妙な静寂に包まれていた。
ふと、そんな感想を抱く。
どうでもいい考えが、頭の中をよぎっていた。
…………風の音が聞こえる。
気が付けば、その場を静寂が支配していた。
城内だけではない、前方、つまり城外もいつの間にか静かになっていたのだ。
そして、『声』が掛かった。私達は歩き出す。
歩いて行く先に、人垣のようなものが見えた。
だが、それらは私達が進むに伴い、自然と二つに割れてゆく。
兵の集団は私達と一定の距離を保ち、決して近付こうとしない。
大きな手でかき分けるように、人の波は分かれていった。
私達は城門を抜け、王国の軍団の只中を歩いて行く。
城門の外には、既に大部隊が展開している。壮大な風景だ。
途中、なにやら『豪華な装備の一群』の近くを通過した。
あれが、今回の『王国側代表団』とやらなのだろうか。
こちらを、好奇の目で見つめているのが感じられる。
しかし、私には関係の無いことだ、敢えて気に留めないようにする。
視線は、合わせない。
兵士たちは、私が近付くと姿勢を正し、背筋を伸ばす。
決して目を合わせようとはしない。
表情も硬い、緊張の極致のようだ。
やはり、『少しやり過ぎた』のだろうか。
……そうして、私達は一番先頭へと出た……。
* * *
ここは既に城門の外で、普段ならば街道の横に広がる密林が見えるはずである。
しかし、そこに『密林』は無かった、そこには『人の波』だけがあった。
視界の全てを埋め尽くすのは、『黒い人間の海』。
……『グンマー族』の大軍団が、そこには存在していた。
王国とグンマー族、双方の集団からは声一つ上がらない。
張り詰めた緊張と奇妙な静寂が交差する。
さて、最初が肝心だ、挨拶は何よりも重要である。
私の役目『立会人』というのは、要は『そこに居て』『挨拶をする』、ただそれだけが求められる。
実際の調印など、『実の有る役目』は他の人間の仕事であり、私は、私の役割を果たす必要があるのだ。
ここは、何度も練習していた通りに……
何かとんでもない声が出てしまった。
何でこうなった、私はただ普通に「グンマー」と挨拶がしたかっただけなのに、緊張して声が裏返ったのと無理に大声を出そうとして変な場所から声が出たのと仮面の影響で音が妙な感じに反響したのとその他もろもろの原因で何かとんでもないことに。
ああこれは参った、このまま私は双方から裏切り者として処分されてしまうのだろうかそれならせめて身辺の整理をする時間ぐらいは与えて欲しい私は未だキットの勧める最高のパエリアを食べていないのだアルスラを故郷に返してあげたいしキットは解放しないといけないしノノワの次の修行先なんかも世話しないといけないのだ。
一瞬の間に、どうでもいい思考は最高度の回転を示す。
それが中断されたのは、地を揺るがす大きな歓声によってであった。
よく分からなかったが、グンマー族の皆様は大変な歓喜で大興奮のようである。
歓声が、その場に轟いていた。
前方の列の人々、これは『槍』を持っているから『戦士』の一団なのであろう、その人々が『興奮の余り、よく分からない踊りを踊っていた』。
それに加えて、後ろのほうの人々は歌を歌ったり楽器を鳴らしたりして雰囲気を盛り上げてくれている。
一言で言うと、『お祭り騒ぎ』であった。
そう言えばアルスラに聞いたのだが、グンマー族こと『森の奥の民』は、戦争をする際には『まず歌や踊りで相手を威嚇する習慣がある』のだと云う。
そして、交渉が上手くいった場合にはそのまま『実際の戦闘はしないで』双方引き上げるのだとか。
この話を聞いたとき、ふと感じたものだ。
我々は普段『文明人』であるとか『文化的』であるとか自賛しているが、では果たして彼らのこんな『知恵』に対して、どれほど優越を持てるというのだろう。
我等の戦争には、こんな悠長な習慣は無い、『ただ殺し合う』のみだ。
我等『森の外の民』の、『なんと野蛮な』ことか。
いっそ彼らに合わせて、我々も『歌や踊りを競い合う』そんな関係に成れれば。
きっと、世の中はもう少し穏やかで、安らぎに満ちた場所になるのだろうか。
……そんなことを考えていると、前の方、すなわちグンマー族の大軍勢から一つの集団が近付いて来る。
他と違い、豪華そうな上着を纏っている者が中心に居た。
どうやら、彼らが『グンマーランド側代表団』のようであった。
やがてその中から、やや小柄な人影が走り寄って来る。
見れば、それは以前会ったこともある少女、『ポンデ』であった。
彼女は『ポンデ』、正式には『ポンデラ・イーオン・グンマーマ・ンマー』。
これはグンマー語で『グンマーの第二王女、ポンデラ・イーオン』という意味になる。
グンマー族なので黒い肌に、整った鼻筋とくりくりした真ん丸い目が特徴的。
髪は栗色、グンマー族には珍しい、くせの無い直毛を肩の下まで伸ばしていた。
人懐こく、可愛らしい印象の少女、と言うかお姫様である。
私が『オオグンタマー』となって以降、グンマーランドには何度か招かれる機会があり、その際に紹介を受けている。
妙に懐かれたようで、向こうでは常に私の周りにまとわりついていた。
見ての通り愛らしいので、苦にはならず、微笑ましさすら感じさせてくれる。
ポンデは『森の外』に興味があるようで、言葉なども一通り使用することが出来る。
意外と勉強熱心なお姫様であったのだ。
そうこうしているうち、今度は長身の青年が近付いて来た。
整った顔立ちで涼しげな印象の好青年である。
豪華な毛皮のケープを身に纏い、傍目にも高貴な印象を与えてくる。
彼の名は「ンゼルエ・クリムー・グングンマー」。
すなわちグンマーの第一王子、ンゼルエ・クリムー殿下だ。
……グンマーランドの王太子、事実上のナンバー2の御出ましである。
まさか『王太子殿下』が来られるとは思わなかった。
驚きつつも、慌てて返礼をする。
それにしても、こんなときにも『変な音』が混じるのはやはり困ったものだ。
虚を突かれて、私はまず変な息のみを出す。
ンゼル殿下は、呼び捨てで構わないとの仰せである。
『こんな場所で』王太子殿下相手に『タメぐち』はちょっと勘弁して欲しかった。
しかし……
ンゼルエ殿下は、あくまでも親しげに御託を為される。
そしてポンデラ姫は、無邪気で裏の無い笑顔をお返し下される。
ちょっと困った。こういうときには……
訳:ありがたき幸せ!
……「グンマー」は、便利な『魔法の言葉』であった。
主賓が到着なされたからには、自分の仕事は終わったも同然であろう。
私は、あくまでも一歩引いた立ち位置で、事の次第を見守ることにする。
いえあのですから私はあくまでも一歩引いた立場で……
すいませんがグンマーの皆様もご自重をお願いします。
しょうがないので、『なるべく目立たないように』後ろを付いて行くことにした。
「それにしても勇者様、さっきの『演説』は素晴らしかったぞ、感動したのだ!」
「うむ、さっきのだ、勇者様が『勝利を!!』と高らかに叫ばれたのだ!」
さて、ここで思い出して見ましょう、さっきの台詞と云えば……
訳:……勝利を!!!
あちゃーーーーー。
これ、『公式記録』とかに載ったらまずいよね、うん、まずいです。
勝手に『勝利宣言』なんかしちゃったりしてるんですもの、劇マズです。
その後は気になってしまって、式典どころではなかった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、『調印の式典』はなんとか無事に終了した。
これにてお役御免かと思ったのだが、続いて『会見の儀』が行われるのだと云う。
「……わ、私はもう良いよな、役目は果たしたよな……?(コホーー)」
ゼフィは『がっちりと』肩を掴んで来る。
なかなか、自由の身には戻れそうになかった。
そして問題は『会見の儀』へと移る。
これは読んで字の如く、今回の式典に参加した高貴なる代表、すなわち『やんごとなき御方』同士が、交流を深めるべく会見を行う儀式である。
さっき既に顔を会わせたはずなのに、わざわざ『儀式』としてそれを行う。
お偉い方々の行動様式というのは、どうにも理解が困難であった。
王国側の人々は、既にウラワン城の『大広間』に集結している。
今回ここに入れる人間は『身分』が限られており、随員も必要最小限となる。
何故私などが同席出来るのか、不思議なぐらいだ。
とりあえず、ゼフィの側からなるべく離れないようにしよう。
ふと周りを見渡せば、当然知らない顔ばかりであった。
そういえば自分は、今回どういう方々がご訪問されているのかは把握してなかったな、と思い出す。
ひそひそ声で、ゼフィと話してみる。
「(コーー)あれは誰です? ほら、真ん中の椅子で偉そうにしている人。(ホーー)」
私は、金髪の若い男を指差す。貴人相手に失礼の極みだが。
「……あのなあ……あの御方は『ストークス王太子殿下』だよ。今回の代表首班だぞ。知らなかったのか?」
「……そりゃまあ、自分は『一介の冒険者』ですし。(コホーー)」
「しっかりしてくれよ。アイン殿はいずれ、ああいう方々と『お付き合い』することになるかも知れんのだから……。」
自分にしてみれば『冗談じゃ無い』という気分だ。
今更、『ああいう世界』とは縁を作りたくない。
「そうもいかんよ。『力有る者』は、いずれ相応の責任を果たす『義務』があるのさ、アイン殿には。」
私はゼフィのその言葉には、敢えて返答をしなかった。
* * *
ざわざわとした大広間の空気は、やがて一つの合図によって終焉を迎える。
「……グンマーランドの王太子『ンゼルエ・クリムー・グングンマー』殿下、並びに第二王女『ポンデラ・イーオン・グンマーマ・ンマー』殿下、御入場に御座いますーーー」
準備が整ったようだ、遂に『主賓』のご登場である。
その場の空気が、直ちに張り詰めたものに変化した。
ただちにストークス殿下が椅子から立ち上がる。
さすがの『王国王太子』も、同格の相手に対しては立ってお迎えを行うようだ。
楽が鳴り、扉が開け放たれる。
二つの人影が、そこにはあった。
ため息とも歓声ともつかぬ、声が上がった。
……現れたンゼルとポンデの両殿下は、式典時の『グンマーランドの伝統的衣装』(※野性的)では無く、『王国風貴族の正装』に身を包んでいたのであった。
上品な仕立ての、目にも鮮やかなドレスとスーツがそこにある。
二人の顔には、悪戯に成功した子供のような得意気な表情が浮かんでいた。
『会見の儀』は、こうして始まった。
さて、会見の儀と言ってもよくあるこの手の儀式・式典と大した違いは無い。
まずは『ゲスト』が『ホスト』の一番上座の者に挨拶をし、ホストはそれに応える。
後は適当に紹介し合って、それが一巡り、そういう流れだ。
ンゼルとポンデの両殿下が、ストークス殿下へと近付く。
だが、ここで……
ストークス殿下のすぐ側に居た、中年の男が呟く。
豪華そうな衣装に勲章がぶら下がっている。軍関係の貴人だろうか。
その声は小さかったが、それでも周囲が聞き取るには十分であった。
ゼフィの顔に緊張が走る。
そして、さらにまずいことに……
これには、私も少し驚いた。ンゼル殿下も、王国の言葉を話せたとは。
いつのまにか、学習されていたらしい。
王国側の高貴なる人々も、流石に動揺する。
グンマー族の、それも『王族』が敵国語を理解出来るとは考えなかったのであろう。
困った話だが、王国の人間はどうもグンマー族を甘く見過ぎているらしい。
『式典』に先立っては、『相手の言葉』を学習しておくのは或る意味『当たり前』の事であろうに。
まあもっとも、私でも『そのためにもポンデを連れて来たのだろう』ぐらいしか考えていなかったとは言え。
会見の儀の場内に、緊張が走る。
一触即発の、気配であった。
さしもの王太子殿下も、とっさには対処出来ないようで沈黙が続く。
中年の殿下は、言い逃れをしているようだ。
これは、対処としては悪手であろう。
……いずれにしても、これは『少々マズい事態』であった。
ゆえにここで、『またしても』私は余計なことをしてしまうことにする。
私は、ゆっくりと上座の方向へ歩き出した。
私の接近に気付いたのか、二人がちょっと反応した。
さてここで、『過ちは直ぐに改めるに如かず』という言葉がある。
つまりこの場合、経緯はさておき『さっさと謝っておく』のが正解と考えられた。
ただ、『高貴なる御方』がやたらと謝るのは問題が有る、というのが実に面倒な点なのであるが……。
すなわちターゲットは『張本人では無く』、脇に控える護衛役。
ついでに私も頭も下げておけば、場を取り繕うには十分であろう。
イメージを想起せよ。
相手の精神を掴め、神経を掴め、感覚を掴め。
いけないミンナきんちょうシテいるねここはワタシにオまかせヲ。
糸を捜せ、運動の糸、脈動の糸………行動の糸。
さあうごいてごらんワタシがミホンをミせてアげるから。
糸を指で引き寄せ弾く、操作せよ!
ただそれだけを呟く。
私こと『オオグンタマー卿』は恭しく頭を下げる。
ストークスとカルマンの両殿下の脇に居た護衛、近衛の者たちが『それに続いた』。
彼らの『意思に関わらず』、体が勝手に動かされたのだ。
全部で十人近くが、一斉に頭を下げる姿が其処にあった。
…………死霊術の御術に依りて。
「(コーー)……何やら不手際がありましたようで。(ホーー)」
周囲の視線が、こちらに集中する。
ここで何故か二人は、慌てた顔になる。
私が頭を下げたのが、そんなにも意外だったのだろうか。
「両殿下には、心からお詫び啓上致します。全ての責は、この私に。」
そして、いつの間にかゼフィも側に付いていた。
私に続いて、頭を下げていたのだ。
あとは、王太子殿下が収めてくれるだろう。
私とゼフィは、その場を辞することにする。
なんとか大事にはならずに済んだようだった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いろいろあったが、ようやく割り当てられた控え室に戻って来れた。
私は疲労感を意識して安楽椅子に体を預ける。
仮面は外したので声が変になることも無い。
「アイン様、ゼフィ姉さまが『此度の見事な機転、真に感謝します』と言ってましたわ。」
座ったところで早速、遊撃隊の二人に声を掛けられる。
彼女たちは『あの場』には入れなかったので、直接状況を見た訳ではなかった。
大したことではない、私は適当に返事をする。
「……ゼフィ姉さまは、まだいろいろお忙しいみたいです。今日の件も『報告をまとめないといけない』、とか言ってましたし。」
ふうと息を吐き出すと、自分が緊張していたことに気付かされる。
そして私の連れも、口々に労いの言葉を述べていた。
アルスラ、君の場合絶対『添寝だけ』じゃ済まないから……。
「カルマン殿下?……ですか。あのお方は今上陛下の弟君に当たられ、軍の将軍でもあらせられます。」
「軍の内部でも、『強硬派』ですね。今回の和平にも、最後まで反対してたんじゃなかったでしょうか?」
「『王弟殿下』……しかも反対派、何でそんなのがここに来たんだか……」
私は、状況を掻き回してくれた彼に、恨み言の一つでも言いたい気分である。
「……ま…まあ……『御上』の判断というのは、わたしたち下っ端には分かりかねますし……」
まったく、実に面倒くさいことだ。
* * *
……!
何かを叩く小さな音。そのとき、突然扉がノックされた。
乱暴に扉が開かれ、答える間も無くポンデことポンデラ姫が入って来る。
突然の訪問者は、さすがに私たちを驚かせた。
……ちょっと待てアルスラ、いつの間にそういう話になってた?
「いつかの私のように、ポンデも街を案内してやって下さいませ!」
……だからちょっと待てアルスラ、なんでそうなる?
スーとミキの二人が慌しく部屋を出てゆく。
何故か、と言うか当然のように後を頼まれてしまった。
「とりあえず、時間稼ぎも兼ねて『お城の中』でも案内すれば良いのでは?」
しょうがない、そうするか。
私は、再び『仮面』を被り直し、オオグンタマー卿に戻る。
そういえば、以前も彼女とはこんなやり取りをしたような気がする。
少し、懐かしさを感じていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
とりあえずポンデを連れて、城のあちこちを見て廻った。
何か珍しい物を見付ける度、彼女は「あれは何だ?」「これは何だ?」と尋ねて来る。
勉強熱心と言うか、好奇心旺盛だった。
考えてみると、ウラワン城の中をじっくり見るのは私も始めてだ。
ついでだから、よく見ておくことにしよう。
こんな機会はそうそう無いであろうから。
……私も、すっかり『おのぼりさん』気分であった。
薄暗い廊下の片隅に、階段を見付ける。
とりあえず、昇ってみることにした。
微かに、上から風を感じる。
そして上に出た瞬間、私達は言葉を失う。
そこはバルコニーになっていた。
光が溢れ、風が穏やかに流れていた。
小さな花壇が設けられ、花が咲き乱れていた。
ふと、時間が止まった感覚を覚えた。
空は、とても蒼かった。
「…………あら……?」
そして、少女の声がした。
その少女は、光だった。
光差す庭に、少女はいた。
花の咲く場所に、少女はいた。
空の蒼い下に、少女はいた。
……その少女は、光だった。
「わたしは『ルミナス・グロリアス・オブ・レイディアント』ですの。」
……『光の聖女』が、そこにいた。




