第十一話 サイタマーの影と光
~~~~~~~「聖者の告白」[王国発禁図書全集]より引用~~~~~~~~
私は、恥の多い人生を送ってきました。
私には、人間の生活というものが見当付かないのです。
もちろん私にも人並みに故郷、家族といったものは在ります、在ったはずです。
でもそれは違うのです、何と説明したものか、
私としてはそれを上手く表現する言葉が思い付かないことに
内心実に腹立たしさを覚えます。
そう、私にも確かに『家』というものがあって
血を分けた肉親兄弟といったものがあって
人並みの人間としての生計と云ったものがあったはずであるのに、
違うのです。それはどこかが違うのです。
それを上手く説明出来ないことに内心実に腹立たしさを覚えます。
例えるならそれは、或る日突然何者かがテーヴルの上に並べて、
全てをそれらしく誂えてそのままどこかへ行ってしまったような、
そんな居心地の悪さを感じるのです。
いつも私はそう感じるのです、感じられてならぬのです。
私には、人間の生活というものが見当付かないのです、分からないのです。
そこで考え付いたのが、『演技』でした。
もとより分からぬもの、理解出来ないものならば
いっそその判定を他者の見るがままに任せ、
私は在り得べきものとしての私を演じ、演じ切ることに満足すべきであると。
かくあるべし、と見られる存在である私は、
かくあるべき、という表現者でしかないのだと。
私はそう考えたのです、結論付けたのです。
ゆえに私は演じました、周囲から期待される清廉なる人物としての自分を。
高貴なる等と呼ばれ、でもその内実に私などはちっとも期待しておらぬのに、
でもそうであることを何故か周りから要望される、役者としての自分を。
常に演技することで人工的に作り出される、オブジエである私を。
不思議なものですね。
周りの者全ては私を褒めそやします。
なんと気高き、高貴なお姿であると。
いと清清しき高潔な態度で御座いますと。
私自身は何と白々しい、下手な無様な芝居であるとつくづく感じているというのに。
止めてしまいたいと思いながらも、その実、決して停まることの出来ない、
このペルペトウム・モビイレに囚われているというのに。
あなたがたは知らないのでしょう。
私が役を演じる裏で何を考えていたのかを。
この顔に張り付いた空々しい仮面の後ろで、
どれほどいやらしい笑みを浮かべていたのかを。
高貴ぶった取りすました表情の一方で、
どれほど醜く、淫らで、見るに耐えない妄想に身を任せ…………
私は、人生というものを演技していたのです。
だから、恥の多い人生なのです。
どう見ても駄目人間なのです。
本当にありがとうございました。
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……私はこの度、『勇者』というものを演じなくてはならなくなりました。
さて、なりゆきでグンマー族の人々から『勇者オオグンタマー』の称号を頂くことになったわけであるが、私は当座、この事実からは目を背けることに努力した。
国と国との付き合いすなわち『外交』に関して、基より『自称一介の冒険者』である私如きに成せることなど何も無かったはずだからだ。
すなわち自分としては、この件については『あとはゼフィやお城に任せておく』のが方針のつもりであった。
端的に言えば、面倒ごとには巻き込まれたくなかったのである、そう、何事にも。
……だが状況とは、ときに人に『回避不能の責務』というものを課す。
「……すまない、ここは『どうしても』アイン殿の協力が必要なんだ!」
私の場合で言えば、『和平条約調印において立会いを求められた』というのがそれに当たるだろうか。
グンマーランド側は斯く主張する、
『森の外の国との友誼は、あくまでも"勇者"あってのものである』
ということを。
ゆえに、『勇者無くして、和平無し』という結論に達するのだ。
……国と国の『外交関係』が、『属人的な繋がり』で左右されようとは!
まったくこれは、関係者にとってはいかなる悪夢であろうか。
個人的にも、『大迷惑』も良いところであった。
当然、これに関しては『是非お断り』したいところであったのだが……
今回の一連の交渉担当すなわち『ゼフィ』から、『マジで泣いて頼まれた』ことから回避は不可能と相成る。
「……既に案内役は勤めた訳ですし、義理と責務は果たしたと思うんですが。」
既に状況は不可避に近かったが、それでも僅かな望みを込めて、
「どっちかと言えば、これはアルスラのほうが適役じゃないでしょうか?」
せめてもの抵抗を、私は試みるが、
「……そんなこと言ったって、向こうが『アイン殿』じゃなきゃ駄目って言うんだよぅ……」
ゼフィは常と全く異なり、既に『泣き落とし』一方の戦術であった。
「なあ頼むよ……ここまで来て『交渉決裂』なんてなったら、あたしどころか家族も部下もまとめて処罰されてしまうんだ、バッサリと。」
「あたしで出来ることだったら……えと、その、何だってするからさ……えぇと、足りないって言うんなら、部下の娘たちもその……あの三人なら黙認するから……」
ゼフィは必死な様相であった。
ここまで真剣に縋り付いてこられると、私の神経では断ることなど出来ようもない。
私は内心の諦観も込めて、大きくため息を付いたのであった。
さてさて、回避不能な運命が斯くの如く乱暴に扉を叩いた後には、自分としても我が身の安全に留意しなければならなくなった。
指し当たっての問題は、公式な場――可能性は低いが最悪王都の王宮など――に出向かなければいけないという点である。
すなわち、私は『追われる者』なので素顔を晒すことには大変支障があるのだ。
今更『昔の知り合い』と再開する事態は考え辛いが、当に於いては慎重を期すに越した事は無かろう。
よって、何か対策を取る必要があった。
するとここで、
「……主様、主様は『オオグンタマー』なので、『儀式の際には仮面を被る』のが正式なシキタリですよ。」
……実に、意外な解決策が提示されていたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……!! こ、これはアイン様! よくぞお出で下さいました!」
さて、身に付けるものの相談ならば、何は置いてもこの人『エイジェン親方』であろうか。
私は、鍛冶職人のエイジェン氏、今はエイジェン『親方』の工房へ顔を出していた。
先日の古代剣の一件が片付いた後、私は約束通り彼に『資金』を提供した。
その甲斐あって、エイジェン氏は目出度く『親方』へと出世したのである。
聞けば、その後の商売も順調だと言う。
「その節は、本当にお世話になりました。今の自分があるのもアイン様のおかげです。」
「いえ、私はただ資金を出しただけですよ。全ては親方の実力あってのことです、自信を持って下さい。」
さて、旧交を温めるのはこれくらいにしよう、今日は用事があるのだ。
「……さて、挨拶はこれぐらいで。親方、今日は仕事を頼みに来たのです。」
「それはそれはっ! アイン様の頼みとあれば、何を差し置いてもさせて頂きましょう。ご入用は、武器ですか?防具ですか?」
親方は力強く答える。
「……あの、多分『兜』ということになるのですが、とりあえずこれを見てもらえますか……?」
私は懐中から丸めた紙を取り出した。
そして何やら『気まずい空気』が流れ出した。
エイジェン親方が、図面を見るなり絶句してしまったからだ。
「……こ……これは、アレですね。えぇと今流行りの『傾く』とかいった……」
まあ、『ヒドいデザイン』であることは私も認めよう。
グンマー族の民俗的な様式に則った、大変に『奇天烈な代物』であるからだ。
つたない素描で羊皮紙に描かれた『ソレ』は、王国人の美意識と忍耐力に何かを挑戦しているかのようである。
こんなキワモノを頼むに当たって、自分なりに纏めた『言い訳』を口にする。
「仮装パーティー用の仮面なんですよ。金属の細工なんで親方に頼むしかないかなと思って。」
さしものエイジェン親方も、やはり戸惑いが多いようであった。
「……あと、喧嘩に巻き込まれたときに備えて、こう……鉢金の部分は『タイタニウム』を使ってもらえますか?」
両手で輪を作って頭に乗せる格好をする。
技術的なことになると、少しは気持ちが上向くらしい、彼の目が輝いた。
「いいでしょう。アイン様のご依頼です、全力で当たらせて頂きますよ!」
一瞬の沈黙があったのち、きっぱりとした言葉が流れる。
エイジェン親方は、以前と同様『細かい事情は詮索しないで』いてくれるらしい。
流石は、信用出来る職人の鑑と呼ぶべきであった。
さて、前述の『タイタニウム』というのは金属の一種である。
非常に堅く、にもかかわらず十分な弾力性も持ち、魔力の通りも最上級。
武器、防具としての理想の特性を持つ金属である。
ただし、『大変に高価』という欠点も持っているのではあるが。
今回、一見役に立たない『遊びの品』のようなこの装備に、ここまでの仕込みをするのはひとえに『用心のため』である。
ゼフィには悪いが、私は『王国の上層部』に対しては余り信用を置くことは出来ないのだ。
最後には、自分の身は自分で守る覚悟が必要だろう。
……出来れば、こんな配慮は無駄に終わって欲しいものなのだが。
* * *
「ご主人様、せっかくですから、衣装なんかも用意しましょうよ!」
「あ、それいいですわね。やっぱり魔法使いなんですから、かっこいいケープが無いと! 裾が長くて、襟もピンって立ってるやつが良いですわ!」
意見を挟む間も無く、彼女たちの話が弾んでゆく。
「アルスラ姉さん、色とか印章とかで気を付けるようなことある?」
「ああ、色は白地に赤が入っているのが良い。しるしとかは『仮面』があるから後は要らない。」
「分かった、そんなところだね。……うーーん、何か楽しみになって来た!」
女性陣は、何だか勝手に盛り上がっているようだ、私を差し置いて。
……しかもそれらは決定事項らしい。
すなわち回避不能な運命は、ここにも口を開けて待っていたようだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて、出来たのは良いんだが……これ、ちょっと派手過ぎないか?」
いろいろあったが、『お道具』が全部揃ったので試着してみることにする。
まずは衣装のほうなのだが……
簡単にまとめよう。
その姿は、白地のラウンジスーツに一本の赤いラインが入っている。
そこに襟の立った裾長の、白地のケープ(マント)を合わせたものとなる。
しかも、ケープの裏地は完全に『真っ赤』で目にも鮮やかな事この上無い。
遠目にも『ド派手』な、人目を引く逸品であった。
女性陣には好評のようだ。
まあ確かに、色合いなんかは派手だが全体の作りは悪くない。
たまにしか着ない『ハレ』の衣装だと思えば良いのかも知れない。
「……いいですわね! 魔法使いらしくて威厳がありますわ、師匠!」
止めてください、恥ずかしくて死んでしまいます。
さすがにキットは同意しないようだ、彼女は常識人だった。
さて、完成した『仮面』の形態はと云えば……
基本的なデザインは『子供が落書きしたガイコツみたいなもの』である。
お世辞にも『格好良い』とか『洗練された』といった言葉とは無縁であろう。
さらに、ご丁寧にも頭の上に『お皿、もしくは円盤』が立てて乗っかっている。
これは、話を聞くに所謂『後光』を表現したものらしい。
これがワンポイントになって間抜けさをより一層強調してくれている。
アルスラの言を元に私が下書きしたのだが、「よく書けている」との有難くも無い言葉をもらった。
注文の時も軽く『眩暈』を感じそうになったが、そこは敢えて無視している。
しかもエイジェン親方は腕が良い。
細かなデッサンの狂いまで『正確に再現』してくれている。
ありがた迷惑と云うのは、実際『こういうもの』の事を言うのだろう。
……そして、私は、不安を感じながらも仮面を着けてみた。
瞬間、言葉が止まる。
私も、何か言おうと思うのだが、反応が気になって何も言い出せない。
しばしの空白の後…………
大きな笑い声が、その場に溢れた。
「うっ……うふふふっっ、あは、あはははっーー、こ、こんなのって!」
「す、すいません……くっ……あはははっーー! ど、どうかお許しを!」
三人は何かの線を踏み越えてしまったかのように笑い続ける。
笑う笑う、ええもう止まらない勢いで笑っていましたよ。
当然私は、怒りに震える。
……結局笑い声は、小一時間続いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……さて、昨晩は事態の収拾にそれなりの苦労を伴った。
こちらが『遺憾の意』を表明すると、彼女たちは『心よりの反省』を伴った『真摯なる謝罪』を口にし、『誠意ある態度』でもって『関係の改善』に努めた。
つまり私が「許せん、オシオキだ!」と言ったら彼女たちは「それでは誠心誠意ご奉仕いたします」と答えたので昨晩は燃えに燃えた、という訳である。
……結果として今朝の太陽は『少し(かなり)黄色かった』。
少々疲れた体を引きずりつつ、いつものように病院へ仕事に向かう。
仕事は待ってはくれない、日常は大事だけれど大変なものなのだ。
そして、今日もいつものような治癒魔法の一日が始まるのだろうと思っていたら、ちょっとした『イレギュラーな出来事』が待っていることとなる。
私はいつも通り、病院で治癒魔法を使っていたのだ。
するといつの間にか、『見知らぬ少女』がそばにいた。
私が魔法を使うのを興味津々の様子で観察していたのである。
少女は、見た感じ年の頃は十歳から十二歳ぐらい、手足は細長く華奢な印象である。
服は、白を基調とした、短い袖の、裾の長いワンピーススカート。
両腕に、腕輪というよりは『手甲』に近い、金属製の大仰な飾りを着けている。
特徴としては、『とにかく肌が白く、髪も白に近い薄い水色』であること。
整った顔立ちは、神秘さと聡明さを合わせ持ち、目を引かずにはおかれない。
……そこに、光があるような精白な印象を周囲に振りまいていたのだ。
彼女は、医師の身内か何かなのだろうか?
当初、私はその存在について深くは考えなかった。
手の空いたすきに、少女に尋ねてみる。
「こっちに『強い魔力』を感じたから、やって来ましたの。それが、あなただったですの。」
少女はくるりとした大きな瞳で、こちらを見据えた。
ノノワの同類なのだろうか。それにしては『エルフ』には見えないが。
そうこうしているうちに、次のお客さんがやって来る。
彼女、ルミナは、これのどこが面白いのかこちらの挙動をじっと見つめてくる。
ときどき首を傾げたりする動作が、妙に可愛いらしい。
正直、ちょっとやり辛いのだが、可愛いから許してしまおう。
「どうして『ほとんど詠唱してない』のに魔法が発動してるですの?」
この台詞にはさすがに、ドキリとさせられる。
こんな僅かな間に、何故それに気付く?!
少し、反応に迷うが……
私はとりあえず誤魔化そうとした。
が、ルミナの方は納得してくれないようだ。
こちらを見る表情がいぶかしげなものに変わってゆくのが分かる。
あ、なんかほっぺたが『ぷくー』って膨れてきた。
彼女は、言うが早いか凄まじい速度で『呪文の詠唱』を始めた。
速い! しかも正確だ!
止める間も無く詠唱は完成し、魔法が発動する。
辺り一帯に治癒呪文の効果が広がる。
その範囲は、この病院はおろか近所の一角全てを包み込む程のものだった。
治癒の効果を感じた患者たちが驚きの声を上げている。
それは良いのだが……
一人の患者が、悲鳴を上げていた。
『全体治癒呪文』は効果範囲内の全ての対象を治癒出来る強力な魔法だ。
習得に要求される練度も相当なものだがそれだけの価値は有る。
……だが、その『強力な魔法』も使い所を間違えると問題になる。
ここは『病院』、治癒魔法を使う前に『確認』しないと大変なことになる可能性がある場所なのだ!
「……『病原』が活性化しました! ただちに『処置』を行います!」
「トマソン先生は患者の薬を用意して下さい! 自分は『状態を一度元に戻す』ので!!」
イメージを想起せよ。
生の息吹、血の流れ、脈打つ鼓動、動き続けるもの。
このチのしたたるイノチの糧をむさぼり、くらうのだ。
糸を捜せ、肉の糸、血流の糸………生命の糸。
かげんにキをつけろゼンブとってしまったらだいなしになる。
糸を指で引き寄せ弾く、吸収せよ!
ただそれだけつぶやく。
続けて発動、
…………統合魔法の御術に依りて。
* * *
患者の状態は、何とか安定したようだ。
これはさすがに、かなり緊張させられた。
まずは、『生命吸収』で一時的に患者もろとも病原の力を抑え込み、次の瞬間に『状態治癒』と『治癒魔法・小』で治療と体力回復を図る。
一瞬の呼吸が、全てを左右する難しい『一発芸』だ。
……久しぶりにやったのだが、何とか体が覚えていたか。
しばらくは病院内が騒がしかったが、次第に収まっていった。
医師のトマソン氏も、落ち着いて来たように見える。
となると、次は『この娘』の対応をする必要があるだろう。
よく言って聞かせなければならない、これは『いたずら』で済むような問題ではないのだから。
私は、深呼吸をして気分を落ち着けてから、ルミナに話しかけた。
「……ええとルミナ、君が大した魔法使いなのは分かったけど、それでも『これ』は良くなかったね。」
沈黙、そして、
彼女は、さすがに『良くないことをした』と感じたのかしゅんとしていた。
その沈んだ表情や、伏した瞳を見ていると気勢が削がれるが、それでも言うべきことは言わなくてはならない。
……ここは、心を鬼にして。
「いいかい、治癒魔法はたしかに便利だけれど、無闇矢鱈と使っていい、というものじゃないんだ。相手の状態を、よく確かめる必要がある……。」
「特に、病気の人を相手にするときは、『注意して、よく確かめないと』こんなふうに大変なことになってしまうんだ、いいね?」
再び沈黙、その後、
ルミナが涙目で、こちらを上目遣いに見つめて来る。
その悲しげな表情を見ていると、胸が強く締め付けられそうになった。
なまじ可愛らしいだけに、悲しみの表情の『凄まじい破壊力』たるや!
はっきり言って、罪悪感がハンパではない。
「(うああああっっっ! そんな目で俺を見るな! 見ないでくれーーっ!!)」
一方のルミナも、今にも本格的に泣き出しそうな状況である。
これには、参った。どうしよう……
「……"白魔法の兄ちゃん"も、あんまりキツいこと言っちゃ駄目だよ。」
途方に暮れていたら、助けは意外な所から現れる。
病院の『常連』の御老人たちが、なだめに回ってくれたのである。
普段は何しに病院に集っているのか不明瞭な一群だったのだが、こういうときには有り難い存在となっていた。
ルミナの表情に、明るい色が戻って来る。
私も、ほっとさせられた、実に助かった。
私は、『もう怒ってないよ』という気持ちを込めて、彼女を軽くなでてあげる。
そしてルミナは、花のような微笑みを見せてくれた。
* * *
「……お嬢ちゃんの魔法はよく効くねえ……神経痛がすっかり良くなったよ、ありがとうね。」
「ほれ白魔法の兄ちゃん、ちゃんと相手してあげなきゃ駄目じゃないか。綺麗な娘さんの相手をするのは、若い男の務めじゃぞ!」
先ほどの『全体治癒呪文』の効果は病院全体に及んでいる。
今すぐには病院内の患者に魔法を使う必要が無くなってしまったらしい。
結果として、自分の仕事は手持ち無沙汰になっている。
私は、彼女ともっと話をしてみようかと思う。
さて、何かきっかけはないものか……
そのとき、ふと『或る物』のことを思い出す。
病院には子供の患者が来ることもあるのだが、怯えてしまって治療どころではない、というときもある。
そんなとき、私は『ちょっとした手品』で場を和ませるようにしているのだ。
そして私は、ポケットから『無色の水晶』を二つほど取り出した。
そして私は、水晶に魔力を込める……。
『水晶』には魔力を保持する能力があり、込める魔法によっては色々と変わった効果を生み出すことが出来る。
そして今、眼前のその水晶たちは、私の指示のもと『起き上がり、歩き出す』。
ひょこひょことしたその滑稽な動作は、子供の興味を引くには最高のものだ。
彼女の視線も、目の前の奇妙な動きに釘付けになっていた。
ルミナの瞳が、綺羅の輝きを見せていた。
事の次第はさておき、彼女の魔法の実力は相当なものだ。
この年齢でこれほどの『腕利き』には、そうそう会えるものではない。
とりあえず、好きにさせてみることにする。
私が魔力を送るのを中断すると、水晶は動きを停め、その場に転がった。
そして今度はルミナが魔力を込める。
しばらくは何も反応が無かったが、やがて……
何度目かの魔力が流されたとき、それは『立ち上がった』。
そして、『水晶』は再び歩き出す、彼女の魔力に従って。
やはり大したものだ、見ただけでこれを出来るようになるとは。
彼女の実力は、私の想像以上のものと思われた。
* * *
そうやって、彼女とは打ち解けることが出来た。
するといろいろ、話も弾んでゆくのだ。
ルミナは、そうして好奇心一杯の眼差しで『私の魔法』について聞いて来る。
「……お兄様、さっきのはスゴかったですの、『ほとんど同時に魔法を三つも使った』ですの。どうやったのですの?」
……小さな凄腕魔法使いは、実に『答えにくい事』を聞いて来たのだ。
『あの一瞬で』そこまで掴んでしまう彼女のほうが、自分にはよほど『凄い』と思えたのだが。
瞬間、答えに迷う、そして、
とりあえず、誤魔化すことに決めた。
……いつの間にか、誰か混じっているような……
「師匠、楽しそうですね。やっぱり『こういう娘』のほうが好みなんですか?」
いつの間にか、ノノワもやって来ていたのだった。
それにしてもまったく、世間体の悪い事は言わないでもらいたい。
私は可愛い子は大好きだ、老若問わず……何てことは言わない。
「お兄様ぁ……ルミナ、『お兄様の秘密』教えて欲しいですの……」
だからそういう表現は止めて欲しいんですけど。
まったく二人とも、そんな『期待のこもった瞳』で見られたら断り辛いじゃないか。
二人の瞳が、さらに輝きを増す。
説明を始めようとした私を、不意に『声』が遮る。
気が付けば、見知らぬ人物がそこに立ち塞がっていた。
彼女は――そう、その人物は『女性』だったのだ。
そこそこの長身で細身だが、相応に鍛えたきびきびとした印象。
緑地を主体とした、動き易そうな服に身を包んでいる。
薄紅色の長髪と、まさに『白磁のような』白い肌が目を引く。
さらに、そこにあるのは『長い耳』。
……彼女はエルフ、それも『白エルフ』と呼ばれる存在だった。
エルフの女はこちらにつかつかと歩み寄ると、私とルミナとの間に割って入る。
どうやら、彼女はルミナを捜していたのだと推測された。
所作のそれぞれに、ルミナを守ろうとする意思が感じられる。
私たちは、とっさのことで戸惑う。が、そこで……
唐突に怒られた。
突然だったので、腹が立つ以前に驚きのほうが勝っていたが。
一方ノノワは、すぐさま反撃に出ることにしたようだ。
さらに……
ルミナも反応した。
そしてエルフの彼女の名は、『シルヴィ』というようだ。
「……!! し、しかし聖女様! 聖女様こそこのような場所で……」
エルフの彼女はその瞬間はたじろぐが、
ルミナの顔に、何か焦ったようなものが浮かんだ。
どうやら雲行きが怪しくなって来たようだ。
ルミナの様子に、だんだんと余裕が無くなってゆく……。
「どういうおつもりですか?! 今日という今日はご容赦出来ませんよ!」
「枢機卿様に『ご報告』申し上げて、きつく叱って頂きますからね!!」
さて、ルミナにはどういう『事情』があったのやら。
何が何だか、こちらにはさっぱり不明である。
そんな中ノノワが……
「……そんなことはどうでもいいですわ。いきなり師匠を『下郎』呼ばわりとは……白エルフは、やはり礼儀知らずですわね?!」
ノノワの挑発に、相手がじろりと睨み返す。
だがエルフのシルヴィは、あくまでも強気。
そして彼女は、高らかに宣言したのだ。
「ルミナス・グロリアス・オブ・レイディアント様であらせられる!!」
「『アカデミーも認めた』、この国に遣わされた尊きお方であるぞ!」
エルフは大見得を切り、指先は聖なる少女を指し示す。
一方の少女は当惑もあるようだが、決して縮こまることは無かった。
一瞬背筋を伸ばし、前をしかと見る態度。
大仰な『その名乗り』に、ある程度慣れている雰囲気を感じさせた。
一方私は『その単語』を聞いたとき、一瞬にして体が強張る。
まずい、これは実に、まずい相手だ……。
「……はん! 『聖女』だか何だか知りませんが、こっちは今まで『迷子』を世話してやっていたのですわ、お礼の一言ぐらい、あって当然ですわ!」
だがそんな私の懸念を他所に、ノノワはますます熱くなっていた。
「そっちこそ! その仰々しい物言い、さては『山奥の田舎エルフ』ですわね?」
なんだか、口喧嘩は良く分からない方向に行っているようだ。
多少の見た目の違いがあるとは言え、エルフ同士にも色々あるらしい。
するとそこで、
声と同時に、眩しい閃光が弾ける。
虚を突かれ、全員の動きが止まった。
眩い光に目を奪われたが、一方で私は疑問も感じる。
はて、ルミナは『今、何をした』のか、それは、
……間違い無い、今のは『光の魔法』だ。
『人間』に、光の魔法を使える奴がいるなんて……!
そして光が消えたとき、そこには少しばかりの落ち着きが取り戻されていた。
いつの間にか、『聖女』は厳かな気配をまとっている。
「きっと、偉大なる魔法使いですの。失礼は、いけないですの……。」
その言葉には、威厳すら感じられた。
而して、エルフの従者は謹厳に会釈をする。
「……いえ、こちらこそ。『聖女様』とは露知らず失礼を致しました、ミス・レイディアント。」
対する私は、立ち上がってその場で軽くお辞儀を呈した。
略式だが、これは貴族同士の間で使う『正式な礼法』に則ったものだ。
この辺はその昔散々に叩き込まれたので、自分はよく憶えている。
まさかこんな所で使うことになるとは思いもしなかったが。
先ほど、『下々の下賎の者』と言われた事に対して、皮肉を込めて礼を示す。
だが向こうは、何の返礼も無しであった。
こういう場合、作法に則った返礼をしないのは『貴族間では』大変に失礼に当たるのだが、どうやら向こうはよく分かっていないらしい。
やはり、『アカデミー』の連中にろくな奴はいないのだろう。
私は、そう思うことにする。
ついでだ、丁寧で慇懃な『礼を呈する』ことで距離を作るとしよう。
頭を下げ、苦味が走る自分の顔を、相手から見えないようにした。
ルミナの目が、しばしこちらを捉える。
「あ、あの、お兄様、わたしは『ルミナ』ですの。ルミナと呼んで欲しいですの、さっきみたいに。」
そして少女は、少し悲しげな目をしていた。
私の『余所余所しい態度』に何かを感じたのだろう。
「いえ、ミス・レイディアント。私は『一介の冒険者』、これまでの失礼重ねてお詫び申し上げます。」
だが、私は突き放す。
『ミス・レイディアント』と敢えて呼ぶのもそのためだ。
「……今日のところは、これにて失礼させて頂きます、ミス・レイディアント。」
私は、慇懃無礼の『仮面』を被り、表情を消す。
相手が『アカデミー』であるならば、これ以上の接触は危険だろう。
それは双方にとって、決してためにならない。
なにしろ、自分は『禁呪の遣い手』であるのだから。
なにしろ、自分は『異端に身を染めし者』であるのだから。
なにしろ、自分はアカデミーの『敵』であるのだから。
この場は、早々に立ち去ることにしよう。
視界の端に、あの娘の、ルミナの悲しげな顔が映る。
心が少し痛んだ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
病院を出て、大きく息を吐き出した、少しのびをする。
ノノワも一緒に付いて来ていた。
精神的にも、本当に疲れた。
体のあちこちが、痛みを持っているようにすら感じる。
とにかく、本当に、疲れた。
ノノワが、妙に含みのある言い方をする。
その言い廻しが、少し気になった。
「あ、あの……師匠……ひょっとして『気付いていませんでした』?」
ノノワの、微妙に戸惑った表情。
「あの娘……周りから『魔法素を吸い取って』いましたわ、もちろん師匠の魔力も。」
これには、驚かされる。
だが、そう言われると確かに頷けるものがある。
この疲れ具合は、魔力を消耗したときのそれだ。
肉体的なだけに留まらず、もっと根源から精神を消費したようなそれは。
彼女は答えを一瞬ためらい、そして、
「ええと……エルフの言い伝えには『ああいう存在』のことが出て来ますわ。」
何かを思い出すように、言葉を紡いだ。
「普通の者よりも遥かに優れた魔法の能力を持つ代わりに、『生きるのに大量の魔法素を消費してしまう』のですわ……」
「……はい、『魔力を喰らうもの(マジックイーター)』ですわ。」
「成る程……そうか、一種の『魔法生物のような』仕組みだな。それなら理解出来る。」
「エルフの言い伝えでは、そういう者のことを『御子』と呼びます。」
「『御子』は、『聖なる森や神聖な山』で育てられ、『預言者や求道者』としてエルフ全体を導く存在になる、と云われていますの。」
興味深い話だ。エルフにも、『救世主伝説』のようなものがあるとは。
聖別された異能の者は、自らに課された運命に立ち向かい、そして成長してゆく。
『英雄』とは、そうして生まれるものなのだ。
「本物なんて、初めて見ましたわ。それも、『人間の御子』だなんて……」
ノノワの顔に、当惑が浮かぶ。
私も、突然のことで当惑するばかりであった。
よくは分からないが、この先、何かが起こりそうな気がする。
私は、周囲に巻き起こる『嵐』のような予感を感じていた……。




