第十話 サイタマーの『おはようからおやすみまで』
~~~~~~~「治癒術士の一日」[王国仕事人物語]より引用~~~~~~~~
治癒術士の朝は早い。
夜明けと共に起き、緩みがちな精神に活を入れる。
「まあ、人の命を預かる仕事ですから。」
魔法の威力は、自分の体調に直に影響される。
人一倍健康に留意し、毎朝の鍛錬も欠かしたことは無い。
最近は歳のせいか、体がついてこないこともある、と愚痴をこぼした。
一日の仕事は、魔力の入念な確認より始まる。
「魔法は嘘を付かないんです。全ては、自分のせいですから。」
彼は、魔法をひとつひとつ確かめながら呟く。
「あと、毎日ちゃんと構ってあげないと拗ねるんですよ、女と一緒ですね。」
続けて軽く笑った。
食事は一日三回、量もしっかりと取る。
「魔法使いと言えど、体力勝負ですから。」
魔法使いには食の細い者も多いが、治癒術士はそうはいかない。
次々と訪れる患者に、文字通り『命を分けて』行く。
食事は大事ですよ、と何度も強調する。
「いざ、というときに魔力が足りないじゃ話になりませんから。」
「昔は食が細くて、師匠には何度も怒られましたね。」
師匠の事を語るとき、彼の口は自然、饒舌になる。
今の自分があるのは師匠のおかげ、と何度も語る。
「でも修行は厳しかったですよ。ええ、それはもう……」
そう言いながらもその瞳は優しい。
確かな信頼が、感じられた。
そんな彼の目下の悩みは、後継者不足。
「最近はアカデミーの魔術士も、質が落ちていて。」
若者は、より派手な攻撃魔法のほうを好むのだと言う。
治癒術はどうしても地味ですから、と寂しく笑った。
「やっぱり一番嬉しいのは患者さんからの感謝の手紙ですね。」
「……この仕事、やってて良かったな、と。」
たとえ一人でも、治癒術を必要としてくれる人がいる限り自分は現場に立ちたい。
彼は日々、もくもくと自分の仕事をこなす。
「患者さん一人一人、状態や程度が違う。薬では出来ない。」
最近は辺境領から安価な薬が入って来て、需要が押され気味である。
彼自身のこだわりは、必ずしも理解されない。
だがそれでも、『本物』を求める患者がいる限り、彼は治癒術を振るう。
毎日の魔法の訓練は、決して欠かしたことは無い。
「ひとり、暗い部屋で治癒魔法と向き合っていると、
何かこう、ピシッとしたものを感じますね。」
今日も一人、遅くまで治癒術の研鑽を続ける。
……そう、治癒術士の夜は、遅い……。
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……我が家の朝は、優雅な一杯のお茶より始まります。
私が寝ぼけ眼をこすりながら起き出すと、キットも朝の挨拶を返す。
とは言え、私は朝は強くない、はっきり言って苦手だ。
おぼつかない手で、キットからお茶を受け取る。
そして未だシャッキリとしない脳みそに、お茶で無理やり活を入れる。
だが成分が十分に効果を表すには、しばしの時間が掛かる。
訳:……主様……おはようございます……
声がすると同時に、背中全体が柔らかい感触に包まれる。
朝っぱらからアルスラがまとわり付いて来たのだ。
背中から腕を回し、首筋に頬擦りをして来る。
朝一番で加減が出来ないのか、腕の力は強い。
……少し苦しいのだが、感触は良いのでくせになるんだよなコレ。
起き抜けのアルスラは、私以上に使い物にならない。
自分も含めて、気だるい空気が一気に濃くなる。
「師匠、早く目を覚まして下さいな。一日が始まりませんですわ。」
一方ノノワはさすがに朝から冷静である。
彼女の声を聞きながら、私は意識を覚醒させてゆく。
深く沈んでいたものが、浮かび上がってくるのを感じた。
とは言え、師匠的には弟子に言われっ放しでは面白くなかろう。
ここは、やはり師匠愛・家族愛を見せ付けるべきである。
……朝は、頭が上手く働かないな、妙な考えになってしまう。
ノノワとキット、二人をおもむろに後ろから抱きすくめた。
彼女たちはしばらくジタバタしていたが、やがて大人しくなる。
しばし、柔らかい時間が流れる。
十分に堪能したあたりで、
ようやく目が覚めた、自分自身に気合を入れる。
さあ、今日も仕事だ、日常を始めよう。
……何と言うことはない、いつもの朝の風景だった。
* * *
「さて、アルスラは今日も薬草採りか。日によって場所を変えるのは忘れないでくれ、採り過ぎが一番良くないから。」
アルスラも採集の仕事はもはや手馴れたものだ。
薬草を取ったり残したりの加減も、特に心配は要らないだろう。
「いえ、これが私の仕事ですから。それと、今日はお茶を買っておきますね。」
「……いいねぇ。『サイレントヒル産』で頼むよ。お茶はあれが一番だ。」
『サイレントヒル』とは『王国領サイレントヒル』のことである。
お茶の産地として特に有名な場所であった。
ただし、その栽培方法は厳重に秘匿されており、
『サイレントヒルに不法侵入した者は生きて帰ることは出来ない』
というのが、まことしやかに噂と囁かれている。
いずれにしても、他の産地では未だ其処までの規模には達していないのだ。
王国本領内では、そういう訳で専らサイレントヒル産のお茶が飲まれている。
その等級は幅広く、まさに『ピンキリ』であるが、キットはそのへんの駆け引きや加減が実に上手いのだ。
いつも良い品を、手ごろに仕入れてくれるので助かっている。
「私は取り敢えず魔法の修行ですわ。午後からならお仕事も手伝いますけど。」
……そういえば、何だかんだでノノワの魔法修行には余り付き合ってあげられなかったような気がする。
近いうちに、埋め合わせをしてあげたほうが良いだろうか。
何か修行の『課題』を考えておこう。
「……そうか、じゃあ私のほうはいつも通り病院で。皆も何かあったらいつでも来てくれ。」
全員がうなずく。
今日もそれぞれが、各々の場所へ向かう。
一日が、日常が、こうして始まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
病院での仕事は、限り無く『流れ作業』である。
医師の診察が済んだ患者に、気付け兼サービスとばかりに治癒魔法を掛けてゆく。
使うのは、一番弱い『治癒呪文・小』。
特に重症でもない限り、これで十分なので楽なものである。
そう、まさしくこれは流れ作業なのだ。
さて治癒魔法といえば、最初に魔法を習った年老いた先生からは、
「よいか、相手の一人一人、状態や程度が違う。ただ魔法を掛ければ良いというものではないのじゃ。」
と随分としつこく説教されたものだ。
……が、進学した上級学校では全く違う答えが返ってきて驚愕させられた。
「ふん。能無しに限って小手先のワザや精神論に逃げるものだぜ。」
「そもそも大元の魔力が足りないから、セコく節約して誤魔化すのさ。」
「考えてもみろ、治癒といえど所詮『ただの魔法』だ。他と違いなんかあるもんか。」
あの教官、今考えてみるとエラく『身も蓋も無い』ことを言っていたよな。
今頃は元気にしておられるだろうか?
アカデミーを追放とか、されてないと良いけど。
ただ、現実として彼の意見は『真実を突いていた』と思うのだ。
仮に、治療に於いて五から十五程度の魔力が必要としよう。
この場合、何も考えずに二十ぐらいの力を注ぎ込めば、傷などは完治させる事が出来るのである。
十分な余裕があるのなら、そのほうが『手っ取り早く』『確実』なのだ。
一つ一つの事例に無理に合わせていちいち力を調整することは、一見魔力を節約出来るように見えても、全体としてかえって能率を落とすことに繋がる。
魔法の出力調整というのも、あれで結構意識を取られる行為だからだ。
かつて私も、『疫病の患者を何十人、何百人と治療するとき』にその事に気付いた。
小手先のワザは、所詮己の器を越えることは出来ない。
結局、自分の総魔力こそが魔法使いにとって最後の砦なのだ。
あの教官は言っていた、
……彼の教えが、ふと懐かしく思い出された。
そう、病院での仕事は限り無く『流れ作業』である。
合間に余計な事を考えても、無理はないのだ。
とは言え、この流れ作業にもちょっとした落とし穴が存在する。
稀に、何も考えずに治癒魔法を掛けると、状態が悪化してしまう患者が紛れ込んでいることがあるからだ。
或る種の病気を患っている患者の場合、治癒魔法を掛けると病源まで活性化させてしまい、症状が悪化する結果を招く。
実際、昔これで『痛い目』に遭ったことがある。注意が必要だ。
その辺を防ぐためにも、自分は最初に『同定』を使ってから治癒魔法を使用するように気を付けている。
これで黒いモノをまとう患者がいたならば、そこで作業中断というわけだ。
とは言え、呪文詠唱を半分以上省略している関係もあって、傍目には私が『実際に何をしているか』は判別付くまい。
小声で何かごにょごにょ呟いた後、
というふうにしか聞こえてこないはずであった。
幸いと言うべきか、この配慮が実際に効果を発揮することは滅多に無い。
ほとんどの患者は、単純に治癒魔法を掛ければ十分であった。
……などと考えていたら、
というわけでその例外がやって来たようだ。
そもそも、『同定』の本質は『生命力を色で現す』ことが出来る魔法ということであった。
色がその性質を、広がりの大きさがその強さを大まかに示してくれるのだ。
その他、例えば『病気』などの『生命力に支障を及ぼすもの』については、その影響が『黒っぽい影のような姿』を取って現れるのである。
医者にかからなくても体調が推測出来るので、意外と便利な魔法であった。
そして今、その『影』が目の前に見えた。
より精密な診察が、必要とされる状況だ。
「……トマソン先生、こちらの患者さん、詳しく検査したほうが良いですよ。」
とりあえず、詳細は適当に誤魔化して医師のトマソン先生に話を持って行く。
簡単に事情を説明する、何となく具合が悪そうに見えたとかなんとか。
その場はここまでで、仕事に戻ろうとしたら、
何やら含みのある顔をされた。
さて、どういうことなのだろうか……。
* * *
結局、『あの患者』は初期の結核と診断された。
病状の進行は未だ大したものでは無く、『薬を飲んで栄養を付けていればいずれ治るだろう』、とのことであった。
とりあえず、一安心である。
だが、これに際して問題になったのは、『何故私はそれに気付くことが出来たのか』ということ。
いろいろ考えたが、結局私は正直に『同定』の魔法について説明をした。
魔法の上級学校経験者ならば、覚えていても不思議は無いはずであったからだ。
しかし……
詳しく話しを聞くことが出来た。
結局、これも例の『異端弾圧』の影響であるらしい。
今、アカデミーでは『魔法の系統』に序列が付けられているのだとか。
最上位に当たるのが『光の系統』、天使が使うと言われる聖なる魔法だ。
それに次ぐのが、精霊系と言われる『火・水・風・土の系統』。
少し下がって、『氷・雷の系統』などなど。
そして、最下位とされてしまったのは『闇の系統』、魔族の使う魔法だ。
その影響で、『毒』や『麻痺』なども『下位のもの』と貶められてしまっている。
従って、分類的には『闇』と『火』に近く、序列が微妙になった『同定』の魔法は、『アカデミー非推奨』という実に『有難くも無い』位置づけになっている。
今、アカデミーの白魔術士でこの魔法を使用可能な者は、急速に数を減らしているとのことであった。
……聞いていて、思わずため息が出る。
「アカデミーは、世界の理を研究し、万物の真理を追究するのが目的だったはず。それが何故、こんなことになっているんです?」
「うむ、君の言うことは恐らく『正しい』。だが、今の世の中は、アカデミーは、そんなことも分からなくなってしまっているのだよ。」
トマソン医師も嘆息する。
もっとも、私は既に最悪の"禁呪"、『死霊術』を修める
『最高度に罰当たりな存在』である。
アカデミーにとっては、『不倶戴天の仇』のようなものだろう。
今更気にしたところで、どうなると言う程のものでも無いのだが。
「それはともかく……君の才能は貴重なものだ。どうかね、『紹介状』を書くから、正式にアカデミーで医学の勉強をしてみないか?」
しばし、言葉に迷う。
「……いえ、自分はアカデミーとは、関わりたくありませんので……」
だが答えは、結局決まっていたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
午後になって、今朝の宣言通りノノワがやって来た。
……そう言えば、彼女については『修行の課題』について考え中であったことを思い出した。
何かいいネタは無いだろうか。
せっかく来てくれたのだ、少しはノノワのためになるようにしてあげたい。
以前、彼女は私の『詠唱省略』について興味を示していた。
思い切って、挑戦させてみるのも良いかも知れない。
「よし、じゃあ良い機会だから、ノノワに治癒魔法を任せよう。」
ノノワは急に自分に役が回ってきて当惑しているようだ。
魔法の修行とは畢竟『自らの精神と世界との、無言の対話』である。
世界に満ちる魔力の流れに、自分のココロを調和させるのだ。
全てが自分より始まり、全ては自らに還る。
一瞬に無限の時が宿るように、我が独りのこの身には世界全てが集いて。
還るべき此の場所はまた、我等の血肉の一滴より成り立ち。
ただ、一切はそこに在りしモノ。
結局、私が出来ることは彼女の手助けをするのみである。
最後は、彼女自身が『自分で』掴まなければならない。
……そこが、とても難しい。
私は似合わないであろう、真面目な顔をした。
「このとき意識して欲しい、『どうすれば、より速く、より正確に、魔法を発動出来るのか』ということを。」
私は似合わないであろう、教えを説く真似事をした。
「ただ漫然と呪文を詠唱するのでは無く、常に意識を集中して行うんだ。」
「頭の中に、『詞』を創る、それが『あの特技』のカギになる。」
私は似合わないであろう、他人に魔法学を教授してみたのだ。
ノノワはしばらく考えているようだった。
そして、
彼女の瞳には、確かな意思が感じられた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少し、無理をさせ過ぎたかも知れない。
夕方頃には、ノノワはすっかり疲れ切ってしまっていた。
ただ呪文を詠唱するのではなく、いちいちそれに神経を集中させたのだ、無理も無いだろう。
自分じゃないから、どうにも意識の配分具合が分からないな。
せめて、これが何かしら彼女の力になっていると良いのだが。
丁度アルスラも戻って来たので、連れ立って一緒に帰ることにする。
彼女は、と言えば随分とご機嫌な様子であった。
早く帰って、夕食にしよう。
今日は少し、豪華なものにしようか。
夕暮れの街を歩く。
長い影が伸びる、黄昏は光と影の交わる瞬間。
そこに美しさを感じる。
人は言う、ここは悪徳の都と。
でも自分にはここがただひとつの場所で、
他にはもうどこにも無くて、
それがなぜか悲しくて、切なくて。
でもここにはワタシの居場所があって、残っていて、
家には待ってくれている人もいる。
今歩くとなりにもダレカがいて、ひとりじゃなくて、
それはとても暖かくて、柔らかくて。
私は、それがとても、嬉しいと感じられた。
家に、帰ろう……。
家に、帰ろう……。
* * *
家に帰り着くなり、夕食の件をキットに頼む。
何故かアルスラが自信満々だった。
彼女が『獲物』を取り出して見せて来た。
どうやら、今日の採集のついでに『狩り』をして来たらしい。
なるほど、これは見事な収穫だ。
美味しいメインディシュになりそうだった。
が…………
その場で早速『解体処理』を始めてくれたのだ。
それは阿鼻叫喚の地獄絵図であった…………血まみれーー
ちなみに、夕食は『とても美味しかった』です。
今日の収穫を大自然に感謝致しましょう。
……命の恵みに、心よりの感謝をこめて、『斯く、あれかし』。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、夜が来て……
今宵は精も付けました。
諸般の事情により、回数は多目を予定しております。
……そう、アインライトの夜は、遅い(ついでに激しい)……。




