第11話 ただ、腕の中のイーナの体温を感じている
「うわあぁぁーん!」
イーナが泣いている。
深夜、イーナが泣くのは珍しい。
いつもはしっかりと熟睡するタイプだ。
「どうした、イーナ?」
「ああーん!」
オムツかな……?
オムツは問題なし。
抱っこしてあやしてみるが、イーナが泣きやまない。
俺にしがみついて泣いている。
体温が少し高いような気がする……
まずい気がする……
「おい、ジリ、起きろ!」
ベッドの足元の方で、腹を上にして寝ている。
こいつ、本当に黒豹かよ……
揺すり、起こす。
『……なんですか、フェルド。まだ、夜じゃないですか』
「おい、ダメ護衛。イーナが変なんだよ。熱があるんじゃないか?」
『ダメ、とは……。っ! イーナ様、どうなさいました!』
やっと状況を把握したのかよ。
イーナが泣いている。
ジリが肉球をイーナの額に当てる。
『女神様の力が落ちている……』
「そりゃ、どういうこった?」
『イーナ様はまだお子様なのです。普通なら聖女の力が内側から溢れだすのですが、まだ、その年齢ではありません。女神様のお力で守られている状態です』
「で、女神様の力が弱まるとどうなる?」
『……衰弱します』
「それは、死ぬってことか!」
『いえ……聖女が亡くなることはあり得ない。おそらく……衰弱したまま成長するでしょう。聖女として力を発揮できるようになるまで……』
そりゃあ、ずっとこんな調子で、イーナは苦しまなきゃいけねえってことか?
そりゃねえよ。
「どうにかならねえのか!」
『痛い、離してください』
「ああ、わりい……」
ジリを力いっぱい掴んで、揺すっていた。
『女神様のもとへ行けばいいのです』
「あ、あの木のところか!」
『はい、森の奥です。普通は女神様のところに繋がっていないのですが、イーナ様がこのような状態なら、女神様が道を開けている、はず……』
そうか、最近、俺たちが森の中で駆けまわっているが、あの木のところへ行けねえと思っていた。
あれは女神様の許可が必要だったのか。
イーナは泣いている。
「おい、ジリ、行くぞ!」
『即答ですね。行きましょう、森へ』
おんぶ紐でイーナを背負う。
その上から外套。
マジックバッグから剣を取り出し腰に差す。
泣き続けるイーナを背負って、宿を出る。
他の客、エルマさんたちはまだ寝ているだろう。
起こさないようにこっそりと。
エルマさんが、もし俺がいないことを心配するといけないから、手紙だけ置いておく。
『街の外まで走りましょう。そこからは黒豹になります』
闇の街を駆ける。
とても静かだ。
田舎だからな、こんな時間に起きている奴も少ない。
冒険者が数人いるくらいだ。
見知った顔。
依頼が長引いて、今帰ってきたところかもしれない。
みな疲れた顔をしている。
汗と泥でぼろぼろだよ。
冒険者なんてな、そんなもんだぜ。
挨拶もなしに通り過ぎる。
あいつらも不思議そうに俺を見るが、俺も冒険者だ。
この時間に動いていても不思議じゃねえだろう。
街の外、ジリが黒豹に変わる。
『乗ってください』
「しかし……」
イーナがたまに乗って遊んでいるのを見たが、今まで一度だって俺を乗せてくれたことはない。
『急ぎます。本当に嫌ですが、仕方ありません』
……本当に嫌がっているのかは知らねえが、言葉に甘えさせてもらおう。
ジリはでかい豹だが、腰は細い。
通常なら、俺のようなデカブツは乗れねえだろう。
が、さすが、女神様の配下。
ステータスが高いので問題ないのだろう。
『変なところを触らないでくださいね。では行きます。振り落とされないように』
ジリが走る。
夜の中、黒豹が走る。
あたりは闇だから、景色はわからねえ。
が、速えな……
俺たちと森に入っているときと全然違う。
あれは手加減していたんだな。
俺は振り落とされねえように、必死にジリにしがみついた。
森に到着する。
魔物の襲撃を警戒して、ジリから降りる。
イーナは泣き疲れたのか、泣き声が小さくなっている。
まだ、泣き続けているが。
背中が熱い。
こんな小さな命。
俺が守ってやらなきゃな……
夜の森は魔物が活性化している。
できるなら入らないほうがいい。
が、そうも言ってられねえ。
『ついてきてください。遅れないように』
「おう、先導よろしく」
ジリとともに進む。
……気合が入っているからだろうか、体が動く。
調子がいい。
寝てねえはずだがな。
この年齢になると、夜は眠くて仕方ねえんだが、しかし、眠気はない。
頭が冴えて、感覚が鋭くなっている。
「右手奥、ゴブリンがいるな……。向こうは気付いてないようだな。無視だ」
『……了解』
そのまま進む。
イーナと会った最初のとき、女神様と会ったとき、こっちの方向だっただろうか?
覚えちゃいねえ。
あのときは逃げるのに必死だったからな。
きっと覚えてても女神様に会うことはできねえんだろうが。
うぉぉん……
遠吠えが聞こえる。
こいつは……
「フォレスト・ウルフ」
ヤツはゴブリンと違って鼻が利く。
戦いは避けられんか。
『数は三。私が二。フェルドが一。無理せず。背中にイーナ様がいることを忘れなきように』
「わかった」
ジリは頼もしいね。
フォレスト・ウルフ。
普通の狼より二回りくらいでかいやつだ。
力も強い。
なにより集団で狩りをするのが面倒だ。
今回は三匹。
運がいい、少ないほうだ。
単独では脅威度C程度。
しかし、数が多いときはそれが増す。
討伐のコツはアイツらのペースにさせないことだ。
こちらから攻撃を仕掛け、そして一匹ずつ確実に倒していく。
《身体強化》を発動する。
今の無敵感が、更に増す。
が、侮るな。
冷静に、確実に殺せ。
藪の向こう。
一番右のヤツを狙う。
夜の森で、光はほぼないが、わかる。
感じる。
走る。
イーナに負担を掛けないように、上下運動は少なく。
見えた、ウルフ。
ヤツも俺を見た。
威嚇するためだろう、吠えた。
今!
アクティブ・スキル《疾風突き》を発動。
頭は硬い。
口の中へ剣を突き刺す。
剣は狼に突き刺さる。
そのまま『横一閃』へと移行。
斬り割く。
念のため、蹴り飛ばしておく。
ジリは……
狼一匹を踏みつけ、もう一匹を風の攻撃魔法で仕留めていた。
踏みつけていた狼の首筋に噛みつき、首をへし折った。
さすが。
『行きますよ』
「ああ、急ごう」
夜の闇に覆われた森の奥へと進む。
月明かりもない曇った夜だった。
熊が立ちはだかる。
ジャイアント・ベア。
3メートルほどのデカい熊だ。
Bランク、格上だ。
『私が倒しましょう』
「いや、俺も手伝う」
……威圧感を感じねえんだ。
自信じゃねえ。
ただ、冷静に判断した。
熊だ。
力は敵わねえ。
が、それだけだ。
確か、速度はそれほどでもなかったはず。
ヴオオォォ……
熊が吠える。
『……よいでしょう。では、行きます』
ジリが大きな体に似合わず、軽快に、鋭く熊に躍りかかる。
爪で熊の脇腹を切り裂き、すぐに距離を取る。
熊の反撃は空を切る。
俺も距離を詰める。
アクティブ・スキルは使用しない。
スキルは動きが固定される。
回避をメインに考える。
相手は格上。
無理な攻撃はしない。
グガアァァァ……
熊がイライラしたように腕を振り回す。
思った通り、反応できる速度だ。
躱し、躱しきれないものは力の向きを変える。
奴の怪力を受けることはできないが、攻撃を逸らすことはできる。
ジリが熊の首筋に噛みついた。
熊は体を振り、引きはがそうとするが、できない。
立ち上がり、苦悶している。
……腹が見えるな。
「おらあ、いっとけや!」
ここだ!
スキル《疾風突き》を発動する。
熊の腹に剣を突き入れる。
続けて《横一閃》、その体の流れのまま横へと離脱する。
スキルは繋がる。
《疾風突き》からの《横一閃》は離脱までできて便利だ。
よく知られた連続技だ。
まあ、あまり他の奴が使っているのを見たこたねえがな。
腹を切り裂かれたくらいじゃ、すぐには死なねえだろう。
が、心臓はあばらで邪魔され、失敗する可能性がある。
確実に、安全に殺そう。
背中にはイーナがいるんだ。
熊は暴れる。
が、その元気は、長く続かないだろう。
腹の傷からは内臓が飛び出し、血が噴き出している。
血が不足して終わるだろう。
そして、弱った熊に、首のジリが致命傷を与える。
『終わりました。まあまあでしょう。お疲れ様でした』
初めてジャイアント・ベアを倒した。
ジリがいなきゃ、負けてたかもしれねえ。
俺はまだまだだ。
だが、まだまだ強くなれる。
そういうことだ。
『ここです。到着しました』
地面、ぽっかりと穴が開いている。
真っ暗な穴。
さすがに恐怖が……
「……やっぱり落ちるのか」
『そのようですね。森に急に大樹が生えていたらおかしいですから。他の場所へと続いているのです。そのゲートということです』
しょうがねえか……
剣をマジックバッグにしまう。
イーナを背中から、胸に抱っこにする。
イーナは気持ち悪そうに泣いている。
「イーナ、もう少しの辛抱だからな。頑張れよ」
小さい体を抱きしめる。
そして、穴へ。
転がらないように、尻で滑るように、慎重に。
なんだ、冷静なら転がることはないんだ。
気を抜くとバランスを崩しそうになる。
とにかく真っ暗でわかんねえ。
どのくらい落ちた?
どのくらいの時間だ?
ただ、腕の中のイーナの体温を感じている。
柔らかく、小さな命。
俺はそれを守る。
下に灯りを見る。
落下が止まった。
落ち葉のクッションが俺を受け止めた。
地下とは思えない、ヒカリゴケでほのかに光る空間。
そして、あの巨大な、しかし美しい木。
木の女神のご神木なのだろうか。
『この空間は女神様の力で満たされています。ここで休めばイーナ様は回復するでしょう』
ジリがいた。
黒猫だった。
穴を下りるのに、体が小さいほうが便利だったかもしれねえ。
イーナを見る。
……怪我はないようだ。
そして、心なしか、顔色がいいように思う。
「ふぇー……」
「ん、なんだ?」
「ふへへ……」
笑った。
良かった。
大丈夫そうだ。
「じゃあ、ちと休むか……」
木の幹を背中に、座る。
ご神木なんで、不敬かもしれねえが、しかし、イーナは木と近いほうがいいだろう。
胡坐をかいて、その中にイーナを寝せる。
イーナは目が閉じそう。
もう眠そうだな。
俺も気が抜けたのか少し眠くなってきた。
『女神様に失礼な……。まあ、今回は許しましょう』
ジリが何か言っているが、気にしないことにする。
真夜中に急に起こされて、森の中、魔物との戦闘だぞ。
さすがに疲れるだろうが。
若けりゃ、何とかなるんだろうが。
俺はもう四十だぞ。
「少し眠らせろや」
『……まあ、よくやったと褒めておきましょう』
コイツも素直じゃねえな。
もう少し可愛げがありゃあいんだが。
指摘したら、ヘソを曲げるだろうがな。
女神様には会えないのかね……
が、いいか。
この空間が女神様な感じもする。
暖かくて、優しい感じがする。
安心して、眠れる。
母ちゃんに抱きしめられている感じ。
子供に戻ったような。
懐かしいような、そんな感じだ。
俺は信仰心なんてないが、メルフェイーナ様にはたまにお供え物でもしようか……
冒険者が神頼みってのはいけねえと思うが、しかし、神に感謝するってのはいいと思うぜ。
……ま、俺だから、すぐに忘れるだろうがね。
<<ステータス>>
フェルディナント・エアハルト
年齢:40歳
冒険者:Cランク
LV:25(Up!)
生命力:161
筋力 :108
魔力 : 59
素早さ: 86
アクティブスキル:
疾突横閃(New!)(疾風突き→横一閃が連撃スキルとして登録された)




