第11話
カレルや近衛兵が血眼になって捜索を続ける中、ユスティナはというと……
「おい、何だあの綺麗な人は? どっかの貴族のお嬢さんか?」
「護衛も誰も居ない。攫っちまうか? はっはっは冗談さ」
赤いドレス姿のまま、石畳が敷かれた大通りを歩いていた。
銀灰色の髪と整った顔立ちも相まって住民たちは皆視線がユスティナへと向いている。
中には危険な考えをしている者も大勢いた。
「……これは何を売っているの?」
大通りに出されている露店に目をつけたユスティナ。
見たことも無い果物に興味津々だ。
「へ? 何ってこれはただの果物ですぜ。桃です」
露店の店主が見せたのはひしゃげたような形状の桃。
「こっちは?」
「ポジェチュカ……あー、葡萄みたいなもんです」
続いてガーネットのように赤い小さな果物。
1人で外に出たことがないユスティナからしてみれば何もかもが初めて見る物ばかり。
何もかもが新鮮で、彼女にはただの道ですら面白く映る。
──ちょっと遊ぶだけだもの。お父様も許して下さるわよね。
事前に遊ぶには金が必要なのだと本で調べていたユスティナはいくばくかの金貨、銀貨、銅貨を革袋に入れて持ってきた。
庶民からしてみれば彼女が少額と認識しているこの金もかなりの大金だ。
見た目に金、そして護衛も居ない。
今のユスティナはよからぬ輩から見て極上の獲物でしかない。
──なんだ。教師やお父様が言うよりも、ずっと楽しくていいところじゃない。
ユスティナは外に出た喜びから舞い上がり警戒心というものが消え失せていた。
「お嬢さん。こっちにいい商品がありますぜ! 良かったら見て行ってくださいな!」
露店で買った果物をリスのように頬張りながら歩いていると1人の男が笑顔で話しかけてきた。
「まぁ、何かしら」
そしてユスティナは笑顔を浮かべている知りもしない男の手招きについていってしまった。
男が誘ったのは大通りから外れた裏路地。
狭く、人通りなどほぼない場所であり、そんな場所に1人で世間知らずのお嬢様が来たとあれば、されることは1つ。
「はっはっは! なかなかいい獲物じゃないの。身代金もたっぷりとれそうだ!」
「いい面してるぜ」
ユスティナの前と後ろに短剣を持った男達が立ちはだかる。
「え? ちょっと、何を……」
その時初めてユスティナは悟る、自分がいかに甘い考えのもと外へと出てきたのかを。
怯え、竦み、悲鳴すら上げられないままユスティナはその場に立ち尽くす。
「さてと……そんじゃまずは金を置いてってへぶぅッ!?」
ユスティナが何も出来ないでいる時だった。
何者かがユスティナの背後にいる男の顔面に蹴りを叩き込んだのだ。
たまらず路地裏に倒れ、白目を剥く男。
反対側にいた仲間も身構える。
「よぉ、人の事も知らないでよくもまぁ好き勝手やってくれたな。覚悟は出来てるか?」
とんでもなく怒気が含まれた男の声。
ユスティナが目を向けると指をこきこきと鳴らす見慣れた男の姿が目に入る。
栗色の髪と琥珀色の瞳の持ち主で、使用人の服を着込んだその男は紛れもなく彼だ。
「カレル!」
ユスティナが叫んだ。
そして残された男の運命も決まった。
「つ、美人局かよ!」
「違うぞボケが」
聞きなれない言葉に疑問符を浮かべるユスティナを尻目に、カレルは残った仲間を憂さ晴らしとばかりに殴り付けた。