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〝生きたい〟

〝生きたい〟という気持ちに誇りを持とう。

そんな歌が嫌いだった。


「やあ。」

彼女はそう言って手を振った。

「やあ。」

僕も手を振りかえした。

「君はいつも人生つまらねえって顔をしてるなあ。」

「この顔は生まれつきだよ。」

精一杯の皮肉で返す。

それを無視して彼女は僕の隣に腰かけた。

何も言わない。

何か言ったら負けだと思ったからだ。

少女はいつものごとく灰色のぼろ鞄から画材を取り出して絵を描き始める。

ふとそれを見て気が付いた。

彼女の使う色鉛筆はほとんど全てが小指よりも短くなってしまっていた。

短いだけでなく年季を感じる。

随分と古いもののようだった。

「君、よくそんなに色鉛筆を使いこめるね。」

最初はただ感心しただけだった。

「そうかい?普通に使ってればそうなるさ。」

「僕が図工の授業で使ったのなんて赤と青と黄色ぐらいで他は全然。」

話しているうちになにやら虚ろな感じがした。

「どうしてその色しか使わなかった?」

「それらの色で大体表現できたし、何処に使うのか解らない色がいっぱいあったし。」

僕は何を言いたいのだろう。

「何処に使うのか解らない色っていうのは?」

「なんかこうパッとしない色っていうか、あんまり綺麗じゃない色っていうかそういう色。」

そういうと彼女は哀しそうに笑った。

「君はこの世界は美しいと思うかい?」

「いや、全然。むしろ汚れきってると思うけど。」

何を話しているのだろう。

「それだ。」

彼女は徐に僕を指差した。

「悟った事を言うようだけどね、この世界は美しいものと汚いものがごちゃまぜになってるんだ。」

彼女は続ける。

「だからボクは絵を描く時には全部の色をごちゃまぜにする。だって、それが実際の姿だから。全部平等に美しくて全部平等に汚いんだよ。」

「へえ…」

「まあ、全部ボクの自己満足だよ。だから、君が気にする必要はないし理解する必要はない。」

「芸術って難しいんだな。」

彼女が言うとおり、僕には彼女の言葉をほんの少しも理解できなかった。

する気もなかったし、何処か別の世界の人間を遠くから俯瞰しているようだった。

ああ、遠いなあ――

「そうでもないよ。自分がこうしたいっていう方を選んで出力すれば良いだけなんだから。」

「それは才のある人間が使う言葉だよ。才能がない人間は脳味噌と手がリンクしないものだ。」

〝それっぽい〟言の葉が刃となって自らを突き刺す。

「じゃあ、君は思い通りの仕事ができることが幸せだと思う?」

「思い通りにならないから多くの人は悩んでると思うけど?」

じゃあ僕は――?


金が欲しい。

恋人が欲しい。

物が欲しい。

知識が欲しい。

容姿端麗だったら。

博学叡智だったら。

大富豪だったら。

酒池肉林だったら。

天才だったら。

秀才になれたら。


手に入らない。

だから、諦める。


解らない。

だから、諦める。


届かない。

だから、諦める。


諦める。

諦める。

諦めて、諦める。


諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて――


「妥協して、自分を偽って生きてるんだよ。」

言っている自分の心からじわりと仄暗い何かが溢れ出しそうになる。

「なるほど。妥協しないで生きていけたら幸せだと。」

「僕はそう思うよ。」

鈍い痛みがじくじくと心臓を抉った。

「そうだね。きっと幸せだろう。」

「含みがある言い方をするね。」

「いや、ボクも幸せになりたいなあって思ってね。」

その笑顔は儚くて、繊細で、ちょっとでも触ったら――

「今日のボクは良い子なんだ。だから先に帰るとするよ。」

少女は荷物を鞄にしまって立ち上がった。

予見したようにチャイムが鳴った。

「またいつか。」

「またいつか。」

人知れず、雫が落ちて、砕けた。

〝死にたい〟

そう思ったことがどれだけあっただろうか。

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