バイト
二学期も終わろうかという今日この頃。
「やっほー、夏樹」
夏樹がいつも通りバイトに行くと、見知った少年。
ここは店員の控え室。目の前には店長と、ここの制服を着た冬の姿。
「あ、東雲さん。斎藤くんって、東雲さんと同じクラスなんだって? じゃあ教育係頼めるかな?」
「え? あ、……はい」
回らない頭でなんとか答えると、店長は「あとよろしく」と立ち去っていく。
「……なんでいんの?」
問うと、冬はいたずらっぽい笑みを浮かべ、たっと跳ねそばに寄り、夏樹の顔を見上げる。
「来ちゃった❤️」
「いや……」
言葉を失い、夏樹はただ顔を引きつらせた。
「つっても二週間の短期だけどねー。これ、ここでいい?」
「そうだよ。いや、冬くんこれストーカー……」
「まあまあ。あ、梨のやつだ。これほんと梨の汁だよねー」
「そうだね……」
飲み物の補充を終えれば、次はレジに立つ。
「えーっと、じゃあレジの打ち方教えるけど……」
客がいない間にとっとと教えてしまおうと手早く説明。冬はふむふむうなづく。
「わかった?」
「うん」
「まあ、最初は私も一緒にいるから……あ、お客さん来た」
自動ドアが開き、学生の集団が入ってくる。それからは会話をやめ、仕事に移った。……まあ、冬は客がいようとお構い無しに話しかけてきたのだが、一度睨まれると自重した。
「っあああー……疲れた……」
「夏樹、おっさんみたい」
「うっさい」
七時前、二人は並んで帰路につく。
「ていうか冬くん、どんだけ私のこと好きなの? こっそり家までついてきたりしてないよね?」
「はあ!? 意味わかんないし! そんなことするわけないじゃん!!」
「ああ、そうですか」
拳を胸の前で握り、ぷんすか言う冬をどうどうとなだめる。
しばらく冬は黙って歩いていたが、思い出したように夏樹のほうを向いた。
「ああ、あと別に夏樹のことなんて全然好きじゃないから。俺もっと大人っぽい人が好きだ」
「じゃあもう一緒に帰ってあげないけど」
「え、それは、ちょっと……」
途端に泣きそうになる。「ああ、うそうそ」と咄嗟にフォロー。
くすり、と夏樹が笑う。
「どしたん?」
「いや、冬くんがなんか……可愛くて」
「別に可愛くはないと思うけど……ああ、でも猫は可愛いよね」
「私犬派なんだけど」
「マジで!? 俺犬は全然だわ」
「マジかー」
「うん。マジ。好み合わないね」
「そうだね」
それからは、いつも通りの会話。
期末テストも終わり、夏休みが入る直前、冬の短期バイトは終わる。覚えはよかったのだが、続ける気はないそうだ。冬曰く、「やっぱり働いたら負けだと思うんだよねー。まあ、最近は地道に仕事を探す異世界召喚ものもあるけどさー。やっぱせっかく異世界に来たなら派手に魔王と戦いたいじゃん。アレクサンドロス大王が『戦いは劇的でなければならない』って言ってたけど、やっぱり俺地味な仕事は向いてないわ。俺、マジ生まれついての武人」とかなんとか。それを聞いた夏樹はなぜかつぼって腹が痛くなるまで笑った。それを見た冬はちょっと引いていた。いつもは擦り寄ってくる冬に引かれ、思いのほか傷ついた夏樹だった。