図書館
夏樹が家で欠点者課題をしていると、携帯がなった。冬からだった。テスト何点だった? と。
「えーっと……英語が42で数学が3……平均39、と」
答えると、すぐに返信が来る。
『くそすぎ』
ちょっといらっと来た。何か言ってやろうかと指を動かしかけるが、その前に冬が追加のメッセージ。
『俺また一位』
それから平均が96だったこと、歴史が満点だったことまで自慢してくる。
「あー、もー……。はいはい、すごいすごい、っと」
『課題、見せて』
写真をとって送る。
『これが欠点者課題。初めて見た』
『うるさい。優等生さまは勉強でもしてたら?』
『本読んでて、読み終わって、今から図書館行くのだるい。暇』
三十秒ほど、間。
『教えたるから、ファミレスかどっか行こ』
『今ひとりでやる気分』
『えー。アホがひとりで頑張ったってどうにもならないよ。他力の教えに従って優れた存在にすがれよ。親鸞さまも言ってただろ?』
『親鸞ってだれ』
『日本史の教科書見ろ』
素直に日本史の教科書を引っ張り出していると、親鸞のページを見つける前に次のメッセージが来る。
『いいから、どっかでそれやろ』
「はぁ……。じゃあ図書館ならっと」
『うん』
夏樹はカバンに勉強道具を詰め込んだ。
「やっほー、夏樹」
「はいはい、やっほー」
昼過ぎ、暑さ盛りの時間帯、30分待っていた夏樹はようやくあらわれた冬に手をふる。薄手のシャツから伸びる冬の腕は意外と肉付きがいい。そういえば武術をやっていたんだなと思い出す。
「なに?」
「え、あ、いや。なんでも」
意外と腕ごついね、と喉まで出かかった言葉を引っ込める。地雷な気がする。
「じゃ、行こっか」
ふふん、と機嫌よさそうに笑い、冬は冷房の効いた図書館に入って行く。夏樹は駆け足気味に続いた。
「そういえば、新しい本借りるの?」
「え? ……あ、あー、うん、そうね。面白そうなのがあれば」
適当な椅子に並んで座り、夏樹は筆記具と課題のプリントを出した。冬は「どれどれ」と顔を近づけてくる。
「……ねえ、夏樹」
図書館だからか、声は控えめ。
「問題が低レベルだね」
「うっさい」
夏樹が睨むと、何が楽しいのか冬はくすくすと笑う。
「これとかさー、なんでわからないの? 意味わからないんだけど」
「いや、だっていきなり証明とか言われても意味わからないし」
「数学なんだから、証明はするでしょ。いきなりもなにも」
小さい声で話しているうちに、距離はどんどん詰まって行く。気づけば冬は夏樹の椅子の淵に手を置き、ほとんどしなだれかかっていた。さらさらふわふわの髪が夏樹の鼻をくすぐる。
「冬くん、近すぎ。暑いんだけど」
「えー、別にいいじゃーん。恥ずかしがるなよー」
「いや、暑いんだけど……」
言われ、冬は渋々といった様子で椅子を離した。冬が静かになったところで、夏樹は課題に取り掛かる。
「そいやさー」
「いや、私課題したいんだけど」
「つれないなー」
ぶすっとした表情で言い、それからいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「俺と課題、どっちが大事なの?」
「課題」
「ひどっ!?」
つい叫んだ。周りから視線を向けられる。冬はびくっと体を震わせて夏樹の影に隠れた。
「……夏樹のせいで俺が睨まれたじゃん」
「え、今の私のせい?」
心底解せない夏樹だった。
二時間ほどで、週末分の課題は終わる。
何冊か本を持ってきてぺらぺらめくっていた冬が、隣でペンを置く気配を察するやがばっと顔をあげた。
「終わった?」
きらきらとした眼差し。
「うん。とりあえず今週の分はね。月曜また出るけど」
「じゃあー、帰りにアイス買ってー、どっか本屋とかよろ?」
「いや、私お金ないし……はいはい、わかったわかった。出たとこにコンビニあったよね?」
断ろうとしたが、冬の期待たっぷりの視線に負けた。カバンを肩にかけて立ち上がる。
言葉通り、コンビニでアイスを購入。冬はクリーム系、夏樹は氷系。
食べながら本屋まで歩き、そこでハイテンションの冬の相手をしたあと、夏樹はようやく帰路につけた。ふと思い出し、財布を見る。残りは小銭だけ。
「……そろそろ、バイトしようかな」
夏空に、夏樹はひとり呟いた。