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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 春 〜  作者: 都月 敬
2日目
9/30

夜_客室


「ふぃ〜。。。」


 思わず、大きなため息が漏れる。

 あの後、紅兎ともに、広間中を蠢く酒呑みたちと酒呑ませたちをただ眺めていた碧流を、朱真が解放してくれた。

 案内を、と先に立とうとする侍女は丁重にお断りして、与えられた部屋へと戻る。柔らかな長椅子に身体を沈めると、ようやくひとごこちがついた。

 酒はできるだけ断ったはずなのに、なぜか頭に悪酔いめいた酒気が残っており。

 そうするうちに、気にしていなかった旅の疲れも出てきたようで、気を抜くと、このまま眠ってしまいそう。


「碧流、寝るなら、ちゃんと寝台で」

「……は〜い。。。」


 ――――ん?


 半ば無意識に返事はしたが、ここは一人用の客室のはず。

 がばっ、と。

 身を起こしてみれば、一足先に寝台に転がる、紅兎の姿が。


「使ってるじゃないですか、僕の寝台」

「いいじゃん、広いんだから。もう一人くらい、いけるいける」


 軽い。その上、めんどくさそうだ。

 確かに、小柄な二人が転がったところで、まだまだ余裕がありそうではあるが。

 いや、問題は寝台の大きさじゃない。

 すぐに思考を放棄したがる頭を振って、碧流が紅兎を起こしにかかる。


「ほらほら、あなたのお部屋はあちらですよ、お嬢様」

「う〜、やめろ〜。めんどくさ〜」


 持ち上げる端から、くたくたと崩れていく紅兎。

 仕方なく、両脇の下に手を入れて、抱きかかえるようにする、と。

 ふわり、と。なんだか、甘酸っぱい香りがした。


「……結構、お酒、過ごされましたね?」

「っせ〜よ、まだ宵の口じゃね〜か」


 会場には、酒に慣れていない人用に、爽やかな果実酒も用意されてはいたが。

 こんな、場末の酒場に転がる飲んだくれみたいな酔い方するほど、呑まなくてもいいだろうに。


「ほら、ちゃんとしないと、またあの会場に戻しますよ」

「うぁ〜、やめれ〜。それだけは〜」


 途端に、くたくただった身体に、一本筋が通った。

 どんだけ嫌なんだ。いや、嫌だけれども。

 少しだけ持ちやすくなった身体をずるずると引きずるようにして、ようやく部屋の境界にあたる扉の前まで運ぶ。

 さて。扉は開けっ放しだったとはいえ、これを越えると紅兎の部屋に入ってしまうわけだが。それは許されることなのか、否か。

 しばし熟考する碧流から、紅兎はそっと、身体を離すと。


「――――ちょっと、待ってて」


 と言い残し、自分の部屋の中へと消えていく。

 残された碧流は、素直にそこへ立ち尽くす、が。そんなはずはない。


「待っててって、もう寝るんですよね。閉めますよ、扉」

「待て。待ってってば! 待機!」


 灯り一つない暗闇の中、どうやら紅兎は自分の荷物をがさごそと。


「……あれ〜、寝間着、どこやったかなぁ、、、?」


 ――――おい!


「着替えるんですよね。閉めますよ!」

「だ〜め〜。すぐだから〜」


 すぐだから、なんなのか。

 そして。


「あ、あった。」


 という声と、それに続く、衣ずれの音。

 思わず、その場で回れ右。どうせ目を凝らしても見えないし、見てはいけないとも言われてはいないのだけれども。


 ――――女性に対する礼儀、ではないな。これは、単なる根性なしだ。


 冷静に自己評価を下す。

 そこへ、さらに追い討ちを掛けるように。


「あ〜、これ、どうしようかな。いいや、汗かいちゃったし。脱ご」


 暗闇から届く、独り言。

 碧流にはこれがどれかもわからないまま、それでも妄想だけは掻き立てられる。

 むくむく、と。なにかが鎌首をもたげかける中。


「お待たせ〜」


 背中を向けた碧流に、柔らかいものがのしかかってきた。


「じゃ、寝台まで。よろしく」

「よろしく、って、乗合馬車じゃあるまいし。って、こっちの寝台で寝る気ですか!?」


 ああもう、自分でも呆れるくらい、ツッコミにキレがない。それはともかく。


「ほらほら、あっちの部屋にも立派な寝台がありますよ。あっちで、一人で、のびのび眠った方が、気持ち良い朝が迎えられると思うんですけど」

「うるさい」


 一言。そして。


「行け。」


 そう命じられてしまえば、碧流にもそれ以上の対抗策はなく。


「はい。」


 紅兎の身体を背負ったまま、碧流は自室の寝台へと向かう。どうしても、足は引きずってしまうけれど。

 背中に当たる柔らかさと意識しないよう、煩悩と戦うその道行き。

 なぜ、この部屋はこんなにも広いのか。

 と、思ったところで、その旅も終わる。長いようで、短い。人生か。

 なるべく引きずらないよう半回転して、背中の紅兎を寝台に下ろす。

 すると。

 もぞもぞ、もぞもぞ、と。

 紅兎は這いずるように動いて、寝台の向こう端の壁に張り付くように横になり、そのまま、くるん、と毛布に包まった。

 そして。

 ぽんぽん、と。

 壁を向いたまま、自分の背後に手を伸ばして、布団を二つ、叩いた。


 ――――そこに、寝ろ、と。


 はい、わかりました、と。

 大人しくそこに横になるには、碧流にはまだ、色々と足りなくて。

 碧流は、そっと、呼びかける。


「――――紅兎」

「……ごめん、碧流」


 なにを言うかも決まっていなかった呼びかけは、唐突な謝罪に掻き消された。


「ごめん。ここまで、いっぱい嫌な思いさせた」


 さっきまでのふにゃけた声とは違う、いつもの声で。


「碧流がいなかったら、ここまで来れなかった、と思う」


 初めて聞かせてくれた、紅兎の本心。


「あの人とも、あんな風に、できなかったと思う」


 自分が、何を、どうするべきか、わかってはいたって。

 自分では、どうしようもないことだって、あるんだ、と。


「――――ありがと」


 でも、こうして。

 少しでも、近づくことができたなら。

 そして、それを、少しでも喜んでいるのなら。


「紅兎」


 碧流は、もう一度、優しい声で呼び掛ける。


「僕は、長椅子で寝ますね。同じ部屋には、いますから」


 ――――もう、大丈夫だから。


 やっぱり向こうを向いたまま。

 丸くなった毛布が、小さく頷いたように見えた。


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