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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 春 〜  作者: 都月 敬
3日目
10/30

昼_景芝


 翌朝、碧流が目を覚ました時にはすでに、紅兎は朱家の屋敷を後にしていた。

 昨夜の様子では、紅家へ行くとは考えられない。孔族の村へ向かったのだろう。

 景芝から孔族の村へは、乗合馬車で行くことができる。もちろん直通ではなく、南方の町々を回って行くのだが、その終点が孔族の村だった。

 一口に孔族の村と言っても、九山連峰の北麓にはいくつもの集落がある。その中でも、紅兎の村は最も景芝に近い場所にあるようで、村の入り口が馬車の乗降場にもなっているらしい。そのせいで、孔族側の窓口になることも多いのだとか。

 乗合馬車は、いつもは数日に一便だが、今は祭りの直前なので、毎朝出ている。とは言っても、それほど早い時刻ではないはずだ。そう思えば、一刻も早くこの屋敷を出たかったのか、と勘ぐりたくもなるが。

 見かけた朱真の話では、昨日までとは打って変わって、出て行く紅兎の足取りは軽かったそうだ。昨夜の紅義の表情を思い出せば複雑な思いもあるが、二人の間に何があったのかを碧流は知らないのだ。今は素直に、紅兎の元気を喜んでおこう。

 朱真も今日は朱家の若殿としての用事があるらしく、こちらも早くから出掛けていった。ということで、今日は一人での行動となるが、それも事前にわかっていたこと。せっかくなので、誰にも気兼ねなく、碧流好みの行動を取らせてもらおう。

 そうと決まれば、屋敷に籠っているのはもったいない。

 今日は、天気もいいことだし、さっさと景芝見物に出掛けることにしようか。



 景芝の名物と言えば、やはり闘技場らしい。槍術大会もそこで行われると言う。

 いろんな人に勧められはしたが、碧流の興味は建造物自体ではない。どうせ祭りの日に見るのだろうから、今日はいいだろう。

 そんなことを考えながら屋敷を出て、朝陽を浴びた大街道沿いの街並みを眺めてみる。大街道の南端が景芝であるならば、その南の外れこそが、本当の意味での大街道の終点なのだろうか。

 ふと、その終点が見たくなった。

 その思いつきに意味などないが、わかりやすく気ままで、楽しくなってくる。

 鼻歌でも出そうなほど愉快な気分で、景芝の街をぶらぶらと、南へ歩いた。

 地図によると、景芝は、南須国の国土と同様、東西に広がった形をしている。

 なので、それほどのんびりする前に、目的地へと辿り着いてしまった。

 そこから広がる、大草原を見渡す。

 大街道の終点には、何もなかった。

 ここまで伸びて、唐突に終わっている。その向こうは草原だった。

 これが、須弥か。

 これほど広く、豊かな草原を、碧流は初めて目にした。

 見渡す限り、草は青々と茂っていて、しかもどこまでも続いている。

 景芝の春は、泰陽よりも早く来るらしい。

 草原を渡る風も、降りる陽射しも、すべてが柔らかく、穏やかだった。

 南に来たのだから、当たり前のことかもしれないが、体感するとはこういうことか、と改めて実感する。

 ひとしきり草原の風に吹かれてから、碧流は景芝の街へ戻った。


 ここまで眺めてきた大街道沿いは、やはり表通り。言ってしまえば他所向きの顔をしていた。それよりは、もう少しくだけた、この街の素顔が見たい。

 一本、二本、街の中へと入り込んでみて。

 通りかかったのは、庶民向けの商店街、というべき通りだった。

 生活用品が並ぶ店があり、野菜を売る店があり、大きな塊肉を吊るした店がある。やはり肉屋は、泰陽よりも広くて、種類も豊富だった。よく見れば、野菜の中にも、見たことのないものが混じっている。料理のできない碧流だから、詳しく聞いてもわからないが、南方特産の野菜なのだろう。

 通りを歩く人々の顔は変わらない。やや日に焼けた人が多く、少し話し声が大きいような気もするが、活気のある笑い声は、どこの街でも同じだった。

 ここが南須国だと強く感じさせるのは、やはり髪の色だろうか。泰陽では王族士族以外は様々な色をしていたが、景芝では全体的に赤毛が多い。比べてみれば、朱家や紅家ほどはっきりとした色ではないが、それでも赤を思わせる色になるのは、元は同じ血筋だからなのだろう。

 孔族の姿は見かけない。多いと言っても比較的、という話だ。そうそう目にするほどではないのだろう。気にしてみるとは言ったものの、いないのでは仕方ない。

 そう自分を納得させたところで、腹が減った。

 少し早いが、歩き通しで消費も激しい。一人だし、思いつくまま、昼食にする。

 何軒か、それらしい食堂を覗いたところで、野興の屋台で見たような、タレの肉炒めを定食にしている食堂があった。迷わずそこに決める。他に客がいないのは、時間が早いせいだ、と思うことにしよう。

 それほど待たされることなく出てきた定食は、飯ではなく、麺だった。南須国の麺文化は真実だったか。予想外ではあったが、どちらも好きなので問題はない。

 喜んで、一口目の肉を頂く。


 ――――旨い。いや、辛い。


 タレが、非常に辛い。後味が。燃えるように。

 辛味好き文化も、真実だった。いや、それ以上か。

 やはり文化は、市井に入らねばわからないものだ。これも、いい経験。

 水は、普通に頂けた。


 腹を満たした後は、職人街があるというので、そちらへ向かう。

 南須国といえば、やはり馬だ。乗るだけではなく、皮をなめして様々な革製品へと加工している。中でも、鞍は景芝製が最上級品なのだとか。

 そう思ってみれば、なんだかお上品な店構えだ。

 ちょっと気が引けて、中へ入るのは諦める。どうせ馬には乗ったこともないし。

 独特の匂いの中、数店舗覗いてみたが、やはり碧流には違いがわからない。

 店同士の住み分けはどうなっているのだろう。見る人が見れば違うのか、単純に同じもので競争しているのか。どちらにせよ、並ぶこともないように思うが。

 馬具屋は謎のままに終わり、革製の日用品を並べる店に変わった。

 雨を通さない鞄と聞けば、碧流もつい欲しくなるが、値を見て黙る。革鞄など、旅に出る時くらいしか使わないし、そうそう旅になど出ないし、と自分を慰めて。

 それでも、馬具と違って、用途がわかれば興味も出てくるもの。使ったことのあるものが、見覚えのない姿で並んでいると、違和感とともにおもしろみを感じる。

 気づけば、かなりの時間を店頭で費やしてしまっていた。

 これで何も買わないのは気まずいが、先立つ物がないのは仕方なく。

 そっと。店員の目を盗んで、店を出た。


 皮革町を過ぎれば、鉄工町になる。その向こうは木工町のはずだ。

 鉄工町には激しい金属音が響き渡っていた。鍛治工場も併設しているらしい。

 店先から覗いてみると、奥では主が槌を振るっている。

 どちらかと言えば、鍛治工場に売り場をつけた、が正しいようだ。


「いらっしゃい」


 脇から唐突に声を掛けられて、碧流がびくりと身を震わせる。


「そんなに驚かなくたっていいだろう。冷やかしだろ、わかってるさ」


 軽い調子で話しかけてきたのは、奥の主よりは随分と年若い男で。


「旅の人にはおもしろいらしいんだよな。こっちにゃわからんけど」


 ガチンガチンと槌を打つ主を指して、笑う。


「あなたは、鍛治はされないんですか?」


 あまりに似合わなく見えて、思わずそう尋ねる。

 だが、男は嫌そうに苦笑すると。


「やるよ。親父にやらされる、って言う方が近いけど」


 なるほど。やる気のない二代目か。それは、店番にうってつけだ。


「南須国は、鉄工も盛んなんですよね」


 初めから冷やかしと決めつけられた後では、どんな顔で商品を眺めればいいのかもわからず、とりあえず基本情報からおさらいしてみる碧流。

 二代目は、そらきたとばかりに、決まり文句を並べてきた。


「南須国の南に広がる九山連峰には、鉄鉱山が多くてね。そこから良質の鉄が産出されるんだ。主に、馬具や馬車に関するものに使われるけど、日用雑貨も作るよ」


 九山連峰。ということは。


「孔族が掘ったものを仕入れているんですか?」


 図書館で読んだ資料にも、孔族の主産業に、鉄鉱業が挙げられていた。

 思い出しながらそう訊くと、二代目は、知ってるねぇ、という顔をして。


「今はね。良い鉄の鉱脈は、孔族しか知らないんだ。本当に良質な鉄はどこでも取れるもんじゃないからね。昔は、それで揉めたりもしたらしいんだけど」


 戦争を知らない若者らしく、やれやれと、軽く肩をすくめてみせる。

 碧流も、南須国が孔族征伐の軍を出したことがあったと読んだが、その原因は鉄鉱脈だったのか。央香国の仲裁によって収まって、以降は平穏となっていたが。

 しかし、碧流が気になったのは、そこではなく。


「今は、というのは?」


 詰め寄られた青年は、一瞬、口が滑ったと言う顔を見せたが、すぐににやりと笑って、碧流を近づけると。


「内緒の話。今に、景芝のお偉いさんが、孔族から鉄鉱脈の情報をまとめて買い上げる、って話が出てる。そうすりゃ、もっと安く、大量に、良い鉄が仕入れられるんだってよ。こっちからすりゃ願ってもない話さ。さっさとして欲しいもんだぜ」


 小声で、怪情報を流してくれた。

 景芝のお偉いさん。と、言うからには、三公家のどれかなのか。


「おい、昭 (ショウ)。いつまでも油売ってんじゃねぇぞ」


 気づけば、槌を置いた主が店に出てきていた。

 休憩なのか、水差しから湯飲みに水を注いでいる。


「へいへ〜い。じゃ、お客さん、ごゆっくり〜」


 全く心は籠ってないが、今はそれはどうでもいい。

 碧流は主へ向き直ると。


「先ほど息子さんから、景芝の誰かが、孔族から鉄鉱脈の情報を買い取ろうとしていると、伺ったのですが」


 水をぐいと飲み干して、主は怪訝そうな視線をこちらへ向けた。


「あんた、孔族のなんか、かい?」

「いえ、泰陽の学院のものです。南須国について、調査というか、、、」


 あえて語尾を濁す。

 学院生なら害はない。主はそう判断したのか。


「上のやることはわかんねぇけどよ。そういった話があるって噂だ」

「誰が、かはわかりますか?」


 食い下がる碧流を、主はもう一度睨みつけてから


「朱家、と聞いているな」


 朱家。

 まさか朱真が画策したことではないだろう。だとすれば、朱堅か。


「……あんた、おっかない顔してるぜ」


 主に指摘されて、碧流が我に返った。


「思うところはあるのかもしれねぇが、俺たちにとっちゃいい話なんだよ。あの馬鹿も言ってたけどよ。なにせ孔族に任せてりゃ、期日も量も知れたもんじゃねぇんだ。モノを作って売るには、安定供給、ってヤツが必要なんだよ」


 誰かに言われたのか、いかにも使い慣れてない言葉で説明する主。


「ですが、鉄鉱脈を失えば、孔族はどうなりますか?」


 碧流にはそれが気にかかる。

 調べた限り、孔族には、他に大きな産業はない。

 もし、鉄だけが頼りなのであれば。

 だが、主は慣れない笑顔を浮かべて。


「どうなるか、って。別にどうもなりゃしねぇだろうよ。こっちだって力ずくで奪おうってんじゃねぇんだ。売るんだから、その金でなんとかするんだろうさ。安くはねぇって話だし、むしろ金持ちになっちまうんじゃねぇか」


 そうかもしれない。だが、それは一時的な話だ。

 長期的な視野で見れば。


「さ、そろそろいいだろう。わかってるとは思うが、変なとこで今の話をしないでくれよ。まだまとまってない話だ。他から嘴突っ込まれると、面倒だからな」


 促されるまま。

 碧流は店を出た。そして、すぐさま歩き出す。

 残念ながら、木工町を見ている暇はなくなった。


 朱真がいつ帰ってくるのかはわからないが。

 それまでに、充分な情報を集めなくては。


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