昼_闘技場
「勝者、朱真!」
幾度目かの勝ち名乗りを受け、朱真が馬上で礼をする。
試合の空気に慣れたのか、馬が飽きて大人しくなったからか。
この試合はまさに、目指す通りの勝利を収めることができた。あの日、紅信が見せていたような、完璧な試合運びで。
割れんばかりの歓声に応え、通路へと引き下がる。
勝ち進むごとに、声援は増えた。
朱真の強さもさることながら、やはり注目の的は馬の方だった。会場にも、孔族の神馬ではないか、という噂が広まっているらしく、それも人気に一役買っているようだ。もちろん、朱真には、その噂を否定して回る義理はない。
今では、声援の数も大きさも、二大会連続の優勝者である朱塊よりも上かもしれない。まぁ、朱塊の場合は、試合内容以外の減点が大きいので、そんなことで勝っても自慢にもならないが。
その朱塊も無事に勝ち進んでいるようだった。内容は見ていないが、だいたいわかる。いかにも槍術大会に特化した、競技専用とも言うべき戦法だった。
例年よりも多くの出場者を集めた今年の大会だったが、残っているのは後二人。
次は、いよいよ、朱壊と当たる、決勝戦だ。
ここまでは、綺麗に筋書きをなぞって来ている。後は、仕上げを残すのみ。
馬を馬房へ戻し、一息つく。
思ったよりも、疲れていた。気づかないうちに、緊張していたのか。
調子への影響を考えて、昼食を抜いたのが響いているのかもしれない。
革鎧の金具を緩め、備えつけのベンチに座る。温い水を一気にあおった。
そこへ、朝にも聞いた声が。
「調子良さそうだな、朱真」
「――――お前の控え室はあっちだろうが、王者殿」
今は面倒な奴の相手をしてやれる気分ではない。
拒絶の意味も込めて、上を向いたまま、目を閉じる。
「おや、随分と疲れているようだな。やはり素人には、体力の配分がキツいか」
図星なだけに、その言葉は耳に痛い。
どうしても、経験がない、というのは大きな差となってくる。
朱真は、大会への参加は二度目。とはいえ、一度目はそれこそ右も左もわからぬままだった。対する朱塊は、優勝する何年も以前から参加を続けている。
「お前より、二試合多いからな」
負け惜しみと知りつつ、嫌味を込めて、言い返す。
朱塊は相手の棄権による不戦勝が二試合あった。一応は、王者の前に戦わずして負けを認めた、ということになってはいるが、どちらも朱家に連なる者だった。
「それも、オレの実力だよ」
朱塊が胸を張る。
どう勘違いすれば、誇れるのか。それが朱真にはさっぱりわからない。
――――試合よりも、よほど疲れる。
うんざりと、朱真が口を閉ざした。
どう声を掛けられようと無視しようと思ってはいたが、意外にも、朱真のその態度に、朱塊からは不満も文句も出てはこず。
なにやら、ごそごそするような気配を感じるのみ。
まさかとは思うが、馬装や武装に、いらぬ小細工をされてもつまらない。
やむなく、朱真が目を開けると。
そこには、見覚えのない男が、一人、立っていて。
「ここで、王者からの差し入れだ。挑戦者殿はお疲れのようだし、気分転換に、ひとつおもしろいものをお目に掛けよう」
ニヤニヤと笑う朱塊が、もったいぶった口調で、その男を、朱真の目の前へと押し出した。
武装したその姿に、朱真には、警戒よりも先に、あの記憶が呼び起こされる。
それは、紅信の鎧だ。あの日にも、着ていた。
ぷつり、と。
わずかに仰向けた、その喉に。
赤い、一筋。縦に、亀裂が。それが、徐々に、大きく、裂けて。
一気に。真っ赤な液体が吹き出した。
「ほぉら、すごいだろう! 景芝一の放下師さ。朱真には、泰陽風に、手品師と言わないとわからないかな!?」
子どものようにはしゃぐ、朱塊の声が聞こえる。
その液体は、朱真にかかることはなかったが。
なのに、朱真の視界は、真っ赤に染まっていて。
「おやおや、意外と気が小さいんだなぁ。こんなことで、そんなに顔を真っ青にしたりして。ひょっとして、なにか嫌なことでも思い出したのかい?」
朱塊の声が、遠のいていく。
代わりに、大きく、大きく、紅信の――――。
「はははっ! なんだい、朱真。疲れたからって、今眠っちゃ決勝に間に合わなくなるよ! まぁ、いいのか。どうせ出たって、勝てっこないんだしな、お前は!!」
次々と。全身を余す所なく打ちつける槍と。
――――庇うのか!! あれを! あいつらを!!
恨みの籠った、その声が――――




