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昼_鉱山


 ――――ったく、なんで、こんなことに。


 男は、不満だった。

 そもそも、今日は様子見程度で済ませるはずだったのだ。

 情報通りの場所に、情報通りの目印があることを。

 そこまでの道のりと、掘るのに必要な人員と、道具と。

 諸々の確認を、馬鹿どもにやらせて、男はそれを聞くだけだったはずだ。

 町で、不味い酒なんか飲みながら、不細工な田舎女でも侍らせて。

 それが、なんで。


「……あの、いつ来るかわかりませんので、くれぐれも」

「うるせぇよ。臭ぇから寄んな」


 気を利かせたつもりか、馬鹿の一人が寄ってきては、無駄口を叩く。

 ぶん殴ってやりたかったが、それはうまくない。逃す元だ。

 男の仕事は、馬鹿を嫌々でも働かせることだ。特技でもある、と思っている。

 一人逃せば、その分、金がかかる。一人殺せば、その分、時間がかかる。

 どんなに嫌々だろうとも、逃がしさえしなければ、人はそこそこ働くものだ。

 どんなに辛かろうとも、肝心な線さえ超えなければ、なかなか死なないものだ。

 例え、馬鹿でも。いや、馬鹿だからこそ。


「どこで、来たのよ」


 誰にともなく、問う。

 さっきの馬鹿が答えた。


「もう少し、先です。斜面が」

「だから、寄んなって。わかったよ」


 こういうことに、嫌がらせはつきものだ。

 なのに、やられて、ただ帰ってくるから、馬鹿なんだ。

 結局、無駄な往復と、全員を風呂に入らせたので、もう昼だった。

 時間は食うし、どうせ山に入ればまた汚れるのだが、馬糞臭い連中と一緒に山を登るのは男が嫌だったから、入念に身体を洗わせた。それでもまだ臭い気がする。

 ガチャガチャ、と。バケツやらツルハシやらを乗せた大八車が遅い分、全体の歩みは遅々として進まない。だが、この山道に馬を入れられる者など、それこそ孔族くらいのものだろう。この、だらだらした感じが、余計に男を苛立たせる。

 まだ夏には早いだろうに、今日の陽射しはやけに強い。鬱蒼とした樹々は、それをちっとも遮らないくせに、その薫りがさらに暑苦しさを増している気がする。

 臭さと遅さと暑さに辟易して、男が無駄に叫びたくなった、丁度その時。


「ここです」

「うるせぇ!」


 ……あ。

 つい、殴ってしまった。

 苛々が頂点だったところに、手が届くところで、急に喋った、こいつが悪い。


「……す、すいません」


 それでも、形ばかりは詫びようかと思ったところに、馬鹿の方から頭を下げた。

 それで、気持ちが失せた。やっぱり、こいつが悪い。馬鹿だ。


「ここ、なのな」

「はい」


 見上げる。

 確かに、まずまずの斜面だ。ここで手を出されるのは、不利だな。

 男は、軽く辺りを見回して、少し開けた場所の中央に陣取ると。


「おい、登ってみろ」

「……は?」


 馬鹿が、馬鹿みたいな顔をした。


「いいから登ってみろよ。じゃねぇと、わかんねぇだろが」

「い、いや、でも、矢とか飛んでくるんで、、、」


 馬鹿がもごもごと反論する。それが、男の苛々をさらに掻き立てた。


「いいから、行けよ」


 襟首を掴んで、坂へ向けて放る。

 馬鹿が、数歩、たたらを踏んで。情けない顔でこっちを見る。

 手だけで、先へ進むように指示を出した。

 さも恐る恐るという風に。馬鹿はのろのろと坂を登っていく。

 男の視線は、その頭上の、樹々の葉の中を探っている。

 誰か潜んでいやがるのか、それとも罠でも仕掛けられているのか。

 まぁ、同じ手には出ないだろうが。

 それでも、自分の上に枝がかかっていないことは、確認済だった。


「く、孔族め〜。また来たぞ〜。何度でも来るぞ〜。もう、諦めろ〜」


 馬鹿っぽく、馬鹿は森を威嚇している。

 あれで諦めてくれるなら、そもそも男はここへは来ていない。

 そう、呆れ返っていたところに。


「うわ、うわわ、うわぁああ〜っ!!」


 小刻みに驚きながら、馬鹿が、振り返り振り返り、坂を転げ落ちてきた。

 その後に続くのは、デカい石やら、太い丸太やらが、ごろごろと。


「……ちょっと、ヤベェか」


 怒号とともに逃げ惑う馬鹿どもを避けて、男は太めの幹の陰に隠れる。

 馬鹿どももすぐにそれを真似するが、大八車までは気が回らず。

 派手な音を立てて、大八車がひっくり返った。当然、上の荷をぶちまけて。

 その後も、しばらくは木やら石やらが転がっていき。

 朦々と立ち込めた土ぼこりが落ち着くのを待って。

 一通り、収まってから。男が周りを見回すと。

 まだ樹の陰にいる者、へたり込んでいる者、散々遠くまで逃げた者と様々だが、どうやら怪我人は出なかったようだった。

 チッ、と。思わず、舌打ちが出る。

 死ね、とまでは言わないが、どっかの馬鹿が骨の二、三本も折ってくれていれば、今後の手続きも随分と楽になったものなのだが。


「……あ、あの〜」


 さっきの馬鹿が、また声を掛けてきた。次の指示でも仰ぐ気か。馬鹿のくせに。


「さっさと大八起こせ。道具の確認。壊れてないだろな。ちゃんと全部、回収しろよ。あと、少し、静かにしてろ」


 言われた通り、無言でペコペコ頷いて、馬鹿が小声で指示を繰り返す。

 馬鹿どもが大八車にたかるのを横目で確認してから。

 男は、坂を見上げる位置に戻った。

 奴らのやり口はだいたいわかった。なら、打つ手は一つだ。


「坂の上の馬鹿どもォッ! よぉく聞けェッ!!」


 大音声を張り上げる。これも、滅多に使わないが、男の特技の一つだった。


「今後、俺たちの誰か、いや、何かにでもだ、ほんの少しでも損害が出れば、俺はそれを、すべて孔族の仕業と見なすぞ!」


 ざわり、と。気配とも呼べないなにかが、森の中で揺らいだ。


「落石だろうが! 穴に落ちようが! 木の根に蹴っつまづいて足を挫こうが! すべて孔族にやられたものとして、訴え出る! それが嫌なら、道を整え、チリ一つ残さず掃き清めて、俺たちを丁重に出迎えろ! わかったかァッ!!」


 しん……、と。

 わずかの余韻を残して、森に静寂が戻った。

 森からの返答はない。だが、気配と呼べないなにかは、確実にそこを去った。


「行くぞ」


 そう言って、手近な馬鹿の襟首を、二、三も掴んで坂へと放る。

 放られた馬鹿どもは、一瞬、恨めしげな視線を男へと向けたが、それでもしぶしぶ坂を登り始めた。


「ほら、どんどん続け」


 ぞろぞろと、馬鹿どもが登り始めたのに混じって、男も坂を登っていく。

 ああ言っておけば、上からの妨害も、もうあるまいが。

 万が一にも、怪我をするのは、どっかの馬鹿であって、男自身ではない。

 無造作に見えて、常に誰かが壁になるように。男は慎重に足を進めていった。



 今度は、なんの嫌がらせもなく、男たちは坂を登り切った。

 えっちらおっちら押し上げる、大八車の到着を待ってから。

 いざ、肝心の、鉱脈の入口へと向かう。

 このまま、なにもないならいいのだが。

 そうは思うが、そんな楽観は、男の経験が否定している。

 奴らは、こんなことで、引き下がったりはしないだろう。

 孔族にとって、最も避けるべきは、南須国の軍隊を呼び寄せることだ。そして、そのためには、問題を政治の舞台に上げないことが重要だった。だから孔族は、ここで団結して強硬に抵抗して、孔族対南須国の形を作ることは、絶対にできない。

 ただ、さっきはああ言ったが、こっちの数人がかすり傷を追ったくらいでは、軍は動いちゃくれない。せめて重症が数人、じゃなきゃ死者。それもこちらが正当な権利を主張して、それに向こうが暴力で応えるような構図を描く必要がある。

 実はそれも、男が受けた依頼の一つだった。

 孔族の鉄鉱脈すべてを買い入れる用意はあるが、金は使わないに越したことはないだろう。依頼主はそう言って笑った。

 軍を動かすのに、依頼主の懐は痛まない。軍が誰を殺そうと、依頼主の心は痛まない。だが、軍が奪い取った鉱山の管理は、依頼主が請け負うことになる。その利益が、国に入るも、彼に入るも、国民は気づきもしないだろう。

 依頼主がゲスであることは、男も充分にわかっている。だがそれは、自分とは関係のないことだ。男は金がもらえて、楽に仕事がこなせれば、それでいい。


「見えました!」


 なぜか調子に乗っている馬鹿が、先頭で大声を張り上げた。

 男は、特に歩調も上げず。

 情報にある目印が見えたのなら、それは当たり前のことで、喜ぶことではない。

 だが。


「……う。」


 馬鹿が、次の言葉に詰まった。

 今度は、なにが見えたのか。

 慌てることはなさそうなので、そのままのんびり、その場へ赴くと。

 先に着いていた馬鹿どもが左右に開いて、男の前を開ける。その、向こうに。


「はは。そう来るかね」


 孔族と思しき、屈強な男たちが、それぞれに互いに腕を組んで、人の壁を作っていた。それも、二重、三重に。


「どうあっても、俺たちを入れたかねぇ、と」


 躊躇なく、男が一歩、歩み寄る。

 ここまでして見せてるんだ、よもや向こうから手を出すことはあるまい。

 そのまま、壁になっている孔族の一人の顎先に、鼻がつくほどに近づいて。

 下から、睨め上げる。


「……刺されても、退かねぇのかね」


 目線を合わせようともしない孔族の腹に、尖った先端を、ぴたり、と。

 それでも、孔族は動揺する素振りすら見せず、正面を見据えたまま。

 ちっ、と。軽く舌を打って、手にした枝を放る。

 脅しにゃ、屈しねぇか。ならば。


「責任者は、いるかい?」


 見回しながら尋ねるが、当然のように、返答はなく。


「じゃあ、適当に喋るが。わかってるかな、これは立派な敵対行為だよ?」


 所詮は孔族。簡単に虎の子を騙し盗られるような奴らだ。


「俺たちは、キミタチのお仲間から、正式に、ここの地図をいただいているんだ。それは、ここの権利を譲渡する、ってことだろう? なのに、これは、なにかな?」


 自分でも、気持ち悪いと感じる口調。だが、嫌いではない。


「キミタチのお仲間は、ウソツキだ、ってことで、いいのかい?」


 今度は、先ほどのお隣の孔族の顎先に、顔を近づけると。


「孔族は、契約も守れない、ウソツキ集団だ、ってことで、いいのかな?」


 カカカッと嘲笑う。唾の一つも掛かるように。

 どこかで、歯の軋る音がした。


「でもね、孔族がウソツキだからって、俺たちはそれで引き下がるわけには行かないんだ。権利はもうもらっているんだからね。その上で、まだ逆らうってんなら」


 また、隣の顎先に移動して。


「……軍を呼ぶぞ」


 声を下げて。

 そう、これは単なる脅しだ。ひどく単純な。だが。

 その孔族の、喉が動くのが見えた。


「嫌だろう、戦争は。死ぬぞ。たくさん死ぬぞ。でもね、それも仕方ないことなんだ。キミタチが、ウソツキだから」


 隣の顎先は、人差し指でつついて見せる。

 怒りに満ちた視線が向けられた。だが男は、嬉しそうに笑う。


「ボクたちは、力ずくでキミタチを排除することもできる。してもいいんだ。ボクたちの正当な権利を侵害しているのは、キミタチなんだからね!」


 興が乗ってきた。自分でも、調子に乗っているのを感じる。


「でもね、まだ、それはしない。約束しよう。キミタチが大人しくそこを退いてくれるなら、ボクたちは一切危害を加えたりはしないよ」


 自分は無害だと示すように、両手を大きく広げて。


「そう言えば、まだ、昼メシを食べていなかったね。食事にしようか。今、登ってきた道を少し戻った辺りに、見晴らしのいい場所があったから、そこがいいかな。そして、ボクたちが食事をしている間に、キミタチには、消えて欲しい」


 そう告げて、人の壁の、全体を見渡すと。


「もし、ボクたちが戻ってきても、キミタチがそのままだったなら」


 男は、強く、両手を打ち合わせた。


「――――戦争だ」


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