夜_客室
反撃へ向けての作戦会議は、夕食の後で、となった。
朱家の晩餐も二日ぶりだ。乗合馬車で食べる弁当というのも旅情があっていいものだったが、どうしても量、質ともにそれなりになってしまう。昨晩の孔族での宴も、野趣溢れる贅沢なものだったが、やはり、泰皇国風の料理を並べてもらうと、慣れ親しんだ喜びがもたらされる。なにより、胸につかえていたものが落ちたようで、いくらでも食べられる気がした。まぁ、ちょいちょい辛いんだけれども。
紅兎も、食事の前に旅の汗を流して、すっきりとした顔をしていた。こちらも、すっきりしたのは心の方も、なのだろう。
当の朱真は、相変わらず。今日は、少しだけ酒も飲んでいた。
腹も満たして、気持ちも入れ替えて。
改めて、碧流の部屋に集まり直す。
正直、ここからは、具体的な策は何も持っていない。
そういう思いを込めて、朱真の方へ目をやると。
朱真も、ふう、と一つ息をついて。
「情報は既に向こうに渡っている。その上で、採掘を止めたい、というわけだが」
「……向こうって、お前んちだけどな」
助けてもらえると決まった途端に、紅兎は通常営業に戻ったようだ。
本当に紅家の娘らしくする気があるのだろうか。
朱真も、いつものように、紅兎を無視すると。
「情報を捨てさせたところで意味はない。捨てた、と言われても、なんの証拠もないからな。採掘を諦めさせるには、やはり朱堅を黙らせるしかないだろう」
鉄鉱脈の独占、なんていう金蔓を、朱堅が諦めるはずがない。
なので、黙らせる、という方針を取る。
「朱家の当主である朱堅を黙らせるには、その上の権力が必要、ですね」
「そうだな。かと言って、南公は各家には不介入だ。なんの権限もない」
「そうなの? じゃあ、三公家の当主以上の権力なんてないじゃん!」
意外と真面目に会議に参加してきた紅兎がわめく。
紅兎以外の二人には暗黙の了解なのだが、認識合わせのためにも復習といこう。
「そうなんですけど、今なら、期間限定の立場を利用することができるんですよ」
「期間限定? 無駄に高いヤツ?」
「……なんの話ですか」
つい、ツッコんでしまい、咳払い一つで気を取りなおす。
「三公家の当主より上にいるのは、南公だけ。でも南公は各家とは切れていて、口が出せない。でも、今ならば、各家と結びつきつつ、南公並みの権威を持つことのできる立場があるんです」
「……そのココロは?」
「次代の南公と目されることです。国中がそうと認めてしまえば、当主としても逆らえない。それでいて、まだ南公ではないから、家とも切れていない」
「おおお!」
素直に感心する紅兎。それなら、こちらも話し甲斐があるというものだが。
「よくわかんないけど、やったね!」
……やっぱり、わかってなかったか。
「要するに、朱真がそれになればいいんでしょ。で? ジダイのナンコーにモクされるってのは、どうやったらいいんの?」
わからないなら、そろそろ、黙ってて欲しくもなるが。
「南公には、強くて、威厳のある青年が選ばれます」
碧流の挙げる条件を受けて、紅兎は朱真を上から下までじろじろと眺め上げて。
「うん。強くて、威厳、、、も、ある? ばっちり!」
悩んだ末の半疑問形で、何がばっちりか。
ただ、今は紅兎の推薦は関係なく。
「国中にそう認めてもらうのに、いいイベントが、間もなく開催されます」
「お祭り?」
「です。その中の、槍術大会」
「……ソージュツ、タイカイ?」
いい加減、放置。
「これで優勝すれば、国一番の勇者と認められます。それが朱家の若者となれば、次代の南公候補に直結できます」
「なるほど! じゃあ、朱真がそれに出て、優勝すればいいんだ」
本当に、細部は適当なくせに、全体を掴むのは早い。最初から、これだけ言えばよかった。
疲れる碧流には目もくれず、大掴みで納得した紅兎は、今度は朱真の方へと不審げな目を向けて。
「……できんの?」
「少なくとも、大きな問題が二つある」
向けられた視線は無視し、朱真は碧流へ向かって、そう答えた。
「問題、ですか?」
問い返す碧流に、朱真は軽く頷いて。
「まず一つは、対立候補の存在だ。対立、というか、現状ではあちらが本命だが」
「朱塊、ですか」
自分でも、敬称を外していたことに気づくが、今さらいいだろう。尊敬できる人間でもないようだし。
「二年連続で優勝しているくせに、今年もまた出るそうだ。こんな時くらいしか目立てないからだろうが、そういうところが箔を落としていることに気づかん」
対立すると決まれば、非難もすらすらと出てくるようで。
「まさか、勝てないとか言わないですよね?」
「誰かに負けるようでは、そもそも話にならんだろう。問題は、あいつと当たるかどうか、だ。直接勝つのでなければ、周りも、何よりあの親子が納得せん」
確かに。朱堅と朱塊の父子を納得させないことには意味がない。
「でも、決勝まで行けば、嫌でも当たるんでしょ?」
またしても、さらりと本質を突く紅兎。
「それまでに負けるようじゃ、話にもなんないんだしね」
わざと、朱真の言葉を借りて。
まるで、それを望んででもいるかのような、意地悪い笑み。
「まぁ、その通りだな。向こうも、そう簡単には負けんだろうし」
久々に、朱真が紅兎絡みの時だけの渋面を見せる。
「そう考えれば、直接対決できるから、逆にラッキーですね。で、もう一つは?」
一つ目は解決したことにして。次を促す碧流。
返ってきたのは、意外な答えだった。
「馬がおらん」
「――――はい?」
名馬の産出地として有名な南須国の、それも三公家に連なる朱家の若殿が。
言うに事欠いて、馬がいない、ですと?
信じられない、という視線を向けられて、朱真がまた広い視野から話を始めた。
「南須国が馬の名産地とされてから久しいが、その間にも品種改良は進んでいる。馬とて売り物である以上、顧客の要望や、その時々の流行に従わねばならんのだ」
ふむふむ。それは、当然の話だ。
「今時、多数の軍馬を並べた騎馬隊など、買い揃えるだけで相当な費用がかかる。軍馬は調教にも時がかかるから、最初から自前で繁殖する国も多い」
確かに、そもそも平和続きの昨今、軍隊自体が縮小傾向にある。
大きな騎馬戦など、もう数十年も起きてはいないはずだ。
「その上で、わざわざ南須国まで買い付けにくるような馬、となれば、要望は限られる。つまりは、脚が速くて、見栄えのする馬だ」
貴賓の馬車を引くような。
軍馬にするにしても、行進で隊長が乗るような。
王公の間では、持ち馬の速さを競う遊びもあるらしい。
「そういう馬は、脚が細くて、脆い。その方が見栄えがするからな。重い鎧も着ずに真っ直ぐ走るだけなら、それで充分なのだ」
言わば、見た目重視。軍馬とするなら論外だが、世の需要に従った結果なのか。
「しかし、槍術大会では、馬上が左右に大きく動く。それなりの鎧も着る。それに耐えるには、馬の方も頑強でなくては、話にならん」
なるほど。南都の馬事情は、よくわかった。けれど。
「でも、他の参加者も、それは同様なのでは?」
急な話で、用意ができそうもないというなら、まだ話もわかるが。
朱真は、やや気まずさげに。
「他の連中は、南須の馬でも問題はないのだが。オレは、この身体だからな」
碧流も、南須国に来てから、なんとなく感じてはいたのだが。
南須国の皆さんは、あまり体格が大きくない。
朱真が歩けば、祭りの人だかりの中でも簡単に見つけられるだろう。
それでも、碧流なら、完全に埋没するのだが。
「身長だけではないぞ。槍術大会に出ようという奴らは、鍛えながらも体重を絞っている。重ければ、それだけ馬の負担になるからな。だが、オレはそういう鍛え方はしていない」
見た目にはすらりと見える朱真だが、しっかりと鍛えてある分、筋肉量は申し分ない。それであの身長なのだから、体重もそれなりにはあるのだろう。
宴でも、朱塊がひょろりと見えたものだったが、そういう理由もあったのか。
「つまり、朱真が馬上で動き回れば、大抵の馬は潰れてしまう、と」
「一試合くらいならともかく、優勝するとなれば、三試合はこなせないとな」
試合の度に乗り換えるようなことはできない。人馬一体でこその槍術だ。
「馬車馬にでも乗れば?」
紅兎の雑な意見は、やっぱり無視。
「どうにかならないんですか? 当日だけ、南須国の軍馬を借りるとか」
さすがに軍馬として調教された馬なら、強靭さは充分なはず。
だが、国が一個人に手を貸した、と見られれば、無駄な弱みを作ることにもなりかねない。例え勝っても、相手を納得させられなければ、負けも同じだ。
自分で挙げた意見だが、否定せざるを得ない。碧流は門外漢すぎる。
頼みの朱真は、やはり渋い表情を浮かべて。
「心当たりは、あるにはあるのだが」
朱真は、なぜか悔しげに、そう答えると。
紅兎の方へと、向き直って。
「孔族を救うためだ。お前が、孔族を説得しろ」
「……へ? アタシ?」
急に真剣な眼差しを向けられて、きょとんとする紅兎。
自分の鼻を指差したまま、しばし固まった末。
「アンタ、ひょっとして……」
「他に、心当たりはない」
交わされる会話に、碧流はついていけない。
それでも。
「無理無理無理! 絶対、無理!」
「なんでもする、と言っただろう」
「言ったけど! 言ったけども!」
二人のやり取りを見ていれば、ただ事ではないことは理解できて。
「……あの、なんのことか、教えてもらってもいいですか?」
知らず、そっと問いかける形になった。
だが紅兎は、禁忌に触れたがごとく、固まってしまっており。
朱真だけが、こちらを向いて、何事でもないかのように、こう言った。
「神馬を、狩る」




