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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 春 〜  作者: 都月 敬
5日目
19/30

夜_客室


 反撃へ向けての作戦会議は、夕食の後で、となった。

 朱家の晩餐も二日ぶりだ。乗合馬車で食べる弁当というのも旅情があっていいものだったが、どうしても量、質ともにそれなりになってしまう。昨晩の孔族での宴も、野趣溢れる贅沢なものだったが、やはり、泰皇国風の料理を並べてもらうと、慣れ親しんだ喜びがもたらされる。なにより、胸につかえていたものが落ちたようで、いくらでも食べられる気がした。まぁ、ちょいちょい辛いんだけれども。

 紅兎も、食事の前に旅の汗を流して、すっきりとした顔をしていた。こちらも、すっきりしたのは心の方も、なのだろう。

 当の朱真は、相変わらず。今日は、少しだけ酒も飲んでいた。



 腹も満たして、気持ちも入れ替えて。

 改めて、碧流の部屋に集まり直す。

 正直、ここからは、具体的な策は何も持っていない。

 そういう思いを込めて、朱真の方へ目をやると。

 朱真も、ふう、と一つ息をついて。


「情報は既に向こうに渡っている。その上で、採掘を止めたい、というわけだが」

「……向こうって、お前んちだけどな」


 助けてもらえると決まった途端に、紅兎は通常営業に戻ったようだ。

 本当に紅家の娘らしくする気があるのだろうか。

 朱真も、いつものように、紅兎を無視すると。


「情報を捨てさせたところで意味はない。捨てた、と言われても、なんの証拠もないからな。採掘を諦めさせるには、やはり朱堅を黙らせるしかないだろう」


 鉄鉱脈の独占、なんていう金蔓を、朱堅が諦めるはずがない。

 なので、黙らせる、という方針を取る。


「朱家の当主である朱堅を黙らせるには、その上の権力が必要、ですね」

「そうだな。かと言って、南公は各家には不介入だ。なんの権限もない」

「そうなの? じゃあ、三公家の当主以上の権力なんてないじゃん!」


 意外と真面目に会議に参加してきた紅兎がわめく。

 紅兎以外の二人には暗黙の了解なのだが、認識合わせのためにも復習といこう。


「そうなんですけど、今なら、期間限定の立場を利用することができるんですよ」

「期間限定? 無駄に高いヤツ?」

「……なんの話ですか」


 つい、ツッコんでしまい、咳払い一つで気を取りなおす。


「三公家の当主より上にいるのは、南公だけ。でも南公は各家とは切れていて、口が出せない。でも、今ならば、各家と結びつきつつ、南公並みの権威を持つことのできる立場があるんです」

「……そのココロは?」

「次代の南公と目されることです。国中がそうと認めてしまえば、当主としても逆らえない。それでいて、まだ南公ではないから、家とも切れていない」

「おおお!」


 素直に感心する紅兎。それなら、こちらも話し甲斐があるというものだが。


「よくわかんないけど、やったね!」


 ……やっぱり、わかってなかったか。


「要するに、朱真がそれになればいいんでしょ。で? ジダイのナンコーにモクされるってのは、どうやったらいいんの?」


 わからないなら、そろそろ、黙ってて欲しくもなるが。


「南公には、強くて、威厳のある青年が選ばれます」


 碧流の挙げる条件を受けて、紅兎は朱真を上から下までじろじろと眺め上げて。


「うん。強くて、威厳、、、も、ある? ばっちり!」


 悩んだ末の半疑問形で、何がばっちりか。

 ただ、今は紅兎の推薦は関係なく。


「国中にそう認めてもらうのに、いいイベントが、間もなく開催されます」

「お祭り?」

「です。その中の、槍術大会」

「……ソージュツ、タイカイ?」


 いい加減、放置。


「これで優勝すれば、国一番の勇者と認められます。それが朱家の若者となれば、次代の南公候補に直結できます」

「なるほど! じゃあ、朱真がそれに出て、優勝すればいいんだ」


 本当に、細部は適当なくせに、全体を掴むのは早い。最初から、これだけ言えばよかった。

 疲れる碧流には目もくれず、大掴みで納得した紅兎は、今度は朱真の方へと不審げな目を向けて。


「……できんの?」 

「少なくとも、大きな問題が二つある」


 向けられた視線は無視し、朱真は碧流へ向かって、そう答えた。


「問題、ですか?」


 問い返す碧流に、朱真は軽く頷いて。


「まず一つは、対立候補の存在だ。対立、というか、現状ではあちらが本命だが」

「朱塊、ですか」


 自分でも、敬称を外していたことに気づくが、今さらいいだろう。尊敬できる人間でもないようだし。


「二年連続で優勝しているくせに、今年もまた出るそうだ。こんな時くらいしか目立てないからだろうが、そういうところが箔を落としていることに気づかん」


 対立すると決まれば、非難もすらすらと出てくるようで。


「まさか、勝てないとか言わないですよね?」

「誰かに負けるようでは、そもそも話にならんだろう。問題は、あいつと当たるかどうか、だ。直接勝つのでなければ、周りも、何よりあの親子が納得せん」


 確かに。朱堅と朱塊の父子を納得させないことには意味がない。


「でも、決勝まで行けば、嫌でも当たるんでしょ?」


 またしても、さらりと本質を突く紅兎。


「それまでに負けるようじゃ、話にもなんないんだしね」


 わざと、朱真の言葉を借りて。

 まるで、それを望んででもいるかのような、意地悪い笑み。


「まぁ、その通りだな。向こうも、そう簡単には負けんだろうし」


 久々に、朱真が紅兎絡みの時だけの渋面を見せる。


「そう考えれば、直接対決できるから、逆にラッキーですね。で、もう一つは?」


 一つ目は解決したことにして。次を促す碧流。

 返ってきたのは、意外な答えだった。


「馬がおらん」

「――――はい?」


 名馬の産出地として有名な南須国の、それも三公家に連なる朱家の若殿が。

 言うに事欠いて、馬がいない、ですと?

 信じられない、という視線を向けられて、朱真がまた広い視野から話を始めた。


「南須国が馬の名産地とされてから久しいが、その間にも品種改良は進んでいる。馬とて売り物である以上、顧客の要望や、その時々の流行に従わねばならんのだ」


 ふむふむ。それは、当然の話だ。


「今時、多数の軍馬を並べた騎馬隊など、買い揃えるだけで相当な費用がかかる。軍馬は調教にも時がかかるから、最初から自前で繁殖する国も多い」


 確かに、そもそも平和続きの昨今、軍隊自体が縮小傾向にある。

 大きな騎馬戦など、もう数十年も起きてはいないはずだ。


「その上で、わざわざ南須国まで買い付けにくるような馬、となれば、要望は限られる。つまりは、脚が速くて、見栄えのする馬だ」


 貴賓の馬車を引くような。

 軍馬にするにしても、行進で隊長が乗るような。

 王公の間では、持ち馬の速さを競う遊びもあるらしい。


「そういう馬は、脚が細くて、脆い。その方が見栄えがするからな。重い鎧も着ずに真っ直ぐ走るだけなら、それで充分なのだ」


 言わば、見た目重視。軍馬とするなら論外だが、世の需要に従った結果なのか。


「しかし、槍術大会では、馬上が左右に大きく動く。それなりの鎧も着る。それに耐えるには、馬の方も頑強でなくては、話にならん」


 なるほど。南都の馬事情は、よくわかった。けれど。


「でも、他の参加者も、それは同様なのでは?」


 急な話で、用意ができそうもないというなら、まだ話もわかるが。

 朱真は、やや気まずさげに。


「他の連中は、南須の馬でも問題はないのだが。オレは、この身体だからな」


 碧流も、南須国に来てから、なんとなく感じてはいたのだが。

 南須国の皆さんは、あまり体格が大きくない。

 朱真が歩けば、祭りの人だかりの中でも簡単に見つけられるだろう。

 それでも、碧流なら、完全に埋没するのだが。


「身長だけではないぞ。槍術大会に出ようという奴らは、鍛えながらも体重を絞っている。重ければ、それだけ馬の負担になるからな。だが、オレはそういう鍛え方はしていない」


 見た目にはすらりと見える朱真だが、しっかりと鍛えてある分、筋肉量は申し分ない。それであの身長なのだから、体重もそれなりにはあるのだろう。

 宴でも、朱塊がひょろりと見えたものだったが、そういう理由もあったのか。


「つまり、朱真が馬上で動き回れば、大抵の馬は潰れてしまう、と」

「一試合くらいならともかく、優勝するとなれば、三試合はこなせないとな」


 試合の度に乗り換えるようなことはできない。人馬一体でこその槍術だ。


「馬車馬にでも乗れば?」


 紅兎の雑な意見は、やっぱり無視。


「どうにかならないんですか? 当日だけ、南須国の軍馬を借りるとか」


 さすがに軍馬として調教された馬なら、強靭さは充分なはず。

 だが、国が一個人に手を貸した、と見られれば、無駄な弱みを作ることにもなりかねない。例え勝っても、相手を納得させられなければ、負けも同じだ。

 自分で挙げた意見だが、否定せざるを得ない。碧流は門外漢すぎる。

 頼みの朱真は、やはり渋い表情を浮かべて。


「心当たりは、あるにはあるのだが」


 朱真は、なぜか悔しげに、そう答えると。

 紅兎の方へと、向き直って。


「孔族を救うためだ。お前が、孔族を説得しろ」

「……へ? アタシ?」


 急に真剣な眼差しを向けられて、きょとんとする紅兎。

 自分の鼻を指差したまま、しばし固まった末。


「アンタ、ひょっとして……」

「他に、心当たりはない」


 交わされる会話に、碧流はついていけない。

 それでも。


「無理無理無理! 絶対、無理!」

「なんでもする、と言っただろう」

「言ったけど! 言ったけども!」


 二人のやり取りを見ていれば、ただ事ではないことは理解できて。


「……あの、なんのことか、教えてもらってもいいですか?」


 知らず、そっと問いかける形になった。

 だが紅兎は、禁忌に触れたがごとく、固まってしまっており。

 朱真だけが、こちらを向いて、何事でもないかのように、こう言った。


「神馬を、狩る」


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