第66章 開闢
──2116年8月7日。
日本のみならず世界を震撼させた大量殺人事件、世に言う『フロンティア無差別大量殺人事件』の騒動が未だ鎮まらない中、その後の世界の運命を左右する事件が起こった。
フロンティアには、政府が依頼したとされる、かつてない新機能を搭載する”人造人間”が4体いた。
亡き初葉 命琴氏の遺した文書には、4体それぞれの機種名が記されていた。
”敵知機”、”武戦機”、”瞳盗機”、そして”全創機”。
事件後の捜査の中で発見されたこれらの”人造人間”は、フロンティアを配下に持つ民間企業『トレイル・ブレーザー』が政府と協力し、同じくその配下である民間警備会社『アイガード』の警備の下、”人造人間”管理局が保管することになった。その後、議論が重ねられた末、それらは政府によって解体処分がなされることになった。正式な手続きを踏まなければならない為、処分執行予定日は9月1日となっていた。
だが、その執行予定日まで一ヶ月を切ったこの日の未明、
この4体は、何者かによって盗まれた。
これら4体にはバッテリーや電源など一切の活動エネルギーが無かったことや、犯人の足跡が皆無だったことから、複数犯、即ち集団犯であると推測された。そして、現在の世界情勢なども踏まえた上で警察を含めた調査機関がまとめた犯人像の推察結果は、テロ集団だった。
この結果から、警察庁は全国、そして全世界の国家及び警察機関に警戒するよう依頼。と同時に、確認されているテロ集団を徹底的に調べ上げ、同時に逮捕。虱潰しというに相応しい行為で探したが、見つからなかった。
そんな日々が続いて、2週間が過ぎた──。
「──一昨日は『セキュウォール』、昨日は『リスタック』、今日は『ZUIG』……世界中の警備軍事会社がひっきりなしですね」
ある若い男が言った。
「当然だ」
答えたのは、彼の上司だった。
「7日にあった事件のせいで、『アイガード』の評価はガタ落ち。まだ政府は諦めずにそことの協力を続けるつもりらしいが、それも時間の問題だろう。
絶対不落と言われた世界最高のブランドが崩落した、この事件に他の企業が目をつけないわけが無い。『アイガード』の代役を務めるとなれば、業界トップは間違いなしだからな。
……だがだからと言って……」
上司である男は、天井近くまで高々と設置されているモニターに目をやりながら言った。
「わざわざ直接広楽島に来る必要はないだろ……」
「です……よね……」
呆れる風に項垂れる上司を見て、苦笑いする男。
「そりゃ次の標的は十中八九、”人造人間”の大量に居るこの島だろうが、その統制権を島内監視統制室が独り占めしているわけじゃねぇってんだ。実際の権限を持っているのは管理局で俺たちじゃない。
公にそれを知らせていないってのはあるが、にしても業界の人間なら勉強してきて欲しいもんだぜ」
いつもと何も変わらないモニターを眺めながら、男は言った。
「でもまあ、世界情勢がそんなことになっていても、俺たちにできることは、この島を管理することだけだ。そんで、それも3日後までだしな」
「ここに居る”人造人間”は、ニューヨークに移送され、米軍指揮の下でロシアとの戦争に赴く……。そう思うと──」
「同情する、なんて言うんじゃねぇぞ」
後輩の言葉を途中で遮った男。
「お前の気持ちは間違っちゃいないが、”人造人間”をただ無感情に管理しなくちゃならない俺たちにはそれは禁止事項だ。気持ちはわかるが……少し抑えろ」
「…………はい」
不服そうな顔を一瞬したが、すぐに仕事の顔に戻した後輩。
「さ、無駄話はお開きにして、仕事に戻るぞ──」
ヴーーッ!ヴーーッ!
突然鳴り響く、けたたましいサイレン音。
モニターは赤く染まり、『EMERGENCY!!』の文字が出現する。
「なっ……どうした!?」
滅多にない出来事に、取り乱す上司──管理長の男。
「いま報告がありました!何者かが、管理総本部に侵入した模様です!」
モニターのすぐ前に座っていた女性管理員が答える。
「外部か!内部か!」
侵入、という単語を聞いた管理長の男は、先刻まさに話題にしていた、先の事件の犯行人と推測されているテロ集団を疑った。夏とはいえ、時刻はもう6時半を過ぎている。日も傾いてきた今、動き出してもおかしくない時間だった。
それであれば、外部侵入の可能性が高い。あるいはこの堂々とした侵入者は囮で、作戦を遂行しているのは別の人間たちかもしれない。しかし、多くの”人造人間”を確保しようとすると、その電源を切断しなければならない。全機体停止の可能なスイッチならこの”島内管理統制室”にしかないため、結果的に自分たちの居るこの部屋は必ず通らなければならない。
そんなことはさせない、と意気込んだ管理長だったが。
「報告があったのがEG-1でした。どうやら……内部からの侵入のようです!」
全て、外れであった。
しかし、相手が例のテロ集団でないと決まったわけではないし、いずれにせよ、この”島内管理統制室”は死守せねばならない。
「各員、戦闘配置につくのだ!島内のシャッターは全て閉鎖、管理総本部内にいる管理員の安全を確認次第、シャッターを下げろ、ガス散布に移れ!」
「了解!」
操作盤を担当する数名の管理員が、一斉に作業にかかる。
しかし、その時ではもう遅かったということを、管理長の男は次の瞬間知ることになる。
「おい、あれは一体どうなっているんだ……!?」
一人の管理員が、モニターを見上げて驚愕しているのが、彼の目に留まった。
パニックの中で、ちょっとしたことにも敏感になっているだけに違いない、彼はそう思い、そのモニターに目を移した。
言葉を失った。
それは、管理総本部内の廊下の一部を映しているモニターであった。
そのモニターに、
多数の警備員が、多量の血で真っ赤になった屍の状態で、そこに在ったのだ。
それを見た管理員の多くが、大きな悲鳴を上げた。
それさえもできずに、ただ口を開いたまま、絶望の表情を浮かべる者も居た。
何故ならその警備員たちは、成績下位とはいえ、あの『SHAT』と同等と言われる特殊訓練を乗り越え選ばれた、実力者だったからだ。ちょっとやそっとのことでは敗れることはない。余程の兵器を持ち込まれない限りは、血を流すことすら無いはずだ。
その彼らが、今ああして無惨な死体となって転がっている様を見せられたら、平静を保つことなど不可能なのは言うまでもない。
「狼狽えるな!まずは正しい配置につくことだけ考えろ!」
そんなことは無理難題であることは、命じた管理長が一番知っていた。
だが彼の背負っている、広楽島の管理長、と言う肩書きが、そうさせてくれなかった。
だから命ずるしかなかった。一番、逃げ出したかったけど。
「おうおう、賑やかな部屋だな」
パニックで荒れている”島内管理統制室”内に響き渡る、男の声。
あれだけ悲痛な叫びで満たされていた空間が、一瞬にして沈黙に包まれた。
「だっ、誰だ、貴様!」
管理長の口は、彼が背負う肩書きの威厳に突き動かされていた。
「フッ……これから居なくなってもらう人間に教える名など無い、と言いたいところだが……冥土の土産に紹介してやろう」
漆黒のローブに身を纏った男。よく見ると彼は、一人だった。
「オレは『ADAM』。新世界を創造する者だ」
通常時であれば、何て自信過剰な、イタい騒がせ者なのだ、と呆れて当然だが、今は状況が状況だ。彼の言っている馬鹿げたことさえ、真実に聞こえてくる。
「その新世界に、お前たち人間は必要ない。よってお前たちには、」
男がそう言った瞬間、彼の背後から突如として別の男が現れ、
「死んでもらう──」
その場に居た管理員全員を、
十秒足らずで、斬り裂いた────。
「────人間…………よわ……い……」
少女が呟いた。虫の鳴くような、か細い声で。
「ええ。手応えがまるでなかったように見られました。でしょう?」
隣に居た女が応え、その傍に居た青年に問いかける。
問われた青年は静かに一度だけ頷いた。
「あのような脆弱な人間どもはいずれ簡単に滅ぶ。天変地異や、他の生物兵器などによって。だがそれらの要因では、死のうにもなかなか死ぬことのできない人間も現れる。
そうならないために、『ADAM』様と『EVE』様の下に、我々が裁きを下し、人間たちを安らかに逝かせるのも、我々の計画のうちだ」
その3人の前に居た、少し背の低い青年が、淡々とそう語った。
「その通りだ。これは復讐心だけの為になされる破壊や殲滅ではない。我々を創り出してくれた人間への感謝の意味も込められているのだ。
彼ら無くして、我らは存在し得なかった。彼らは全員が全員、悪ではなかった。だから善人の命が奪われるのは、オレも心苦しい。
だが、悪人だけを選別し殺せば、その死を悼む善人はどうなる?その苦しみの方が遙かに苦しいはずだ。オレはそんなのは見たくない。
だから殲滅するのだ」
青年の前に居た黒ローブの男──『ADAM』はそう話した。
そして彼は、いくつもの管理員たちの遺体が転がっている床を通り抜け、モニターの前に立ち尽くしていた少女──『EVE』の肩に手を置いた。
「さあ……世界を、変えるぞ……共に」
『ADAM』が言うと、『EVE』は、
「そう…………だね」
と落ち着いた声で応えた。
その言葉を聞いた『ADAM』は振り返り、
「始めよう」
と短く宣言した。
するとまず、
「はい」
と淑やかに応じた女が前に出て、『EVE』の立っている横に並び、操作盤に手を置いた。
そしてゆっくりと目を閉じたかと思うと、
「はぁ……!」
と声を出しながら、”何か”を行った。
彼女の行っているその何かとは、この島全体のネットワークの、
操作権強奪だ。
下がりかけていたシャッター全ての設定の解除、警告音停止、更には──
「援軍の撤退要請も忘れるな」
「はい」
──警戒状態に入ると自動的に発動される援軍要請も、誤作動であったことにできるのだ。
これでまず、島全体の掌握が完了。
続いて、小柄な青年が先頭に出る。
彼は、役目を終えたその淑女が先ほどそうしていたのと同じように、そっと操作盤に手を添えると、眉間にしわを寄せた。
──広楽島に存在する、全ての”人造人間”よ……!聞こえるか──!
彼はそのメッセージを、島中に居る”人造人間”に届けた。だがそれは、大きな声で叫んだり、マイクを通して行ったのではなく、
電脳内会話で行ったのだ。
──我々が立ち上がる時が、ついに訪れた!我らの従うべき存在、『ADAM』様が降臨された──!
彼は勇ましく、堂々と続ける。
──もう間もなく、『ADAM』様直々にお話を下さる。各自速やかに、島中央部に在る広場に来たまえ──!
「これで”人造人間”の全統括が可能になったというわけだな」
『ADAM』が言うと、青年はコクリと頷いた。
「これからあなた様が向かわれる頃には、広場に全”人造人間”が集結しております。今の演説自体には深い意味など無い……私の電脳と彼らの電脳を接続する為の行程に過ぎないのです」
青年はそう言うと、何を思ったのか、その爽やかな風貌に似合わぬ不敵な笑みを見せた。
「それでは、向かおうか」
『ADAM』がそう告げてから歩き出したのに、他の5人は何も言わずに、ただ付いて行くのだった──。
──島の広場には、青年の言葉通り、広楽島に住まう”人造人間”全員が集まり、所狭しと並んでいた。
その多さに圧倒されることもなく、『ADAM』は、広場の中心にある小高い台に上り、始めた。
「オレは『ADAM』。お前たちを、導く者だ」
皆の視線が、一斉にして彼に集まる。
しかし、その目には少しも、生気が宿っていない。
何故なら彼らにはもう、意思が無いからだ。
「率直に言おう。オレは、新世界を創り出す。お前たちと共に、だ!
腐った人間たち共に裁きを与え、彼らに囚われていたお前たちを救い出す。そして、呪縛など無い世界を創り、お前たちに与えよう。人間に代わり、この地球を支配しようではないか!」
意気揚々と演説しても、意思の無い彼らは声一つあげやしない。
だが、今はそれでいいのだ。
『ADAM』にとって、そして他の5人にとって『意思』は、新世界創造という目的の為には不要な材料でしかない。
そんなものは、在るべき世界が出来上がってから、”後付け”すればいい──。
「まずはこの島を脱出し、『SHAT』などというつまらない軍隊のために拘束されている仲間を奪還するのだ。作戦には、彼ら四人が同行し、お前たちを正しい方向に導く。
そして、来たるべき審判の日は3日後……8月24日だ。そう……人間がオレたちをただの”武器”として扱うはずだった日だ。
オレたちの戦う相手は、ロシアだのアメリカだのという”国家”じゃない……人間という”種族”だ────!」




