第65章 聖神
「──これはオレも予想だにしなかった事態だ……。”武戦機”の機能が、”人造人間”の生存本能を強め、”全創機”の指揮機能も加わることで、自然治癒力が強化されている……。素晴らしい……実に素晴らしい……!」
突然現れたその黒のローブ男は、何やら一人で感動しているようだった。
私──愛翠 杏紅と、私の眼前に立ち、今まさに決着をつけようとしていた女──夜川 涼美は、思いがけなかったその事態に呆気を取られ、図らずも一時休戦状態になっていた。
「それにお前……!その精神力と、疲労困憊だというのに、落ちるどころか膨れ上がる一方……!『勇戦状態』で発揮できるもの以上の力だ……実に面白い……!」
興奮気味の男の声を聞いて、私は気付いた。
彼の声に、聞き覚えがあることに──。
「……アナタ……まさか、」
私はその名前を訊ねながら、その答えが『イエス』でないことを祈っていた。
「『A』…………?」
頭まで黒いローブを被っている男の正体を判断する材料が声しかない中で、それでも私は確信を持ってそう訊ねた。
確信しながら、嘘だと、違うと言って欲しかったが──。
「ククク……久しぶりだな、愛翠 杏紅、いや……
”神童機”」
──現実は、非情だった。
「まさかこの島で逢うことになるとは考えられなかったが、まあいい……。今度こそお前を、我が物にする!」
『A』は高らかにそう言った。
私はただ、激しく騒ぐ胸に、不吉な予感を抱くしかなかった。
「何の話をしているのか…………知らないけど……!」
そこに割って入ってきたのは、他でもない、涼美だった。
「ワタシの……邪魔するって言うんなら……!第三者の……アンタでも…………殺すよ……!」
本気の眼だった。
彼女の言葉は決して、虚勢や威嚇のために生まれたものではない。彼女が真に考えていること、そのものだ。
つまり彼女は、私も『A』も、殺せると考えている。彼女の眼差しは、それを物語っていた。
「おーっと、待て待て。何か勘違いをしているようだが……別にオレはお前に危害を加える気は無い、夜川 涼美。用があるのはこの女だけだ。それが済んだらお前は逃がしてやるし、何なら治療を施してやっても良い」
『A』は、互いに少し距離を置いて立つ私たちの間に、まるで仲裁人のようにして立った。
「それに現実を突きつけるとすれば……果たして今のお前に、オレが倒せるのかと言うことだ。お前は『SHAT』訓練学校を首席で卒業したらしいが……オレには関係ない。
今のお前は、自らの意志による『勇戦状態』発動もままならない。
ましてや人類──もとい”人造人間”の有する最大の武器とも言える手が使い物にならない」
そう語りながら、『A』は私の方に歩みを進めてくる。
「それに加えて」
そうして彼は、私の目の前で止まると振り返ってこう言った。
「オレはコイツと同じ能力を持っている」
「なっ…………!?」
その言葉に驚いたのは、私だけだった。というより、涼美は驚いている暇などない、そんな状態だった。
私と同じ能力を持っている、その言葉の持つ意味は、
彼も、何らかの行程を経て、”神童機”になったと言うことである。
「つまりお前が戦うと言うのなら、この女2人を相手にして戦わなければならないということだ。今でさえ全く歯が立たないというのに、2人相手に勝てるはずなどなかろう」
「うるさい……!」
先刻、私を威圧していたのと同じ、鋭い眼光で『A』を睨みながら、低い声でそう返す涼美。
「お前に勝てるかどうか…………決められる筋合いはない……!」
その声が聞こえた次の瞬間、彼女の姿は消えた。
そして次の刹那、
「うらぁっ!」
涼美の渾身の蹴りが、『A』の顔面と思しき部位に突き刺さった。
負傷しているにもかかわらず、ここに来て最高の威力と思われる攻撃。もはや意地と言うべきか。
これにはさすがに『A』も無事では居られないだろう。そう考えた矢先だった。
「誠に非の打ち所がない攻撃だな……誇りに思って良い」
『A』の声は、余裕綽々だった。
「だが悪いな。オレに物理攻撃は通用しない。いや……通用はしても、オレに傷跡は残らない」
『A』の言葉の意味を、私は瞬時に把握した。そして戦いた。そんなことがあっていいのかと、現実を認めたくなくなった。
「気付いたようだが……”神童機”よ、つまりはそういうことだ」
『A』には私の考えもお見通しだった。
「だがだとしたらお前は勘違いしていたことになるな……”自分が最強だ”と。オレから得た力のせいで。
しかしお前は飽くまでも”神童”だ。所詮は”神”の”童に過ぎないのだよ」
「なら……あなたが言った“私と同じ能力”って──!」
「ああ、そうだとも。オレの能力がお前と同じなんじゃない……お前がオレと同じなんだよ。お前はオレの能力を──
”聖神機”の能力を与えられただけに過ぎないんだよ!!」
「”聖神機”……!」
「クッ……アハハハ……!」
驚嘆している私の前で、涼美が笑った。
「何がおかしい……?」
『A』が訝しげな表情で訊ねる。
「おかしいじゃない……?”天獄”と喩えられるこの島に、
”神童”……”聖神”……それに”天獄之使”が会しているのよ……?それも皮肉よね……”聖神”の使いのはずの”天獄之使”が…………アンタと戦って追い詰められている…………」
彼女の笑いは止まらなかった。
だが、この場に不釣り合いな高笑いを見ても、『A』は全く動じていない。
「ククク……確かにな。だがそれなら……お前たちはオレに従うべきではないのか」
「従って……何になるって言うのよ」
私は恐れを隠しながらそう問うた。
すると『A』は、決まってるじゃないか、と笑った。
「人間を駆逐して、オレたち”人造人間”だけの世界を創ることができるんだよ」
言っていることが当然だというような態度でそう答えた『A』。
それに返したのは、またもや涼美だった。
「……何を言い出すかと思えば…………冗談言うのも……大概にしなさいよ…………!神様……」
涼美は『A』の言葉を鼻で笑った。
「アンタも……判ってるんでしょう、神様…………?ワタシは人間のいない世の中なんか求めてない……あるべきは、人間と共存する世界。……アンタの願う世界とは違う」
「そんなことは所詮、綺麗事だ。いつの世も、強者と弱者の共存なんて状態は夢幻で終わり、実現には遠く及ばない。
だから強者を無理矢理引き摺り下ろすしか、弱者が自由を勝ち取る道は無い。強者が自由を分け与えてくれるなんて生温いことは有り得ないんだ」
『A』はつらつらと説いた後、私に歩み寄って、その肩に手を置いて、
「そうだよな?」
と同意を求めた。
その次に私がした行為に、私自身が最も狼狽えた。
「……うん」
頷いた。
同意の言葉と共に、私の首が、縦に揺れたのだ。
言うまでもなく、私は『A』に同意するつもりなど毛頭ない。寧ろ頷くなら、涼美の言葉にむけてそうする。
だが結果、私は頷いた。
いや、私というより、私の身体が自動的に頷いていた。
「……へぇ?……随分意見が変わるのね……」
これにはいよいよ涼美も驚きを隠せず、面食らった表情でそう言った。
「オレは……もう準備を済ませてきた」
「準備……?」
涼美が首を傾げた。
その態度に呆れるように、だから、と『A』は言った。
「新世界創造の準備に決まっているだろう」
「だぁかぁらぁ……!」
十分すぎるほどの会話時間のお陰で回復しきっていた涼美が、再び攻撃を仕掛ける。
「面白くもない冗談言うの…………やめろって言ってんでしょう!!」
敵わないと、彼女も判っているはずだ。なのに、それを思わせない全力の突撃。
──無駄なのに──。
「その不屈の精神……喪うのは実に惜しい」
勇ましく吠えながら突進してくる涼美を前にして、突然そんなことを言い始めた。
そして、涼美が繰り出してきた脚を、案の定、『A』はいとも容易に受け止めた。
「その力……是非ともオレに貸して欲しいのだが…………?」
「黙れ…………!」
笑みを浮かべながら答えたその言葉が、涼美の明暗を分けた。
「…………どうしても、いけないというのだな……。ならば仕方ない。
杏紅」
『A』の暗黙の殺害命令。今度こそ、従うまいと必死になった。
が、全く無駄であった。
「…………はい」
私の口は勝手に、『A』に服従していた。
そして、私の手は涼美の身体に向かって伸び、
彼女の左胸から、”動力源”を抉り取った。
「ガ…………ッ…………!」
涼美の眼から、生気の満ちた色が消えていく。
私はその様を目前にしながら、どうしようもないまま見送るだけ。
身体は意のままに動かないのに、手には血のべっとりとした感覚があり、嗅覚にはその生臭さが激しく訴えかけてくる。
生き地獄、というものを、私は味わわされているのだと実感した。
「残念だよ……お前は生かしておくに相応しい逸材だったというのに」
台本に書かれている台詞を読み上げたような、心のこもっていない、嘆きの言葉。
癪に障ってならないのに、それを全く表に出すことができない。
「しかしそのままでは……お前はオレの創り上げる世界について行くことはできまい。だからせめて……この”天獄”で、お前を死なせてやるのが、神の情けだ」
情けなどそこには無い。声を大にしてそう訴えてやりたいけれど、口が動かない。
そのやるせなさを私が抱いている一方で、涼美の身体──屍は、燃え尽きたと言わんばかりに倒れていく。その姿が、楽そうにも見えて、ますます私は切なくなった──。
「…………さあ、最後の邪魔者も消えた」
涼美の死を見送った『A』は、丁寧に私の方に向き直った。
「これで準備は整った…………しかし、オレたちだけでは心許ない、そうだろ?」
彼はまるで、私が従っているのが当然のように────
────何を言っている…………それが当然なのではないか。
『A』は”聖神”。従って然るべき。
「だから仲間を呼んでおいたのだ…………出てこい、お前たち」
「もう……よろしいのですか……?『ADAM』」
『A』の呼びかけに、物陰から現れた一人の女が答える。
穏やかな佇まいをしている彼女は、『A』に誘われてこちらに来ると、私の方を見てにっこりと微笑んだ。
「他のみんなも。もう隠れる必要はないぞ」
その『A』の声に反応した残りの者たちが、続々と集まってくる。
一人は長身の男。痩せているが、決して不健康には見えない。少し頼りない。
もう一人、頼りなさげな少女がいる。前髪が長くて顔がよく見えないが、それ以外の部位からも察することができるくらい、肌色が悪い。
それとは対照的に、血色のいい男。だが彼はとても厳格そうで、容易には近寄れない、と言ったところか。
「彼ら四人が、オレたちを助けてくれる……が、これだけではあまりに足りない。新世界に住まう民が必要だ」
「その”民”を、この”天獄”から救い出すのです。それが、新世界創造への第一歩です、『EVE』」
『EVE』。それが私の新たな名か。
私がそれを覚えていると、和やかな淑女が、私に手を差し出してきた。
「さあ、行きましょう。全”人造人間”の、救済に──」




