第42章 落失
今回はほぼ推理パートです。
難解な地の文が続きますが、楽しんでお付き合い頂ければ幸いです
──増峨 晶という男が、腕取付型携帯電話のスピーカーを隔てて伝えられたのをありのままに伝えた時、
最も衝撃を受けたのは、1人だけではなかった。
その中の1人の名前は、初葉 美雪。派手な格好を好む反面、己のことよりも他人の面倒を看るのを優先する程に、心優しい女性だ。
そして、彼女と同等、或いはそれ以上の精神的な打撃を喰らった女がいた。
花理崎 菜那。他でもない私の大親友で、お互いで支え合い、守り合う仲だ。
彼女らが同時に衝撃を受けてしまった、とある事件とは、
──今、私たちの居るコテージ風ホテルから程近い、『フロンティア・グラウンド』と名を冠する研究所内で起きた、大量殺人事件である。
無差別に、悦楽の感情を味わうが為──というようでもないらしく、
政府の手によって、表に明かされぬまま研究や開発を続けていた“人造人間”研究課の研究員、
そして、その内容を知る政府人ではない人間たち──『トレイル・ブレーザー』の上層部の人間が、一斉に殺されたのだと、増峨さんは言った。
その研究員の中に、閑香・S・ディアモンドという女性が居た。
彼女は類い稀なる優秀な研究員であったと同時に、美雪さんを古くから知る、言わば世話係の役目を果たしていた。
その親しさ故、美雪さんにとっても思い入れが深く、第二の母とも言える程に、信頼を置いていただろう。
そんな彼女を喪った美雪さんだが、他にもまだ、身を案ずるべき人物が彼女にはいる。
父、そして祖父だ。
彼らはふたりとも、フロンティアにとっては欠かしてはならない存在。まして“人造人間”の進歩は、彼らの頭脳無くしては誕生し得なかった。
要するに彼らも、“人造人間”研究課の一員と呼べるのだ。
今回の事件の犯人が、彼らを標的に入れていないとは考え難い。
つまり、彼等が殺されている可能性は十二分に有るのだ。
その事実を知った時、美雪さんは一体、どうなってしまうのだろうか……?
ただでさえ今、彼女は酷いパニックに陥っている。それが幸か不幸か、父──海邦と、祖父──命琴が殺害されたかも知れないという可能性を彼女が知るのを妨げてくれている。
しかしながら、それも時間の問題である。
何故なら、海邦や命琴が、美雪さんと血が繋がっていることを、既にこの場にいる皆が知っているからで、
その上、フロンティアに勤める増峨さんにおいては、彼等が、フロンティアにとってどれ程重要な人物であるかを知っている。
そんな彼等が、自らの命が危機に晒されているという恐怖で、正確な判断をし損ね、その可能性を口にすれば、
今、美雪さんを抑制しているパニックは一瞬で衰え、更なるパニックが彼女を襲うだろう。
そしてそれは連鎖を生んで……この空間には、私たちを救ってくれるかも知れない微かな可能性すらも無くなるだろう。
その事態だけは避けたい。
その事態を引き起こしうるのは、美雪さんだけではない。
菜那が、居る。
彼女には、美雪さんに比べていっそう、その状況を誘う力がある。
『トレイル・ブレーザー』の上層部に、界坂 花蝶という女が居た。
菜那は今日、彼女と会した。
かつて、身勝手な理由によって、菜那にとってかけがえのない女性を一人、殺した彼女と。
だが花蝶は、それでも飽き足らなかったのか、と考えたくなるほどに身勝手な殺人を行った。
過去、影武者として利用していた女──坂巳根 莉央を、自らに逆らった罪の償いとして、使いを用いて殺した──
と、考えるしか無かった。
花蝶自身の言葉も理由に含まれるが、それほどに無惨で残酷な状態で、莉央の死体は残されていたからである。
だが少なくとも増峨さんの言う情報では、花蝶は殺されている。
彼女は、トレイル・ブレーザーの次期社長候補に挙がるほどの人間だから。
まして彼女は今日、フロンティアの研究所を訪れている。標的にならないはずもない。
そうなると、菜那の怒りの矛先は、向かうべき場所を失う。
しかし彼女はもう、その怒りを鎮めることはかなり難しい領域に突入している。
怒りの向くべき場所を失った時、果たして菜那はどうする……?
今は体力を使い果たしてヘトヘトになっているが、十数分もすれば多少回復するだろう。
その時が最も怖い。
この場にいる人間を片っ端から犯人、犯人と指差し始めるのではなかろうか。
人間誰しも、何かしらの濡れ衣を着せられるのは嫌な事だ。嫌で、だが濡れ衣と判っていても焦るもの。
この場の全員がその状態に入ってしまえば、先に述べたパニックに陥る可能性は大いに存在する。
……ここまで私は推理に次ぐ推理を行ってきたが、それもすべて、私の電脳内で出来る最大限の推理。
その範疇を超える具況に入ってしまった時、私だってどうするか推理出来ない。
なるべく平和に、かつ迅速に、事態が収束して欲しいものだ──。
「救助車の手配には、暫くかかるそうだ。
……僕と早房君で、虹際君の行方を追うつもりなんだが……どうしようか」
増峨さんが皆にそう告げる。
早房君──早房 絢は無論同意のようだが、
そこで美雪さんが声を上げる。
「ダメです、危険ですよ……!辺りにどんな殺人鬼がいるのか判らないのに……皆殺しなんて、ウチはイヤ……!」
それもそうだ。
私はこのコテージの誰かを犯人だと勝手に決めつけていたが、実際そうでもないようだ。
「……そうかも知れない」
次に答えたのは、絢だった。
「けど、オレは虹際さんと一緒に帰りたい……!こんな山の中じゃ、何に襲われるかもわからない……そんな中でレスキューの捜索まで待つのは辛いっすよ!」
彼の言い分も、完全否定できるものではない。
近頃、森林や山中での事件・事故は頻発している。
餌を失った森の獣や、狩猟が趣味の人間が私的に持ち込んだ外来種が人を襲う類が特に増えており、ひとたび森に入れば、命を賭けなければならないと言われている。
その中に、彼を長きにわたって放置するのは、彼が生きているとするならば危険な話だ。
「オレは、まだあの人は生きていると信じてます……!勝手に殺されたなんて、決めつけないで欲しいっす……!」
「決めつけてなんか──」
「行きなよ」
美雪さんの言葉を遮ってまで、絢にそう告げたのは、
菜那だった。
「……アタシ達、どうかしてたんだね。虹際さんが居なくなっただけで、死んじゃったことにしてた……っていうか、そうすることで、怖いのを追っ払ってたんだろうね」
「ナナ……」
取り残されたように、美雪さんが呟いた。
「……早く捜しに行ってあげて。
……アタシ達4人はココに残るから」
そう告げる菜那の目は、とても優しかった。それに、何かを悟ったかのように落ち着いていた。
その後、彼女は増峨さんの方に見直り、彼にはその目で無言のメッセージを送ったようだった。
「……行こう、早房君」
「はいッス……!」
連れ立って捜索に向かう2人からは、先程まで無かったオーラが漲り出ていた。
さっきまでの彼等は、やる事は定まっているものの、決意は固まっておらず、だからこその不安が滲み出ていた。
しかし今はそれが一切と言っていい程無く、
その先に困難が待ち受けていようと、必ず、虹際 星剛という男を助け出す、という信念の気迫が勢い良く出ていた。
「菜那」
それを見送ったあと、今度は私──愛翠 杏紅が尋ねる。
「……何で、信じてあげたの?」
それの答えは、何となくだが把握していた。
にも関わらず、そう問うたのは、私が彼女の事を真に判っていたのか、それを知りたかったからだ。
「……アタシに、似てたから」
彼女は、巣立っていく我が子の背中を見守る母親の様な表情でそう答えた。
「莉央を責めた時、アタシもおんなじ台詞叫んでたなぁって、急に思い出して。
だから、絢の気持ちは痛いほど判った。ああなってしまった気持ちに、歯止めが効かないことも。
それに、虹際さんは、アタシたちにとっても仲間なのは同じ。助けたいのも同じだから」
彼女の理由は、完全に、私が推し測っていたそれと一致していた。
しかしそれが、
本心からの、完璧な善意によるものなのか、
コトを優位に運んでいく為の罠なのか、
今の私では、見定めることは不可能だ──。
プルルル……プルルル……。
菜那が、情に満ちた理由を私に教えてくれたとほぼ同時。
ロビーのそばにあるフロントに備え付けてあった電話から呼び出し音が。
今のご時世に似つかわしくない、祖父母世代が幼かった頃の、ややアナログチックな呼び出し音だ。
率先して、私がそれに応じた。
「もしもし?」
『こちら、増峨だ』
「増峨さん」
私は、電話の音の聴こえない菜那と美雪さんにも判るよう、彼の名前を反芻した。
『こちらにも、あるいはそちらにも何があるか判らない。
だから、オレの腕取付型携帯電話とホテルの電話を、終始繋いだままにしておくことにした』
なるほど確かに良い案だ。
『幸い、ホテルフロントのその電話は、集音性の高さで唯一無二の性能を誇った機種だ。ダイヤルボタンのすぐそばにある“スピーカー”のボタンを押して、受話器を置いたままにしておいてくれないか』
「判りました」
私は言われた通りに行い、受話器を机に置いた。
その瞬間、私はまた、疑念の禍渦に巻き込まれる──。
──これは、100パーセント信じていいものなのか……?──と。
もしこの言動が、彼が、私たちを取り巻く不安要素を1つでも減らす為に行った、完全なる善意によるものならば、私が全て悪いこと。
しかしこれが……増峨 晶の悪意だったとしたら?
作戦をより円滑に進めるための作戦だったなら?
もし、彼が犯人だったとして、
普通は電話などかけようともしないだろう。
私たちを無差別に狙った殺人なら、絢も殺害対象に入っているはずだし、
その絢を殺すには絶好と言える、山中での出来事を生中継するような事はしないだろう、と考えるのが筋だ。
が、彼の脳内に、絢に悲鳴も助けを求める声もあげさせずに殺せる算段があったとしたら、話は違ってくる。
一見、増峨さんを追い詰めるだけのように思えるこの電話が、
私たちの動向を掴むことのできる、盗聴器に様変わりするからだ。
聴覚のみに訴えかける、このフロントの電話を通じてなら、声さえ演じ続けていれば、私たち“ホテル待機組”に動きを知られることは無い。
その一方、ホテル待機組の声や行動は大方筒抜けになる。無論、こちらもこちらで演技を続ければいい話のようにも思えるが、
そんなことをしている余裕は、私以外の3人には無い。
少なくとも、私たち4人をこのロビーに留めることは可能。たとえ別の何処かに移動することになっても、その行き先は把握できるし、また別のどこかに移動させないよう、帰還することも可能なのだ。
以上の理由から、私は増峨 晶という男を疑ってしまった。
しかし、疑うだけでは何も始まらない。
比較的、体力の余っている私が、
このコテージに残る4名を……動かさなければならないのだから──。
先日は、体調不良により投稿を延長してしまい失礼致しました。
次回からは早めの執筆を心がけつつ、より良い作品を投稿していければと考えています!




