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“人造人間”の迷惑  作者: 彩葉 軀
第3部
24/69

第23章 二人

「──遊園地なんていつ振りかなあ……」


 (あご)をさすりながら記憶を探っているのは、紺のパーカー姿が似合う青年、黒雨クロサメ リン

 今日、私──愛翠アイカワ 杏紅キョウカは、彼と2人きりのクリスマスの1日を楽しむ(かどうかはわからないがとりあえず過ごす)つもりだった。

 しかし目の前では。


「次あれ乗りましょう!『ギガオーシャン』!」


「何言ってんの!先に『ONRYOオンリョウ』でしょ!後から激混みするのはあっちなんだから」


 と、2人の女性がアレコレと言い争っている。

 その緑髪に負けず劣らずの奇抜なダメージ服を(まと)うのは、私の親友、花理崎カリサキ 菜那ナナである。

 一方、明らかに冬服ではないショートパンツを履き、見ているだけで寒くなってくる服装なのは、一つ上の先輩、初葉ハツバ 美雪ミユキ。オシャレは我慢から、とよく言うが、それにしても彼女の冷覚はどうにかなっているのだろうか。

 2人の間で盛り上がっている話題は、言うまでもなく、次に乗るアトラクションの話だ。先程乗ったばかりの屋外ジェットコースター、『Pegasusペガサス』だけでは飽き足らず、それと並んで人気である屋内型ジェットコースターの『ギガオーシャン』を推す菜那。

 一方の美雪さんが(すす)めるのは、こちらも看板アトラクションのお化け屋敷、『ONRYOオンリョウ』。古き江戸の街並みを再現したエリアの大人気アトラクションで、彼女の言う通り、昼頃には待ち時間が尋常でなくなる。


「いいえ!先に混むのは『ギガオーシャン』に決まってます!」


 先輩後輩の枠をはみ出し、自分の主張を曲げずに立ち向かう菜那。

 勿論(もちろん)、美雪さんも負けじと、


「さては菜那ちゃん、予習して来なかったわね?いつもの人気に加えて、期間限定開催の“恐怖聖夜クリスマス仕様ヴァージョン”の『ONRYO』が混むのは間違いないわ!」


 と、決定的根拠をぶつけた。

 それに負けを認めたのか、(ある)いは単純にその聞こえに()かれたのか、菜那は、


「……それなら仕方ないですね。でも、ギガオーシャンも絶対乗りますからね!」


 と美雪さんと約定(やくじょう)を交わすと、推薦していた当の本人よりも先に、建物に向かって行った。

 私たち4人は、その2人について行く。

 特にそのうちの1人、イヌイ 寧音ネネは、日頃からあまり動いていないのか、一つ二つアトラクションを過ごしただけでヘトヘト。


「ま、待ってェ〜……」


 と、まるで力の無い声を吐くが、いい年して子どものようにはしゃぐあの2人の耳になど及ばない。

 仕方なく、私が彼女の面倒を見る。

 ……あれ?何か趣旨変わって来てない?

 と、幾度となく思ったが、見上げた場所に黒雨さんの幸せそうな笑顔があったので、良しとした──。


 それから夕方まで、2人に振り回されっぱなしだった。

 欲のままにあちこちに向かう彼女たち。せめて近いアトラクションから効率よく乗っていって欲しいものだ。

 おかげでクリスマスツリーを見るいとまもなく、気がつけばもう()(かたむ)いていた。

 菜那もようやくそれに気づき、同時に今日の本来の目的を思い出したようで──。



「さあーっ!残り時間も(わず)かよ!あと乗れてないのは……」


「美雪さん、ちょっと……」


 指を折り、まだ体験していないアトラクションを数え始める美雪さんを、壁の陰から、あからさまに『秘密の話をする』という風に手招きする菜那。

 しかし美雪さんは疑う顔もせず、


「なになに?」


 と駆け寄って行く。

 手で口を隠し、恐らく作戦を話している菜那と、ふむふむ、と首を縦に振る美雪さん。

 そして作戦を理解したのか、美雪さんの顔は明るくなって、帰ってくるなり、指で作ったオッケーマークを私に見せた。

 判りやす過ぎるって!

 そして更に。


「さあて、寧音!次は何処に行こーかー」


 無上の棒読み。

 あまりの不自然さに、寧音さんが、


「え……?えっと……どうしたの?」


 と、顔色を(うかが)っている。

 一方、菜那は、


「虹際さーん!私お腹すきましたー。彼処あそこのオレンジパフェ買ってくーださいっ」


 と、仕草こそ至って普通だが、内容とその心理は不可解。何故って、そこまで親しくもない虹際さんにねだっているからだ。

 それは無論、当事者の虹際さんも思っていて、


「えっ、オレでいいのか?オレは食べないから、美雪とでも行って来なよ」


 と、遠慮がちに応えた。

 すると菜那は、今度は強引に、


「虹際さんがいいんですよっ!ほら、は、早く行きましょー!」


 と、思ってもいないことを、頬を赤らめながら言うものだから、日頃見せない一面を見せられた虹際さんは照れて、


「ど、どの店だ……?」


 と、若干戸惑いながら訊ねた。

 あの店、と菜那が指差したのは、ピンクの外装に花だのリボンだのが飾られた、見るからに女子しか行かないようなスイーツ店。

 それを見て、虹際さんの足はまた止まったが、照れによって緩くなっていた彼の足のストッパーを菜那が外し、引き摺るような形で連れて行かれるのであった。

 そして、一方の美雪さんと寧音さんに目を移すと、


「じゃ、じゃあ私、アレなら乗れる……」


 控えめに寧音さんが、屋内ショーを開催している建物に人差し指を向けていた。

 美雪さんは露骨に、『つまらなそう……』と嫌がる顔をしていたが、これも菜那に言われた作戦の為と振り切ったのか、


「んじゃアレ行こっか」


 とそちらに歩みを進めた。

 コレで、私と黒雨さんは晴れて二人きりになれる。

 しかし“その状況シチュエーション”が現実に近づいてくると、私の中の“勇気”は途端に元気を無くし、


「わ、私たちもあれ行きますか……?」


 と、美雪さんたちが突き進んで行った方について行こうとした。

 ちなみに黒雨さんは連れられるがままといった風。日頃のリーダーシップ(あふ)れる生活に疲れたからだろうか。

 何歩かついて行ったところで、美雪さんが私たちに気づき、慌てて私たちの行く手を(はば)んだ。


「2人はさ、あっち行ってきなよ!あっち!」


 言った彼女の指の示す先には、屋内型ボートアトラクション、『アクエリアスの冒険』があった。

 私と黒雨さんは顔を見合わせ、互いに意見を(ゆだ)ね、答えを出すのを待っていたが、そんなことをしている間に、美雪さんは行方をくらましてしまった。

 致し方なく、黒雨さんが、


「……行こうか」


 と、私に尋ねてきたので、当然、


「行きましょうっ」


 と答えた。



『アクエリアスの冒険』は、

 “家族連れも楽しめるスリリングアトラクション”をコンセプトにして建てられたが、今の実際の扱いは、

 “ギャラクシーキングダムの中でもダントツ1位のデートにもってこいなアトラクション”である。

 テレビやネットなどでもそれをウリにして紹介されているため、それは万人に知れ渡っている事実であり、

 こんな遊園地にさして興味も無い私、或いは無さそうな(確証はない)黒雨さんも既知(きち)の事実である。

 ──のハズなのに、彼は私を意識している様子はまるでない。今までの振る舞いと何ら変わった所もない。

 もしや彼は“鈍感”というそれなのか?私も大概であるが、それ以上なのだろうか。


「ココも今はクリスマス仕様みたいだね。何処が違うのか楽しみだな。……ねぇ、愛翠アイカワさん」


 私がいろいろ思考を巡らせている中、彼は待ち列の壁に貼られた紙の内容を読んで、それが(うなが)す楽しみを私に確かめてきた。

 あまりの突然さに、またもや私は、


「ひゃっ、ひゃい!そ、そうでしゅね!」


 と、幼稚語とも受け取れるような、可笑おかしな返しを取ってしまった。

 それに笑ったのか、またはそれを恥じた私を笑ったのかは知らないが、とにかく彼のクスクスと小さな笑いに、私もつられて笑った。


 そうこうしているうちに、私たちの番が回ってくる。

 この『アクエリアスの冒険』が、園内最高のデートスポットと言われる所以ゆえん、それは私たちが乗らんとしているこのボートにある。

 ファンタジックな雰囲気を(かも)()す装いのそれは、なんと2人乗り。

 加えて、先述の通り、これは子供向けに造られたモノ。もちろん大人が乗れないようには造っていないが、それでも大人2人が座れば肩と肩が擦れてしまうくらいに、どうしてもなってしまう。

 その状態が、体験時間──(およ)そ15分の間続くのだ。

 関係を持ってからある程度の年数が経っている男女カップルなら、どうということのない、何ならこれ以上なく密接になれるウレシイ乗り物だが、

 まさに私たちのような、そこそこの関係しかない2人には、いろんな意味で勇気の()る状態なのだ。

 ちなみに、男子2人の乗り合わせも、いろんな意味で勇気が要るし、オススメはできない。


「奥から順に座って下さいね〜」


 笑顔が素敵な(とはお世辞にも言えないがそういうことにしておこう)女性の王国案内人ロイヤルクルーが、座席が横に2つ並んだボートに私たちをいざなう。


「ここは、レディファーストってことで」


 同じように横に並んでいた私たちだったが、黒雨さんが私を先に乗らせてくれた。

 私はお言葉に甘え、奥側の座席に座った。

 すると、


「優しいカレシさんですね」


 と、クルーがそんなことを言ってきた。楽しませる為に他ない。

 だが私は赤面した。何ならカレシも赤面した。厳密に言えばカレシではないけど。

 照れ顔を隠しながら、黒雨さんも乗り込みを終え、


「それでは楽しんで!いってらっしゃーい!」


 台本の挨拶をしてくれるクルーさん。

 そして、私たちのボートは、冒険の旅へと進んで行くのであった──。



 ──気まずい。実に、気まずい。

 ストーリー仕立てのアトラクションの内容が、全く頭に入ってこない。

 勇者フィドリアが、王国アクエリアスで冒険を繰り広げる。

 と、ざっくり言えばそんな話なのだが、

 私が乗っている右側にも、反対の左側にも、フィドリアや仲間のオキシディア姫の動く人形が現れるのに、

 右側は素直に見られるが、左側は見ることが出来ない。

 理由はお察しだろうが敢えて言おう。

 黒雨さんを見ていられない。

 その素敵で魅力的な顔が見えなくても、身体を見てしまうだけで、心臓──厳密には“動力源エネルギーメイカー”が、鼓動を早めるからだ。

 この時、私はひどく後悔した。

 11歳から今年までの人生を。

 語弊(ごへい)があるかもしれないから先に訂正しておくが、これは別に、“父さん”や白鷺シラサギさんと過ごした人生が悪いということではない。

 中学や高校に通えなかった、という過去がひどい後悔の念の源なのだ。

 きっと中高に通っていれば、こんな恋への耐性が多少は出来ていたに違いない。或いは、こんな時にどう話せばいいのか判ったに違いない。

 ……いや、こういう時こそポジティヴに考えねば。ネガティヴに考えるから失敗するんだ。

 今からだって、恋は取り返しがつく。……ううん、まだ始まっていないわ。

 とにかく、何か話題を振ろう。残り半分の船旅の間、せめて会話を続けることを目標に──。


「見てくれよ!あそこの海賊!可愛いぞ?」


「へっ!?……あっ、ああホントだ、眼帯もよく見ればハート」


 ダメだ……緊張して棒読みになってしまう……!

 いざ話そうとした瞬間、向こうから声をかけてくれたのだが、あまりの突然さに驚き、固まってしまった。

 だけどここからだ!話が弾めば、(おの)ずと緊張もほぐれるはず……!


「で、でも、あの海賊の抱えているネコ!私あっちの方が好きです!」


 よし、まず抑揚がついた。


「確かに可愛いね。……猫派かい?愛翠さんは」


 いいぞ、ラリーが続いている……!


「ネ、ネコ派ですね!飼ったことはないんですけど」


 内容は関係なくなりそうだけど、私たちの話が続くなら万事オッケー!


「オレは犬派だな。っていうか、我が家に犬がいるんだけどね」


 黒雨さんは、私との会話を続けながら、展開していく冒険にも注意を向けている。


「私、ワンちゃんはうるさ……よく鳴くので、ネコは静かで落ち着くんです」


 危ない危ない。露骨に『うるさい』なんて言ったら、私の立ち位置が危うい。


「確かにそれも一理あるね。うちのサブローは賑やかでね。一度お隣さんに怒られたこともあるくらいだよ」


 サブローっていうのか……案外フツーな名前だな。


「今度会いに行きたいです」


「うん、来てくれ来てくれ」


「…………」


「…………」


 …………しまったあ〜〜っ!!

 私ったら何でオチ作っちゃうの!?話止まっちゃったじゃん!

 って、自責(じせき)はあとあと!先に話のタネを……!

 えーと、えーと……!


 私はキョロキョロした。終盤に差し掛かったお話の中から、何か話題になりそうな物を懸命に探す。


 あ、あった!あったぞ!


 まるで砂漠でオアシスを見つけた探検家のような気分で、私はあるものに目をつけた。

 勇者フィドリアの相棒の鳥、ヘヴィだ。

 何とかあの可愛さを話してみよう。


「見てみてください、あれ──」


 私がそのヘヴィを指差した時、黒雨さんが私の肩を優しく叩いた。

 言葉は止まり、私は彼の方に振り向く。

 その瞬間、

 彼は私の目を見ていた。私も彼の目を見た。

 それにビックリして、すぐに目を逸らす。

 そして問う。


「ど、どうしたんです?」と。


「……無理、しないでいいよ?」


 彼の返事はこうだった。

 私は思わず取り乱し、


「へ!?あっ、いや、む、む、無理なんて……少しも……」


 と、どう見たって動揺としか言えない返しをした。

 それを見て彼は、ハハハ、と大笑いし、


「図星だったようだね。何だかごめんよ」


 と、楽しげに言った。


 そして、私の心の、

 それも電気で動く金属製の心の奥を突くような一言を、彼は言うのだ。



「オレ、好きだよ、そう言うとこ」



 “動力源エネルギーメイカー”が、故障ショートしてしまいそうなくらいに、激しく脈を打つ。

 神がいるのならば私は願う。


 この時を、永遠に、終わらせないで──と。


「……その仕草を見るに、君もオレのことが気になってた。ここに誘われたのもその為。きっとみんなは君を助けてくれてたんだね。……星剛セイゴウは違うと思うけど」


 何も言えない。放つ言葉を見つけられるほど、私の思考は働いていない。


「……そろそろ終わりそうだな、冒険も。……忘れないうちに、君に尋ねておこう」


 顔を向けられないでいた私の、(ゆる)やかに(とが)りをもった(あご)を、くいっと持ち上げ、

 私の目を見て、彼は言った。



「もしオレが……好きだと言ったのなら、君は……どう言う?」



 予想もしなかった。

 私の中の展開シナリオでは、たとえどんな事件アクシデント問題トラブルがあっても、今日中に想いを伝えるのは私からだと踏んでいた。

 何故なら、今日のこのデートは、十中八九私の片想いのみによって成立したものだと思っていたからだ。

 だから、私の思考は一瞬、完全に停止した。

 その状況を理解するのに精一杯で、いよいよ身体も動かないのではないかと思えるほどであった。

 しかしそのコンマ2秒ほど後、思考は復活した。

 私は、何か返すべきだと判断し、

 どうせ返すのならば、

 ()りの(まま)を、伝えることにした──。



「……私も好きです。……そう言います」



 緊張は、まるで解けていない。

 なのに、私は、


 笑っていた。


 鏡で見たのではないから、確かにそうだとは言い切れないが、

 その笑顔には、何も混ざっていなかった。

 あらゆる感情も、策略も。何一つ無い、

 ()りの(まま)の笑顔。


 その笑顔を、黒雨さんは信じてくれた。



「……ありがとう。……心の底から、君を愛すよ」


 彼は私を抱き締めた。力いっぱい、私の身体を壊してしまうくらいに──。


 ──フィドリアの冒険の終わりと成功を祝う花火の音と光を、背中に感じていた──。



 ──1時間後。


「……ごめん、今何て……?」


 私は耳を疑った。そして失礼ながら、私は菜那に(たず)ねた。


「えー?だからー」


 だが菜那は嬉しそうに、何度でも言ってやると言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。

 そして彼女は、隣にいる美雪さんの腕にピトッとくっついて、宣誓(せんせい)するように高らかにこう言った。


「私と美雪さん、ここに残りまーすっ!」


「まーすっ」


 同じように、美雪さんも笑顔。疲れているからか、言葉に覇気は無いが、意欲は十分あるようだ。


「残る……って?」


「ホテルよホテルっ!泊りがけで明日の朝から第二ラウンドを楽しもうって話にさっきなったの。美雪さんも私も、最初からこうなるのを判ってたみたいに、お金もあったし」


 退園口から見えるホテルを眺めつつ、菜那は言う。瞳はいつになく輝いている。


「菜那ちゃんがこんなに遊園地楽しめる子だって、ウチ知らなかったよ!何かこのまま帰っちゃうのもったい無いから、私たち2人だけ残るわ!」


 子供のように無邪気な美雪さん。


「……ま、まあ悪くはないですけど。じゃ、じゃあ私たちは帰りますよ?夜も遅いので」


「うん、お疲れ様。あ、寧音!」


「ふぇっ?な、何?美雪ちゃん」


 彼女らの正反対、疲れが溜まりきって、一刻も早く帰りたいという風な寧音さんは、美雪さんに呼び止められ振り返る。


「寧音、なんか1人で帰るの危なっかしいから、杏紅ちゃんに送ってもらいなさいよ!見たとこフラフラだし」


「私ですか?」


 別に送るのは大した仕事ではないが、そもそも家を知らない。

 そのことを伝えると、横から寧音さんが、


「わ、私一人でも帰れるから、大丈夫……だよ」


 と、何故だか語尾の勢いを弱めながら1人で行けると主張した。


「……送ってもらいなよ」


 それを見ていた美雪さんが、微笑みながら優しく提案した。


「寧音の語尾が濁るのは、自信がない証拠。それか甘えてる。とりあえずどっちかだから、1人で帰りたくない、って遠回しに言っているようなもんだよ」


 弱いところを突かれ、黙りこくる寧音さん。


「ってなわけだから、寧音をお願いネ。杏紅ちゃんっ」


 背中をトントンと叩き、私を信頼していることを証明し、美雪さんはホテルへ向かう。


「えっ!?ちょ、もう行くの!?……と、とにかく、そーゆーことだから!今日はお疲れ!」


 菜那はそう言い残して、小走りで美雪さんを追った。

 私と黒雨さんの恋の行方については、ついぞ触れることはなかった。


 言い忘れていたが、黒雨さんは先に帰ってしまった。明日は大事な資格試験があるとかで、それでは仕方ないと、虹際さんと共に帰ってしまったのだ。

 激励のメッセージを送るべきか否か迷ったが、明日の朝にしようという結論に至った。


 私は、菜那と美雪さんの背中が闇に消えるまで見送った。

 見えなくなると、私は、(かたわ)らで立っている、私よりも背が低い寧音さんに、


「……それじゃ、帰りましょうか」


 と(うなが)した。

 彼女は、私を見上げ、


「……そうだね」


 と呟いた。

 何とか機嫌を戻してくれたようで、安心した私は、彼女を伴い、遊園地を楽しみ疲れた親子や学生で構成された人混みの中に突入するのだった──。



 ──此処に来てから、10時間が経っていた──。

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