第16章 選択
少々急ぎ書きでしたので、文章に不備等がある可能性が高いです。ご了承下さい……
「──『身体の無い』……『“人造人間”』……」
白鷺さんの話の中に出てきた、“エミリー”──いや、白鷺 美依莉さんの別称を、私は無意識のうちに反芻していた。
美依莉さんが存在するという事実は、誰にも口外してはいけない機密事項。
その為に、偽仮面状態という、機械的な会話のみ機能する状態にしておいたそうだ。
音声認識と会話能力にのみ力を注ぐだけでいい、美依莉さんの電脳は、その余分なスペースを別の機能に使うことが可能となり、
“国民名簿”の“紅炎壁”の突破、情報提供機機能のみの除去など、最新鋭の技術ですら困難な諸行を、次々とこなすことが出来たのだ。
〔其処にあるカプセルの中の頭は私が造ったの〕
立体映像の美依莉さんは、カプセルを指差して言った。
〔兄さんに見せて貰った写真と、管理局から拝借した“堅構骨、でね〕
「拝借……って」
〔お考えの通りよ〕
ニカッ、と美依莉さんは笑う。
何とこの人まで、父さんや白鷺さんのように平然とそんなことを、悪びれたそぶりも無しに出来るのか。
「……その数ヶ月後、ボクはある男に再び会う。それは言うまでもなく、あの紅いペンダントの持ち主だった男だ」
傍に居た白鷺 京助が、話をまとめにかかる。
「彼はボクの家で居候を始めた。……いや、居候と言えば聞こえが悪いな。匿い始めたんだ。
……そして、今日に至る」
白鷺さんはそう言い、ふいに目を閉じた。
「…………その彼が今居ないが、……いったい何があったのか、聞かせてくれないか?」
そう言えば、私はまだ白鷺さんに何も伝えていなかった。
彼の話を聞いて、私の頭もそろそろ落ち着いてきたところで、昨日あったことを一から話し始めた──。
──話が終わった時、案の定、空気は沈んでいた。というか、沈まないわけがない。
父さんのみならず、私と美依莉さんの仲間と言える存在も、2人、喪ったのだから。
だが、二人とも答えにはだいたい察しはついていた様子で、涙は流していなかった(美依莉さんにおいては、流せる身体ではなかった、とも言えるが)。
「……とにかく、こうして傷だらけでも生きていられたのは素晴らしいことだ。そしてこれもひとえに、皆の託した希望の賜物と言えよう。
この奇跡を無駄にしないためにも、是非、ボクが今から話す提案をどうか受け入れて欲しい」
重い状況を打破する為に、白鷺さんが唐突に口を開いた。
〔あら?ちょっと、どしたの兄さんってば。何、カタい口調になってんのよ。カッコつけてるの?〕
その彼をおちょくるように、美依莉さんが微笑まじりに言った。
うるさい、と照れながら答える白鷺さんにが、ちょっと可愛く見えた。
「……そ、それで、提案なんだが」
気を取り直し、彼は告げる。
「お判りだと思うが、この部屋に連れて来たのも、長々と昔話をしたのも、全てこの提案に関係してのことだ」
「……うん」
部屋に緊張が走る。さすがの美依莉さんも、今は黙っている。
「これは不確定な提案ではない、確実に出来ることだ」
一拍置いて、白鷺さんはこう言ったのだ。
「美依莉の頭を、君の傷ついた顔と交換して欲しいんだ」
なるほど、あれだけ注意深く前置きした意味が今判った。
頭を……替える?
それってつまり──。
「身体はそのままで……顔は美依莉さんとして生きろ……ってことですか?」
頷く白鷺さん。
視線を美依莉さんに移すと、彼女は嫌な顔ひとつしていなかった。むしろ平然。
まるで自分のクローンが出来るような感覚だろうに、それを嫌がりもしない、ということは、ひょっとすると彼らは、
こうなることも予測していた……?
それも考えられなくもない。
今の生活を続けていれば、私が唯一生き残った“人造人間”であることもバレないだろうが、それはいつしか不可能になってしまうだろう。
白鷺さんは老化する。そこで彼が死んでも、私は外に出ることはできない。そのまま食物も摂取出来ず、電気は止められ、生存が出来なくなり、人知れず死んでいく。
そんな残念極まりない死に方を予測し、防ぐ為に、彼等は一度消えたその頭を再生した。
そう考えるのも不思議ではないだろう。
「けど……私、本当に彼女の顔を……頂いていいんですか?」
変な遠慮をする私。
その答えは勿論、イエスだ。
「お前は、大学に行きたいんだろ?……そして、いろんな約束を果たしに行くんだろ?」
〔なら、私の顔で生きてもらえるなんて本望……。電脳はあなたのだけど、見た目だけでも私が生きるなら、むしろ嬉しいしっ〕
少女のように無邪気な笑顔で美依莉さんが言う。
白鷺さんも鼻で笑っているが、それは同意の微笑だ。
「……判りました。……美依莉さん……頂きます!」
飛び飛びな返答だったのは、
泣き虫な私が、また涙を流していたから。
〔ちょっ、泣かないでよ希良梨ちゃん!そんなことされたら、私まで泣いちゃいそうだわ。なんちゃって〕
そうは言ってもやはり、彼女は気さくに笑い続ける。
〔でも、どうやって希良梨ちゃんの頭と入れ替えるの?やっぱり……シュジュツ?〕
「それは仕方ないだろ。……過去に一度だけ、皮膚が壊死した頭部を交換作業が行われたことがあったらしいが、その頭が身体に馴染むのに2年かかったらしい。
相応の代償も存在する。例えば、人間で言うアナフィラキシーショックのように、元からの皮膚に適応せず過度の拒絶反応が見られたり、電脳との接続がうまくいかず、身体操作異常や、暴走を起こしてしまう恐れもあるそうだ。
……ここまで言っておいて何だが、それでも、顔を交換する勇気はあるか……?」
〔ちょっと兄さん、そんな怖いこと言って交換しろってそれ無茶じゃ……〕
「私、やります」
美依莉さんの心配を遮って、私は身を乗り出して言った。
「そんなことよりも大きな使命が、私にはあったことを忘れてました……!
全ての“人造人間”の自由を取り戻す……。ましてや軍事になんか使わせない……!これ以上、誰かの為に理不尽な死に方をする“人造人間”を増やさない為にも……、そんなことで臆病になんかなってられないんです!」
まだ後遺症が残っているのか、力を込めるたびに視界が揺らぐが、そんなものは気にならない。
それくらいの覚悟を、私はみんなから受け継いだのだ。
将来を託す為に、身を艇して私を守った、遊賀 高貴の覚悟。
自らの命を以って、悪意のある人間の手から私を脱出させた、美影 秋柊の覚悟。
そして、
真の父の如く私を愛し、護り、育ててくれた、海凪 智──川上 頼斗の覚悟──。
彼らの覚悟を、無駄にするなんて、言語道断。決してあってはいけない。
その意思の表れが、今の言葉である。
〔……いらない心配、だったね〕
美依莉さんの瞼が、優しく落ちた。
「それじゃ決まりだな。……美依莉、“偽名名簿”を」
〔お任せを〜〕
ああ、そうか。また私は希良梨じゃなくなるのか。
でも何故だろう。“あの時”に比べたら、喪失感が少ない。
親しい人に逢えなかったから……?
一度失って……慣れてしまったから?
はいコレ、と美依莉さんが“偽名名簿”を立体映像で見せてきた。
〔……って、見にくいわね。ゴメンゴメン。……兄さん、端末ー!〕
「そうだったな、悪かった」
と言って、白鷺さんが階段を登ろうとした時だった。
「──あの!」
私は、彼を引き止めていた。
「……名前……もう決まって……ます」
〔……ホントに……?〕
妙な疑いの目を向けてくる美依莉さん。
実は今の言葉は無意識。自分自身の言い放った言葉に驚いて、私は慌てて言い直した。
「あっ、えっ、で、でもまだ苗字は考えてないです!あ、あと、それから名前も……」
〔苗字なら私、とっておきのがあるの!〕
後半の部分は、美依莉さんの言葉にかき消された。
名前考えてないのに……。
〔『アイカワ』って名前!〕
「アイ……カワ?」
〔そう!兄さんは知らないかもしれないけど、今とっても人気の俳優なの!私ぃ、実は彼のファンなの!どっちかっていうと、ファンっていうより、おっかけかな。彼の何処がカッコいいかっていうとね──〕
「わーかったわかった、『アイカワ』だな!漢字は?」
立て続けにあれこれ話す美依莉さんの話を呆れた様子で止めた白鷺さん。対してその美依莉さんはそれに腹を立てたのか、頰を膨らましてふてくされていた。
〔漢字は……希良梨ちゃんが決めちゃってよ〕
「ええっ!わ、私ですか?」
〔あったり前じゃない!自分の名前なんだし〕
「け、けど……」
今は漢字なんて、まるで思い浮かばないし……。って言うか、まだ頭が……。
「こんな漢字はどうだ」
私たちがこの部屋に来た時からずっと存在感たっぷりであったホワイトボードに、白鷺さんが記した漢字は、
『愛』 と 『翠』。
これに対し
〔うーん……〕
と疑問を呈したのは、やはり美依莉さんだった。
〔1文字目の『愛』は良しとしても、2文字目……それ何て読むの?〕
「音読みだとスイ、訓読みだとミドリと読む。『翡翠』という鳥にちなんで当て字でカワと読むことも出来る。……特に意味は無い」
〔無いのかよっ!〕
漫才ばりの身体を大きく使ったツッコミを見せる美依莉さん。
「でも……私この漢字好きです!ステキ……」
──というのは取り繕った表向きの理由。
もうさっさと決めて欲しかった、というのが本心だ。
〔本人がそう言うんならそれを尊重するけど〕
と、渋々美依莉さんが飲み込んだ。
「じゃあ名前はどうする」
「……じゃ、じゃあ私」
その時またもや私を助けてくれたのは、先日惜しまれながらも最終回を迎えた、私たち世代の女子にとってのバイブル的マンガ、
『ラブ・ラビリンス』である。
その物語中盤に登場し、主人公、卯沙樹の最大最強の恋敵として人気を博した重要キャラの文字をなぞり、
私は、震える手でホワイトボードに書いた。
『杏紅』と。
〔愛翠 杏紅か……。目立たないかしら?〕
「大丈夫だろう。むしろこのご時世の特殊な名前シリーズに溶け込むには、ある種最適と言える名前かも知れない」
白鷺さんのフォローに、ムスッとした表情で、美依莉さんが合意した。
「それじゃあ君はこれから……いや無事復活したその日からは、愛翠 杏紅として生きることになる。……いいね?」
「……はいっ!」
以前のように、別れを惜しんだりはしなかった。
今の希良梨は、かつての姫花を説得した。
だからこそ、今のこの別れも、素直に受け入れてくれた。
希良梨が、また別の杏紅に生まれ変わる。
それを考えると、同時に私の心には、
将来に対する淡い“希望”と、
“使命感”と、
“不安”だけが存在していた──。
「では、2日後にシュジュツを行うことにしよう。ちょうど疲れも取れている頃だろうからな」
白鷺さんは、威勢のいい私の挨拶をみると、そう言って部屋を立ち去ろうとした。
「お前はそれまで、美依莉と遊んでおいてくれ。……今まで美依莉も、寂しかったろうからな」
まるで彼女を馬鹿にするような顔でそう言ったので、当の本人は余計に怒って、
〔もう!何よその言い方!兄さんってば、わたしを幾つだと思ってんのよ!〕
と返した。だが白鷺さんはさらに図に乗って、
「32、だろ?」
〔ちょっ、ホントに実年齢言わないで〜!〕
二人のやりとりを見ていると、シュジュツに対する不安も、とても和らいでいくのだった──。
これにて第2部は終結です!長い間お付き合い頂きありがとうございました!
次回からは第3部となります!




