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1.十四年目[4]

 帰りは午後から雨が降り出した。延々と続くつづら折りの下り坂のカーブは、高校を卒業した春休みに免許を取ったばかりの智志には少し荷が重かった。行きは盛り上がっていた仲間達も、帰りは運転手への気遣いはどこへやら、みんないつの間にかぐっすり寝入ってしまっていた。男子達はあの後再び起き出して、さらに盛り上がったようだった。後部座席では、弘文が大きないびきをかいていた。

「ちぇっ、いい気な奴らだなあ」

 自分もあくびをかみ殺しながら、智志がぼやいた。雨は時々強く降り、薄暗い山道はライトをつけていても前がかすんだ。

 智志以外に起きているのは伊知恵だけだった。気だけはめいっぱい使っているつもりの伊知恵は、だからといって気の利いた会話で智志の眠気をさましてやることも出来なかった。それで一層、肩身の狭い気まずい思いをしていた。

「あーやべえ、俺も何だか眠くなって来ちゃったよ」

 カーステレオでテンポのいい洋楽のオムニバスをかなりの音量でかけていても、車内の誰もが全く起きる気配はない。

 いたたまれなくなって、伊知恵は小さな声で提案した。

「あの、運転、代わろうか?もし、車の保険が家族以外の運転でも大丈夫なら」

 伊知恵の言葉に智志は目を丸くして一瞬後ろを振り返った。

「いっちゃん、車の免許持ってんの?早く言ってよー。保険、全然オーケーだから。いい?代わってもらっても」

 伊知恵はうなづき、智志は嬉しそうにさっそく車を路肩に停めた。

 ぱらつく雨を除けながらあわてて運転席を入れ替わって、伊知恵はギアをドライブに入れてフットブレーキを解除した。

「ああ、助かったあ」

 子供のようにあどけなくにこにこ笑う智志は、肩を交互に回すと、うーんとのびをして立て続けに大きなあくびをした。

「智志くん、寝てていいよ。帰り道、カーナビにちゃんと入ってるんでしょ?」

「ああ、頼むよ」

 智志は片手を上げてうなづくと、すぐにくつろいで目を閉じた。

 伊知恵はカーステレオのボリュウムを落とした。みんながすやすや眠っているのを妨げるのは気の毒だった。

車は緩やかにカーブを滑り始めた。雨で路面が滑りやすい上に霧もかかっていたので、伊知恵は念のためギアをセカンドに落とし、速度をセーブして進んだ。

 伊知恵が車の免許を取ったのは、高校三年の夏休みだった。山間の村では、車は必需品だった。六月生まれの伊知恵は、夏休みに入るとすぐ、地元の教習所にせっせと通った。受験勉強の時間はかなり割かれてしまったが、第一志望の国立大学に受かれば片道二時間かからずに車で通学出来るはずだったから、免許取得にも力が入った。

 無事に免許を取得すると、待ってましたとばかりにあれこれと近所の雑用を頼まれることが多くなった。病院の送り迎えや買い物、資材の運搬など、家にある年季の入った軽自動車を始め、ワゴン車や軽トラックまで乗りこなした。道も、この辺りとは比べものにならないほど細く険しく、ことに集落付近は片側がガードレールもないむき出しの崖で、道も舗装されていないのが当たり前だった。そういう暮らしになれていたから、伊知恵は免許を取り立てでも臆せず周囲に乞われるまま運転した。結局通学には役に立たなくなってしまったが、上京する頃には自分でもかなりの腕前になっていたと思う。

 伊知恵のいた運転席の後ろからは、すぐに智志の気持ちの良さそうな寝息が聞こえてきた。

 (こんなことなら、行きも代わってあげれば良かった)

 そう思って伊知恵はふと笑みを漏らした。自分が仲間の役に立てている、という充実感が心を満たした。

東京に来てからずっと、自分は何一つまともに出来ないと思っていた。高校時代にアルバイトの経験もなく、駅前のスーパーでレジの操作を習ってもなかなか覚えられなかった。とにかく、都会では覚えることがたくさんありすぎた。そして要求されるスピードも、生まれ育った地元とは比べものにならない。伊知恵にとってはあれもこれも、全てがプレッシャーだった。

 夏休みは実家に帰らず、アルバイトに明け暮れた。生活費の仕送りはぎりぎりだったから、そうしないとサークルの活動費がまかなえなかった。

 旅研に入ったのは、大学時代に日本の各地を旅行して、その土地の民俗に触れたいと思ったからだった。いずれは一人であちこち旅をしたいが、まずはノウハウを手に入れなければ、と思った。サークルの説明会で配っていたオリジナルの旅行ガイドは、わかりやすく仔細に富んでいた。だが、強制参加ではないが、有志で頻繁に各地を旅行する旅研の活動にはお金がいくらでもかかった。一年ぐらいでやめてしまおうかとも思ったが、こうして同期の気の合う仲間が出来てみると、先のことはまだ決めかねた。


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