7.光る流れ[2]
くすん、くすん。
もうのどがすっかり涸れてしまったのに、まだ気がつくとしゃくり上げている。いつになったら、ここから出られるんだろう。カーテンを閉め切った、臭い部屋。香苗の背後でカチカチとキーボードを叩く音がする。電源は何度も切ったはずなのに、気が付くとパソコンのモーターがかすかに鳴っている。キーボードを叩いているのは・・・。
香苗は振り返った。そしてそこに、もう一人の自分を見た。彼女は一生懸命、画像を細工している。これを見せたら、彼はきっと私のものになる、と思いながら。浅ましく口元をほころばせているのがパソコンのブルーライトに照らされてくっきりとよく見える。鼎はうんざりして顔をそむけた。
その向こうのクローゼットにも、また別の自分が背を丸めて大きな紙袋にいろいろなものを詰めていた。
そうだ、これも、これも伊知恵に押しつけてやろう。どうせ何着てもたいして見栄えがしないんだもの、何を着たって一緒だわ。そう思ってうっすら笑っている自分。どう見てもきれいじゃない。
ぞっとして香苗は自分を抱きしめた。すうっと何かが忍び込む。振り返ると、パソコンとクローゼットにいた自分はもういない。ああそうだ、と香苗は気づく。どちらも捨てるに捨てられない、過去の自分なのだ、と。
どうして過去の自分ばかりがリピートして現れるのか、香苗には何となくわかっていた。それはもう、自分には未来がないからだ。
「かなちゃん」
不意に窓の向こうで、誰かの声がした。香苗はびくっとして窓を見る。カーテンの向こうで、だれかがガラス窓を叩いている。ここは二階のはずなのに、ベランダなんかないのに。
「かなちゃん」
再び今度は背後で声が聞こえた。あの声は。
振り返ると、ベッドに伊知恵が腰掛けていた。遊びに来たよ、とでも言うように、ニコニコ笑って香苗を見つめている。
「どうやって入ってきたの」
おそるおそる香苗は尋ねた。
「かなちゃんが、呼んだから」
「私が、いっちゃんを?」
そんなはず、ない。だって私は。
「何であんたなんかを・・・」
むらむらと腹が立ってきた。だが、どんなに怒りを込めてにらんでも、伊知恵は一向にひるまない。
「ねえ、外に出よう」
伊知恵は香苗の手を取って立ち上がった。
「ふざけないでよ。あんた、私を殺す気でしょう。ここにいて、ずっとあんたを呪ってやると決めたんだ。誰が行くもんか」
土気色の肌に目ばかりぎょろぎょろ光る香苗には、かつてのまぶしい美しさはない。
「またそんなこと言って・・・」
伊知恵は穏やかに笑って、取り合おうとしない。
何なんだ、この余裕は。香苗の胸に怒りがみなぎる。いつからそんなに上から目線になったの。いい気になるんじゃないわよ。
「私が死んだから、もう恭一くんはあんたのものってわけ?」
「どうかしら。まだつきあってもいないし、つきあったって別れちゃうかもしれないし」
伊知恵は淡々とした口調で言う。
人をバカにして。香苗はいらいらして言い募った。
「あんた、そんなに自分がいい女だと思ってんの。私が一緒にいて引き立ててあげなかったら、未だに友達の一人もいなくて、一人でお昼食べるのが恥ずかしくて、こっそりトイレにこもってパンかじってただろうに」
「・・・それは、貴女のことでしょう?」
伊知恵はまっすぐ香苗を見、その中に溶け込んだ、もう一人の女に語りかけた。




