表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/58

1.十四年目[1]

 たき火はパチパチと音を立てて勢いよくはぜ、時々ぱあっと明るく火の粉を吹いていた。

 バーベキューの残り香に誘われて、時々野良猫か狸の目がきらりと暗闇に浮かんでは消える。季節の変わり目らしく、夏と秋の虫が入り交じって盛んに鳴いていた。

 火を囲んだ数人の若者達は、他愛もない話で盛り上がっていた。大声を出しても気にしなくて良いのは、ここが県境の山小屋で周囲に人家が全くなかったからだ。

 今年大学に入ったばかりの六人の男女。そのうち二人が女子だった。同じ大学で同じサークルの新入生の六人だ。サークル名は旅研究会、略して「旅研」。文字通り、暇さえあればあちこちをいろいろなスタイルで旅して歩き、独自の視点で観光ガイドを作ったり、写真やビデオ撮影をしたりするサークルだった。

 初めての長い夏休みには、先輩達と一緒に北海道に一週間の旅行に行った。もちろん学生だからそんなにリッチな旅ではないが、交通費や宿泊費を入れると、かなりの出費を強いられた。だから二学期に入って最初の連休には、新入生のメンバーだけで気兼ねなく過ごそう、とメンバーの一人が車を出して、それぞれが寝袋やキャンプ用品を持参し、近県の山小屋で一泊する地味な旅を企画したのだった。

 天気に恵まれ、日中は五つの滝巡りのハイキングもした。車に積んできたバーベキューセットでそれなりに豪華な夕食を囲んですっかり満足した彼らは、寝る前のひとときをくつろいで過ごしていた。山小屋に他の客はなく、貸し切り状態なのもラッキーだった。

 彼らの通う大学は都内で有数の高級住宅街の一角にある上、幼稚舎から大学までの一貫校だったから、同じ敷地内に小学校や中学校、高校まで併設されていて、キャンパスはかなりこぢんまりしていた。

 高等部は大半が進学コースで、国公立大学に進学する生徒が少なくない。だから、大学に持ち上がりで入るのは実はそれほど多くなく、大学だけは外部生に広く門戸を開いていた。地方出身者も多く、三月に入ってから二次募集もあるのが国公立第一志望組にはありがたかった。文系の学部のみで、私大にしては学費が安い。経済的にかなり裕福な下からの学生に比べ、いわゆる「外から」来た学生には、地味で堅実なタイプが多かった。

 ここにいるメンバーのうち下から上がってきたのは二人で、あとの四人は外部生だった。

 今回、車を出してくれたありがたい存在が「下から」組の智志で、中学からずっとここに通ってきている。住まいは湘南の海沿いで、両親は海外からの輸入テーブルウエアを扱う商社を経営しており、経済的にはかなり恵まれていた。大学生になってからは大学のそばに月極駐車場を借りて、名目上は禁止されている車通学をしていた。先輩や教授たちの手前、あまりおおっぴらにこのことは言わないで欲しい、と言われていたから誰も積極的に喧伝はしなかったが、実は多くの学生の周知の事実だ。

 同じ下から上がってきた香苗は両親が代々の商家で、都内に幾つも飲食店を経営している。大学のある街に負けず劣らずの都内の高級住宅地に自宅があり、彼女の両親も彼女と同じくここの幼稚舎から大学まで出たという。ちょっと派手な服装と学生の中では浮くほどのちゃんとした化粧をして、性格も快活で気がつくと話題の中心にいるような、新入生の中でも目立つ存在だった。

 外部生の男子は、みな一浪だった。群馬に実家があり、学生向けのワンルームマンションに下宿している物静かな正樹は絵を描くのが趣味で美術部と兼部している。自宅通学の弘文は逆に快活な性格で、テニスサークルにも入っていた。それでいてよほど馬が合うのか、サークル以外でも二人は学内外でしょっちゅう一緒にいる。

 同じく大学の沿線に家のある自宅通学の恭一は、屈託のないのんびりした性格や人当たりの良さに加え、幼さの残るすっきりした顔立ちで女子の人気は高い。だが実は内気なのか、どことなく周囲と一線を引いていて、一人でいることも多い。

 六人の中でもう一人の女子の伊知恵は、現役の外部生。和歌山出身で、大学進学で初めて上京してきた。あかぬけない素朴さが魅力なのに、東京に出てきたばかりで周囲に圧倒され、もともとの内気でおっとりした性格も災いして、自分を出さず一生懸命目立たないように大人しくしているように見えた。学部は香苗と同じ文学部だったが、学科は香苗が女子大生の花形の英文学科なのに比べ、伊知恵は民俗学科という、あまり聞かない地味な学科だった。

 そんな六人が旅研で知り合い、日々顔をつきあわせている内に少しずつうち解けて仲間らしくなってきたのは、この夏休み頃からだ。一緒に旅行をするというのは、一つ屋根の下、同じ釜の飯、と、親近感を増すシチュエーションが揃っている。自然、苗字でなく名前で呼び合うようになり、今回のようにアットホームなアウトドア旅行をするのもごく自然な成り行きだった。

 そろそろ日付が代わる時刻、九月とは言え山中の夜気は風が吹けば鳥肌が立つほど冷たい。六人はなるべくたき火の側に膝をそろえて、熱いコーヒーを飲んでいた。

 ふと会話がとぎれると、香苗が提案してきた。

「ねえ、せっかくだから怖い話、しようよ」

「俺そういうの苦手だなあ」

 正樹が顔をしかめた。

「怪談するには寒すぎない?」

 恭一も難色を示す。すると弘文が、

「怪談って、本当は秋にするもんなんだってな。秋の夜長に昔は暇だったから、何か面白い話をっていうんで始まったらしいよ」

 と、少しばかりうんちくを垂れた。

「怖い話って盛り上がるもんな」

 智志がそう言うと、香苗はすっかりみんなが同意したと見なした。

「誰からいく?弘文くん?」

 勧められるままに、弘文は語り出した。友達の兄貴の知り合いから聞いた話なんだけどさ。よくある本当は決して知り合いでない架空の人間の体験談という出だしだ。

「・・・で、家に帰ってジャケットを脱いだら、その背中一面に・・・」

 伊知恵はさっきから眠気が押し寄せてきていた。本当はそろそろ横になりたい。旅行の前日は、遅くまで近くの二四時間スーパーでアルバイトをしていた。行きの車の中で寝れば良かったのだが、仲間と一緒の狭い車内ではなかなかそうも行かない。第一、ずっと運転してくれている智志に悪いと思った。今は今で、先に寝る、と言い出せずにいた。

 弘文に続いて智志、香苗と、話し手は順番に回った。おお、きゃーっと盛り上がる声が何度か上がった。よく聞く話をちょっとだけアレンジした話ばかりで、結末はわかりきっていても、気の置けない仲間達とたき火を囲んで屋外で聞くだけで、おもしろさが一段と増す。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ