4.過去[4]
その夜、恭一は何度も伊知恵へのメールを打っては消し、また書いては消すのを繰り返していた。
伊知恵以外にこの真相を告げる相手はいない。だが、伊知恵にはとても言えない。事件のイメージがあまりにも強烈すぎて、恭一はもはや他のことを何も考えられなくなっていた。だが、どうにかして気持ちを建て直さなければならない。
スマートフォンがメールの着信音を鳴らした。すぐに手に取る。期待に反して、それは香苗からのメールだった。
「明日の土曜日、みんなで遊園地行かない?」
弘文と智志の名前があった。恭一は迷った末、行く、とメールを返した。とにかく何かで気を紛らわせなければ、気が滅入ってどうしようもない。
伊知恵には、とうとうメールを送ることは出来なかった。
かつては都内のあちこちにあり、今では数少なくなった小規模な遊園地は、土曜日のせいか意外と若者が多かった。香苗は、同じ学科の女の子を二人連れてきていた。その辺りの気配りにぬかりはない。
「結構楽しいじゃん、子供だましみたいだけど」
子供のようにはしゃいで恭一に腕を絡ませる香苗を、いつになく恭一はすんなり受け入れていた。親子連れに交じって童心に返るのもたまにはいい。恭一もそう思った。幼い頃沙織と来た思い出には、あえて蓋をした。今は、沙織に関することは何も考えたくない。たまにはこんな風に、ただ楽しい気分でいたい。香苗も三重への誘いがなかったせいか、もう沙織のことも写真のことも言ってくることはなかった。
ゴーカート、空中ブランコ、コーヒーカップ。クレープにフランクフルトをかじり、それでも足りなくてラーメンをすすった。
「締めはやっぱりこれでしょ」
閉園間近の夕焼け空にシルエットがくっきり映える観覧車を香苗は指さした。
「おーいいねえ、じゃんけんで相手決めよう」
弘文が言うと、
「じゃんけん、はんたーい!」
すかさず香苗が異を唱える。
「はんたーい!」
最初から言い含められていたのか、香苗の友人の女子二人も同調した。
「女子に選ばせてよう」
そういうことか、とわかったように弘文と智志は目配せを交わし合う。
当然、香苗は恭一とふたりで観覧車に乗り込んだ。
「・・・今日は楽しかったね」
香苗は観覧車の狭い座席で向かい合った恭一と膝をくっつけながら甘い笑顔を向けた。
「うん、たまにはいいよね、こういうのも」
「たまには?何で?」
香苗はびっくりしたように目を見開く。
「恭一くんって、楽しいこと好きじゃないの?」
「もちろん嫌いじゃないよ。でも遊園地なんて、この歳でしょっちゅう来るところじゃないだろ」
恭一はあわてて否定した。
「あら、遊園地じゃなくたって、楽しいところいっぱいあるじゃん。また行こうよ、みんなで、旅行もいいけど、イベントとかコンサートとか、特に計画立てなくても思い立ったらすぐ行けるとこ、たくさんあるじゃん。面倒なことや厭なこと忘れてさっぱりして。これからもどんどん色んなとこ、行こうよ」
香苗の言うことには一理ある。忘れることも必要だ。今の恭一には、香苗の屈託のない明るさが心地いい。
「てっぺんに着いたら、キスしよ。いい?3、2、1・・・」
ゼロ、を言わずに香苗は恭一の肩に素早く細く柔らかい腕を回し、柔らかなくちびるを恭一のそれと重ねた。ふっと香水の香りが鼻をくすぐる。恭一は思わず目を閉じて、香苗の温かさに応じた。




