2.怪異[6]
「ねえ、たまには服でも買いに行かない?」
午前中で講義が終わる土曜日の午後に香苗に誘われて、伊知恵は戸惑った。
「そろそろ秋らしいの、欲しくない?いっちゃん、田舎から持ってきた服ばっかりでしょ」
香苗に指摘されると、伊知恵は思わず顔を赤らめた。
高校は制服だったし、友達とどこかへ出かけることもほとんどなかった伊知恵は、見栄えのする服をほとんど持っていなかった。家ではジャージに親のお古やもらい物のTシャツやトレーナーでじゅうぶんだったし、たまに出かけるときはジャージをジーンズに替えるぐらいで、伊知恵には女の子らしい流行のファッションへの興味が欠落していた。
入学してから周囲を観察してさすがにこれではダメだと思い、着回しのきく無難なアイテムを一通りそろえていたが、住んでいる場所も学内もあか抜けた人たちでいっぱいだったから、ぱっとしないのはじゅうぶん自覚している。
「あんまりお金ないんだけどな・・・」
「大丈夫だよ。安くたって今風の服、いくらでもあるから。いっちゃんは気にしなくても、一緒にいる私が気にするよ」
香苗の一言一言に潜む棘に、伊知恵は微妙に傷ついていた。田舎から持ってきた服ばっかり。一緒にいる自分が気にする。香苗の言葉の端々に萎縮しおびえながら、断る理由もなく伊知恵は香苗に従うことにした。
午後の授業が終わって、二人は電車で少し離れた若者に人気のスポットに出た。
無数にあるブティックを冷やかして歩きながら、伊知恵は何も買わずに店を出ることにようやく慣れた。香苗は自然に店に入り、こんにちは、とにこやかに店員と挨拶を交わし、熱心なセールストークに臆せずうなづきながら、ありがとう、また来ます、とにこやかに笑って店を出るのだった。店員もだからといって別に気を悪くするわけではない。それが、こういう街の店での当たり前のやりとりだった。
(かなちゃんみたいに堂々と自由にお店を出たり入ったりすれば、いろんなものを見られて、本当に気に入ったものだけ選べるんだけどな)
伊知恵は感心して香苗を観察した。自分はまだ香苗みたいに出来そうにない。だから、香苗の後ろをくっついて歩くのが精一杯だった。
ある店のワゴンの前で、ふと伊知恵は足を止めた。
(すてき、こういうの・・・)
伊知恵は濃淡の交じったブルーの糸でざっくり編んだネップのセーターを手にした。
「いっちゃんには、こっちの色の方が似合うと思うなあ」
香苗はちょっと首をひねって、ゴールドと黒の混ざった方を伊知恵の前にかざした。正直なところとても伊知恵の好きなタイプではなかった。
「そうかなあ」
このブルーのセーターなら、いつものジーンズにも合うし、さっき見た丈が少し長めの黒いスカートにも合いそうだ。ちょっと奮発すれば、両方買えそうだし。
「いっちゃんはコーディネートがまだわかってないね。こっちの色の方が、何にでもあわせやすいんだよ。いっちゃんあまり数持ってないんだから、コーディネートしやすい方を選ばなくっちゃ、ね?」
近寄ってきた店員を前に、香苗はさらに声を高めて、すごいすてき、似合う、と連発した。若いきれいな店員がそのセーターにはこちらのスカートがお似合いですよ、と数枚のスカートを手に近寄ってきた。すると香苗は不意に、
「私、ちょっと隣のワゴンセール見てくるね」
と言ってさっさと場を離れていってしまった。
香苗が去った後、もはや伊知恵は店員をかわすことは出来なくなってしまった。よく見ると同じデザインに見えても、香苗の選んだ方が値段は倍近かった。
さすがにスカートまでは何とか買わずに済ませたが、気が付くと伊知恵は生まれて初めて個人ブティックの豪勢なかさばる紙袋を手にしていた。
「セーター、買った?ついでに秋色のリップ買おうよ」
待ちかまえていたように香苗が伊知恵の手をつかんで、隣の化粧品店へ引っ張っていった。そしてそこで伊知恵は今年の秋の流行だと香苗が言い張る濃いワインレッドの口紅を一本買った。
「シャドウとか、チークある?よかったら、私の使ってないのあげようか?」
香苗はそう言って、次の日曜日にわざわざ紙袋に一杯の化粧品やもう着なくなった服を見繕って伊知恵の下宿先に持ってきてくれた。
「明日の部会、ちょっとイメチェンして行こうよ」
何故か香苗は何とか伊知恵をイメージチェンジさせたいようだった。伊知恵にはファッションのことは何もわからないから、ありがたく、半分仕方なく香苗に任せることにした。




