2.怪異[4]
その夜も、目が冴えてしまった伊知恵の耳にあれこれ雑多な音がいつものように入っては消え、伊知恵の神経を尖らせていた。
こんな時は心細さで泣きたくなる。頭に浮かぶことは全て些細だが気が滅入ることばかりで、何も考えまいとしても無駄だった。
同級生は皆、伊知恵が東京の私立大学へ進学すると聞いて目を丸くし、しきりにうらやましがった。仲の良かった数人の友達は地元の専門学校か短大へ進学するか、就職した。女子で四年制の大学に行くのは、知った顔では他に誰もいなかった。
(まるで、外国に来たみたい・・・)
夏休みに数日でも帰郷しなかったのは、帰ったら最後東京に戻る気力を失いそうな気がしたからでもあった。
香苗は引っ込み思案で特技も何もない地味な伊知恵を、うまくキャンパスになじませてくれた。香苗と一緒にいることで、ずいぶん友達も増えた。それは伊知恵もありがたいと思っている。
それなのに、時々香苗にひどく踏みにじられている気がすることがあった。そんなことを考えるのはおかしいと思おうとしても、何かの拍子に口に出る香苗の言葉や態度に、伊知恵はぴしゃりと不意打ちを食らったような気がするのだった。そうすると伊知恵は、自分を取り巻く全てに疎外感を感じてしまう。自分のいるべき場所はここではないような、大海の真ん中にあてもなくぽつりと一人きりで浮かんでいるような、頼りなく不安な思いにとらわれるのは何故なのだろう。
うとうとしかけた伊知恵の耳に、かすかに何かのメロディーが聞こえてきた。バイオリンの音色のようだった。
(あ、これは生きている音だ)
伊知恵は目をつぶったまま顔をほころばせた。どこかで誰かが弾いているようだ。何度も同じメロディーを繰り返し奏でている。
(練習してるのかな。あ、また・・・)
高音の一カ所が上手くいかないようで、音のとんだCDのように一生懸命根気よく弾き直している。
伊知恵はようやくほっとして肩の力が抜けた。
こんなに夜遅くにまだ起きていて、何かを懸命に成し遂げようとしている人がいる。そう思うことは、不安に揺れる伊知恵を励ました。




