表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第二話「戦イト休戦ノ巻」

「もう、諦めますか?」

『彼女』は独り言の様に呟いた。

「う……うう……」

 地面に横たわっている百合は必死に立ち上がろうとするが、弱った体がそれを許さなかった。

「良いんですよね。では、とどめを刺しますよ」

 止めろ。止めてくれ、それだけは。必死にそう願うしかなかった。僕だってあの一撃で、充分に傷付いていたから。

『彼女』は静かに、しかしはっきりと聞き取れる澄んだ声で、こう唱えた。

「≪ゴッド・オブ・ザ・フォリスト≫」




 今日の朝。

 花床百合は幼稚園バスから降りると、破竹の勢いでうさぎ組まで猛ダッシュした。

 荷物を投げ捨てて教室から飛び出る百合を、僕は必死に追った。

「百合ストップ! どこ行くんだよ!」

「どこって、決まってんじゃん。刺客っていう奴のとこ行って、そいつぶっ殺してくるの」

「はぁ!? なんて物騒な事を……」

「物騒? 宝を守る為なら、敵は殺してもいいんでしょ? 向こうだって殺し合い覚悟で来てんのよ?」

「それはそうだけど、でも、君はまだ敵を殺れる程強くはないじゃないか」

「そんなの何とかなるって」

 百合は園内をぐるぐると歩き回った。

 そうしたところで都合良く刺客が現れるとは思えないのだが。

「なぁ百合、君は上岡さんを探しているのか?」

 三歩先を歩く百合の背中に問い掛けると、彼女の体がぴくりと反応した。

「……あいつは強そうだから、駄目」

「あんな強さの人ばっかりだぞ、刺客は」

「え? そんなに強いの?」

 百合は困惑した表情を浮かべた。

「当たり前だろ、相手は殺し合い覚悟で来ている者共だって、君が言ったんじゃないか」

「あ。そうか。殺し合いが出来るんだから、強いに決まってるか。ああ……」

 百合は頭を抱えた。やはり彼女に刺客を任せるのは少々重荷だろうか。

「……ねぇ、今なんか変な音しなかった? バーン、みたいな」

「へ? いや、僕には聞こえなかったけど」

「でも音したよ。百合、耳は良い方なんだからね」

 百合は目の前にある体育館を見つめると、裏手へ回った。

「そっちから聞こえたのか?」

「しっ」

 彼女は壁際からそうっと体育館裏を覗いた。僕も彼女の上から頭を出す。

「あれ?」

 そこにはガラスで出来た、大きな立方体の様な物があった。四畳位のスペースで高さは二メートル程。

 彼女はそれにゆっくりと歩み寄って行く。僕も当然ながら、付いていかない訳にはいかない。

 近づいてみるとそれは曇りガラスみたいな感じで、はっきりと中の様子は窺い知れなかった。だが、中で何かが動いているのは分かる。人なのだろうか。

「割れないかな、これ」

 百合は小声で訊いた。

「これ、僕が思うに魔法シールドの一種だな。特殊な力を加えないと割れない」

「特殊な力って」

「そう、ゴッドパワーとかね」

 恐らくこれは、僕の力で割る事が出来るだろう。天界の書物でこれについての知識があった僕はそう確信した。

「割って。怪しいもん、これ」

「君子危うきに近寄らず、って聞いた事ある?」

「ガタガタ言ってるとぶん殴るわよ」

「はいはい」

 まぁいい、僕だって自分の力を試してみたいんだ。こういうのを若気の至りというのだろう。

 僕は危険な世界への扉を開けた。




「しずくちゃん……?」

 要塞を壊すと、そこに『彼女』が立っていた。

 雨森雫である。

「……見つかってしまいましたか」

 彼女は表情一つ変えずに言った。

「ここで何してるの」

 百合は顔を引き攣らせながらも、彼女に問い掛けた。

「手品の練習です。学芸会で出し物の準備中にでも披露しようかと思いまして」

「準備中? 今回の劇、そこまで大道具の設置には時間取らないでしょ」

「短い間に出来る、簡単なものです。今タネを明かしてしまうとつまらないですから、花床さんにはここから去るのをおすすめします」

「どうする、神貴?」

 百合が僕を呼んだ瞬間、雨森さんは百合に詰め寄った。

「え?」

 彼女は百合の首を掴んだ。そのまま上へと持ち上げる。

「あ、く、苦し……」

「貴方が天界からの刺客なら話は変わります。やる(・・)のなら本気で相手しますよ」

 息が止まった。

 彼女は百合が天界からの刺客である事を理解した。百合が僕の名を呼んだ、ただそれだけの事で。つまり彼女は。

 雨森さんはすとんと、百合を離した。百合は喉を押さえ、険しい表情をした。

「はぁっ……はぁっ……」

「さっさとこの場を去って下さい。そうすれば、追いかけはしません」

 百合は彼女を精一杯の眼力で睨みつけた。

「あんたが刺客……そう……このクッソババア、殺す!!」

 僕は咄嗟に『神器』を召喚した。こんな売り言葉を吐いてしまえば、後は買われるしかない。

 僕の手にロングソードが出現する。この剣には僕のゴッドパワーが籠められているのだ。

「百合! これを使え!」

「サンキュ」

 百合は僕が投げたそれをばしっと受け取った。そして両手でそれを握って構え、すかさず雨森さんに襲い掛かろうとした。

「とりゃああああっ!!」

「≪ショックウエーブ≫」

 その次の瞬間。僕らは強大な力に押され、宙に投げ出された。

「うっ!」

 強かに地面に叩きつけられる。背中が裂ける感覚が広がった。

 動けない。地面を這う事さえ出来ない。強烈な痛みが僕を支配した。

 今のは多分詠唱魔法だ。雨森さんは魔法使いだったのだろうか。

 百合。百合はどこにいるんだ?

 頭を動かすと、僕の隣で百合がうつ伏せになっているのが見えた。表情は窺い知れない。でも、大体想像は付く。


「もう、諦めますか?」

「う……うう……」

「良いんですよね。では、とどめを刺しますよ」

 止めろ。止めてくれ、それだけは。

「≪ゴッド・オブ・ザ・フォリスト≫」


 雨森さんの手から出た緑の光が、僕らに向かって伸びてくる。

 もう終わりだと思った、その刹那。

「――駄目」

 目の前――雨森さんと僕らの間に、巨大な鉄板の様な物が飛び込んできた。それは、雨森さんの攻撃を遮った。

 その鉄板を支えているのは、一人の少女。その後ろ姿がやけに神々しく見えた。

「っ!」

 少女が鉄板を下ろす。真っ先に視界に入った雨森さんは、仰向けに倒れていた。その隣にはサッカーボールが転がっている。

「…………」

 少女は気絶しているであろう雨森さんに向かって、深々と頭を下げた。とても丁寧な仕草だった。

 そして少女は、僕らの方に向き直った。短めの髪がはらりと舞い上がる程、素早く。

「あ!」

 少女は落合みぞれ、その人だった。


 僕は訳が分からなくなって、暫く黙っていた。

 それは百合も同じだったのだろう。『あ!』と言ってからは何も喋らない。

 みぞれちゃんは忌々しそうに僕らの様子を眺め、溜め息をついた。

「あのねぇ。あたしあなた達の事、助けてあげたんだけど。お礼とかない訳」

「ありがと……。え? あなた達って、神貴の事見えるの?」

「まずそっから知らないか。じゃあ改めて自己紹介」

 みぞれちゃんは少し姿勢を正した。不満そうな表情は変わらない。

「落合みぞれ。超能力者からの刺客。超能力者学会『アビリティー』に属しているわ。以上」

「えええぇ!? あんたが刺客で、超能力者ぁ!?」

「そうよ。何か悪い?」

 みぞれちゃんは非常に機嫌が悪い様だった。何が原因かは分からないが。

「それで、僕の事が見えるんだ」

「ええ。なにせ超能力だから」

 成程。これで二人目の会話可能な人間と出会ったって訳か。敵だけど。

「それで、今どうなって、こうなったの?」

「どうなってこうなった? 雨森先生が魔法攻撃して、その動きを読んだあたしが鉄板であなた達を守ってあげたの。そして念動力でサッカーボールを雨森先生の頭に喰らわせた」

「念動力って、ああ、そうか、超能力か」

「そうよ。まぁ、本当は手加減したつもりだったんだけどね」

 みぞれちゃんは倒れている雨森さんをちらりと見た。申し訳なさそうな顔をしている。やはり先生を失神させるのは気が引けるのだろうか。

「っていうか。あたしはあなた達が困ってるから助けてあげたとか、そんなんじゃないの。今言いたい事があるからそうしてあげたの」

「何なのさ?」

「生神貴。貴方、こんな餓鬼に戦わせて恥ずかしくないの?」

「え?」

 こんな餓鬼。年齢は百合もみぞれちゃんも変わらない筈だから、中身や戦闘能力の事を指しているのだろう。

「あたしは剣なんて使った事ないけど、それでも分かる。花床百合、こいつは全くの初心者だってね」

「ふん、初めてにしては上手い方だもん」

「初めてにしてはね。相手に突進して、簡単にカウンター入れられて。あたしが来てなかったら今頃どうなってたと思う?」

「そ、それは……」

「死ぬのよ。この世界では、容赦ってものがないの」

「…………」

 確かにその通りだった。刺客達は、初心者だからといって甘やかしたりなど決してしないだろう。敵なのだから、同情している暇はない。

「貴方はこの子の命より、実在するかすら怪しい宝を優先するのかしら?」

「いや、そんな事は、絶対しない、けど」

「だったら自分で良く考えてみる事ね。これからどうするか。現時点では、貴方は最低の神よ。それじゃ」

 みぞれちゃんはさっと踵を返した。

 ……最低の神、か。

 分かってはいたけど、他人から言われると案外傷付くものだ。

 だからって、僕が最低の行為を犯しているからって、今更どうしようも出来ない。上からの命令が下れば、僕はそれに従う事しか出来ないのだ。

 じゃあ、どうすればいいんだよ――。

「あ、みぞれちゃん」

 不意に、壁際からひょいと見覚えのある園児が顔を出した。

「え。あたしに何か用?」

「えっとね、ターちゃんがね。あ、ターちゃんの本当の名前は五反田蒼っていって、ちょくちょくこの幼稚園に遊びに来てる人なんだけど、知ってる?」

「ああ、挨拶位はしたけど」

「その人がみぞれちゃんの事呼んでたよ。あと、出来れば百合ちゃんと雨森先生も呼んで、二階のぞう組に面している方のベランダに来てほしいって」

「え?」

 みぞれちゃん、百合、雨森さん。この三人に共通する事と言えば、刺客という任務に他ならない。つまり……?

「あ、百合ちゃんいるんだ。あれ? 雨森先生、どうしたの?」

「えっと、あたしは知らない……」

 ぶっ倒れている雨森さんを横目に、しらばっくれるみぞれちゃん。

「お、お昼寝でもしてるんじゃない?」

 苦しい言い訳をする百合。

「まだお昼じゃないよ?」

「まぁどっちでもいいじゃん! 雨森先生起こして、三人で一緒に行くよ。ありがと、このはちゃん」

「いいよー。じゃあね」

 女の子は去って行った。

「へぇ。あの子と仲良いんだ」

 唐突にみぞれちゃんが切り出した。

「仲良い、って程でもないけど。なんで?」

「いや、別に。ただ、貴女に会う前、学会の人に『お前と同じ歳頃の刺客は過去にいじめを経験し、そのトラウマを引きずって今でも友人が少ない』って聞いたものだから」

「そんな……」

 百合がいじめのせいで友達が出来にくくなってしまったのは事実だった。でも、百合はちゃんと友達をつくる努力はしている。

 そしてこのはちゃんの様な気軽に話せる友達も、いく人か出来た。

「そんなの……何で知ってるのよ……」

 そうやって生まれ変わろうとしている百合に、今の言葉は厳しかっただろう。その声は上擦っていた。

「ご、ごめんなさい。今のは忘れて」

「いいよ。じゃあターちゃんのとこ、行こ」

「ええ。雨森先生を起こさないと」

「私ならもう起きています」

 ぎょっとする程無機質な声がした。後ろを振り向くと、いつの間にか雨森さんが傍に立っていた。まるで亡霊だ。

「ぎょえっ!?」

「あ、雨森先生……。その、大丈夫ですか?」

「ええ。私を倒した貴女が体の具合を気遣って下さるとは意外ですね」

「え、あ、すみません……」

「構いませんよ、刺客とはそういうものです」

 申し訳なさそうなみぞれちゃんの肩を、雨森さんはポンと叩いた。

 普段の雨森さんからは想像しにくい、人間くさい動作だった。百合と接する時のきっぱりした態度とは大違いだった。最も、表情は硬いままだが。

「先程までの話は聞いております。それではベランダまで行きましょう」

 雨森さんの普段と変わらない声で、三人と一神は動き出した。




 ベランダには先客がいた。

「あれぇ? 雨森先輩、花床、落合ぃ? どうされたんですかぁ?」

 上岡さんだ。彼女はへらへらと笑いながら話し掛けてきた。

 しかし、その笑顔の裏には緊張が紛れている気もする。

「私達は五反田さんからの呼び出しを受けてここまで来ました。先生はどうされたのですか?」

「えぇ、ぐうぜーん! 私もなんですぅ」

 百合とみぞれちゃんにも緊張が走った。

 五反田さんが刺客だとしたら、これで五人の刺客全員が揃う事になる。五反田さんがわざわざ敵を呼び出した理由は一体何だろう。

 四人の女性は、まるで事前に打ち合せていたかの様に、息ぴったりに黙りこくった。僕も空気を読んで黙る。

 やがて、殺伐とした沈黙に耐えかねたのか、上岡さんが口を開いた。

「……とどのつまりはぁ、ここにぃ、刺客全員が集結するって事ですよねぇ」

「五反田さんが刺客だとしたら、そうなりますね」

「ターちゃんが、刺客なんて、そんな……」

 百合は顔を歪めた。今にも泣きだしそうだった。

 五反田さんが敵だなんて。小夜香ちゃんを殺めた後、ずっと一番の親友だったあのターちゃんが、敵だなんて。

 百合が最も恐れていた事が、本当に起きてしまった。

「――安心しろよ、百合ちゃん。俺ァ紳士なんだ、乱暴なんてしねぇよ」

 十つの目の視線が一点に集中した。

 低いフェンスの上に、まるで最初からいたかの様に平然と立っている男。

 逆光でシルエットになって顔がよく見えないが、その癖毛は間違いなく彼だ。

「ターちゃん!」

 五反田蒼。正体不明のニート。そして――

「よぉ。今回集まってもらったのは……もう、分かるよな?」

「whsについての話でしょ」

 みぞれちゃんが即答した。

「そうだ。俺は刺客になってから、他の刺客達の情報を収集してた。情報が正しければ、ここに集まってもらったのは全員、whsを狙う刺客ってぇこった」

 彼はストンと柵から下りた。それから刺客達の顔を見回して、最後に上岡さんを見た。

「上岡さん。おめぇ、刺客か?」

「うん。そうだよぉ」

 上岡さんはあっさりと白状した。

「しずくちゃ、いや、雨森さんは?」

「はい」

「みぞれちゃん」

「刺客よ」

「百合ちゃん」

「う、うん、そう」

 五反田さんはそこで少し間を開けた。

「それともう一人、カミサマ、か。百合ちゃん、今ここにカミサマはいるか?」

「い、いるよ。ここ、百合の隣に」

「じゃあ丁度良い。カミサマ、あんたは百合ちゃんのサポーター、つまり実質刺客、って事でいいな?」

「……仰せの通りと伝えてくれ」

 一体いつそこまで調べたというのだろう。僕の情報なんて、どこにでも転がっているものではない。

「仰せの通り、だって」

「やっぱりか」

「凄い情報収集力ね。どうやって調べたのよ」

 みぞれちゃんが僕と同じ疑問を口にした。

「おめぇらと違って、ニートにゃ暇があるからよ。色々出来んだよ。ま、そんな事はどうでもいい。今回呼んだのは他でもないこの理由があってこそ」

 五反田さんは再び柵に飛び乗った。

 そして彼はポケットから何かを取り出すと、それを掴んだ片手を勢い良く振り上げた。

「これだ!!」

 彼の手に握られていた物。

 それは大きな石だった。透き通った無色の石だった。

「わ、ワールドヒールストーン!!」

 みぞれちゃんが大きな声で叫んだ。我を忘れた様な声だった。

「――へへっ。俺はもう、これを手に入れちまったんだよ。あんたらとは、宝物探しのレベルが違った、って事かな。ここで俺の願いを吹き込めば、今回の争いは収束するのさ!」

 僕はその台詞を呆然と聞いていた。

「よしなさい。宝物探しのレベルは知りませんが、殺しのレベルは明らかにこちらの方が格上です。そんな事をすれば私達は間違いなく貴方を殺しますよ」

「はいはい、どうぞご自由に。俺はもう、この石に願い吹き込む以外に生きる目的なんかねぇからな」

 五反田さんは雨森さんを嘲笑う様に、ニヤニヤと笑った。そして数秒と経たない内にそれは、大胆な笑いへと変化していった。

「はっはっはっは!! 最高だよ、本当。人の願い事ぶっ潰すってのはさぁ。じゃ、とっととやっちまうか。あ、なんかボタンが付いてるな。これを押しながら言えばいいのか?」

 五反田さんは石についた小さなボタンを押しながら、願い事を叫んだ。


「この世界が平和であれ!!!」


 嗚呼、なんて美しい願い事なのだろう。世界平和と同時に、僕の短い神生(じんせい)は終わるのだ。

 もうそれでいい。アディオス、素晴らしい世界――。


「なにもぉ、起きないけどぉ?」

 上岡さんの一言で、多分刺客全員が我に返った。

「は? だって、願い事はちゃんと吹き込んだぞ?」

「私の聞いた話では、願い事を認知したwhsは、七色に光るとの事でしたが」

「whsがちゃんと聞き取れなかったんじゃないの? 五反田さん、というかターちゃん、江戸訛り酷いから」

「そこまで酷くないだろ!? おい、世界が平和であれ、世界平和にしろ!」

「あっ、百合もー! 珍しいお花下さい、漫画とゲームとお菓子下さい、コーラのプールで泳がせてー!」




「これより、緊急刺客会議を始めます」

 雨森さんは唐突に切り出した。

 ここは幼稚園の会議室だ。普段はPTAの人達の集まりや、教師が園内で起きた問題について話し合う際に使われる場所である。

 部屋の真ん中に設置された長机を囲む様に座っているのは、言うまでもなく刺客達だ。

「では、まず確認としてこれまでの事を、私から簡単にご説明致します。我々はwhsという秘宝を手に入れる為、各界のボスが刺客として送り込んだ存在であります。それぞれ血眼になってwhsの捜索に当たっていた我々でしたが、それはついに、刺客である五反田さんの手によって発見されました。ですが、五反田さんが願い事を吹き込んでも、反応を示す筈のwhsに何も起こりません。我々はひとまず一時休戦し、whsについて話し合う場を設けました。それが今回の刺客会議です。何か異論などある方は御座いますか」

「ありませーん」

「特にないわ」

「大丈夫ですよぉ」

「おう」

 僕も一応「異論はないです」と小声で返事をした。

「サポーターの生神貴君は如何ですか? 私と上岡先生、五反田さんは彼の姿も見えなければ、声も聞こえません。花床さん、落合さんを通じて彼のお声をお聞かせ願いたいのですが」

「異論はないですー、だって」

 雨森さんは小さく頷いた。そして眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

「それでは、自己紹介でも致しましょうか。それぞれ、どの世界から送られてきた刺客かという事を明確にしておきましょう」

「じゃあしずくちゃんからどーぞー」

「分かりました。雨森雫、三十一歳です。職業は幼稚園教諭です。魔界からの刺客という事になっております」

 魔界の住民。道理で魔法が使える訳だ。

 しかし雨森さんの容姿はどう見ても人間なので、原住民の魔族ではなさそうだ。そもそも魔族は神が見えるし。

「魔界ぃ? 先輩ってぇ、随分と怖い所から来たんですねぇ」

 上岡さんは欧米人の様に肩をすくめてみせた。雨森さんはジト目で彼女を見た。

「貴女に言われたくはありませんが。では、次に上岡先生、どうぞ」

「はぁい。上岡菊でぇす。ピッチピチの二十二歳でぇす」

「出身は島根でぇす、何にもない田舎町でぇす」

 五反田さんが上岡さんの口調を真似て暴露した。

「ちょ、ちょっとぉ、なんであんたが知ってんのよぉ!?」

「俺は情報収集力に長けてんだよ」

「きんもー!」

「上岡先生、自己紹介を続けて下さい」

「あ、はぁい。えっとぉ、雨森先輩と同じく幼稚園の先生でぇす。スナイパーからの刺客でぇす」

 やはりスナイパーか。一般人は銃なんて持っていないからな。

 しかし、この国では法律で銃と刀の所持が禁止されているのではなかっただろうか。上岡さんは犯罪者か?

「では、次に五反田さん」

「おう。五反田蒼、十八歳、ニートだ!」

「そんな自信満々に言う事じゃないでしょ……」

「何だよみぞれちゃん、ニートは心の余裕があっていいもんだぜ? で、まぁ血液型はAB型、星座は射手座。他になんか言う事あったっけ?」

「どっからの刺客か、だよ」

「おお、そうそう。俺ァ、吸血鬼からの刺客だ!」

「吸血鬼ぃ!?」

 百合はガタンと椅子から立ち上がった。

 吸血鬼といえば、百合はこの間『ドラキュラ』の絵本を買ってもらったばかりだ。その内容はとても恐ろしいもので、百合も震え上がっていたっけ。

「じゃ、じゃあその、ち、血とか吸って、ひ、人殺すの!?」

 いや、吸血鬼は血を吸う事で仲間を増やすんじゃなかったか?

「へへっ、殺したりなんかしねぇさ。気絶させる事はたまァにあるけどな。ま、血を吸うってぇのが俺の戦い方だ。以上!」

 血を吸って気絶させる……地味に嫌な戦法だ。

「では落合さん」

「はい。落合みぞれ、五歳。坂城幼稚園の年長。超能力者からの刺客で、超能力者学会『アビリティー』所属。……これで誰かさん達に自己紹介するのは、三回目になるわね」

 みぞれちゃんは頬づえを付きながら面倒臭そうに喋った。

「へぇぇ、みぞれちゃん、まだ五歳かぁ」

「そこに興味持つ? よっぽど早生まれでない限り、幼稚園の年長は大体の子が今五歳児だと思うけど」

「いや、大人びてるからさ、そうは見えねぇンだよ」

「そうだねぇ。生意気だしぃ」

「じゃあ百合も五歳には見えないでしょ?」

「花床はぁ、まだ餓鬼ぃ」

「ふんっ」

 確かに百合とみぞれちゃんが並ぶと、同い年とは思えない。見た目というよりかは、振る舞いでそう感じるのだろう。

「では、その花床さんも」

「はーいっと。花床百合、五歳でーす。八月には六歳になりまーす。えっと、何からの刺客?」

「天界からの」

「天界からの刺客らしいでーす。宜しくお願いしまーす」

 全くこの子は。やはりまだ子供だ。

「花床さん、貴女の戦闘スタイルについてお聞かせ願いたいのですが」

 珍しく雨森さんが口を挟んだ。

「おっ、それ俺も聞きてぇ! いくら調べても、百合ちゃんの戦い方だけは謎に包まれてたんだよなぁ」

 そりゃそうだろう。戦いらしい戦いなんて、百合は今までした事もないんだから。

「戦い方? うーんとね、剣を振り回すとか?」

「じゃあー、剣道とか習ってたのぉ?」

「ううん、初心者だよ」

 ぽろっと情報を垂れ流した。百合……! 馬鹿か君は!?

「はぁぁ? そんなんじゃあー、すぐ殺されちゃうじゃーん」

「神がバックについてるから怖いんじゃないの?」

「どちらにせよ、花床さん単体ではそれ程の力はない、と?」

「なんかややこしいなぁ、力のない刺客ってのはどういうこった?」

 刺客達はそれぞれの反応を見せた。

「では、最後に生神貴君」

「はーい、百合が通訳しまーす。神貴、どうぞ」

「ええ、生神貴です」

「ええ、ごほんごほん、ゲホゲホゲホ!! チョリース、生神貴ス!」

 刺客達は半笑いになった。

「僕は神です。未熟すぎるという理由で、天界から地上へ落とされました」

「俺様はゴッドな訳。アホすぎて天界から落とされちゃったけどよ。ヒュードカドカドッカーン!」

「今は刺客である百合のサポートをしてます」

「今は百合姉貴のお世話係! 姉貴のベッドメイキングとかしてるかな!」

「……以上です」

「おっしまい! ちゃんちゃん!」

 今回も百合の嘘翻訳は順調である。僕の声が聞こえるみぞれちゃんは百合を睨みつけるかと思いきや、意外にも微笑していた。

「なんかぁ、天然な神様だねぇ」

「お茶目だよなぁ、ほんと」

「私の推測では、生君は子供の様な見た目をしていると考えますが、どうでしょうか?」

「ええ、そうね。歳はあたしとそう変わらなく見えるわ」

「うん、おこちゃまかな」

 誤解の伝染病だ。これではまるで僕が頭も体も、まるっきり子供みたいではないか。

「成程。君付けは失礼かとも考えましたが、相応だった様ですね。では、自己紹介は終わります。それで次は、何をしましょう?」

「意見交換会なんてどうでしょう。……って伝えてくれ、みぞれちゃん」

「へ? あ、みぞれちゃんて、あたし?」

「はぁぁ? なんで百合じゃないのよ」

「君の嘘翻訳を誰が好き好んで頼むとお思いだい」

 雨森さんは怪訝な表情でこっちを見ていた。

「えっと、意見交換会なんてどうでしょうって、神貴……君が言ってるわよ」

「意見とは、どの様な?」

「whsについて、お互い知っている事知らない事、こうなのではないかという考察です」

「うんと、whsについて、お互い知ってる事知ってる事……ああもう、ややこしいわね! 文通でもしたらどうなの?」

「文通?」

「そうよ。神貴君が言いたい事を紙に書けばいいのよ」

 成程。中々良いアイデアだ。

「では、そうしましょうか。メモはこれを使って下さい」

 雨森さんはズボンのポケットから小さなメモ帳とペンを取り出した。流石雨森さんは準備が良い。

「有難う御座います」

 僕は早速ペンを持って書き出した。

 雨森さん、上岡さん、五反田さんの三人が食い入る様に僕を見つめていた。やはり、ペンだけが動き出して文字を書くというのは異様な光景なのだろう。




 暫く、僕と雨森さんだけの会話が続いた。僕が文を書いては、雨森さんがそれを読んで直接僕に話し掛ける。なんともじれったい会話方法だ。

 僕は話したい事を書いている時、しばしば長文になった。

 そんな時、嫌でも他の刺客四人の話している事が耳に入ってくる。

「あー、暇だ暇だ。ゲームでもやるか」

「百合もやる!」

「五反田ってぇ、毎日毎日ゲームばっかしてるらしいねぇ」

「だってゲーム好きだし。これやろうぜ、レースゲーム」

「あぁ、私ぃ、それ得意だよぉ」

「じゃあいっちょ対決といくか!」

 それから数分間、「とりゃあぁ!」とか、「おおっ、やるなぁ!」とかいう声が会議室に響いた。

「はー、白熱してるなぁ。百合の付け入る隙がないんですけどー」

「ねぇ、百合、ちょっといい?」

「なによみぞれ。っていうか、いつの間に百合達、下の名前で呼び合う仲になったんだっけ?」

「ついさっきよ。でね、百合は付き合ってる人とかいるの?」

「え? あ、まぁ、うん……」

 百合は急にしおらしくなった。

「ほ、本当?」

「な、なによ突然……?」

「それって、誰?」

「そんなの、言える訳ないじゃない」

「えっと、じゃあ……神貴君、じゃない?」

 僕は動揺してペンを折りそうになった。

「まっさっかー。それはないわー」

「そ、そう。神貴君も付き合ってる人とかいない?」

「いないと思うけど。まぁ。天界(あっち)で恋人作ってんのかも知れないけどねー。ってか、何でそんな事訊くの?」

「え、あ、いや、なんでもない。ただ、ちょっと気になっただけよ」

 その後も百合とみぞれちゃんのやりとりは続き、上岡さんと五反田さんのゲーム対決は白熱していた様だった。




 数分後。

 何の因果か、僕ら六人は全員、五反田さんのゲームでわいわいと遊んでいた。

「一位はぁ、もらったよぉ!」

「させないよーだ! あれっ!? 何こいつすっごい邪魔、3P誰!?」

「ふん、あたしに決まってんでしょ。雑魚がイキッてんじゃないわよ! えっ! トップ誰よこれ、雨森先生!?」

「あーやられた! しずくちゃん、意外と強ェなぁ!」

「……ふふ」

 雨森さんまでゲームに参加したのは、やはりwhs問題がどう考えても解決出来なかったからだろう。

 だからってこれはないと思うが。それに雨森さんと上岡さんは仕事をサボって大丈夫なのか?

「ははっ、神貴弱すぎー!」

「操作方法がよく分からないんだよ……」

 何故か皆してゲームが上手い五人の刺客に僕が置いていかれそうになった、その時。


「憐れなる神よ、下界で一体何をしておる」


 低い声が部屋中の壁に反響した。それと同時に、青紫色の光が部屋の隅から放たれた。その光は一瞬にして部屋中を包んだ。

「うっ!?」

 そのあまりの眩しさに、僕は目を瞑った。

 何だ、何が起きているんだ? あの声は何だ? 強烈な寒気が走る。足が震える。

 再び目を開けた時、僕は意識が遠くなるのを感じた。

 光の代わりに僕の視界に入ったのは、毒々しい怪物だった。

 紫の肌で覆われた筋肉隆々の体。胡散臭さを演出する黒のマント。首が痛くなる程見上げれば、気味の悪い顔。薄く毛が生えた頭から突き出ている尖った角。


「我は、魔王だ」


 魔王。魔王って、何だ。

 確か、魔界を仕切る者ではなかったか。その魔王が、刺客に何の用だ? 

 待てよ、雨森さんは魔界から来たと言っていた。雨森さんに指令でもするのだろうか。

 僕は脳の中で忙しく思考を働かせていながら、金縛りにあった様に動けなかった。

 それは他の刺客達も同じだった。誰もが表情を強張らせ、ゲーム機を放り出したまま、微動だにしない。

 会議室は時が止まった様に静かになった。

 そんな有様を見て満足するかの様に、魔王は深く頷いた。

「そう硬くなる事はない。我はそなたらに何の危害を加える訳でもないからだ。用はすぐ済む、しばしお付き合い願う」

 魔王は空いていた椅子に座った。そして、改めて刺客達を見回す。

「そなたらはワールドヒールストーンを追い求めていた刺客である。そうだな?」

 刺客達はこくんと首を縦に振った。

「憐れな神。そなたは違うのか」

 僕が見えている。魔王には神が見えるから、当たり前だ。

「僕は、刺客のサポーターです」

 声が震えたが、何とか答えられた事に安堵する。

「誰のサポーターだ」

「百合のよ」

 魔王の問い掛けから間髪入れず、百合は答えた。実に堂々たる言葉だった。ちっとも魔王を恐れていない様な。

「そなたも刺客か、成程。では、ここにwhsを追い求めた者が揃ったと言う事に変わりはないな。それでは、説明を始める」

 説明? 何の説明だ?

「まず、whsを生み出したのは我だ」

 ――作った? 魔王が、あの、聖なる石を?

「我はそれを百個近く製造した。我は暫くの間、それらを大切に保管していたが、ある理由で、我は自らそれらを手放した。つまり、whsは現時点で誰にも所有権がない。まず、それははっきりさせておこう」

 その内の一つが坂城区にあったというのか。

「それから年月が経ち、whsは伝説の石となっていった。そして我はある機会に、一つのwhsと再び巡り合った。ただの石ころの様な顔をしていたが、我にはそれがwhsだとはっきり分かった。そして我に少し、悪戯心が芽生えたのだ。我はその時、その一つのwhsの設定を書き換えた。それは、ある特定の集団から一定数の好感を得ないと、whsを使用出来ない、というものだった」

 好感?

「そしてその特定の集団を、ここ、坂城幼稚園の園児に設定した」

 えぇ!? それはつまり、坂城幼稚園の子供達に好かれていないと、whsで願いは叶えられない、という事になるではないか!

「つまりこういう事だ。坂城幼稚園の園児達からの好感をある程度集めた者がwhsを握ると、whsから合図として音が鳴る。その音が鳴ってから、ボタンを押しながら願いを吹き込めば、whsがそれを叶える。その新設定が加わった物が、そなたらが発見したwhsだという訳だ」

「なんだよそれ……」

 五反田さんが独り言の様に小さく呟いた。当然だ。何だかもう、訳が分からない。魔王が何故そんな複雑な事をするのだ。

「全ては我の気紛れだ。だが、そなたらに我を責める資格はあるまい。話は以上だ」

「すみません、お尋ねしたい事があるのですが」

 雨森さんがいつもより語気を強めて発言した。手元を見れば、ぎゅっと拳を握っている。

「構わん、言え」

「私は魔界からの刺客、という事になっております」

「ああ、そなたが勝手に魔界を飛び出して勝手に刺客になったという少女か」

「左様に御座います」

 勝手に刺客になった、という事は、上からの命令なくして、という事か。そりゃそうだろうな、一番上の身分である魔王には、whsを探させる理由がないんだから。

 しかし、少女というには雨森さんは……ちょっと、無理がある。

「今回は魔王様がワールドヒールストーンをお作りになったと知らず、この様な無礼を働いてしまい誠に申し訳ありません」

「何も無礼な事はない。我の遊びにそなたが興じただけだ」

「お許しいただき有難く存じます。ですが、私はやはり、刺客から身を引くべきで御座いましょうか」

「その必要はない。そなたのしたい様にすればいい。それが魔界の方針じゃ」

『魔界の方針』という言葉に、雨森さんは一瞬眉をひそめた。が、すぐに元のポーカーフェイスに戻った。

「……承知致しました」

「では、これでもう我がここにいる必要はないな」

 魔王は席を立った。ほぼ同時に、魔王の体が青紫色に光る。


「また会う日まで、さらば」


 最後の言葉が、やけに頭に残って離れない。

 だが、魔王は一瞬にして消えた。困惑する五人の刺客と、僕を残して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ