協奏曲 “恋情” ~第1楽章~ “はつ恋”
<恋情>――それは、運命の前奏曲――。
「き、きみがすきだ……夏芽。ぼくと付き合ってくれ……」
その言葉を聞いたのは、夏のはじまり。
甘くてしとやかな雨音が鳴り響く、6月のことだった。
この国立四音音楽学院中等部に、
転入して、一週間。
隣の席になった、
可憐な顔立ちのその子――唯音。
はじめは、こう思ったんだ。
雪のような白くてきめの細かい肌に、肩より少し上のプラチナブロンド。
極めつけは、春に芽吹いたばかりの若葉みたいな、
瑞々(みずみず)しくて、優しい瞳…。
――なんて綺麗で、可愛いんだろう!
ちっちゃい顔。
イヴニングエメラルドの大きな目。
手も足も、華奢なのに、しゅっと長い。
まるで……まるで……、お人形さんみたいだ!!
わたしは、ぱああ! と顔を輝かせ、その子の手を取った。
「……仲良くしようね!!
わたしの名前は空橋、空橋夏芽!
――きみの名前は?!」
机ごしに大きく乗り出したせいか、その子はがくん、と一歩引いた。
驚愕の眼差しに、赤く咲いた頬。
うわー。照れてる。
どうしよう! 人見知りな子なのかなー。可愛いなー。
わくわくしながら返事を待つわたしに、
その子はガタン! と席から立ち上がった。
「……な、なんだ君は!! しげしげぼくを見つめたかと思えばっ!
それに……こんな手まで触って、どういうつもりだ…っ!」
(――ん?)
わたしは小首を傾げた。……ぼく?
そして、ぷんぷん! とマンガみたいな音が鳴りそうなほど、
(やっぱり変な口調で)憤慨しだす。
「君はほんとうに婦女子か! 恥じらいが足りないぞ!
見たまえっ、周りも引いているだろう!」
婦女子? みたまえ?
?マークを浮かべながらも周りを見渡すと、
確かに全員、こちらに注目していた。……あれ?
「まさか、天然なのか……」
やれやれ、とその子はため息をつき、
涙が出ちゃうぐらい綺麗なアルトで、歌うように名乗った。
「ぼくは君島唯音。
念のためいっておくが、女子じゃない。
故に、これからぼくに触る時は、前もって言ってくれまえ。
べたべたと触られるのは苦手なんだ」
それが、唯音との出会いだった。
そんなめちゃくちゃなファーストインプレッションだったけど、
唯音はちょっと言葉使いが変で、体育を休むだけの、
普通の女の子にみえた。
もちろん、女の子じゃない、と前持って言われているわけだけど、
どうみても、男の子にはみえない。だって睫毛長いし。
肌も、つるんつるんの、すべすべだし。
「――夏芽。
毎回言っていることだが、気安く触らないでくれたまえ。
そんなにぼくが物珍しいのか?
まるで、動物園の馬にでもなった気分だ」
動物園……っていうか、ふれあい広場的な意味かな?
わたしは唯音のすべすべ卵肌を、さわさわしながら、真剣に答える。
「ううん、唯音はどっちかと言うとバンビかな。
目がつぶらでうるうるで、華奢だから」
わたしはバンビな唯音を妄想してほわほわしながら、
より一層なでなでする。
「……君は変態か。いい加減やめてもらおうか」
ぱしっ、と手を掴まれ、おろされた。
不機嫌そうな声色だけど、その手はあくまで優しかった。
唯音は、わたしを壊れものみたいに触る。
自分から触れてくることはめったにないけど、
まるで男子が、女子にするような感じで。
うーん。でも唯音は、本当に男の子なのかな?
どうみても、そんな風にはみえないけどな……。
再びまじまじと見つめるわたしに、
唯音は、こほん! と古風な咳をした。
「じっと見るのもやめてもらおうか!
もっと慎みを持ってくれたまえ!」
「……えー、じゃあなにをすればいいのさ!
ダメダメって言われたら一層したくなるよー!」
「君は子どもか!
中学生にもなりながら、なぜそんなに幼稚なんだ。
エマくんを見習いたまえ!
いつも慎ましく、読書をしているじゃないか」
当のエマ……犬飼絵馬ちゃんは、
赤ぶちのメガネ越しにこちらをみた。
お洒落な三つ編みがかすかに揺れる。
一瞬目があったけど、すぐに興味なさそうに読書を再開する様子は、
クールでかっこいい。
「うーん。無理だよ。わたし本読むと寝ちゃうから。
…ほら、授業中も寝てるでしょ?」
こそこそと耳打ちするわたしを、うるさそうに追いやってから、
唯音は釘をさす。
「得意げに語らないでもらおうか。
君は十秒以上、大人しくできないのか?」
「うーん。十秒っていうか、3分ぐらいかな。
あっ! でも、勉強する気はあるよ。
はじめの30分なんか、
超睡魔と格闘してるよ!」
「残り15分間寝てるじゃないか! もっと頑張りたまえ!」
怒りだす唯音に、頬を膨らませるわたし。
「うるさいなあ……唯音のばか! けち! あほ!!」
「小学生か!」
ちょっとコントっぽくなっちゃったけど、
この一週間、わたしなりに真面目に、
唯音は本当に男の子なのか、辛抱強く観察してみた。
まず、胸。
ない! 見事にまったいらだ!
……まだ中学生だし、そういう女の子もいるよね!
声。
すごく綺麗なアルトだ!
……判別不能!
容姿。
どこからどうみても可憐な美少女だ!
うーん……これだけじゃあなあ……決定打にかけるよね?
この際、周りに聞いてみよう!
1人め!
「……うーん。ちょっと私の口からは……」
2人め!
「個人情報だからねー」
……3人め!
「本人に聞いてみたら?」
結論! こそこそ探るのはよくないよね。
やっぱ正々堂々(せいせいどうどう)本人に聞こう!
「ねえ唯音って、実は女の子?」
「実は……、って君、いきなり何を言い出すかと思えば……。
この一週間、様子がおかしいと思っていたら、
そんなことを考えていたのか?」
呆れたように言う唯音は平静だ。
……あれ、もっと驚いて、なっ、なぜわかった!!
って、言うかと思ってたんだけどなー。
「その残念そうな顔はなんだ。
最初に言ったろう。ぼくは女じゃないと。
ぼくの性別が知りたいなら、今日放課後付き合いたまえ」
え? もしかして急展開?
……っていうか、本当に本当に女の子じゃないの?
放課後付き合う……ってなに?
男の子ならそう言ってくれればいいじゃん!
まさか、これってデート? えっ、違うよね? 深い意味ないよね?
「……う、うん! 了解!!」
わたしはびしっと敬礼した。
なんか、流れで返事しちゃったけど、いいのかな?!
それから放課後までは、時間がスローすぎて、
まるで永遠に続きそうなほど長かったし、
ばりばり緊張して、一睡もできなかった。
唯音の顔をなんども見ようとしたけど、みれなかった。
――あれ? なんかわたし、もしかして、唯音のこと意識してる?
そう思った途端、体温が上がったみたいな気がして、
何度も指先をこすった。
……なんか、わたし、変だ。へんだ、変だ!
落ち着け!
そう、これは、一般に言う……異性が気になっちゃうお年頃!
そして、わたしは唯音が女の子じゃないという事実に驚いて、
ぱにくっているんだ! つり橋現象(?)なんだ!!
そして、放課後の鐘は鳴った――。
<はつ恋>――それは、蕾芽吹く日常――。