↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/29

協奏曲 “恋情” ~第1楽章 “はつ恋”(2)~

――それは、花開く日常。

「――夏芽(なつめ)。放課後(ほうかご)だが……夏芽?」


机に伏(ふ)せっているわたしの背中に、

小鳥のさえずり<トリュ>みたいな声が降ってくる。


やがて、柔らかな手が、そっと肩に触れた。


「……寝ているのか? 」


わたしはがばっ、と起きる。


「……ねっ……寝てないよ!!」


緊張(きんちょう)してたとは言えない。

寝てるふりをすれば、少しは落ち着くと思ったけど、全然だった。


たちまち心音(しんおん)は行進<マーチ>をはじめる。


「えと……話ってどこでするの?」


「? ぼくの自宅だが?」


「え……!!」

いきなり家?! ハードルが高すぎる!


「いやなら改(あらた)めるが……」


「い、いや、大丈夫! 全然問題ないよ!」


「そうか」


さらり、と短い白金(はくきん)の髪を揺らし、うむ、とうなずく唯音。

うわああ、なんで唯音は、こんなに落ち着いているんだろう。


わたしなんか、超テンパってるのに!


あわあわしながらも、校門までなんとか普通っぽさを装いつつ、

一緒に歩くと、見計(みはか)らったかのように黒ぬりの車がやってきた。


唯音のお家の車だ。もちろん、乗ったことなんてない。


ドキドキする……!

うわああ、唯音パパに遭遇(そうぐう)! とかだったらどうしよう!!


「唯音様。お迎(むか)えに上がりました」


車内から、ピシッとスーツを来た、

バリバリのキャリアウーマン風の美人さんが出てきた。


アシンメトリーにしたショートカットが、

クールビューティーで凛々しい。

切れ長なその紫色の眼が、わずかに細められる。


「……唯音様。そちらは?」


「ぼくの学友(がくゆう)だ。彼女も家まで案内してくれ」


「……なるほど」


(……えっ?)


なぜか含み笑いをされた。


「…では、ご案内いたします。夏芽様」


(……?)


わたし、名前言ったっけ?


「お邪魔します!」


ちょっと縮こまりながら車内に入る。


ワインレッドのソファーは、信じられないほど、ふこふこだ。

車内には、どこかで聞いたことがあるような、

しっとりとしたBGMが流れていた。


授業で習ったような……えーっと、雨、雨がどうとか……?


「夏芽様。学内(がくない)での 唯音様はどうです?」


「……えーっと」


学校での唯音。

小テストで毎回満点で、実技(じつぎ)も完璧。

体育はいつも欠席していて、周囲からは少し浮いていて……。


「優しくて、照れ屋さんで、可愛いです。

 ……すごく、可愛いです!

 でも、どこかさびしそうで、なんだか守ってあげたくなるような……」


「……コホン」

唯音がちいさく咳(せき)をした。


「……あっ、でも、すごく頼りになるんです。

 小テストの前は、問題を出してくれたり、

 わからなかったところを教えてくれたり!

 なんか、先生より先生っぽくて。わかりやすいし、丁寧だし!」


「……こほん」


あっ、ちょっと照れてる。

うっすらと色ずく頬に、思わずきゅんときた。


「……それにすっごく可愛いし!」


「――それはさっきも言っただろう!」


……あ。もっと赤くなった。

沸騰(ふっとう)したやかんみたいになってる…!

だから、そういうところが可愛いんだって!!


「……ぷくっ」


運転席のお姉さんの、ポーカフェイスが崩(くず)れる。


「……結構なお手前(てまえ)で。

 唯音様のそんな姿を、またみれるなんて思いませんでしたわ」


くすくすと笑い出すお姉さんを、唯音は軽くにらむ。


「……あいつは帰って来ないしな」


「……唯音の知り合い?」


「……ああ、いや……まあな」


「?」


なんだか意味深(いみしん)だ。

ひょっとして、唯音のすきなひとだったり……?!


いつものわたしだったら、しつこく聞くけど、

なんとなく言い出せずに、もやもやしてしまった。


緊張のせいもあるけど、落ち着かない。

もぞもぞと足を動かしているうちに、車が止まった。


「到着(とうちゃく)しました。夏芽様もこちらへ」


手を取られ、見上げる。


妖精の城を小さくしたみたいな洋館(ようかん)が姿を表した。


白磁(はくじ)の壁に、スカイブルーの屋根。


薔薇窓(ばらまど)とかもある……。


「すごい……」


見惚(みと)れてしまうわたしに、唯音は言う。


「自慢の家だ。くつろいでいってくれ」


らせん階段を横切り、

アンティークな調度品(ちょうどひん)に見惚れたりながら、

たどり着いたのは、唯音の部屋。


ヴァイオリンをはじめ、たくさんの楽器が壁にかけられている。


書斎(しょさい)にあるみたいな堂々とした机と、椅子(いす)、

それに、書きかけの五線譜(ごせんふ)。


いや、感心(かんしん)してる場合じゃないよね?!



……とうとう、ふたりきりになってしまった。


唯音の部屋。

唯音の匂いのする、この部屋で。


唯音はこほん、と咳(せき)をすると、目を泳がせた。


「その……何か聞いていくか? せっかくだし」


「――え?」


全然聞いていなかった。


「ぼくの本業は……まあ、一応学生ではあるが、

 君も周囲からなんとなく聞いている通り、

 一応プロとしてヴァイオリンと作曲をしている。歌も悪くない。

 ――それと、だが……。

 最近作ったばかりで、未発表な曲がある。それを君に聞いてほしい」


「未発表……え、そんなのわたしが聞いちゃっていいの?!」


それって、超VIP待遇(たいぐう)なんじゃ…


「かまわない。実は、まだ未完成なんだ。

 それを完成させるのに、君の力が欲しい。

 いや……君でなければいけないんだ。なぜなら……」


――コンコン。

扉が鳴る。

重そうな木の扉は、ぎぃ、と音を立てて開いた。



「紅茶です。今日はダージリンをお持ちしました」


「う、うむ。悪いな」


なぜか歯切れの悪い唯音。


「きっと上手くいきます」


くすりと笑んだそのひとは、

さらりとなにか耳うちすると、扉の向こうに消えていった。


「…………」


沈黙(ちんもく)がおりる。


唯音は、はっとしたように顔を上げると、ヴァイオリンを手に取った。


きぃぃいん……!


「?!」


この音は……何?

まるでヴァイオリンじゃないみたいな……。


「……失礼。このヴァイオリンは、少々、特殊(とくしゅ)なんだ。

 演奏者の心の声を模倣(もほう)し……こんな風に、増幅する」


……どく……どく……。

その旋律(せんりつ)は……そう、跳(は)ねる心音(しんおん)。


熱い。熱い。早い。早くて……熱くて。

苦しいのに、どこか甘いパッセージ。


それはやがて飛翔(ひしょう)する鳥のように解放を告げる。


わたしの頬が熱くなる。


“すきだ。好きだ。君がすきだ……”


……まるで、そう告白されているみたいで…。


わたしは、熱い、熱すぎる頬を押さえると、震える声で問いかけた。


「その曲のタイトルは……?」


「協奏曲“恋情”……第4楽章、“熱情”だ」


そっと、ふんわりと告げる唯音の目が優しい。


若葉みたいな瞳が、なにか愛おしいものを愛(め)でるように語りかける。


すげく大人っぽい……とか、魅惑的……とか、

そんな言葉じゃ、全然足りない!


ああ、わたし、唯音がすきだ。すきだ。すきだ。


そんな唯音が、唯音がすきだよ……。


「唯音ぇ……」


「……待て!」


泣きそうになったわたしに、唯音の手のひらが、突き出される。



「……言わせてくれ。ぼくは、君のことが……」


その時、恐ろしい唸(うな)り声が聞こえた。


ゴロゴロゴロ……グヴヴヴラ……。


「えっ、えっ、何?」


ピシャン!

閃光(せんこう)が走り、凄(すさ)まじい音が窓を叩くように訪れる。


「……雨だな」


「雨ぇ?!」


ただの雨がこんな凄い音するかな?!


「……まあ、おかげで本題を忘れずにすんだ」


どこか残念そうな唯音だけど、

さっきとは比べものにならないくらい、冷静な声色(こわいろ)だった。


唯音は、そうして、その言葉を語る。


「……夏芽。ぼくは、女じゃない。だが、男でもない……」


まるで、用意していたように、ひどく落ち着いた声で。


その真実を、わたしに打ち明けた。


「ぼくは……ISなんだ」




「……あい、えす……?」


激しい雨と雷が、襲いかかるように、わたしの声を飲み込んだ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。