第93弾
題名「苦しみの理由・逃れない訳」
胸を締め付けるものの姿を私は知っている。そして、ほどきかたさえも。なのに、苦しくなってもほどこうとは思わない。
時間が過ぎる。それは誰にでも平等なもの。だからこそ、私は流されるままに苦しみから抜け出すすべをも知ってしまった。
どんなに苦痛であれど、すべては自分の心次第。なれば、なぜ悲しもうか。なぜ苦しもうか。なぜ楽しむだろうか。
一編の詩をあむ。その中に心がどんなふうに表れようと他人に理解を求めてはならない。クローンであろうと、ドッペルゲンガーであろうと、その心は‘私’ではないし、その価値観・世界観は‘私’ではないのだから。
共感を求めてみる。胸が締め付けられることの理由に。その確率など何十億分の一で構わないのだから。
泣くことは必要ない。完全なるものも。しかし、いづれも無くてはならないもので、確かに必要とされる時と場所とがあるのだ。
さあ、胸を締め付けるものを虫よりも低く扱おうではないか。本来のなにもない状態にするのだ。それがどんなにか難しくとも。
‘枷’と名付けて存在を許すよりも、ないものとしたほうがよほど楽だ。棘がどれほどあろうとも無視すれば、何のこともない。
しかし、言葉は恐ろしい。気にしないために綴ることをやめても、感情除去のために綴ったとしても、成立しないことがない。




