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第80弾

題名「欲望を斬る‘手’」


振り上げられた剣はただ空を斬った。


「なんだ?」

 つぶやきは己れの耳にしか届かない。争いの中では無力な声でしかなかった。

ズ・・・ズ・・ズッン

地面が動いている。誰も気付かない。

「退却!退却!」

有利に見える戦局で、大声が響いた。傭兵や下級歩兵が叫んだなら、誰一人として従わなかっただろう。しかし、叫んだのは前線に乗り込んで行ってしまった将軍位のその人であったから、味方は疑問が胸にあったとしても、退却したのだ。

敵方てきかたから死者・重傷者を除くすべてのものが逃れた時、敵方の中央部より火の手が上がった。そして、その地面が大きく揺れ人々を飲み込んでしまった・・・かに見えた。幻術であった。と気付いた敵方は態勢を立て直し、攻め込もうと向かってくる。が、しかし二度目の幻術と思われたものが、現実になったことが戦意を喪失させた。

わたしが気付かなければ、私達も巻き込まれていただろうな。」

 苦笑いの声が隣の人物へと、非難の眼差しと共に投げられた。

「貴方が気付かないはずがありません。その為の順位ではありませんか。」

戦場に似合わない裾の長い服の人物は、これまた戦場に似合わないおっとりとした笑みを浮かべて答えた。

「順位では確かに私が上だが、順位はただ年齢を示しているだけではないか。‘力’に順位などついてはいないぞ?」

「おや?年齢での順位だとしたら、トト殿が第一位になるのではありませんか?もしや、順位というものは飾りなのでしょうか。」

「さて。・・・まあ、いずれにせよ、彼らは立ち去ってくれるだろうか。」

「これは戦争です。なにも払わせずに帰すとおっしゃっているのではありませんよね?」

敵方は態勢を整え終わっていて、戦意は弱いままにこちらの出方を待っている。味方も態勢を整えているが、勝利を確信してか、浮かれた空気が広がっていた。この戦場において次の場面に進むため、誰もかれも将軍位の言動を待っていた。

「そうではない。できるならあまり多くの命を絶ちたくはないのだ。彼らにさえ家族がいるのだからな。」

「貴方は・・・仕方ありませんね。――」

鈴音すずのねが響く。声が奏でる楽が敵方に兵士一人一人が古里の今は幻を見せる。それは敵方に涙と戦意をもたらし、雄叫びをあげ駆けて来た。

「―――」

「いずれの場所より持ってきたのですか!」

「そう声を荒げるな。彼らが失った食糧を戻したにすぎない。戦意を煽るよりも速く終わる。」

「甘いですね。『もっと渡せ』と要求してきますよ。」

将軍位は悲しそうな笑みを浮かべ頷いた。

今や敵方の足並みは乱れて歓喜の声と空間が生まれた。彼らの目は武器より離れていき戦場であることを忘れている。将軍位が右手にあった剣を血を拭ってつかに収めてしまったがために、味方の兵士達は戸惑いのままに命令を待っていた。だが、ただ敵方の歓喜を見つめ続ける将軍位に命令を待つことも声をかけることもできず、鎧を外し、武器を置いている。

 「――――」

敵方の兵士達は歓喜に包まれたままでいた。しかし、隊長格以上の人々は駆け出す前の位置にとどまり、兵士達の歓喜に戸惑っている。その耳に鼓音つつみねが響くままに馬のこうべを巡らして戦場の中心へ―歓喜する兵士達の反対側へ―と向かって行った。

「帰り仕度をさせておきます。儀礼剣は必要ですよね?取りに行かせます。他にしておくことはありますか?」

「・・・ナトゥ殿。貴殿が副官の役目をしなくともいい。」

 ナトゥはフワリと笑い、しかし己れの意思を断固として変えようと思わない瞳の輝きが将軍位を見た。

「貴方の‘手’を久々に拝見できると思い興奮しているのです。」

 小さなため息ひとつ。

「ナトゥ殿。すべては終わってからにしよう。・・・行くぞ。」


兵士達に気付かれずに戦争は終わりを告げる。将軍位のその人が振り下ろした剣は欲望だけを斬った。

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