14.でじた民が一人増えた日
交際を始めても、学校での私たちは大きく変わらなかった。
昼休みになれば屋上へ行き、弁当を食べる。教室では目立たないようにする。帰宅すれば、私はでじた るんになる。変わったことが一つある。高瀬くんが、私の配信を見るようになった。最初の配信後、感想を尋ねると、彼は難しい顔で答えた。
「本当に声が違う」
「最初の感想がそれ?」
「あと、学校よりしゃべる」
「配信なので」
「机、叩きすぎじゃない?」
「ゲームが悪いの」
「コメントに清楚って書かれてたけど」
「でじた民は優しいから」
「集団幻覚じゃなくて?」
アンチの舌鋒は、彼氏になっても鋭かった。けれど、彼の鞄に小さなアクリルキーホルダーが付いていた。私のグッズだった。
「それ」
「父さんに持たされた」
「外してもいいよ?」
「……別に、邪魔じゃないから」
頬が少し赤い。私は笑いをこらえた。高瀬家では、父子の配信視聴会が始まっていた。
『でじた民のみんな~!』
モニターの前で、高瀬くんのお父さんが尋ねる。
「高評価は押したか?」
「押した」
「チャンネル登録は?」
「した」
「メンバーシップは?」
「高校生に継続課金を勧めるな」
「グッズは?」
「一個買った」
「観賞用は?」
「それが一個だよ」
「保存用は?」
「いらない」
「予備用は?」
「いらないって!」
そこへ師匠がジャージ姿で現れる。
「何を見ておる?」
「息子の彼女の配信だよ」
「妾の配信は?」
「今日は休みだろう」
「浮気じゃー!」
「君が一番だよ」
「ならばよい♡」
「俺の彼女の配信を見ながらいちゃつくな!」
後日、その話を高瀬くん本人から聞いた私は、腹を抱えて笑った。
「笑い事じゃない」
「でも、ご両親、本当に仲がいいよね」
「それは否定しない」
彼はため息をつき、私の手を取った。屋上には、私たちしかいなかった。
「小野寺さん」
「まだ名字で呼ぶの?」
「……凛」
たった一文字の名前が、配信で何万人から呼ばれるどんな愛称より、胸の奥へ届いた。
「なに、奏多くん」
彼は照れたように目をそらした。
「今度のコラボ、母さんと一緒なんだろ」
「うん」
「見るよ」
「嫌いなのに?」
「君が出るから」
「じゃあ、配信中に可愛い声で奏多くんって呼んであげようか?」
「絶対やめて。身バレするし、ガチ恋勢が泣く」
そこまで理解しているなら、もう立派なでじた民だ。
「分かってる。私たちのことは、裏だけの秘密」
「ああ」
「でも、二人きりのときなら?」
私は少しだけ声を高くした。
「奏多くん、今日もるんのこと、好き~?」
彼の顔が一瞬で赤くなった。
「……好き」
「素直だ」
「母さんじゃないから」
屋上の扉が開いた。忘れ物を届けに来たらしい師匠が、満面の笑みで立っていた。
「息子ちゃん、妾のことも好き~?」
「学校までその声で来るなぁ!」
秋の空に、彼の叫びが響いた。
私は笑った。教室では目立たない私。画面の向こうでは、何万人にも愛される私。そして今は、一人の男の子の隣で笑っている私。
どれか一つが本物なのではない。全部が私だ。もっとも、彼がVtuber嫌いを完全に克服する日は、まだ遠い。原因が今日も元気に、可愛い声で追いかけてくるのだから。




