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過労死寸前だった営業マン、幽霊を味方に成り上がる  作者: ゲンタ
第2章 起業したら人生が変わった

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第42話 もう、手が震えて操作ミスしそうなんですけど……

8時45分が近づいてきた。

心臓のどきどきが激しくなっていた。


(小早川さん、心配してくれたのに——俺、目一杯危ない橋渡ってます)


寄り付き——。

画面が一斉に明滅し、数字が荒れ狂うように動き出す。

日経平均先物——

前日比マイナス950円。


(落ちた——!)


その瞬間、指が硬直した。

胃の奥がきゅっと縮む。


「田中さん、今です。買いましょう」


「ふ、古谷さん、本当に——買うんですね……」


「反発は必ず来ます。怖いなら——目を瞑って、飛び込んでください」


静かで確信に満ちた声音。

それが逆に恐怖を増幅させた。

震える手で注文画面を開く。


【日経225先物ラージ 100枚 買い】

赤いボタンが、まるで警告のように点滅している。


(押していいのか——本当に……。怖い、でもやるしかない)


「い……いきます」


ポンッ。

乾いた約定音が部屋に響いた。


(やってしまった——)


息が止まる。

背中に冷たい汗が流れ落ちた。


「田中さん、言い忘れましたが、私も、負けたこともありますから」


「今、それ、言うか——!」


「ですが。買ったからには、気持ちを大きく持ちましょう。大丈夫です。ここからが——本番です」


(俺は、自分が地獄に落ちる音を聞いてしまった)


***


「先物——なんだか反発しそうな雰囲気ですね」


「田中さん。覚えておいてください。相場はニュースが出る前に動きます。市場の大口投資家は、政府・軍・外交の空気を敏感に読みます。報道される頃には、もう折り返しているものです」


俺は思わず息を飲んだ。

(そんな世界があるのか……)


10時15分。

ニュースが画面を覆う。


『米国政府、R国に対し限定的制裁方針』

『西側諸国、紛争の長期化を否定』

『市場、過度な悲観を織り戻しへ』


市場の空気が、はっきりと反転した。


日経平均先物

──じわっ

──ぐいっ

──ぐぐっ……!


「田中さん、チャートを見てください」


見ると、信じられない角度で上昇が始まっていた。

(き、来た——!)


−950円

−820円

−700円

−530円

−400円

−250円——


そして。

ついに前日比+20円を突破。

評価益:+97,000,000円


「9700万——?」

膝が笑う。

スマホを落としそうになる。


「まだ上に行きます。これは訂正の初動にすぎません」


(初動でこれって——もう、手が震えて操作ミスしそうなんですけど……)


***


日経平均先物

+800円

+850円——。

評価益:+180,000,000円。


(1億8000万——!)

(これまで、会社で味わってきた理不尽なこととか、全部忘れてしまう数字だ)


呼吸が乱れ、胸がバクバクと暴れた。

自分の心臓なのに、コントロールできない。


「田中さん。そろそろ売り抜けの時間です」


「は、はい——」


古谷さんの声が静かに落ちる。

「三段階で利確しましょう。分散は正義です」


震える指で、

30枚、

さらに30枚、

最後に40枚——

順番に決済していく。


決済ボタンを押すたび、数字が跳ねる。

脳の奥でなにかがしびれた。


(終わった——!)

息を吐いた瞬間、肩が落ちるほどの疲労が押し寄せた。


最終利益——

+181,100,000円。


(1億8110万——本当に、この数字は俺の……)

画面の文字が、現実のものとは思えず揺れて見えた。


(小早川さん、この金額どう思うかな——説明が難しすぎる金額だ。でもこれで彼女と新しい人生に踏み出せる)


古谷さんは、落ち着き払った声で言う。

「FXで増やした1億800万円が、日経先物取引で、さらに1億8110万増えましたから——税引き前で、2億8,910万円になりますね」


「に、2億8,910万円——」

口が勝手に開閉するだけで、声にならなかった。


古谷さんは、そんな俺を見てふっと微笑むと、そっと肩に触れてきた。

「合同会社ライトインサイトの最初の決算で納める税金は、おおよそ30%です。ですので——」


ひと呼吸置いてから、静かに告げる。

「田中さんの手元には、約2億円残ります」


胸の奥でなにかが崩れた。

息を飲むどころではない。視界がじわりと滲んだ。


(に、2億、本当に、そんな金額が——)


古谷さんは、淡々と続ける。

「会社員が定年まで働いて得る所得の平均値が、2〜3億円ほどと言われています。田中さんは——今日、一日で、それを手にしたわけです。堅実に暮らすなら——もう働かないという選択肢も、あり得ます」


その言葉に、胸の奥がきゅっと痛んだ。


「いや、それじゃきっと、面白くない人生だと思います。かといって——今回のようなトレードを続けるのは辛そうです。俺は、こんな勝負師の人生には向いていません」


古谷さんは、満足そうに頷いた。

「わかりました。予定どおり企業調査を主軸にする、ということですね」


「はい。そうしたいと思います。全部、古谷さんのおかげです。古谷さんと出会わなければ、俺は——きっと、上司に言われるまま社畜を続けて、そのまま……」


言葉が震えた。

胸の奥がじんじん熱くなっていく。


「本当に——ありがとうございます」

心の底から、言葉があふれた。


古谷さんは、少しだけ優しい声で答えた。

「田中さん。判断したのも、足を動かしたのも、決めたのも——すべて田中さんですよ。私は、ただ、背中をそっと押しただけです」


その一言が決定的だった。

涙がこぼれそうで、視界を上に向けるしかできなかった。


もうお昼の時間だな。

窓から差し込む光が、やけにまぶしい。

さっきまで潤んでいた目に、その光が染みる。


俺はふと、これまでのことを思い返していた。

真面目なだけで、なにも変えられなかった俺。

黙って言われるままに、すり減っていくだけだった俺。


そんな俺の前に、あの日、幽霊が現れなかったら。

(きっと今頃も、あの会社で、なにも変わらないまま、働き続けていたんだろうな)


そう思うと、胸の奥が、じんと熱くなった。

「古谷さん」


「なんですか」


「本当に——ありがとうございました。何度言っても、言い足りないくらいです」


古谷さんは、少し照れくさそうに笑った。

「もう十分、聞きましたよ。それより、これからのほうが大事ですよ」


「そうですね」

(俺はこれから、企業調査会社の代表として——新しい人生を始める)


胸の奥に宿った光が、ゆっくりと大きくなっていった。


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