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過労死寸前だった営業マン、幽霊を味方に成り上がる  作者: ゲンタ
第1章 ミナト精密パーツ 営業マン

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第10話 有給って、権利だったんですか?

「では、明日、天才の住むマンションに行きましょう。私は、リンク能力を使って、あなたと感覚を繋ぎます。でも、どの距離までリンク可能なのかわかりません。ですから、田中さんは近くの喫茶店とか、公園とかにいてもらわないといけません」


「わかりました」


「善は急げです。リンクを少し試してみましょうか」


「え、今からですか」


「善は急げ、です」


「わかりました。やってみます」


俺は古谷さんを見ているはずなのに、俺が見ているのは自分だった。

(なるほど——こうなるわけね……)

自分の目で見ているのに、自分のものじゃない感覚——不思議で、少し気持ち悪い。


「なんか、どんどん決まっていきますね。俺の考える時間はなしですか」


古谷さんは、まったく動じない。

「考えれば悩みます。決断したら悩まない。成功するための鉄則です。そして、明日は、有給休暇をとりましょう」


「有給休暇——実は、一度も取ったことがないんです」


「え」


「入社してから一度も——取り方すら、正直わかりません」


古谷さんが、一瞬、言葉を失った。


「田中さん。そこから、ですか」


「すみません。そこから、なんです」


少し休憩を挟んで、練習が始まった。


「わかりました。まずは、有給の取り方から練習しましょう」


「すぐにですか」


「善は急げ、です」


「えぇ——と、会社に電話をかければいいんですよね」


「その電話が、田中さんにとっては、一番の難関のはずです。では、私が荒木課長役をやります。電話をかけたつもりで、話してみてください」


古谷さんが、咳払いを一つして、声色を変えた。

「はい——荒木です」


「あ……えっと、田中です。今日、有給をいただきたくて——」


「理由は?」


「ちょっと待ってください。理由って、いるんですか。有給に……」


「田中さん。本番でも、絶対にそう聞かれます。理由を用意していないと、その場で押し切られますよ」


「そ、そう、ですよね……」


「では、もう一度」


「はい——荒木です」


「田中です。本日、私用がありまして、有給をいただきたいのですが」


「私用ってなんだよ」


「ええっと——身内に不幸が……」


「田中さん。『身内に不幸』は、あとで辻褄が合わなくなるので危険です。もっと当たり障りのない理由にしましょう」


「じゃあ、なんて言えば……」


「『私用で……』だけで十分です。理由まで詳しく話す義務はありません。それは、あなたの権利なのですから」


「権利? 有給って、権利だったんですか?」


「『風邪を引いてます』はダメなんですか」


「体調不良でもいいです。言いやすいでしょうから、それでいきましょう」


古谷さんが、満足げに頷いた。

「田中さん。あとは、それを本番で言えるかどうかです」


「そうなんですよ。あの荒木課長に言えるかどうか……」


「小早川さんを助けるために、『資料でしたら私が確認します!』と言い切ったじゃないですか、思い出してください」


「あのときは、必死でしたから」


「大丈夫です。田中さん、必死にやりましょう」


***


練習を終えて布団に入っても、眠気は訪れなかった。

耳の奥で、いくつもの声が重なっていた。


『目を瞑って飛び込みます』と啖呵を切った、自分の声。

『人生を変えない理由ばかり探すのは、もうやめましょう』と背中を押してくれた、古谷さんの声。


そして——その隙間から顔を出す、『引き返すのは、今のうちだぞ』と囁く、臆病な自分の声。


「田中さん」


「え、古谷さん、まだ起きてるんですか」


「起きるもなにも、幽霊は眠りませんから。いつでも話し相手ができますよ。便利でしょ」


「今日はいろいろアドバイスありがとうございました」


「世話好きなものですから……」


「世話好き幽霊なんて、最高ですよ」


「そう言っていただくとうれしいです。生きていたかいがあると……いや、死んでましたね」


そう言って、ふっと笑った気配がした。

思わず天井を見上げる。

そこにはもう姿はないけれど、気配はしっかりと残っている。


(幽霊と一緒に、株の世界に乗り出すなんて——大丈夫か俺……)


しかしなんだか、少しだけワクワクしている自分がいた。

搾取されるだけだと思っていた日々に、初めて、違う扉が見えた気がする。


——もしこの計画がうまくいったら。

俺の人生は、もう少し自由になれるのかな。

自分で、自分の人生の経営者になれるのかな。


(自分の人生の経営者を、他人に委ねてどうする)

(あんな荒木みたいなやつなんかに——)


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