プロローグ
真面目に働いているのに、なぜか損をする。
そう感じたことは、ないだろうか。
頼まれたら断れない。理不尽でも、我慢してしまう。声を上げれば、次に切られるのは自分かもしれない——そんな不安に、心当たりはないだろうか。
これは、そんな断れない男が、一人の幽霊と出会い、少しずつ変わっていく物語である。
「重要なのは――戦わないことです」
会議室の空気が、静かに張り詰めた。
長いテーブルを囲むのは、法務、財務、IR、経営企画――各部門の幹部たち。
一目でわかる。ここに、生半可な人間は一人もいない。
その視線の先に、俺は立っていた。
「正面から、殴り合いません。相手に、『面倒くさい』と思わせればいいんです」
半年前の俺なら、絶対にこの場に立てなかった。
「田中くん、これも頼むよ」
そう言われるたび、断れなかった。
抗えなかった。
気づけば、誰かの尻拭いばかりが仕事になっていた。
でも今は違う。
隣には、誰にも見えない“参謀”がいる。
過労死してなお、この世に留まり続けている、真面目すぎる幽霊。
「ご指摘の通り、短期的な防衛策として説明すると、反発が出ます」
耳元で、古谷さんの声が低く響く。
俺はその言葉を噛み砕き、自分の言葉にして返した。
「ですので――これは、防衛ではなく。中長期の企業価値向上策として設計しています」
会議室が、ふっと静まる。
「……なるほど。理屈は通っているな」
誰かが、ぽつりと漏らした。
断れなかった男が、会社を守る側に立っている。
——半年前の俺は、想像すらしなかった景色だ。
投資で得た金も、立ち上げた会社も、任された役職も。
すべては、あの日、一人の幽霊と出会わなければ、存在しなかった。
これは、その男が「NO」と言えるようになるまでの物語だ。
そして——真面目に生きた人間が、最後に勝つための物語。




