第4話:少しだけ当たる
「もう一回や」
黒田の声。
短い。
構える。
ボールを見る。
さっきの感触、思い出す。
——置く。
言われた通りにやる。
振るんじゃなくて、
置く。
よく分からんまま、振る。
——カスッ。
当たる。
ちょっとだけ。
前に転がる。
「……お」
さっきよりはマシ。
「今のや」
黒田が言う。
「これでええんですか?」
「それ続けろ」
それだけ。
説明はない。
でも、
さっきより当たってる。
それだけで、ちょっと嬉しい。
もう一回。
構える。
呼吸、少しだけ整える。
振る。
——カンッ。
音が変わる。
ボールが浮く。
少しだけやけど、
ちゃんと飛ぶ。
「……おお」
思わず声が出る。
「それや」
黒田が言う。
それだけやのに、
なんか、嬉しい。
もう一回やる。
当たる。
また当たる。
全部じゃないけど、
さっきより全然マシ。
「……なんやこれ」
笑けてくる。
単純や。
でも、
ちゃんと当たると、ちょっと楽しい。
気づいたら、球が減ってる。
「もう終わりか」
思ったより早い。
時計を見る。
結構時間経ってる。
「……」
もう一回やろうか、迷う。
でも——
「まあ、今日はええか」
クラブを戻す。
それ以上やる理由もない。
……ある気もするけど。
考えんようにする。
受付。
「どうでした?」
さくらが笑顔で聞いてくる。
「むずいっすね」
「ですよね」
「でも、ちょっとだけ当たりました」
「いいじゃないですか」
あっさり言う。
「そんなもんですか?」
「最初は当たるだけで十分ですよ」
「……まあ、そうか」
頷く。
なんか、否定されへん。
「また来ます?」
軽く聞かれる。
「……そのうち」
いつもの返し。
さくらが少しだけ笑う。
「“そのうち”って言う人、あんまり来ないですよ」
「やめてや、そのデータ」
「経験則です」
どっかで聞いたやつや。
「怖いなあ」
笑って返す。
でも、
ちょっとだけ、引っかかる。
外に出る。
夜の空気。
さっきより軽い。
体じゃなくて、
なんか、気分が。
「……」
手を軽く振る。
さっきの動き。
——カンッ。
あの音、思い出す。
「……」
もう一回、やりたくなる。
でも——
「まあ、ええか」
口に出す。
いつも通り。
それで終わるはずやのに、
終わらん。
足が少しだけ止まる。
振り返る。
練習場のライトが見える。
「……」
数秒だけ見て、
そのまま歩き出す。
帰る方向。
でも、
頭の中には残ってる。
さっきの音と、
黒田の一言。
——それ続けろ
「……」
ポケットに手を入れる。
スマホに触れる。
取り出す。
画面を開く。
昨日の検索履歴が出る。
——ゴルフ 初心者
少しだけ見て、
閉じる。
「……またでええか」
そう言って、歩く。
でも、
さっきより、
その“また”が、ちょっとだけ近い気がした。




