第1話 残る予感
(……あの男は、怖い。)
遠く離れていても、それだけはわかる。
(見ていることしかできなかった。
壊れていく、その姿を。)
空は雲に覆われ、世界は闇に沈んでいた。
(……ごめんなさい、お姉様。
あの男を、止められない。だから、私は――)
目が覚めた。
見たことのない夢だった。
胸の奥に、嫌な予感だけが残っている。
まだ、心臓の鼓動が早い。
(……今のは、何……?)
夢のはずなのに、妙に現実味があった。
昨日の幸せな気持ちを、上回るほどに。
馬車の外は、本格的な春の陽気だった。
(シアが、私のわけないよね。)
昨日は気が動転していた。
けれど、冷静になるとわかってしまう。
(……殿下。)
昨日のアルベルト。
彼の心にいる“誰か”が、羨ましいと思った。
「……シンシア、何かあったの?」
「なんでもないわ、お姉様。」
「アルベルト王太子殿下?」
シンシアは、はっと目を見開いた。
「……お姉様……」
「……シンシア。好きって、時に残酷よね。」
リリアナは静かに続ける。
「必ずしも叶うとは限らない。
それでも――あなたは、諦めるの?」
まっすぐな視線。
「……私、諦められないよ。」
シンシアの瞳から、涙がこぼれた。
「シンシア、強くなるのよ。
あの方の隣に立ちたいのなら。」
リリアナは、そっとシンシアを抱きしめる。
学院に着くまで、二人は何も言わなかった。
ただ、静かに抱きしめ合っていた。




