和解
学園祭も終わり、4年生が卒業式を迎えるとすぐに冬季休暇が始まった。
休暇に入ってすぐにロゼッタとアレック様の婚約披露パーティーに参加した。アレック様は長年の片想いを叶えてとても幸せそうだった。
そして、私も正式にジークフリート様からの婚約の申し入れが来て正式な婚約に向けての準備を進めている。
だけどあの日以来、ジークフリート様とまともに会話をしていないし顔も合わせていない。文通も途切れてしまった。
ヘルヴァディス公爵家はヘンリエッタ様が期間限定の王宮生活を始めたばかりで、冬季休暇に入るまではその準備で色々と忙しかっただろうから、文通が途切れてしまうのは仕方がない。
一旦考えるのをやめようと思って、机に向かった。冬季休暇の課題は山程出されている。なるべく早く終わらせたくてすぐに取りかかった。
それから、問いを3問も解き終わらない頃に青い光を放つ紙飛行機が部屋へ飛んできて私の机に着くと封筒に変わった。
この紋章に、この字体。名前を見ずとも分かる。
「ジークフリート様?」
封を開けると、三日後にヘルヴァディス公爵家へ来るようにと書かれてあった。久しぶりに届いた手紙だというのに、その一文しかないのかと思っていると、下の方にもう一文添えてあった。
『最近はさらに冷え込んできたから暖かい格好で来るように』
これじゃまるで、婚約者というよりも親子みたいではないか。
だけど、その気遣いがジークフリート様らしくて嬉しくなった。
了承とジークフリート様の体調を心配する内容の返事を書いて送り返した。
三日後、ヘルヴァディス公爵家へ行くといつもの応接間へと案内された。
恐る恐る扉を開くと、ジークフリート様が座っていて、その向かい側にエドガーと見知らぬ男性が座っていた。男性は青緑の髪に金の瞳をしていて、どこか懐かしい気持ちになった。
だけど、まだ、決まったわけじゃない。勘違いかもしれない。
動揺する心を落ち着かせるように深呼吸すると、ジークフリート様に隣に座るように促されて席に着いた。
これはこれで気持ちが落ち着かないのだけど。
向かい側に座る男性に視線を向けると、今にも泣きそうな顔をしていた。
ああ、きっと、エドガーの推測は正しかったんだ。
誰も言葉を発することのできない張り詰めた空気を破ったのは意外にもジークフリート様だった。
「気持ちの整理に時間がかかるなら、別日に時間を設けようか?」
「お気遣いありがとうございます。少し落ち着いたのでもう大丈夫です」
「そうか」
ジークフリート様はそれ以上は何も言わない。だけど、心配してくれる気持ちが嬉しくて体に入っていた無駄な力が少し抜けた気がする。
向かいに座る男性の顔を見て、昔の記憶が遡ってきた。本当に、古い私の中で一番昔の記憶だと思う。
街に住んでいた頃、家で父が私の誕生日に特別な料理を振る舞ってくれたときのこと。私は料理なんてどうでも良くて、忙しい父が1日中家にいてくれることが嬉しくて舞い上がっていたのだと思う。だから、皿を運んでいた父にも関係なく飛びついた。
父は体勢を崩したけれど、私を庇ってくれて私には傷一つつかなかった。その代わり、父の首の後ろには割れた皿で付いた傷が残ってしまった。
ずっと忘れていたのに、何故か急に思い出した。
「あの、こちらへ来て後ろを向いてくれませんか?」
そう訊ねると、男性は席を立ち上がって私の方へ来ると背を向けた。彼の首に視線を向けると、古傷が残っている。
それに気付いた瞬間、涙が溢れ出した。本当なら、嬉しいはずなのに、喜ぶところなのに、この涙は悔しさと悲しさで流れている。私も席から立ち上がって男性の顔を睨んだ。
「どうして、どうして私とお母さんを置いていったの!生きていたのなら、迎えに来てくれたら良かったのに。そしたら、私一人でお母さんを看取ることもなかったのに!お母さんは、ずっと貴方のことを愛していたのに」
男性は涙を堪えて謝罪の言葉を何度も繰り返している。言い訳をしてくれたら怒りをぶつけられるのに、この人は全く言い訳をしない。全部彼が悪いわけではないはずなのに、何度も何度も謝罪の言葉を口にしている。
もしかしたら、彼自身、後悔しているのかもしれない。
「ステラ。俺が口出しするのも変だけどさ、レオおじさん、きっと自分からは言わないと思うから。……おじさん、3年前まで記憶喪失だったらしい」
エドガーの言葉に頭が真っ白になった。記憶喪失だったって。それが本当なら戻ってこれないのも仕方がないかもしれない。疑り深く男性の顔を見上げると、男性は後悔や罪悪感に満ちた表情をしていた。
「3年前、記憶を取り戻して10年ぶりに街へ戻ったんだ。王都の市民街の料理店で働いていたけれど、その店も辞めて街へ戻るつもりだったんだ。だけど、久しぶりに我が家へ帰ってもセリーナもステラもいなかった。だから、大衆食堂の主人と女将さんに二人の居場所を訊いたらセリーナは病で亡くなったっていうし、ステラは親戚に引き取られてもう街にはいないと言われた」
男性が重い声でそう言うと目を伏せた。
「エリセント侯爵家に引き取られたのだろうと思ってすぐに王都へ来てエリセント侯爵家にも行ったんだ。だが、その時の俺は服装もボロボロで侯爵家に入れてもらえるような格好ではなかった。とりあえず働き先を見つけようと思っていたところに、昔の仕事仲間に会って成り行きで宮廷料理人の試験を受けることになって……」
見事受かって今に至るそうだ。王宮で働けばパーティーなどで私に会うことがあるかもしれないと考えたそうでパーティーがある度に時間を作って料理を会場を覗いていたそうだけど、人が多すぎて一度も見つけられなかったそうだ。
「だから、エドガーに声をかけられたときは驚いたよ」
〜〜〜〜〜
王太子殿下の婚約者が、学園の冬季休暇の間王宮で過ごすとことになったらしく、王宮内は忙しなくなった。そして、その婚約者の専属料理人も一緒に来ていて挨拶をすることになった。
挨拶を終えると青年は、真っ直ぐに俺の方を見ていた。どこかで会ったことがあるのかと思ったが、こんな若い男と一緒に働いたことはなかったから気のせいだと思っていた。
だが、夜に部屋に戻ろうとしたところを引き留められた。訊きたいことがある言われて、てっきり料理についての質問だと思っていたが違った。
「レオおじさんだよな?ステラの父さんの。俺は、大衆食堂の息子でステラと幼馴染みのエドガーだ。覚えてるか?」
俺の名前を当てたし、ステラのことを知っている風なことを言われてとても驚いた。でも、同時に大衆食堂の息子とステラが親しかったのは覚えていたからエドガーの言っていることを信じることにした。
「これ、おじさんが生きている可能性を信じておばさんが亡くなる直前に俺に託した。俺が料理人になって、おじさんにもし会ったら渡してほしいって」
エドガーから手紙を受け取って宛名の文字を見た。
とても整った彼女らしい文字で書かれていた。それにしても、手紙にしては随分と分厚い気がする。少なくとも2枚、3枚の厚さではない。
使用人が使う寮にある自室に戻ってすぐに封筒を開いた。ペーパーナイフなんてものはないから、破れないようにそうっと丁寧に開いた。
『愛しのレオへ
貴方がいなくなってもう9年が経ちました。
あの日、仕事に行く貴方を見送ったことを毎日後悔しています。引き留めていれば貴方は今も隣にいてくれていたのかなと考えてしまいます。
それでも、わたくしはレオが生きていることを今でも信じています。
この街では貴方は既に命が尽きたと思われて墓まで建てられているので、周りにレオは生きていると言ってしまうと心配されるでしょうし、確証があるわけではないですからステラにも言えていません。
それでもわたくしはいつか貴方が帰ってくることをは信じています。
でも、運は味方をしてくれませんね。
わたくしはお母様と同じ病を患っていたそうです。
魔力を持つ貴族特有の病なので街のお医者様では治せないでしょう。
お父様に頼ろうかと思いましたが、貴族社会でもこの病の薬はまだないはずです。
もうこの体は半年も持たないでしょう。
最後に願いが叶うのなら、この言葉を貴方に贈りたい。
わたくしにとって人生で一番の幸せはレオに、そしてステラという宝物に会えたことです。
きっと貴方もそう言ってくれるでしょう。
レオ、愛してる
どうかこの手紙が貴方に届くことを祈ります
貴方を一番愛するセリーナ』
セリーナは俺が帰ることを信じてくれていたんだ。
俺はどうして記憶を失ってしまっていたのだろうか。もっと早く記憶が戻っていれば、セリーナの最期を見届けられただろう。実は寂しがり屋のセリーナに寂しい思いをさせずに済んだだろう、と何度も後悔が波のように押し寄せてくる。
もしかしたらセリーナも同じ気持ちだったのかもしれない。手紙には所々滲んだ文字がある。泣かせてしまったんだ。
汚れてしまわないように読み終わってすぐに便箋を閉じた。
いや、セリーナが居なくなった事実を受け入れたくないだけなのかもしれない。もしくは、セリーナに何もしてやれなかった自分が情けなくなるからかもしれない。
封筒に入れようとすると、まだ他に紙が入っていることに気が付いた。
その紙にはステラが昔描いたのであろう俺とセリーナとステラの3人の似顔絵や、セリーナが描いたステラの素描が入っていた。そういえば、毎年ステラが誕生日を迎える度にセリーナが描いていたなと思い出しながら素描を1枚1枚見ていく。
我が子ながら可愛いなと思う半面、きっともう俺のことは覚えていなんだろうなと寂しくなった。
だから、エドガーがステラに会わせてくれると言ったとき本当に嬉しかった。
〜〜〜〜〜
「ステラ、ごめんな。二人のことを忘れてて。すぐに二人の元へ帰れなくて。ステラ一人にセリーナを看取らせて。俺は父親失かく、」
「そんなこと言わないで!」
父の言葉を遮るように叫ぶと、父もジークフリート様もエドガーも驚いた顔をした。
だけど、私は構わずに続けた。
「貴方が父親失格かどうか決めるのは他の誰でもない私だから。それと、貴方が大変な目に遭っていたことを何も知らなかったのに、責めてしまってごめんなさい」
深々と頭を下げると、父は慌てて顔を上げるように促した。むしろ自分の方が謝るべきだと言って再度私に謝ってきた。
「もう謝らないで。私は恨んでなんかないよ。……私たちのことを、思い出してくれてありがとう、お父さん」
そう微笑むと、父はその場で泣き崩れた。それに釣られるように私も涙が込み上げてくる。
父の向かいにしゃがんでそのまま幼い子が親に甘えるみたいに抱きしめてと腕を広げた。父はそれに気付くと力強く抱きしめてくれた。
「もう、絶対に忘れないからな」
「うん」
「元気に育ってくれてありがとう。愛してるぞ、ステラ」
仕事に行く前に父は、私と母をそれぞれ抱きしめて愛してると告げて仕事に向かっていた。きっと、火事に遭った日も同じようにしていたのだろう。その日の記憶があるわけじゃないのに涙がどうしても止まらない。心の奥底にはその日のことがまだ残っていたのかもしれない。
父が嫌ではなさそうなので、エリセント侯爵家で料理人として働けないかお祖父様やお母様に聞いてみることにした。とりあえず今日は王宮の寮へ戻ると言って、エドガーと一緒に帰ってしまった。
「ジークフリート様、父と話す機会を作ってくださり、ありがとうございました」
「ああ」
父との問題が解決したけれど、ジークフリート様に想いを告げてから気まずい問題はまだ解決されていない。
さっきまでは平気だったのに、今は沈黙が落ちると気まずい空気が流れる。
ジークフリート様のことは好きだけど、今はとにかくこの場から逃げ去りたい。
「わたくしも、そろそろお暇いたします」
「待て」
ジークフリート様の顔を見上げると、真っ直ぐに私の方を見ていた。
「話がある」
場所を温室へ移して、ジークフリート様の側近がお茶とブランケットを用意してくれた。今日は冷えるから温室だけど念のためにとジークフリート様が気を配ってくれたらしい。
ふわりと花の香りを感じながらお茶を飲む。さっきまでは気まずさが勝っていたけれど、今は緊張が大きく上回っていて心臓がうるさい。
表情に出てしまってはいないだろうか。心配になりながらジークフリート様の顔色を窺う。
ふう、と息を吐いてジークフリート様は私を見つめた。
「学園祭の時のことだが」
「はい」
「驚いた。まさか、ステラが私に恋心を抱いていたなどと考えたことはなかったから」
確かに、あんなに驚いた顔をしたジークフリート様を見たのはあの日が初めてだった。いつも表情があまり変わらないジークフリート様が動揺している様子を見れて嬉しかった。
「だから、ステラの気持ちを知って今まで通りの接し方でいいのかどうか分からなくて少し距離を取ってしまって申し訳ない」
「謝らないでください。わたくしも連絡を絶っていたのでお互い様です」
私の言葉に少し安堵したようなため息を吐くと、ジークフリート様は改めて私の目を見つめた。
「正直、ステラのことは妹同然のように思っていた。だが、ステラの想いを知った時、戸惑ったが嬉しかった。ありがとう」
相変わらず無表情かと思いきや、ほんの少しだけ頬が赤くなっているような気がする。気のせいかもしれないけれど、お世辞とかじゃなくて本当に嬉しいと思ってくれているような気がして安心した。
「ジークフリート様は、私の想いを知っても尚婚約者として受け入れてくださるということですか?」
「当たり前だろう。そもそも、婚約者候補にステラを推したのは私だ。少なくとも、私から婚約話を白紙にすることは絶対にない」
一方的な想いは迷惑になる。だから、私の気持ちを知ってしまったら婚約話を無くしたくなるのではないかと少し心配していたけれど杞憂だったらしい。
馬車が到着したらしく、そろそろ帰ることにした。
温室を出ると、ちらちらと白い綿雪が降ってきていた。それにしても今年は初雪が早い気がする。
空を見上げてはぁと息を吐くと白くなって消えていった。温室が暖かかったせいで、余計に寒く感じてしまう。
寒いなあと思っていると不意にコートが掛けられた。
「これではジークフリート様が寒いでしょう。わたくしは馬車にケープがある筈なのでお気持ちだけ受け取っておきます」
「私は寒さに強いから平気だ。ケープ1枚だと寒いだろうからそれも羽織っておけ」
これも、妹扱いなのかな。それとも、婚約者に対する気遣いだろうか。分からないけれど、どっちでもいいや。今はジークフリート様の親切心が嬉しいから素直に甘えることにしよう。
「ありがとうございます。また後日返却に伺いますね」
「いや、明日の仕事終わりに私からそちらへ伺う。その時に返してくれれば問題ない」
「承知いたしました。では、ありがたくお借りします」
明日の仕事終わりに来るってどうして?何かお祖父様たちに話すことでもあるのかな。
馬車まで送ってもらって寒いからとすぐに乗り込むように促されて馬車の中から挨拶をした。
「ジークフリート様」
「ああ、どうした」
「前は言い逃げみたいになってしまったので、改めて言わせてください。ジークフリート様、大好きです」
そう微笑むと、今度は勘違いではなく確実にジークフリート様の顔は赤くなっていた。私の告白に照れてくれているんだ。嬉しくなって笑顔で手を振ると馬車の扉が閉められた。
エリセント侯爵家に向かう途中、オズウィンに顔がにやけていると指摘されてしまった。
「ジークフリート様、少しは意識してくれているはずよね」
「ええ、きっと」
オズウィンにもそう見えていたのなら良かった。
ジークフリート様のコートの襟をキュッと摘んで寄せる。顔に熱が上るのが分かる。
コートなんてなくても寒くないんだけどなあ。




