窃盗事件の顛末と今後の方針 -3-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「伽里奈君て、今後どうするの?」
報告会が終わって外に出たところで、藤井が話しかけてきた。
あの襲撃の日に言われたので、伽里奈が横浜大の卒業資格を持っていることと、魔術師の登録がある事は解っている。
それだけの人物だと知られてしまった以上、これまでのような生活は出来無いだろうという事を心配しての話だ。
「海外留学の子が来るって知ってる?」
「話題にはなってるわよ。イギリスのホールストン家の子が来るって」
「来る日はまだ決まってないけどね、ボクが面倒を見ることになるから魔法術科に編入するの」
「え、新城大佐が相手をするんじゃなかったの?」
「霞沙羅さんは大学の人だし、そもそも週に一回しか来ないでしょ? その子、シャーロットは大学への飛び級が決まってるけど今はまだ高校一年だから」
「それで伽里奈アーシアが相手をするっていうの?」
「あのー、ボク、軍で教官やってるから」
「嘘でしょ?」
軍で教官とか、いくら何でも本職すぎると一ノ瀬は驚いた。あの霞沙羅の生活の面倒を見ているからと言って、そんなのが高校にいるとかさすがに考えもつかない。
「友達なんだけど、E組の生徒の練習に付き合ってるの、見てない? 友達に付き合ってレーンで指導してるんだけど?」
「E組の子は伽里奈君が魔法使えるの知ってるの?」
「魔力適正が無いってことにして、魔術は解ってるっていうのは知ってるよ。兵隊さんの指導してるって言うのは誰も知らないけど」
魔術師ではないけれど、魔術には詳しいという人はいる。そういう人は魔装具や魔工具の製造技術者にはなることが出来るから、これまでの伽里奈のような、普通科なのに魔術に明るい人間が学年に数名いたりはする。
さすがに同級生に指導できるようなのはいないけれど。
「BからEで、E組だけちょっと成績が良いのって伽里奈君のせい?」
「早藤と中瀬と、あと数名くらいだけだよ、付き合いがあるの。クラス全体の成績がいいかどうかまでは気にしてないけど」
E組の成績がちょっと良いとか、なんとなく聞いたことがあるけれ、クラス毎の成績差なんて普通はあるものだと思っていた。
面倒を見ている生徒分の平均点がいいのか、それともそこから他の生徒に伝播しているのかは解らない。
「もー、鐘なんて変なもの持って来るから、ボクの立ち位置おかしくなっちゃったじゃん。ごめんね、藤井さん。ボクは軍関係で色々あるんだ」
軍関係と言われると、これ以上突っ込んだ話は出来無くなってしまう。あの霞沙羅が絡んでいる人間なのだから、あまり深く踏み込まない方がいい、とならざるを得ない。
「か、伽里奈アーシアが魔法術科に来たらどうするのよ、デザート」
「デザートって、ここでもそういう話? いちおう料理の授業は続けさせてもらうつもりだよ」
「あんたねー」
「デザートは大事でしょ? 今後は毎回出るのよ」
「伽里奈君を何だと思ってるのよ」
急に話が変わって、相方の藤井も呆れている。
「あはは、一ノ瀬さんてA組トップでプライドが高いのかなって思ってたけど、何か思ってたのと違うねー」
「確かにプライドは高いけど、漫画とかアニメに出てくるような、ツンツンした子とはちょっと違うのよ。実家が寺院だからかしらね」
魔術師養成学校にいるけれど、聖職者見習いでもある。寺院で奉っている神に仕える使徒だから、ある程度の精神的な抑制が働いているのかもしれない。
「デザートねえ。なんか授業のテーマになっちゃったけど」
最初は、予算も余ったしなんか面白そう、というノリだったけれど、好評すぎて授業を取っている生徒全員の課題になってしまった。
「それって、あんたがやってる下宿でも作ってるの?」
「そうだよ。住民のおやつにね、毎日じゃないけど、時間がある時にね」
「羨ましいー、私のデザート」
「藤井さんは作らないの?」
「たまにね。あの、新城大佐が側にいるなら私達が何してるのか知ってるでしょ?」
「寺院で、魔術関連の事件で警察に協力してるんだっけ?」
「そうそう。それで学校から帰っても鍛錬とかあって、あんまり時間が無いのよ」
「そうなんだ。何かそんなにボクのデザートを食べたいなら、たまに持っていこうかと思ったけど、忙しそうだねー」
真面目に家業をやっているというのなら、勝手に割り込んでいって何か邪魔をするのも悪そうだ。
「手稲の駅から歩いて10分よ。ネットのマップにも表示されてるから、私のデザート持ってきてよ」
「あんたねー。でも伽里奈君が何を作ってるのかは気になるかも」
「まあ、機会があったらね。ところで何の話してたっけ?」
「とりあえず、魔法術科に来る事が正式に決まったら話してよ。学年トップの私のプライドがー」
「A組じゃないって話だよ。シャーロットは標準的な教育のレポートをあげたいみたいだから」
「そういうわけじゃ無いのよ」
単純に自分の上に2人来るという心構えというか、気持ちの問題だ。
「あの、おなじ魔法術科になるなら、ちょっとお願いしていいかなー。A組の子って他に知り合いいないから」
霞沙羅からの依頼でもあり、シャーロットへの橋渡しにもなるかもしれない。この二人は伽里奈に妙な反感を持っていないので、頼むなら最適だ。
「学校予算に関わる問題なんだけど」
* * *
3人は近くの空いていた部屋に入って話を続けた。
「霞沙羅さんの悪巧みなんだけど」
小樽と横浜と神戸の3校ある魔術師育成用大学、及び付属校も税金を使って運営をしているのだけれど、当然国家から出せる予算が設定されて、その中で3校をやりくりしている。
「横浜校が最高学府なので一番多くの予算が使われているのは解ってるよね?」
その為、小樽校と横浜校に設定される予算に差がある。
「普通科は何も気にしてないんだけど、魔法術科だと一番解りやすいのは、練習場所が足りてないでしょ?」
「レーンの話ね。横浜校は多いって聞くわよ」
A組であろうと生徒の扱いは平等で、放課後に予約を取るのは最悪抽選になる。
月イチ演習等で使っている、通称「打ちっぱなし」と言われる演習所は他校にはあり得ないほど広大な敷地で羨ましがられるけれど、単に土地単価の安い原野を切り開いた空き地であり、冬場にも使われるけれど小樽の環境から短時間に限られて、「打ちっぱなし」として思いっきりは使えなくなる。
後は建物。観光地としてレトロな部分をウリにしている小樽にあって、この学校の建物はいい意味でレトロな、情緒ある姿をしている。しかし悪い意味では設備が古い。
「横浜校から予算を奪おうって」
実際、霞沙羅が小樽に来て、人気も上がってきたので、以前よりは予算は増えた。でも足りない。
「まずは今の予算で出来ることをしなきゃならないんだけど、まずは何がダメなのか、出来る出来ないかはともかくとして、学生のワガママが聞きたいの」
「よ、横浜校からお金奪うの?」
横浜校は、今では首都というブランドもあるし、日本で一番最初に出来た魔術師育成学校という歴史、設立当時から日本における魔術師の元締め、吉祥院家が深く関わっており、絶対的な人気がある。そして歴代の吉祥院一族だけでなく、霞沙羅のような有名で優秀な人材を数多く排出している。
場所がいい、設備もいい、教員もいい、教育レベルも高い、と小樽校とは差が大きい。だから生徒数も多い。
「横浜校には飛び級するような子がいるけど、それ以外はそこまで差があるようには見えないんだ。それがなんか嫌でね」
「新城大佐が言い出しているのね?」
「今はボクと霞沙羅さんだけの話だよ」
軍の方では、霞沙羅と伽里奈のコンビが隊員達の教育分野で評判になっているので、北海道の方の予算も通りやすくなってきた。
それを学校でもやって、予算編成への発言力を高めようという計画だ。
「私達もちょっと悔しいし」
「ボクも授業に口出ししてみるからね。A組の子とは面識ないし、いきなりこんな事聞いても教えてくれないから、一ノ瀬さんと藤井さんも不満とかあったら教えてね」
* * *
霞沙羅は本業優先で報告会には出席していなかったから、レポートはメールで送られている。
「自分の研究室で見るから説明はいいぜ」
駐屯地から帰ってきて、霞沙羅はもう一杯やっている。スナック菓子を肴に缶ビールを飲んでいた。
「なあ、幻想獣と戦う前に変な女がいただろ」
「部外者とか言ってた、背の高い人ですね。いましたねー。あの人誰なんです?」
茶髪の髪をアップにした、メガネをかけた結構綺麗な人だった。事務服の上に白衣を着た、研究者のような出で立ちだったので、ちょっと油断してしまった。
「まあこっちもそれどころじゃ無かったからな。誰か変な奴を敷地に入れたかって、教授達にも聞いてみたんだが、知らんと言われた」
「鐘に興味があるって言ってましたけど、何しに来たんですかね」
「色々とあたってみてるんだが、カメラにも映っていないし、何者だったんだ?」
あの4人の仲間かと思い、知り合いの警官にも連絡を入れてみたのだが、あの傭兵団は4人しかいないとの答えで、関係性は探れなかった。
「気になるが、これ以上の情報は得られそうに無いな。だが、お前も忘れるなよ」
「そうですね、ボクはあまりこちらの事件には関わりませんけど、覚えておきます」
あの時は鐘の幻想獣と周辺の警察や教授の方に意識が行っていたから、さすがの2人もそこまで気にしていなかった。
ただ霞沙羅が気にしろというのであれば、ちょっと気にしておいたほうが良いだろう。
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