二人の英雄 -3-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
警備室からの情報はと言うと、4人の男が侵入し、霞沙羅が持ち込んだという探知装置の判定から、ばら撒かれた幻想獣の数は63体だという。その後中高のエリアにいた幻想獣の3体と10体は殲滅、1人の男が捕獲された。
中でも、多くの幻想獣を操っているとおぼしき1人が大学構内に、残り2人が幻想獣を十数体引き連れて、研究棟前で警察と戦闘中、とのことだ。
「こっち側はもう安全って事で?」
周囲を探知しても幻想獣も、部外者らしき人の姿もない。
「一応はな」
武装解除されて、拘束されて転がされている男を見る。被っていたマスクも剥がされて、素顔を警察に送り、誰なのか調べて貰っている最中だ。
大学側からはまだ色々なところで魔法が使用されているのが解るから、戦闘が続いているのだろう。
「大学側では新城大佐が交戦しているようだ」
今日はいないはずの霞沙羅が着ている事は、伽里奈には初耳だった。
「じきに警察の増援も来るだろうから、この襲撃は失敗だな」
霞沙羅がいる場所に襲撃をかけたのだから運が悪い。日を間違えたのか、霞沙羅がひょっこりやって来ていただけなのか解らないけれど、さすがに相手が悪すぎる。
「ところでこの人ってこの後どうする予定だったの…」
「鐘」が目当てのハズなのに、なぜか研究棟から離れた所に1人だけ配置されている。銃器はともかく魔剣も持っていたから装備も悪くないし、相手が悪かっただけで、腕前も悪くなさそうだからさすがに捨て駒ではないだろう、と教師達が気が付いていない脱出用の魔工具が無いのか確認すると、奥歯が一本だけ差し歯になっていた。
「どうせしばらくは起きないしねー」
差し歯を引っこ抜くと、歯の中にプラスチックのような素材に包まれた、小さな金属片が見つかった。
「危ない危ない」
「え、何よこれ」
一ノ瀬が見ても、本当に小さな金属片が仕込まれている。
その金属片には虫眼鏡でも持ってこないと見えない小さな文字で魔術基板が書き込まれている。このままでは見えないので、魔術基板を空中投影する。
「あまり遠くには逃げられないけど、転移の符術、でいいのかな、歯を思いっきり噛むかすると一回だけ発動する様になってるねー」
「か、伽里奈君、良く気が付いたわね」
割とのほほんとしている性格だった伽里奈が、別人のように事件に対応していく。突然の襲撃で学生達はみんな緊張しているというのに、伽里奈にとってはまるで日常生活の延長のように、拘束した人間がどうやって逃げるのかを考えるほどの洞察力まで見せている。
この行為に生徒だけでなく、教師も若干引き気味になっているけれど、そんな事を気にしている場合では無い。
「魔力は微弱だったけどね、状況的に逃げる手段くらいは持っていそうだったから。これはちょっと、誰か先生に」
引っこ抜いた差し歯は、自ら手をあげた教師に手渡した。教師はこの男から剥がした武装と一緒に、保管用の袋の中に放り込んだ。これでもう逃げられない。
「座標が書いてあるから、そこがアジトか待ち合わせ場所だと思いますよ。あー汚い」
指を他人の口に突っ込んでしまったので、伽里奈は近くにあった外掃除用の蛇口で手を洗った。
「警備室から連絡で、幻想獣の何体かがこちらに向かっているそうです」
小さなタブレットPCを手に、教師が校舎から出てきた。
随分と良い設備があるんだなと思った所、そういえば霞沙羅に自分の探知機を渡したのを思い出した。あれが動いているのかと、自分が作った魔工具にちょっと感心した。
「まだ来るのか?」
「霞沙羅さんからもメールだ。馬みたいなのが5体行ったって」
伽里奈の感覚にも、確かにこちらに向かってきている幻想獣の魔力反応がある。ところでどうして自分が魔法術科の前にいるのが解ったのだろうか、という疑問はとりあえず無視しておいた。エリアスから連絡が行っているのかもしれない。
「ボクはどうします?」
「か、伽里奈君は…」
男1人と9体の幻想獣をたった1人で殲滅してしまったその戦闘力の高さは認めるが、教師達が伽里奈の問いに答えられないでいると、大学を囲っている木々の向こうから、額に巨大な斧のような突起を生やした、ばんえい馬以上の巨体の馬が姿を現した。
「キミは下がっていてくれ」
「そうですか」
やっぱり今のところ部外者である普通科の伽里奈に任せられないと、教師達が前に出ていった。さすが魔法術科の教師、とは思うけれど、自分がやった方が早い気がする。
だがそれだと教師達を否定する事になってしまうから、伽里奈は大人達に任せることにした。
伽里奈が後ろに下がるとスマホに霞沙羅からの着信音が鳴った。
「どうしました?」
「そっちはどうだ?」
「追加の幻想獣は先生達が対処するみたいです」
「じゃあお前はこっちに来い。私がいる付近の幻想獣を始末してから、研究棟に行く。座標無しの転移魔法を準備しろ。私が書き込む」
「は、はい」
伽里奈は転移魔法を展開する。ただ、言われたとおりに転移先の情報は書かない。すると霞沙羅からの遠隔で 座標が書き込まれた。誰とでも出来る訳ではないし、距離が離れすぎていてもダメな、霞沙羅のオリジナル技法だ。
「二人とも、ボクは霞沙羅さんの所に行くね」
「え、なに、なんで転移魔法?」
「じゃあね」
伽里奈の姿は魔法術科校舎の前から消えた。
* * *
「お前がその魔剣を持ってて助かったぜ」
自分が弄ったことのあるアリシアの魔剣の魔力反応の位置を探り当て、意識を飛ばして伽里奈の作成した転移魔法の座標書き込み部分にちょっかいをかけたのだ。これは伽里奈も伝授されているけれど、これは相手に会わせられるほどお互いの持っている魔力の性質を理解していないと無理という、一部の人同士でしか使えない技法だ。
「それでどんな状況です?」
教員棟入り口のロビーに伽里奈は転移してきた。既に霞沙羅を中心に、他の教員達と協力して駆除されてしまい、周辺にはもう殆ど幻想獣はいない。
「こいつがカラスを操ったり、幻想獣に指示を出してたらしいぜ」
無残にもパンツ一丁にひん向かれた上で拘束された1人の男がロビーに転がされていた。
「高校の方にも1人来てましたよ」
「確認するが、殺しはしてないな?」
「知り合いとか生徒がいましたから、昏倒させただけです。それにこっちの世界では注意してますよ」
命の値段が格安のアシルステラならまだしも、日本という場所で、一応参加している事になっている軍の作戦以外の場所での殺しは考えていない。
「ならよし」
「魔法術科の先生が拘束して、警察に照合をして貰ってます。それと、歯に短距離の転移が出来る仕掛けを持っていたので、取り上げました」
「そんな顔して案外容赦ないな。おい、すまないが、こいつの歯を調べてくれ。どうも逃走用の仕掛けがあるらしい」
近くに警備担当者がいたが、霞沙羅に指示されて、男の口の中を調べると、こちらも怪しげな差し歯が見つかった。
「よしよし」
同じように差し歯だったそれを、警備担当者は引っこ抜いた。
「転移先はあとで調べるとして、残り2人が研究棟前にいるそうだから、ついて来てくれるか? 私らにとっちゃワンパンだが、こいつら結構な手練れだぜ」
「そうみたいですね」
伽里奈も一撃、霞沙羅も一撃で倒してしまったけれど、元々は高校前では幻想獣を操りながら、教師達といい勝負をしていたくらいだ。幻想獣はありながらも、たった4人で襲撃をするくらいの実力者なのだろう。
だから研究棟は警察が守っているが、終わったという話は聞いていない。
「じゃあ、私らは研究棟に行ってくるぜ」
霞沙羅は壁に掛けてあった長刀を手に持つ。
「はい新城大佐、ってその高校生も行くんですか?」
「こう見えて駐屯地じゃ私のアドバイザーだぜ」
別の人が駆除してくれたようで、もう幻想獣は研究棟前にしかいない。しかも元々の数より減っているというから、後は研究棟さえ処理すればこの襲撃は終わる。
周囲の危険が無いことを確認した2人は、すぐ側の研究棟に移動を開始した。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。